「兄弟になろう!」


唐突に彼女はそう言った。
至極真面目な顔で、こちらを真っ直ぐに見つめて。


おかげで神田は食事中だというのに、思わず手にしていた箸を取り落としてしまったのだった。






● Happy Birthday Yu !! ●






カランッ、とテーブルの上に箸が転がった。
けれどそれは、向かいと隣から聞こえてくる咳の音に掻き消される。
そこではアレンとラビの二人が盛大にむせていた。
どうやら驚きのあまり、食べていたものを喉に詰まらせてしまったらしい。
それをバックミュージックにしながら、神田は目の前に立ったを眺めた。
自分は食堂の椅子に腰掛けていて、彼女は床に仁王立ちになっているのだから、自然と見上げる形になる。
神田はしばらく呆然とした後、思いっきり変な声を出した。


「はぁ?」
「だから、兄弟になろう。神田」


は大きく頷きながら、そう繰り返した。
ふざけているわけではないのは理解したが、意味がわからない。


「テメェ遅れてやって来て何トチ狂ったこと言ってんだよ。ただでさえコイツらと3人にされてメシがまずくなったっていうのに」


神田はとりあえず、が来たら言おうと思っていた不満を口にした。
一緒に食事をしようと言い出したのはのくせに、やって来てみるとアレンとラビしかいなかったのだ。
もちろんすぐさま逃げようとしたのだが、必死に引き止められて(アレンとは3回ほどイノセンスでやりあった)、今に至るというわけである。
そうして不機嫌も最高潮というときに、このバカ女、ようやくやって来たと思ったらこれだ。
何の前フリもなく、いきなり「兄弟になろう!」だ。
理解不能にもほどがある。


「とりあえず謝れ。地面に這いつくばって土下座しろ」
「それより早く兄弟になろうよ、神田!」
「だから意味がわかんねぇんだよ!!」


神田は思わずテーブルをぶん殴った。
けれどはひるむどころか身を乗り出して力説を始める。


「兄弟って言ったらアレだよ、他人同士なんだけ契りを交わして本当の兄弟になるってことだよ」
「何だ、今度は何に影響された!!」
「一つの杯に入れたお酒を二人でまわし飲みすれば、儀式は完了らしいよ」
「時代ものか?戦国小説でも読んだのかテメェ!!」
「血を混ぜる事もあるらしいけど、それはちょっと痛いから止めようね」
「言われなくてもしねぇよ!!」
「とりあえず飲むぞ!酒持ってこーい!!」
「誰かコイツを止めろー!!!」


神田は全力でそう叫んだが、結局一番にを取り押さえたのは自分だった。
そうというのも、アレンとラビが驚きから回復すると、けらけら笑い出して使い物にならなかったからだ。


「おい、テメェら手伝えよ!!」
「はいはい。、お酒は駄目ですよ」
「そうだぜ。ちょっと落ち着くさ」


は神田に右手首を掴まれ、上から頭を押さえ込まれた状態でアレンとラビを見た。
彼らは一応マジメな顔を取り繕っていたが、爆笑のしすぎでどうにも唇が引きつっている。


「笑ってないで一緒に神田を説得してよー!」
「いえ、もうこんなことになるだろうとは思ってたんですけどね」
「でもまさかここまで面白い方向に話を飛ばすとはなぁ」
「さすがです、!」
「ナイス馬鹿!!」
「うわぁん!」


アレンとラビのあまりの言い草に、は思い切り暴れた。
そうすることで神田の手から逃れると、その金の瞳でキッと睨みつける。


「じゃあ何か?神田は私と兄弟になりたくないって言うの!?」
「それ以前に意味がわかんねぇって言ってんだろ!」
「あーわかった。お酒ね。お酒だけってのが気に食わないんだね。よし、特別に金と女と権力もつけちゃおう!!」
「俺はどこの悪役だ!!」


神田はとうとうブチ切れて、『六幻』を抜刀した。
思い切り振りかぶり、へと斬りかかる。
は悲鳴をあげて、空中側転でそれを回避。
後方にあったテーブルの上に着地するが、何かを踏みつけ、滑って転んだ。
背中から勢いよく倒れこんだ彼女めがけて神田は飛び掛る。


ガスンッと鈍い音をたてて、『六幻』の切っ先がテーブルに突き刺さった。
その刃はの頬から数センチも離れていない。


「ひ……っ、本気で怖!」
「無様にすっ転んだのが命取りだな」


神田は冷たく唇の端を持ち上げたが、ふとテーブルの上に視線を向けた。
を転ばせたものが何なのか気になったのだ。
そしてその正体を認めて顔をしかめた。
低くうなるようにして訊く。


「オイ、何だこの不吉な雰囲気を出しまくってる蝋燭は」


それは大きく太い蝋燭だった。
何やら凶々しいオーラを放ち、暗黒の儀式にでも使われそうなブツである。
つまりはこれを踏みつけ、滑って転んだのだ。
見下ろすと彼女はテーブルにぶつけた背中をしきりに痛がっていた。
しかしそれよりも、が呪われないかどうかのほうが、神田は心配になってしまった。


「何でこんな物が食堂に……」
「………………」
「テメェか」
「ち、違うよ?」
「そんな見え透いた嘘が俺に通用すると思うなよバカ女」


ジャキッ、と『六幻』を構えなおしてやると、は叫ぶように白状した。


「ごめんなさい、私がアレンから借りましたぁ!」
「モヤシに……?」


どうしてアレンがこんなヤバそうな蝋燭を所持していたかなどはあんまり考えたくないので、神田は続けてに訊く。


「こんな物、何に使うつもりだ」
「そ……、それは乙女の秘密ってことで……」
「………………」
「ちょ、無言で突き刺そうとしないで!!」


は恐怖に涙を浮かべて、神田の手を引っ掴んだ。
そうすることで何とか『六幻』を防ごうとするが、力の差からも体制からもが神田に勝てる要素はない。
は唇を噛み締めると、諦めたように口を開いた。


「ケーキを作ったから、それに飾ろうと思って……」
「ケーキ……?テメェまた自分の手料理で死人を出すつもりか」
「あー大丈夫!今回は死ぬの神田だけだから」
「はぁ?」
「だから!神田にケーキを作ってあげたって言ってるの!」


勢いよく告げられた内容に、神田は瞠目した。
その隙にはよいしょと身を起こし、テーブルの端から何かを引きずり寄せる。
それは妙な異臭を放った灰色の塊だった。


「………………おい、頼むからそれがケーキだとか言うなよ」
「うん。ケーキじゃなくて、ケーキ蕎麦だから」
「ケーキ蕎麦……!?」
「神田、甘いのダメでしょ。だから、ね」


だからなんだと言うのだろうコイツは。
しかし今までさんざんハンバーグ蕎麦だの、アイス蕎麦だの、珍妙な物を見せられてきただけあるというものだ。
神田は一般人よりはるかに早く自分を取り戻すと、半眼でを見下ろした。


「つまり何だ?テメェは自分の手料理を食わせるために、性懲りもなく俺の好物である蕎麦と融合させたと?そういうことか」
「うん。バッチリそうだよ」
「そんなもんモヤシかラビの口に突っ込んどけ!!」
「ダメダメ、神田に作ったんだから!」
「何で俺なんだよ!!」


いつもの調子で神田はそう怒鳴り返した。
しかしそこでが目を見開いたので、口を閉じる。
彼女は何だか本当にビックリした顔で神田を見上げていた。
あまりに驚かれたので、神田は思わず少し身を引いてしまった。


「な、何だよ……」
「え?神田、今の冗談ですよね?」
「まさか、そんなことはねぇだろ。なぁユウ」


背後からアレンやラビの声が聞こえてくる。
彼らにまで言われて神田は眉をひそめた。


「だから、何の話だ」
「……………………………神田がここまでお馬鹿さんだとは思わなかったよ」


神田が視線を前に戻すと、が無駄に哀愁を漂わせていた。
己の肩に頬をあずけ、手の甲を唇にあてている。


「ホント神田ってエクソシストとしては強いくせに、とある部分が弱いよね弱すぎだよね。そこはどこかって?いやいやダメだよ、今日という日までバカにするほど私はひどい奴じゃないよ。うん、あえてどことは言えないけれど頭とか頭とか頭とか……、そんな、ね?ごめんね、隠し事なんてしたくないんだけど神田って頭弱すぎだろ!なんてそんなこと言えない、私にはとても言えないよ……!!」
「言ってんじゃねぇかよ、思いっきり!!」


これ以上ないほど豪快に馬鹿にしてくるの胸倉を、神田は容赦なく掴んだ。
そのまま引きずって、額をくっけるように顔を寄せる。


「結局なにが言いたいんだテメェは」
「………………本気でわからないの?」


そう訊かれても神田は口つぐむしかない。
はしばらく呆れたような瞳で神田を見上げていたが、ふとため息をついた。
そして次の瞬間。


「ハッピーバースディ!!」


そう言いながら、思いっきり神田に頭突きをきめた。
大変痛々しい音が食堂中に響き、あまりの勢いに神田は後ろにのけぞる。
対するも額を押さえて激痛に震えていた。


「テ、テメェ……!」
「ごごごごごごごめん……、何となくやってみたら思いの他に衝撃が……!」


二人して涙目になっていると、また後ろから呆れた声が聞こえてきた。


「あーあ……。まったく、何やってるんさ」
「馬鹿なのも大概にしてくださいよ」


神田はもう振り返るのも面倒だったので、普通に無視した。
背後の彼らもそれは承知の上らしく、アレンがに向けて言う。


「頭突きなんかで照れ隠ししてないで、ハッキリ言ったらどうなんです」
「て、照れてなんか……っ」
「そうじゃないと、すっかり忘れているらしい神田には伝わりませんよ」
「そんなこと、だってわかってんだろ?」


ラビにまでそう言われて、はぐっと息を呑んだ。
半眼でアレンとラビを睨みつけるが、その頬は少し赤い。
それからは視線をまわして、神田を見た。
そして意を決したように、口を開いた。


「お……っ、お誕生日おめでとう!」

「……………………」


神田は目を見張った。
痛む額を押さえたままの体制で、硬直する。
なにやら喧嘩を売るような口調で言われたが、その言葉は意外すぎた。
しばらく呆然とした後、食堂の壁に視線をやる。
そこにかかっていたカレンダーを確認。
そして、


「ああ……」


忘れてた、と呟いた。
そうしている間にもはひとりで喋り続けている。


「いやだからお祝いにケーキをあげようと思って!やっぱり誕生日と言えばケーキでしょ、それはもう代名詞でしょ、あと蝋燭も外せないよね!でもケーキは失敗しちゃって、蝋燭まで吹き飛ばしちゃって、だからえーっと色々と考えたんだけどっ」


神田はカレンダーからへと視線を戻した。
彼女は意味もなくわたわたと両手を動かしていた。
どうやらこのバカ女は今日も挙動不審にがんばっているようだ。


「だから、その!」


は神田を見つめた。
ほんのり色づいた頬で、怒ったような顔で。


「兄弟になろう、神田!」
「………………」


結局そこにもどるわけか。
神田は思わず脱力してしまい、はさらに頬を赤くした。


「だ、だって仕方ないじゃない!プレゼントが駄目になった今、気持ちだけでも伝えたいと思うのが人類の本能であり、至極当然の展開でしょ!?」
「それで、何で兄弟になるんだよ」
「そんなのっ」


低く訊いてやると、は咄嗟に答えた。


「本当は“産まれてきてくれてありがとう、大好きだ!”って言いたいけど、そんなことしたら神田に叩き斬られちゃうから、その言葉の代わりに“兄弟になろう!”って……っ」


ああ、何だ。
つまりこのバカ女は。
自分が産まれてきたことに対する感謝と、親愛を、遠まわしに伝えようとしたんだ。
一生懸命に代わりの言葉を考えて、その結果が「兄弟になろう!」だったわけだ。


神田としては何故そこで兄弟に話が飛ぶのか疑問だった。
しかし伝えたかったことだけは、わかる気がした。


“私たちは結局、他人だけれど。家族だと思えるくらい、あなたを大切に想っているよ”


そんなの心が聞こえた気がした。
けれど当の本人は露骨に“しまった!”と言う顔で、自分の口を押さえていた。
アレンとラビの野次が飛んでくる。


「ちょっと今までの僕たちの苦労が水の泡じゃないですか!」
「オマエそれを言ったらユウに殺されるっつーから、ここまで手伝ってやったのに!」
「何うっかり口を滑らせてるんですか、もう!!」
「あーあ、オレどうなっても知らねぇかんな!!」

「あっさり見捨てられた!!」


友人達の裏切りには顔を蒼白にして叫んだ。
しかしそれも、神田が手を伸ばすことで封じられる。
はひっ!と悲鳴をあげて、涙を浮かべた。


「や、ちょ、神田おち着こう?てゆーかあんたも自分の誕生日を忘れるとかいう失態で私をガッカリさせたんだから、ここはひとつお互い様ってことで……」
「……………………」
「ああああああああ覚えてろよ!私の命日が自分の誕生日だってことを今後は絶対に忘れ……」


そこでは言葉を切った。
その金の瞳が大きく見開かれるのを視界の端に映しながら、神田はさらに腕を伸ばす。
彼女が手にしていた皿から、例のケーキ蕎麦とやらを半分奪い取った。
そして、


「あ」
「あ」
「ああ!?」


驚く一同の眼前で、それを口に放り込んだ。
咀嚼して、一気に飲み込む。
神田は目を閉じた。
そうしてぽかんとしているの顎を、片手で覆うようにして掴んだ。


「まずい!!」
「いいいいいいいいいいいいひゃい、いひゃい、いひゃい!!!(痛い痛い痛い!!!)」


神田は遠慮なく手に力を込めて、の頬を押しつぶした。
圧迫されてタコようになった口から、不明瞭な悲鳴が響き渡る。
神田はそれを当然のように無視すると、ケーキ蕎麦の大打撃で真っ青になった顔で呻いた。


「テメェよくも蕎麦をこんなクソまずいものに変えられるな……。ある意味才能だ、尊敬するぜ……!」
「だ、だからひっぴゃいしたんだっへ……っ(だ、だから失敗したんだって……っ)」
「これが失敗なんてレベルか!!」


そう怒鳴ると、神田は残っていたケーキ蕎麦の半分を、の口に無理やり突っ込んだ。
そして突き放すようにその体を開放する。


「ま、まずぅ!!!」


は己の手料理を思う存分味わって、テーブルの上でのた打ち回った。
神田はそれを見てふん、と鼻から息を吐く。
そして身軽に机上から飛び降りた。


「いいか、バカ女」


背を向けたまま、神田はに告げた。


「次に作るときは、甘くてもいい」
「………………神田?」
「とにかく食えるもんを作れ。でないと今度こそぶった斬る」


それだけ言うと、神田は食堂の出口に向かって歩き出した。
はテーブルの上にへばったまま、それを眺めていた。
ふと、口元に笑みが浮かぶ。
は微笑んだ。


「かんだー」


気の抜けた声で呼ぶと、神田は足を止めた。
その背を見つめては囁いた。


「いつか、本当に兄弟になろうね」


神田はハッ、と笑った。


「いつかっていつだよ」
「来世とか?」
「冗談じゃねぇ」


黒い髪が揺れて、神田が肩ごし振り返った。
その瞳が、を捕えた。


「来世までテメェなんかと関わってたまるか」


そこで神田は少し、微笑んだようだった。



「今世できっちり決着ケリをつけてやるよ」



その声を残すようにして、ひとつに結われた黒髪が弧を描いた。
神田は顔を前に戻すと、再び歩き始める。
は軽やかにテーブルの上に立ち上がった。
そして去っていくその背に向かって、言葉を放った。
ありったけの気持ちを込めて。



「Happy Birthday Yu!!」



今日という日におめでとう。
産まれてきてくれてありがとう。


大好きだよ!










はい、数日遅れの神田誕生日夢です。
遅くなってしまって本当に申し訳ありません……!
ヒロインはハッキリ“産まれてきてくれて〜”と言いたかったんですけどね。
そういうことを言うと神田が怒ることを知っていたので、何とか言葉を変えて伝えようとしたんです。
その結果が“兄弟になろう!”(笑)
彼女にとって家族も友達も同じ『身内』なのです。
なにはともあれ、神田お誕生日おめでとうでした〜。