どちらかなんて妥協はしない。
それが私流の楽しみ方!






● Happy Halloween! ●






「「Trick  or Treat!!」」


アレンが自室の扉を開いた瞬間、無駄に明るい二重奏がそう言った。
続いて目に入ったのはいつもと同じ、腹の立つくらい元気な笑顔。
どうやら馬鹿は年中無休らしい。
アレンは何も見なかったことにして、扉を閉めようとした。
しかし、


「無駄な抵抗はやめることだね」


扉板に細い脚がガッと突き立てられ、その動作を妨害される。
いい加減この人は自分が穿いているのがミニスカートだということを自覚してほしい。
かなり微妙な部分までさらけ出された綺麗な足から目線を滑らせて、アレンは嫌そうに口を開いた。


「何の用ですか」


分子ひとつぶんの興味もない、とでも言いたげな口調で眼前を見やる。
そこにいたのは奇天烈な格好をした二人組み、別名バカコンビだった。


長い金髪の下半分を背に流し、上半分を複雑に編みこんでとんがり帽子の中に突っ込んでいるのは、言わずもがな馬鹿の化身だ。
彼女はまるで童話に出てくる魔女のような帽子をかぶっていたが、色は黒ではなく暗紫、鍔のうえには赤いリボンが可愛らしく結ばれている。
人を呪う暗黒の魔女というよりは失敗ばかりでむくれている見習い魔女だ。


けれど、それにしても妙だ。
彼女たちの第一声から察すると、どうやらこれはハロウィンの仮装らしい。
それでいくならは魔女なのだが、背中にはコウモリの羽、ミニスカートからは黒猫の尻尾が生えていた。
極めつけに、手にしているのは死神の鎌だ。
物騒な凶器を持った、魔女だかコウモリだか黒猫だかわからない仮装をしたは、それはそれは不敵に素敵に微笑んでいる。


その隣にはもうひとりの馬鹿、通称ラビがいた。
彼の頭の上には狼の耳があるのだが、それにも関わらず顔と首は包帯でぐるぐる巻きにされている。
にへらと笑うその口元からはドラキュラの牙がのぞき、裏布の赤い漆黒のマントを羽織っていた。
両手に掲げているのは顔のくり抜かれたカボチャのランタンだ。
こちらも狼男なのかフランケンシュタインなのか吸血鬼なのかわからない。
まぁ彼がの頭の悪い提案を増長させた優秀なアシスタントだということだけは間違いないのだろうけど。


アレンは深々とため息をついた。
もちろん大量の呆れを含ませて。


「百億万歩譲ってハロウィンの仮装はいいとしましょう。だけど何ですかその格好。勝手に融合させないでください。未知の生物は、君だけで充分です」
「何言ってるの。どこからどう見ても可愛らしいフェアリーじゃない」


一気に妖精への夢が崩壊したアレンは、可哀想なものを見る目でを眺めた。


「君に妖精めいているところがあるとすれば、その常識のなさだけですよ」
「そんなことより早くお菓子ちょうだい」


はさも当たり前のようにアレンに掌を突き出してきた。
雰囲気に誤魔化されそうだが結局は恐喝だ。
理不尽な要求にアレンは眉をひそめる。


「何で僕が」


の横からラビが笑顔で言う。


「アレン、お前聞いてなかったんか?Trick  or Treat!お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、ってな」
「僕が君たちのお遊びに付き合う理由がこの世のどこにも存在しません。よって他をあたることをお勧めします」
「ええー?仲間はずれにしたら可哀想だと思ってわざわざ来てあげたのに」
「迷惑です今すぐどこかに行ってください。神田のところなんてどうですか」


そして彼に斬られればいいな、などというアレンの淡い希望はすぐさま却下された。


「ユウのとこにはもう行ったさ」
「そうそう。お菓子なんて持ってないって言うから、とりあえず全力でイタズラしてあげた」


とラビは互いにいい笑顔を浮かべて、うんうんと頷きあった。


「あれはいい仕事だったね、ラビ」
「さすがオレたちって感じだったさ。グッジョブ!」
「イエイ!」


目の前でハイタッチをかます馬鹿二人に、アレンは思った。
あと何秒で、怒り狂った神田がここに到着するのだろう。
巻き込まれるのは死んでもごめんなので、アレンは早々に部屋の中に引っ込むことにした。


「だったらリナリーのところにでも行ってください。の頼みなら喜んでお菓子をくれますよ。それじゃあ」
「だから無駄な抵抗はやめようね、アレン」


またもやの妨害にあい、アレンは逃げそこなった。
しかも今回は死神の鎌が唸り声をあげて襲い掛かってきたのだから、シャレにならない。
ズカァン!と鈍い音を立てて床を穿った刃は、寸前までアレンが立っていた位置を見事に捕らえていた。
自室と廊下の境を破壊されて、アレンは思わず怒鳴った。


「この……っ、歩く凶器が!なんてことするんですか!!」
「アレンが素直にお菓子を出せばいいの。それともイタズラのほうがお好み?」
「どっちもごめんですよ!!」
「だったら情けは無用ね!敵は前方にあり!!」


はそう叫んで、アレンに飛び掛ろうと膝を曲げた。
アレンは咄嗟に身構える。
しかしはそこで動きを止めた。
不審に思って見てみると、は何事かを思い出しているような素振りで、顎に手を当てている。
その動作の意味がわからなかったのは仲間であるラビも同じようで、首をかしげて彼女に訊いた。


「どうしたんさ、。やらないんか?」
「…………………………ふふん。いいこと思いついた」


は世にも恐ろしい無邪気な笑顔でそう呟くと、急にアレンの前から身を翻した。
先刻までお菓子を寄越せと脅していたのが嘘のように、あっさりと引き下がっていく。
だが、歩き去るその足取りはろくでもないまでに快活だった。


「ハロウィンだからって遠慮することなかったんだよね。よしっ、私流にいくぞ!」


高々と振り上げられた拳。
無駄に楽しそうなその背を見送りながら、アレンは嫌な予感に胸がつぶれそうになっていた。


「…………何ですか、あれは」
「さぁ?」


ラビはそう答えつつも、嬉々とした笑顔を浮かべている。


「なんにせよの考えたことだったら腹の筋肉がねじ切れるほどの爆笑が待ってるはずさ!」
「それが嫌なんですよ僕は!!」


アレンは叫んだが、ラビは聞かずにの後を追って駆け出した。
同時に遠くから神田の怒声が響いてきて、アレンはとりあえず、


「……………………」


無言で自室の扉を閉めた。
避難完了。











神田は瞑目していた。
精神を統一させ、自分を無へと変換する。
狙うは眼前の獲物だけだ。
呼吸すら忘れて、その命を狩ることだけに全ての感覚を向ける。

腰をおとして『六幻』に手をかける。
意識の集中。
何かが漆黒の視界で閃いた。

捕らえた!

神田は鋭く瞳を開いた。


「そこだ!」


『六幻』を鞘走らせ、高速の斬撃を打ち放つ。

金髪の少女が息を呑んだ。
神田は『六幻』をくるりと回して帯刀。


その瞬間、それは見事に八等分に割れた。


素晴らしい剣術に、惜しみない拍手が送られる。


「すごいよ神田サイコウだ!やっぱりあんたを選んだ私の目に狂いはなかった!むしろ私バンザイ!!」
「………………


剣士を誉めているふりをして自分自身を褒め称えている究極の馬鹿の名を、神田は恐ろしく低い声で呼ぶ。
その眼前には、先刻斬り裂いた例のものがあった。


例のもの。
それはつまり、光沢のあるベリーで飾られた大きな大きなケーキである。


神田によって綺麗に八等分されたそれを、は意気揚々と小皿に取り分けはじめた。
そんな彼女を、神田は絶対零度の視線で見下ろす。


「テメェはこんなくだらないことのために俺を呼び出したのか……!」
「くだらなくなーい!ケーキをきっちり分けるのがどれだけ難しいか知らないの?一ミリの狂いで人望が崩落するんだよ?大変なんだよ?」
「大変なのはテメェの脳みそだ……!」
「まぁそう照れないで!ホラご褒美にケーキあげるからこっちおいでーほれほれ」
「いらん!!」


まるで犬を手なずけるように手招きをされて、神田は全力で拒絶した。
肩をいからせ、床を蹴立てて歩き去る。


「ちぇ。おいしいのに」


はすねたように呟いた。

場所は談話室の窓際の特等席。
照明の淡い光を浴びながら、二人の少女がそこにいた。
いまだに仮装を解いていないの向かいに座っているのはリナリーで、慣れた手つきでカップに紅茶を注いでゆく。
それを眺めながらソファーに身を沈めたが言った。


「神田も付き合ってくれれば、私が楽しいのになぁ。ラビもブックマンに連れ戻されちゃったし、つまんないや」
「仕方ないわよ。それに私はと二人っきりでうれしいわ」
「えっ」


何か今すごく可愛いことを言われたぞ!とか思って身を乗り出したの目の前で、リナリーは微笑んだ。


「だってもう、いつもいつもいつもいっっっつも!みんな私のを取っていっちゃうんだもの。本当にそろそろ限界なの、特にアレンくんには踵落としをきめてやりたいほどの感情を抱いているわ」
「え……っと、その、それはなんていうかリナリー……?」
「気にしないで、ただの嫉妬よ」


うふ、とか言って小首をかしげるリナリーからは確かな殺気が感じられて、何となくは冷や汗をかいた。
リナリーは可愛いし大好きなのだが、少し妙な雰囲気になるときがある。
ちょっと怖いくらいに愛されてるんだなぁ私!と無理に自分を納得させてが微笑むと、リナリーも同じように微笑み返した。


「それにしても大きなケーキね」
「でしょ?ハロウィンの戦利品!」
「誰にもらったの?」


リナリーが琥珀色の液体に角砂糖を溶かしながら訊いてきた。
は指についてしまったクリームをぺろっと舐めて言う。


「それがさ、Trick  or Treat!っておかしいと思って」
「ええ?」


突然わけのわからないことを言われてリナリーは手を滑らせた。
予定より一個多く角砂糖が転がり落ちる。
紅茶の表面でゆっくりと崩れていく白に、は目を瞬かせた。


「あらら。じゃあそれ私が飲むね」
「いいわよ、私が飲むわ」
「いいからいいから」


はさり気ない手つきでカップを取って、口をつけた。


「うん、おいしい!」


リナリーは口元をゆるめて、もう一度訊いた。


「それで、何がおかしいって?」
「Trick  or Treat!お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、ってやつ」
「それの何がおかしいの?」


不思議そうな黒い瞳で見つめられて、は唇を吊り上げた。
表情は勇ましいことこの上ない。
カップをソーサーに戻して、固く拳を握る。


「だってTrick  or Treatだよ?お菓子をくれなきゃイタズラするぞってことは、お菓子をくれたらイタズラできないってことじゃない。そんな妥協、私なら絶対にしない!」
「………………ええーっと。それはつまり」


また奇想天外なことを言い出したに、リナリーはしばらく目を閉じて考えた。


「お菓子もほしいけど、イタズラもしたいってことかしら……?」
「その通り!」


は輝かんばかりの笑顔で、リナリーにぐっ、と親指を立ててみせた。


「昔からの風習だからって遠慮してたけど、今年からは私流にいこうと思って!Trick  or Treat!ならぬ
Trick  but Treat!!お菓子をくれてもイタズラするぞ!!」


は高らかにそう宣言すると、ケーキを一切れリナリーに手渡した。


「というわけで、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう……。つまりこのケーキをくれた人にはイタズラもしてきたの?」


受け取りながら、リナリーは少し戸惑った視線を金髪の少女に向ける。
その目の前では自分の分のケーキを頬張り、幸せそうな表情になった。


「んーおいしい。イタズラも、って言うかこれ自体がイタズラかな」
「どういうこと?……まさか、このケーキ無断で?」
「うん!やっぱりこれを機会に、あいつからお菓子をぶん取ってやろうと思って!」



「へーえ。それはそれは立派な心がけですね」



唐突に声がしたかと思うと、は後ろから後頭部をがっちりと掴まれた。
弾みで魔女の帽子が飛んでいく。
頭蓋骨をものすごい力で圧迫されて、は悲鳴をあげた。


「ぎゃー!ちょ……っ、痛い痛い痛い!!」
「大丈夫です。君がイタいのは前からです」
「性格か?性格の話か!?」
「それ以外に何がありますか、あーイタいイタい。イタいの飛んでけー」
「飛んじゃう!ホントに意識飛んじゃうから離せバカアレン様お願いします!!」


激痛のあまり霞む視界には、頭を鷲掴んでいる者の顔は映らない。
だがにはわかった。
こんな卑劣な行為を平気でするのは、腹黒魔王アレンの他に有り得ない。
というか他にもいたらすごく嫌なので、変な話だがそうであることを祈る。

本気で意識が飛びそうになる寸前で、は開放された。
ソファーにもんどりうって倒れこみ、痛いのか悔しいのかよくわからない涙で袖を濡らす。


「もうダメだ……脳細胞が殺られた、神田みたいなバカになっちゃう……!」
「安心してください。今でもいい勝負です。むしろ自己アピールの激しい君のほうが優勢です」
「そうかな照れちゃう!……ってそんなわけあるかー!!」


は怒鳴って跳ね起きたが、ソファーに膝をついたアレンに肩を掴まれてそのまま押し倒された。


「ええー?ちょ、何この体勢!」
「さぁ、。素直になってくださいね」


覆いかぶさるようにしてアレンがそう言うものだから、は冷や汗を滝のように流して真っ青になった。


「コラコラ青少年よ思いとどまって!よい子が見てるから!年齢制限はいらないよ!!」
「おぞましい勘違いしないでください。それより素直に白状することですね。君がおいしそうに食べていたこの
ケーキは一体どこで手に入れてきたものです?」


押し倒したのは逃げられないように尋問するためか。
はそう思い至ったけれど、どっちにしてもピンチには変わりないので言葉に詰まる。
助けを求めるように視線を滑らせると、凄まじい怒気に包まれているリナリーを発見してさらに背筋が冷えた。


「アレンくん……?に何してるのかしら……?」


普段のリナリーからは想像もできない地を這うような声にはすくみあがったが、アレンは今さら彼女に気がついたように視線をやって、にっこりと笑った。


「見てわかりませんか。を押し倒してるんです」
「その通りだけど嫌な表現するなバカー!!」


は全力でアレンの体を突き飛ばし、彼の下から逃れた。
なんとなく怖いので、アレンとリナリーの間に立つ。
そうするとリナリーの怒気が少し和らいだのでホッとしたが、そんなことには構わずアレンが冷ややかに言った。


「それで?そのケーキが誰のものかわかってるんでしょうね」


どうやら完璧にバレているらしいので、は正直に答えた。


「アレンのでーす」
「そうです、その通りです、僕が食べるのを楽しみにしていた秘蔵のケーキです……!」


よほど悔しかったのか、握った拳を震わせてアレンはをにらみつけた。


「君にバレないように、ジェリーさんに預けておいたのに!!」
「そーゆー子供じみたことするのが敗因よ。食堂の冷蔵庫から食べ物を巻き上げるのが私の趣味だって知らなかった?」


今日の朝、いつも通りにその趣味に走っていたら偶然アレンの隠しているケーキを発見。
それからラビとハロウィンをエンジョイしていたのだが、アレンと顔をあわせたことで素晴らしいことを思いついたのだ。


「ってことで、あんたの大切なケーキは私がおいしくいただいたよ!!」
「なんて悪質なイタズラですか……!!」


楽しそうに高笑いをするに、アレンは非難の眼差しを向けた。
しかしはさらに笑顔を深める。


「なめないでねアレン。私がしたいのはTrick  but Treat!お菓子をくれてもイタズラするぞ!一切の妥協を排除した今年のハロウィンは、この程度じゃ終わらないよ!!」


ケーキを奪うことだけがイタズラじゃなかったのか、といぶかしむアレンに、は白い箱を突きつけた。
それはケーキが入っていた大きなものだ。
の後ろからリナリーも不思議そうに覗き込んでくる。
アレンは恐る恐る箱を受け取り、その蓋を開けた。


その瞬間、強烈な匂いが鼻を突いた。
アレンの顔が苦渋に歪む。

見下ろした先の、箱の中。
そこには隙間なくビッシリと、ウイスキーづけのボンボンが敷き詰められていた。
異常な数だ。少なく見積もっても数千個、下手をすれば万をいく。
蓋の裏には『Happy Halloween!!』と元気な文字が躍っていた。
なにがハッピーなものか。


「この箱を冷蔵庫に戻しておくつもりだったの。何も知らないあんたがウキウキとケーキを食べようとしたところでこのイタズラが発動する予定だったのに」


そうならなかったのが残念だと、の口ぶりは語っていた。
しかしすぐに明るい声でアレンに言う。


「でも、すごいイタズラでしょ?ナイスだと思わない?」


その花のような笑顔に向かって、アレンは手にしていた箱を思い切り投げつけた。
固い角が見事の額にぶち当たる。
ウイスキーづけのボンボンが、床に倒れた彼女の上に降り注いだ。


「何するの、もったいない!」
「僕はお酒が苦手なんですよ……!!」


無理やり呼び起こされた過去のトラウマに震えながら、アレンは低く呻った。
それでもは平然と言う。


「そんなこと知ってるよ」
「知ってのうえでの嫌がらせとはいい度胸ですね……!」
「ちっちっちっ!嫌がらせじゃなくてイタズラだよ」
「どうでもいいで!どっちでもいい!とにかく今すぐ僕にケーキを返してください!」
「無理言わないでね、アレン。あんたの大切なケーキはもう私の一部よ!」


素敵な笑顔で言って、は大事そうに自分のお腹を撫でた。
アレンの悔しそうな顔がとっても愉快だ。
けれどその凄まじい怒りに同情したのか、リナリーがまだ手をつけていなかったケーキの残りをアレンに差し出した。


「ごめんなさい、アレンくん。よかったらこれ……」
「そんな!いいんだよリナリー、おいしくいただいちゃいなよ!」
「君が言わないでください!……でも本当にいいんですよリナリー」


アレンは何がどう間違ってもには向けない優しい表情で言った。
リナリーはそれでも困ったように瞬く。


「でも……」
「僕は全然怒ってませんから」
「え、そうなの?やったー、リナリー残りのケーキも二人で食べていいって」
「誰がそんなこと言いましたか!!」


アレンは先刻とはうって変わって鬼の形相になると、容赦なくの襟首を引っ掴んだ。
そのまま引きずり寄せる。


「何するの、怒ってないって言ったくせに!」
「リナリーに対しては怒ってない、って言ったんですよ!!」


アレンは掴んでいたの襟首を遠慮なくガクガクし始める。


「本当に君はどうしてそう……!」
「ちょ、待っ、痛い痛いいたい!」
「僕を不愉快にさせるしか能のない生命体のくせに、リナリー同様許してもらえると思うとは何事ですか!!」
「あんたこそ何事だよ、その暴言!!」
「許せません!ええ、もう断じて許せませんとも!!」


アレンは力強く断言すると襟首から手を離して、そのかわりに問答無用での腕を引っ掴む。
殺人的なまでに冷ややかな視線で、口元にだけ笑みを浮かべて、アレンは言った。


「と、いうわけでこれから僕に付き合ってもらいますよ」
「は?なんで!?」
「決まってるでしょう。罰です。僕の大切なケーキを食べた罰を受けてもらいます」


もちろんリナリーはいいですからね、と優しく彼女に言って、アレンはのほうに顔を戻した。
その表情は恐怖の大魔王でも裸足で逃げ出すであろう、壮絶な笑顔だった。


「この僕から食べ物を奪ったんです。それなりの覚悟をしてもらわないと」
「え、あ、いや……あの、アレンさん?」


アレンのものすごい気迫に冷や汗をだらだら流しながら、は引きつった声を出す。
無意識に逃げようと身を引いたら、腰に手を回された。
今時どこの恋人同士でもしないような密着した体勢になったが、は照れるどころか泣きそうになっていた。
アレンの真っ黒の笑みが目の前だ。


「さぁ。僕に楯突いたことを、精根尽きるまで後悔してくださいね」


それはもう言葉にならないほどの恐怖だった。
は全力で助けを呼ぼうとしたが、アレンに無理やり口を塞がれる。
後ろから羽交い絞めにされて、そのまま暗黒地獄部屋(アレンの自室)に強制連行だ。
鼻歌を口ずさみながらをさらっていくアレンを呆然と見送って、リナリーは小さく呟いた。


「アレンくん、楽しそうね……」


そんなにと一緒にいたかったのかしら。
自分で言って、不満に思って、リナリーは目の前のケーキにフォークを突き刺した。
崩れる白、その甘い色。











その後。

アレンの自室に引きずり込まれたまま帰ってこないを、ラビは心配していた。
嫌がる神田を無理に引っ張って、一緒にアレンの部屋へと向かう。
だって一人だと怖いし。(ごめんさ、!)
禍々しいまでの黒いオーラを放つ扉を、ラビはおっかなびっくりノックした。
すると何の前触れもなくパッと開かれたので、思わず悲鳴をあげて神田の後ろに隠れる。
神田はうざったそうにラビを見たが、それも一瞬のことだった。
扉を開いた人物が、ふらりとこちらに倒れこんできたからだ。
神田は咄嗟にその華奢な体を受け止める。


「……おい!」
!?」


神田の腕の中にいたのはだった。
それも何故かボロボロの姿だ。
精根尽き果てて死にそうな顔になっているに、ラビも神田の後ろから飛び出して、彼女の傍に駆け寄った。


「何があったんさ、!」
「ラ……ラビ、神田……」
「おい、しっかりしろバカ女」


神田が彼女の体を支えながら、その青白い頬を叩いた。
それでもの表情は朦朧としていて、視線さえ定まらない。
衰弱しきったその様子に、ラビは思わず涙ぐんだ。


!目を閉じちゃダメさ!!」
「だめ……もう眠い……」
「寝たら死んじゃうさ!諦めるな、明日はきっと明るいぞ!!」
「ああ、本当に……目の前が明るい……うふふお花畑で豆乳がコサックダンス踊ってる……あ、あれはもしや
伝説のサプリメント……?待って、うふふふ待ってー」
「お前はこんなときまで健康マニアなんか、いいから帰って来ーい!!」


涙ながらに訴えるラビと、壊れたように笑い続けるを、神田は何とも嫌そうな表情で眺めた。
とりあえずの肩を掴み、乱暴に揺さぶる。


「いつも通りのバカやってないで起きろ、
「だめ……私はもうだめだよ……」
「そんな……!!!」
「お前が加わると話がややこしくなる、黙ってろラビ!」
「いいの……きっともうこれでお別れなのよ、神田……ラビ……」
「オレは嫌さ!!」
「お前ら頭おかしいだろ!!」

「今までありがとう……、ごめん……ね……」


ぱたり。

感動的な調子で言い残して、の手は床に落ちた。
ガクリと神田の胸に寄りかかった彼女の顔が、長い金髪に覆われる。


「そんな……!」


ラビは涙を振りまきながら、床に突っ伏して絶叫した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」



「人の部屋の前で、なに馬鹿なことやってるんですか」


心の底から呆れたような声が、涙なしでは見られない名シーンをばっさりと切り捨てた。
ラビが嘘泣きをやめて見上げると、アレンが自室の扉に寄りかかってこちらを見下ろしていた。

その瞬間、悲鳴があがる。
死んだフリをしていたが、今度こそ本気で泣きながら神田に抱きついたのだ。
今まで体を支えてやらなければならないほど弱々しい様子だったくせに、ものすごい力でしがみつかれて神田は怒鳴った。


「何なんだよテメェは!!」
「いやー!来た!恐怖の大魔王が来た!!神田はやく私を連れて逃げて逃げて逃げてー!!!」
「それより、おい!離せ!しがみつくな!!」


全力で抱きついてくるに神田は戸惑ってそう叫んだが、彼女は聞かずに泣きわめくだけだ。
見かねてアレンがその首根っこを掴んだ。


。神田が嫌がってますよ。離してあげてください」
「やだやだ来るな触るな魔界に帰れ!!」
「……そんなに神田に抱きついていたいんですか」
「そうさ。何でユウなんさ、オレのとこ来いよー」


何故だかムッとした口調のアレンも、呑気に腕を広げてみせるラビも、の眼中にはないようだ。
彼女はただ、涙ながらに神田に訴えた。


「早く逃げよう神田!二人で愛の逃避行よ!!」


その瞬間、神田は組み付いてくるの体を遠慮なく引き剥がした。


「誰がそんな気色悪いことするか!!!」


それと同時にアレンが全力での襟首を引っ張ったので、その体は背中から彼の胸へと倒れこんだ。
少女の身柄は楽々と魔王の手中に落ちたのだ。


「そんなこと、この僕が許すと思いますか?」


アレンに素敵な微笑みを向けられて、は気の毒なくらい青ざめた。
何か言おうとする口は、あうあうと動くだけで言葉になっていない。
その強烈な怯えっぷりを目の当たりにして、ラビが訊いた。


「アレン、お前に何したんさ?」
「何ってちょっとした罰ですよ。罰」
「うううううえあう……」


がくがく震えているの腰を後ろから抱いて、アレンは続けた。


の言うところのTrick  but Treatです。お菓子をくれてもイタズラするぞ。と、いうわけで次はお菓子です」
「まだ私に何か要求する気……!?」


あれだけ恐ろしい目にあわせておいて……!と叫ぶなど無視で、アレンはにっこりと微笑んだ。
の腕を掴んで、容赦なく引きずって歩き出す。


「さぁ街に繰り出しますよ!きっとハロウィン効果でたくさんのお菓子が売り出されているはずです!」
「だから何だー!」
「決まってるじゃないですか」


アレンはを振り返って、心から楽しそうな笑顔を浮かべた。



「完膚なきまでに、僕にお菓子を奢ってください!!」


「やだーーーーーーーー!!!」



はぶんぶん首を振ったが、アレンは彼女の肩に手を回して強制的に歩かせる。
それからついでのように神田とラビを振り返った。


「あ、帰ってくるのは明日になると思うのでよろしくお願いしますね!」
「一晩中食べる気かー!?」
「当たり前でしょう、僕の胃をなめないでください」
「もうヤダ何この人ー!!」


泣き叫ぶを連れて、意気揚々とアレンは去っていった。
その場に残されたラビは、隣の神田にぼそりと言う。


「なぁ、ユウ」
「……何だ?」
「結局一番ハロウィンを楽しんだのって、アレンなんじゃねぇの?」
「………………」


なんとなく二人は沈黙した。


どちらかなんて妥協はしない。
それが私流の楽しみ方!
Trick  but Treat!
皆さんどうか楽しいハロウィンを!


「送れるかー!!」
「なに一人で吠えてるんですか。次はあの店ですよ!」
「もうお菓子もイタズラもいらないーーーーー!!」


「……そんなの僕もですよ」


アレンは笑んだ唇で、に聞こえないようにそっと呟いた。


お菓子もイタズラもいらなくて、本当は。
ただ二人で年に一度の行事を楽しみたかっただけだと言ったら、君はどんな顔をするだろう。


アレンは悪だくみをする子供みたいな顔で笑って、の口にお菓子を放り込んだ。


Trick  or Treat!!
Trick  but Treat!!

お菓子よりも、イタズラよりも、どうか君を。


僕にください。


Happy Halloween!!







時間軸まったく無視のハロウィン夢でした。
本編と違って全然結末を考えずに書きはじめたので、こんな終わり方をするとは思いもよらず。(汗)
しかもずいぶん長い話になってしまいしましたスミマセン!
どうか楽しいハロウィンを!(まとめ)