構って、構わないで。
気づいて、気づかないで。
すごく悔しい。それでも嬉しい。

どんなに否定したって好きって事には変わりないから。


今に見てろ。






● YOU WAIT! ●






とある任務で訪れた、とある街の、とある時計台の下。
待ち合わせ場所であるそこに行ってみると、だいぶ見飽きた金髪が見えた。
漆黒の団服、その裾から伸びた細い脚はニーソックスに覆われていて、ぴょこぴょこと動いている。
リズミカルに体を動かしながら、は鼻歌を口ずさんでいた。
調子っぱずれなメロディーだったが、耳障りではない。不思議だ。


アレンはそっと背後から近づきながら、そんなの様子を窺っていた。


おかしいな、40分も遅刻したのにいつもの怒りオーラが出ていない。
肩もいかってないし、通行人の皆さんにも絡んでいない。
一体どういうことだろう。


機嫌のいいというのは、ほとんど確実にアレンにとって不愉快な現象の真っ最中なのだ。
アレンは用心深くに近づき、彼女の手元を覗き込んで、思わず半眼になった。


「何してるんですか」
「うわ!びっくりしたー」


声をかけるとは振り返った。
その手には、色鮮やかな二段重ねのアイスクリーム。
甘くておいしそうなそれを頬張りながら、は言う。


「遅かったね。どうせまた迷子になってたんでしょ」


その通りなのでアレンはあえて無視して、の持つアイスクリームを指差した。


「任務中はそういうのなし、って言ってませんでしたか?」
「なしだよ、なし。お仕事を何だと思ってるんだ!」
「何だと思ってるんですか」


アレンは呆れた口調で尋ねたが、は平然と答えた。


「別に私が買ったわけじゃないもの。なんだか知らないけどムリヤリ奢られた」


ああ、だからの機嫌がよかったのか。
いつもなら遅刻したアレンにぶちキレているだが、タダでおいしい食べ物を与えられて怒りをどこかに吹っ飛ばしてしまったらしい。

だけど、それよりも気になることがあってアレンは訊いた。


「奢ってもらったって……女の人に?」
「ううん。男の人」


アッサリ答えやがった、この人。


アレンは口の片端だけを持ち上げて、微笑んだ。
そして、

ばくり。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!」


の手ごと無理矢理引き寄せて、アイスクリームを食べてやった。


「何するんだよ、バカ!」
「ちょ、これラムレーズンじゃないですか。お酒の香りが……!」
「だったら食べるな!ちょ、これ、わた、私のアイスー!!」
「下の段は何です?あ、おいしい。ストロベリーだ」
「全部食べたー!!」


アレンは二口での二段重ねのアイスクリームを完食すると、にっこりと笑った。


「ごちそうさまでした」
「あんた、食べるにしても普通一口でしょ!?」
「一口じゃないですか。上の段と下の段、一口ずつ」
「でかすぎだ!!」


は涙目で怒鳴ったが、アレンは到底同情する気になれなかった。
腕を組んで、を見下ろす。


「知らない人にモノをもらっちゃ駄目だって、習わなかったんですか?」
「子供じゃないんだからさぁ!」
「何言ってるんですか、子供以下の頭をしているくせに」
「なんだとー!?」
「特に男の人は危険ですよ。むやみに懐かないでください」
「アイス奢ってくれたんだよ、いい人だ!」
「……下心がないとでも思ってるんですか」
「何それ、意味わかんない!」


は怒ったようにそう言って、まだ手に残っていたアイスクリームコーンをアレンに押し付けた。


「アレンはそれでも食べてろ!」


それだけ言い残して、身を翻し、あっという間にどこかに走って行ってしまった。
アレンは呼び止めようとしたが間に合わず、中途半端に持ち上げた左手を下ろす。
そして右手のアイスクリームコーンを恨めしそうに睨みつけた。


「僕だっていりませんよ、こんなの」


こんな、知らない男の人に貰ったもの。
を、無駄にうれしそうな顔にしたもの。
あんな笑顔、めったに見せないくせに。

ああ、腹が立つ。

そう思ったけれど、食べ物に罪はないので、アレンは結局アイスクリームコーンを食べた。
何故だかまったくおいしくなかった。















新たな幸福を手に入れて、はるんるんとスキップをしながら時計台の下に戻った。
アレンは赤い煉瓦壁にもたれて、下を向いていた。
頭の上に乗っかったティムキャンピーが彼の目の前で尻尾を揺らしていたが、まったく気がついていない様子だ。
は不思議に思って、下からアレンの顔を覗き込んだ。


「ラムレーズンがそんなに大打撃?」
「う、わっ!?」


アレンは心底驚いたようで、慌ててから顔を離した。
弾みで後ろの壁に頭をぶつけたが、それよりも怒鳴る。


「急に顔を近づけないでください!」
「なんだ、元気じゃない」


はなんとなく安心したが、アレンの顔が赤いことに気がついて眉をひそめた。
これくらいで、そんなに怒ることないのに。


「ふーん、だ。そんなに私が嫌いなんだね」
「はぁ?何の話で……って
「なに」
「どうしたんですか、ソレ」


これ以上ないほど不愉快そうな表情でアレンが指差したのは、の右手。
そこに持たれた、三段重ねのアイスクリーム。


「コレはあげないからね」
「そんなことよりどうしたんですか、ソレ。さっきのよりも大きくなってるし……」
「奢ってもらった」
「……誰に?」
「あんたに食べられちゃったから、今度は買おうと思って」


は一番上のチョコレートチップを頬ばりながら言った。


「任務中だけど、お腹がアイスクリームモードになっちゃったから、一度食べて落ち着けねば!ってことでお店に行ったのよ」
「…………」
「そしたら店長のオジさんがサービスしてくれた」
「オジさん……?」
「一回そのモードになっちゃうと、食べるまで他のことに集中できなくなるんだよね。私」
「そう、ですか。なんだ」


アレンは息を吐きながら小さく呟いたが、は三段重ねのアイスクリームに夢中でほとんど聞いていなかった。


「やっぱアイスは三段に限るよね!豪快に食らいつくのが本物!」


はそう言いながら、愛を込めてアイスクリームにちゅっ、とした。
それはまるで小さなキスのような仕草で。

その甘さに幸せを感じていたら、なんだかアレンにじっと見つめられた。

なに、と訊こうとして、それより先に手首を掴まれる。


「一口ください」


嫌だと言うよりも、アレンのほうが早かった。
少しかがんだ白髪が目の前で揺れている。
有り得ないほど顔が近くて、そして。


アイスの冷たさの向こうに、温もりが触れた。


かすめる熱。
唇の上。


突然のことに理解が追いつかず、は目を見張った。
温もりは触れたことすら嘘だったように、すぐに去っていった。

ぽかんとアレンの顔を見上げると、彼はぺろりと唇を舐めて、微笑んだ。


「おいしい」


は思わずその胸に拳をくれてやった。


「痛っ!」
「あげないって言ったでしょ!そんなに食べたいのなら自分で買ってきなよ!」


これ以上奪われてなるものか、とは早口でお店の位置をアレンに伝えると、その背をぐいぐい押して無理矢理その場から追い立てた。
アレンは仕方ないといったふうに歩き出し、は、そこに残ったティムキャンピーと二人きりになった。

は手にしたアイスクリームを見下ろして、言う。


「ねぇ、ティム」


そして視線をあげて、遠ざかっていくアレンの背中を見つめた。


「私たち、今キスした?」


ティムキャンピーは尻尾を軽く振っただけだった。
その反応に、は少し首をかしげた後、豪快にアイスクリームにかぶりついた。


「まさかね」















「何してるんだ、僕は……!」


一人きりになって、アレンは路地裏に入り込むと、壁に額を押し付けて唸った。

キスをしてしまった。
何故かはわからない。
無意識?本能?

大体、相手はあのだ。

悔しい。
またかき乱されてる。
もう僕を揺さぶるな。

でもどうして。
それよりもずっと、嬉しいと思ってる。


「くそ……っ」


アレンはめったにつかない悪態を呟くと、虚空をにらみつけた。
こうしていても目に浮かぶのは、あの金髪の少女。
綺麗な顔と、勝気な瞳と、生意気な表情。

それでもやっぱり悔しくて仕方ないから、アレンは笑った。
無理に不敵に、唇を吊り上げて。


「今に見てろ」


いつか絶対、僕のことしか考えられないようにしてやる。
四六時中、振り回してやる。

今の君のように。



その後、路地裏に入り込んだアレンはやっぱり迷子になって、やっぱりに怒られたのは、また別の
お話。







拍手夢第一弾です。
何とか夢っぽくしようとがんばった結果です。
でもそんなに甘くならなかったという……。(汗)