何てわかりにくい忠告。
でも知ってたよ、 君の優しさ。






● 笑顔の在処  EPISODE 5 ●






いきなり目の前にハンバーグが飛び込んできて、神田は食事を中断させられた。
顔をあげると跳ねた汁と共に銀のフォークが見えた。
そして人が食べている蕎麦に何の予告もなく(あっても困るが)ハンバーグをぶち込むような馬鹿を、神田はひとりしか知らなかった。


「はぁい、そこのポニー青年!万年仏帳面がステキだね、ご一緒していい?」


フォークを握ったままそいつはにっこりと笑った。
言わずもがな、神田の知る限りでの最高の馬鹿、別名だった。
食堂は人々で賑わっていたが、一番混雑する時間帯を過ぎているので空席はいくらか見られる。
しかしこの馬鹿はわざわざ自分の向かいの席に腰を下ろしてきた。
聞いたくせに了解も取らずに。


「何のマネだ」


神田は引きつる唇で、押さえた声を出した。
今すぐ怒鳴ってもよかったが、他人の食べている蕎麦に突然ハンバーグをぶち込む彼女の心境がわからなさすぎた。
は自分の食事を乗せたトレイをテーブルに置くと、スプーンを手に取る。
そして神田の理解を超えた不味そうな健康食(コイツはいつもそれだ。蕎麦のほうが美味いものを健康マニアめ)を食べにかかりながら言った。


「それ、お詫び」
「……はぁ?」


本気でわからなくて神田は変な声を出した。
その反応に、はスプーンを軽く振る。


「だからお侘び。今日一日 鍛錬に付き合えって言ったくせに、私あの人との勝負に夢中になって神田を放ったらかしにしちゃったでしょ」
「だから……何だ?」
「ハンバーグをプレゼント」
「蕎麦にぶち込む意味がわかんねぇだろ、バカ女!!」


神田は怒鳴ってテーブルを殴ったが、はたいして気にも止めずに自分の食事を続ける。


「意味ならあるよ」
「……何だよ、言ってみろ」
「だって、神田ってばいつも蕎麦ばっかじゃない。そろそろ飽きたと思って」
「…………………」
「たまには味を変えてみなよ!っていう私の素晴らしい心遣いから、ハンバーグ蕎麦が誕生しました。拍手!!」


スプーンをナイフに持ち替える合間に、はパチパチと手を打ち合わせた。
うわぁなんてナイスアイディア!とか言っているその整った顔を、神田は黒玉の瞳で睨みつける。


そして次の瞬間、抜刀した『六幻』を彼女の首筋に突きつけた。


高速で抜き放った刀の動きは普通の人間おろか、並みのエクソシストでも見極められるものではない。
しかし神田が前にしている少女は普通の人間からも、並みのエクソシストからも、遠くかけ離れた異常生物だった。


の手にしていたナイフが、『六幻』の刃をガチリと受け止めていた。


そんなナイフなど本来イノセンスの前では何の意味も成さないが、今はそうではなかった。
発動していない『六幻』はただの刀に過ぎないのだ。
神田は『六幻』を難なく受け止められたことと、発動まではしないだろうと読まれていたことの両方に腹を立てた。
コイツは昔から変なとこだけ信用してくれる。
相変わらずムカつく奴だと結論して、舌打ちをする。
は左手のナイフで『六幻』の刃を受け止めたまま、右手のフォークで普通に料理を口に運びながら言った。


「食事中に暴れないでよ、神田」


少女は憂いを含んだため息をついた。


「あんたにはその腹を満たすためだけに生まれてきた、食べ物様に対する敬意ってものがないの?」
「テメェこそ敬意がねぇだろ。むしろ俺に敬意を払え、今すぐこの蕎麦を元に戻せ!」
「なんでよ、ちゃんと蕎麦にあうように和風ハンバーグにしたのに!」
「そんな敬意はいらねぇんだよ!!」


無駄なところに気を利かせたに、神田は怒鳴り散らして乱暴に『六幻』を引っ込めた。
刀を鞘に戻してテーブルを見下ろしてみると、そこには生産のハンバーグ蕎麦。
腹が立っていたのでそのまま口に放りこむ。
なるほど、確かに不味くはなかった。
別段美味くもなかったが。


その様子をはどこか緊張したように見守っていたが、神田が特に味の文句を言わないのでホッとしたようだった。
気にするのなら最初からやるなと言いたかったが、そんなバカ丸出しの嬉しそうな顔をされてはどうでもよくなる。
やったことは非常識を極めているが、悪びれがなさすぎて怒る気が失せた。
神田は何となく視線をハンバーグ蕎麦に落としたまま不機嫌な声を出した。


「もう用は済んだだろ。どっか行け」
「なんだソレ」
「お前がいるといろんな奴が寄ってきてうぜぇんだよ」
「一人で食べる気?」
「そのほうが落ち着く」
「そんなの何食べてもおいしくないじゃない。いいから乙女とご一緒しろよ」
「誰が乙女だ。そもそもお前じっとしてねぇだろ。すぐどっか行きやがって」


神田は瞳をあげて冷ややかにを見た。
すると、彼女は野菜ぶっ込み青汁シチューを食べながらあっさり言った。


「どこにも行かないよ。神田にごめんって言いにきたんだから」


「…………………………………」


神田は今自分が変な顔をしている自覚があった。
眉間の皴はいつもより三割り増しになっていることだろう。
歪めた口を戻す気になれず、そのまま大きな吐息をもらした。


「……だからお前ってムカつくんだよ」
「ええ?なんで!?」
「もういい黙れ。喋んな」


疲れたような声でそう言ってやると、は一瞬黙った。
しかしこの馬鹿がおとなしく人の言うことを聞くわけがなく、次の瞬間には何やら騒ぎ出したが、神田は無視した。
無意識のうちにため息をつく。


勝手にモヤシのところに行ったくせに。
今度は“どこにも行かないよ”なんて。
そんなのは。
ムカつくんだよ、バカ女。


どうしてこんなタイミングで、一番人の心を突く言葉を吐くのだコイツは。


それは昔からずっと抱いていた疑問で、その答えは今までもわからなかったし、これからわかるとも思えなかった。
だから神田は考えることを早々に放棄すると、箸を持ち直した。


とにかくハンバーグ蕎麦を完食してやろうと思ったからだ。













“してやったり”とはこういう気分のことを言うんだろう、とは考えた。
目の前で自分の制作したハンバーグ蕎麦を食べる神田をほくほくした笑顔で見守る。
約束をしていたにも関わらず午後からずっと彼を放っておいたことへの謝罪が、こんな珍品メニューですんでしまうなんて。
我ながらナイスアイディアだということは知っていたが、この短気で好戦的な青年をここまでうまく丸め込めるとは 思ってもみなかった。
ほんと神田ってちょろいから大好きだ。


そんな素直な気持ちやら世間話やらを神田に話している間に、合計五回ほど『六幻』を抜刀されたが、そんなのはの日常の一部だった。(むしろいつもより斬りつけられる回数は少なかった。なんて平和的!)
満面の笑みとナイフで神田をかわしながら食べる食事はおいしくて、の機嫌はますますよくなる。
思わずにへら顔になっていると、目の前の青年は露骨に眉をひそめた。


「気持ち悪ぃんだよ、その顔やめろ」
「ふふん、今日は何を言っても許してあげるよ神田。何故なら幸せだから!」
「んなことはどうでもいい。その顔やめろ」
「なんで?」
「ラビみたいでムカつく」
「あ……っ、んたね!世の中には言っていいことと悪いことがあるんだよ!?」
「何言っても許すんじゃなかったのか」
「残念ながら今の発言は許容範囲を大幅に超えている。速やかに謝罪することを要求します!」


の訴えを神田は鼻で笑い飛ばした。


「うぜぇ顔してたお前が悪い」
「乙女の笑顔とあんなヘラヘラ笑いを一緒にした神田が悪い!」


は決然とした態度で反論した。
だが、それは会話のキャッチボールをきちんと習得できていない神田によってなかったことにされる。


「それより、どうだったんだ」


神田が食べ終えた器の上に、パチンと箸を置きながら訊いてきた。
それはこの食堂で、彼から振ってきたはじめての話題だった。
今まではが黙って食べようとする神田を強制的に巻き込んで話をしていたのだ。
おいしい食事は楽しい会話から、というのがの正義である。
ようやくそのことを理解してくれたのか、神田もえらくなったなぁ……!などと一人で感動しては思わず涙ぐみそうになったが、


「は?何が?」


質問の意味がわからなくて瞬いた。涙はそれで蒸発する。
この子はまだ会話を楽しむには主語が大切だということを理解していないんだね……!
神田は依然として成長過程のおバカさんだということをは再認識し、視線で答えを促すと彼は言った。


「あの白髪と勝負したんだろ。結果はどうなった」
「………………」
「まぁ、お前が勝ったに決まってるか」
「…………………………………」
「……?どうした」


神田はようやく、の異変に気がついたようだ。
は“白髪”という単語が出た瞬間、食べていたノンオイル豆乳パンを取り落としていた。
顔色は遥かなる大空のように真っ青である。
全身から冷や汗が噴き出すのを感じながら、は言う。


「そ……そそそそその話には触れない方向でお願いしたい!!」
「……まさか、負けたのか?お前が?」
「わわわわわ分けた………けど」
「引き分けだと?」
「うん、最後ちょっとズルかったんだけどね…………じゃなくてホントもうあの人の話はよそうよ!!」


は涙のにじませながら叫んだ。
その様子に強い怯えを感じ取ったのか、神田が顔をしかめる。


「お前、あいつに何されたんだ」
「いやー!思い出したくもない!!」


ひどい記憶が蘇ってきて、はテーブルに突っ伏した。
弾みで食器がガシャンと音を立てたが、そんなことはどうでもよかった。
は頭を抱えてブツブツ言う。


「怖い怖い怖いあの人ホント怖い、いやもう怖いってレベルじゃないよ人間じゃないよ、あの人きっとアレだよ魔王の生まれ変わりだよ、全ての災厄を具現化した何かだよ、アレに比べたら『六幻』の災厄なんて可愛いもんだよ、だってあの人の恐ろしさは恐怖の大魔王としか言いようがなかったもん………………!!!!」


「僕がなんですって?」


唐突に声がして、は文字通り飛び上がった。
それは全身の毛を逆立てた猫のような反応で、神田は一瞬おもしろいと思ってしまったが、はそれどころではなかった。


顔色を空の青から生命の母である海の蒼に切り替えて、は背後を振り返った。
そして、そのまま固まった。
冷や汗が滝のように流れて止まらない。
ぷるぷる震える全身で、はかろうじて立っていた。


そんな彼女を観察するように眺めているのは、先刻から話題になっていた“白髪”、アレン・ウォーカーだった。
彼は腕を組んで、顎を上げ、を見下ろしていた。
口元は笑んでいるが瞳は憤然とした色を宿している。


「さっきはどうも、
「あ、あ、あ、あんた……っ」


アレンはどこまでもにこやかに挨拶をしたが、の怯えは少しも薄れなかった。
がくがくする手で指差すと、彼はますます笑みを深めた。


「どうしたんですか、そんなに震えて。生まれたての小鹿の真似ですか?そんな小動物的なか弱さで保護欲を刺激しようとしたって無駄ですよ」


アレンの瞳が穏やかに細められる。


「今さらそんな風になられても、僕の良心はちっとも痛みません」


口調はどこまでも優しかったが、言っている内容の恐ろしさは殺人的だ。
その高濃度な恐怖には思わず叫んだ。


「何であんたはそんな爽やかに最悪な事が言えるのかなぁ!?」
「君が相手だからに決まってるでしょう」


アレンはあっさりと切り返した。
はその返答が激しく気に入らない。


「何なの、そんなに私に文句があるの!?」
「文句も意見も、告訴要素もありますよ」
「告訴要素……!?」
「殺人未遂に人格非難、不法侵入に名誉毀損、器物破損あげくに侮辱罪」


アレンは指折り、淡々と言った。
静かな声だけに妙な凄みがある。
それから彼はにっこりと微笑んだ。


「これだけの罪があるんです。まだまだ報復は続きますから、そのつもりでお願いしますね」


あれだけひどい目にあわせておいて、まだ復讐劇を終わらせる気はないようだ。
は思った。
この腹黒魔王が犯した罪は、これ以上ないまでの傷害罪だ。
の“心”への。
激しいトラウマを抱えることになったは、ほとんどヤケになって笑った。
胸を張って、挑むような勇ましい笑顔を見せてやる。


「ごめんね、私ってば何事も全力投球でしかできないもんで!」


すると案の定、アレンはムッとしたように眉をひそめた。
は思い通りの反応に一瞬愉快な気分になったが、すぐに何億倍も後悔した。


アレンが世にも恐ろしい笑顔を浮かべたからだ。


据わった目に、にっと吊り上げられた唇。
下手に顔がいいだけにその笑顔には、異常な迫力があった。
さらににはハッキリと見えていたのである。
彼の背後から噴出した、禍々しいまでの黒いオーラが。


「そうですか。だったら僕も遠慮はやめて、全力で報復させてもらいますね!」


遠慮なんてされた覚えなどなかったが、はそんなことよりも避難を開始していた。
とりあえずテーブルを乗り越え、神田のもとを目指す。(神田でも盾ぐらいにはなるだろう)
何故なら本能がヤバイと告げている。
これ以上この人と対峙していたら、確実に殺られる……!
しかし、そんなの腕はアレンによって素早く捕らえられた。
強い力で引き戻される。


「ぎゃー!!」
「無意味なことしないでください。なに逃げてるんですか」
「いや、逃げるでしょ!あんた殺る気じゃない、私を殺る気じゃない、見ていていっそ清々しいぐらい殺る気満々じゃない!!」
「あぁそういうのがお望みですか。いいですよ、永眠させてあげます!!」
「いやーーーーーーーーーーーっ!!」


再びご光臨された恐怖の大魔王に、は絶叫した。
思わずきつく瞼を閉じる。
だが、その魔の手がに届くことはなかった。
アレンの左手は相変わらずの腕を掴んでいたが、迫っていた右手が一向に襲ってこない。
不思議に思って、は瞑っていた目を恐る恐る開いた。


そして、瞠目。


斜めに見上げた先の、アレンの喉下。
そこには漆黒の剣先が突きつけられていた。
それが彼の動きを止め、間一髪でを救っていた。
振り返らなくてもわかる。
見慣れた(かわし慣れた)それは『六幻』で、それを握っているのは間違いなく神田だ。
彼が助けてくれるとは一ミクロンも思っていなかったは、ただただ驚いていた。
ぽかんと口を開けてアレンに突きつけられた刀の輝きを見つめる。


「それ以上、俺の前でそのバカ女をわめかせるな」


徹底的に不機嫌な声がの背後から聞こえてきた。
続いて苛立った舌打ち。


「目障りだ」


アレンは少し意外そうに、そして露骨に不満気に眉をひそめた。
彼も神田がを助けるだなんて、これっぽっちも予測していなかったのだろう。
だがには先刻の神田の一言で全てを了解していた。
神田は目障りだったのだ。
それもアレンではなく。

ぎゃーぎゃーわめく、が。


………………………自分だって大概うるさいくせに、こんなときだけ静寂を尊ぶ孤高の剣士気取りかよ!


はいつもの癖で思わず突っ込んだが、それより神田は魔王の手から己を救い出してくれた恩人であることのほうが重要だった。
人間とは恩を忘れてはいけない生物である。


「神田サイコウ!大好き!愛してる!もう結婚しようよ!!」


とりあえず涙ながらに感謝の言葉を並べてみた。
アレンがまだ目の前にいるので神田を振り返ることはできないが、きっと彼はこの言葉に喜び狂っているだろうとは思った。
何といっても乙女の愛の告白なのだから。
そんなことを思いながら一人で浸っていたら、一切の前触れもなく急にアレンに突き飛ばされた。
それは右手だけのことだったが力は強く、は勢いよく後ろにあった椅子へと倒れ行く。


「う、わ!」


突然のことに悲鳴をあげた。
次の瞬間 ――――――― つい先刻までの頭があった位置を、猛烈なスピードで『六幻』の刃が通過していった。
鋭く斬られた風が、倒れ行き、たなびくの金髪を一房もっていく。
一拍置いて、は腰を椅子に強く打ちつけた。


「痛っ……たー!」


激痛に震えるなど完璧に無視で神田が怒鳴った。


「今度そんな気持ち悪ぃ言葉吐いてみろ!ぶった斬るぞ!!」


いや、今度どころか今まさにぶった斬ろうとしたよね!なに真剣にキレてんの!?
神田の矛盾だらけ言葉と、自分のラブコールに対する態度のひどさには思わず涙ぐんだ。
それから痛がっている自分を何やら普通に眺めているアレンを見上げる。
彼は先刻の神田の凶刃から救ってくれたようだったが、どうにもその方法が乱暴な気がしてならない。
何も突き飛ばさなくてもいいではないか。
今までの態度と総合すると、むしろ椅子に腰を強打させることのほうが目的だったのではないかと疑いたくなってしまう。
がそう思うのも仕方がないほどの素直な顔で、アレンは呟いた。


「助けたと思ったら、殺そうとするなんて……。本当に目障りだっただけなんだ」


え、と思ってが聞き返したが、アレンは答えずに半眼になった。


「馬鹿馬鹿しい……。お互いに疲れてることですし、今日は許してあげます」
「は?なに今日は、って!?」


慌てて聞き返すに、アレンは再び例の恐ろしい笑みを浮かべた。


「せいぜいゆっくり休んでください」


それだけを言い残して、歩き出す。
片手が振られた。


「また明日。


それはもし『英国紳士の心得』などという本が存在したならば、間違いなく別れの作法のページにお手本として載っているであろう完璧な仕草だった。
は椅子に倒れた姿勢のまま、その後ろ姿を呆然と見送る。


何だアレ。


確かに普段の善人たる顔が、彼の本性ではないことはとっくにわかっていたが。(むしろ隙あらば本性を暴いてやる気満々だったが)


まさかあんな恐ろしい性格をしていたなんて!


「あ……っの、腹黒魔王め!!」


思わずは食堂中に響き渡る声で叫んだ。


「こっちこそ今日はこれで許してあげるよ!覚えてろー!!」


何人かがその大声に振り返ったが、アレンはこれみよがしに無視した。
は爆発した感情を持て余して、彼の背中を睨みつける。
すると、唐突に腕を掴まれて振り向かされた。
テーブルの向こうから手をのばしてを捕まえていたのは、神田だった。
彼はただその黒い瞳でを見ていた。


「あまりあいつに構うな」


は一瞬 言われたことの意味がわからなかった。
あいつ、とは間違いなく先刻の恐ろしい白髪の少年のことだろう。
神田が彼を嫌っていることは周知の事実だったが、それを他人にまで押し付けてくるような奴ではないことは、が一番よく知っていた。
まさか、ヤキモチ?
はそう言って笑おうとしたが、見つめてくる神田の表情がそんな冗談を許さなかった。
彼は鋭い光を瞳に宿して、静かな口調で言った。


「あいつとお前は絶対に意見が合わない。下手に関わるな」
「……確かに意見はあってなかったと思うけど」
「そういう意味じゃねぇよ」


が戸惑って瞬くと、神田はじれったそうに舌打ちをした。


「根本的に正反対なんだよ。途中まではバカみたいに似てるのに、決定的なところが違う。違いすぎる」


そういえば、神田はすでにあの人と任務に行ったことがあったなとは思い至った。
そして彼とは合わないと散々文句を言っていたのだ。


「神田じゃあるまいし」
「ブチキレるのはお前の方だぜ」
「どうして……」


神田の瞳があまりにも真剣なので、は口を閉じた。
すると彼は力を込めて掴んだ腕を握り、もう一度言い含めた。


「いいな。下手にアイツと関わるんじゃねぇぞ」


その理由を聞くことは出来なかった。
それを聞いても、今の自分では理解できない気がしたのだ。
言うだけ言うと、神田は急にバツが悪そうな表情になって、を開放した。
それから何も言わずに踵を返し、食堂の出口に向かって歩き出した。
残されたは、ただわかることだけを思う。
神田は私のことを心配してくれたんだ。
理由はわからないけれど。
言っている意味もわからないけれど。


それが私のことを想ってだということは、わかる。


は胸の内が暖かくなるのを感じた。
だってあの神田が私の心配をしてくれるなんて。それを悟れるほどにはっきりと言動で示してくれるだなんて。
何て珍しい現象。


「優しいなぁ、ユウちゃんのくせに」


緩めた口元で呟いて、は神田の背に向かって大声で言った。


「神田ありがと、大好き!愛してる!もういっそ結婚しようよ!!」


今度も食堂中にその声は響き、そこにいたほとんどの人間がと神田を見た。
注目の的になった青年は、猛烈な勢いで振り返った。
一つに結われた髪が弧を描く。
その手には抜刀された『六幻』が握られていた。
神田は怒りで肩をぶるぶる震わせながら、全力で怒鳴った。


「こ……っの、バカ女ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


だって今日は午後から放ったらかしにしてしまったから。
もう少し、神田と遊ぶのも悪くないかなと思ったんだよ。



ともかく命の安全のため、はその場から逃げ出した。
楽しそうな笑い声をあげながら。








ようやく『笑顔の在処』終了。長かった……!
最初の予定では2話ぐらいで終わるはずだったのになぁ。
神田の忠告の意味は後々わかります。
ちなみにハンバーグ蕎麦は普通に不味いと思うので、やらないほうがいいですよ!(笑)