今思い出してもかなり腹が立つ。
初対面にしてあの仕打ち。


僕らの出逢いはまさに史上“最悪”と呼ぶべきシロモノだった。







● 黒の教団 黒の少女  EPISODE 1 ●






「あったま悪いなー」


私はそう言ってため息をついた。


私の名前は
国籍不明。 誕生日不明。 血液型、その他すべての個人データ不明。 名前もハッキリ言って偽名だ。


私は複雑で話すのがとっても面倒くさい諸事情により、 自分自身に関するすべての事柄を隠して生きている。
それが身を守るために必要なのだと何だか偉いらしい (見た目はうさんくさい)、 じーさんに言われたからそうしている。
そのじーさんは一応命の恩人だし、こんなシリアスな要求を冗談でやらすような人ではないから、 私は8年間 彼の言いつけを守って生きてきた。
もちろん過去をすべて隠すということはとても悲しくて寂しかったけれど、そうしなくてはならない理由は自分でも理解できたから、文句は言わなかった。
ありがたいことに私の周りにはそんなことを気にしない友達がいてくれたし。


エクソシスト。
それが私の職業。
アクマ退治専門の聖職者。
と言っても本などに出てくる架空の存在の悪魔ではない。
「AKUMA」、千年伯爵という奇人が創り出した化け物、人類を標的としたその悪性兵器を破壊することを役目としている。


そのエクソシストの総本部、『黒の教団』 医療室で私は再びため息をついた。


「ほんとあったま悪いなー」
「…………………喧嘩売ってんのか、テメェ」


可哀想なものを見る目で見て、しみじみと言ってやったら眼前から反応があった。
どうやら言語がわかるくらいには脳が発達しているらしい。
でも馬鹿だ。


「ほんとにほんとにあったま悪」「だから喧嘩売ってんのかって聞いてんだろッ!!」


しかも短気だ。
人が話してるときにそれを遮って自己主張するとは何事だろうまったく。
私は体を斜めに向けて腕を組み、医療室に備え付けてあるベッドに腰掛けたそいつを上から見下ろしてやった。


「ばーか」
「…………………………よく分かった。死にたいんだな」
「ほんとバカだなぁ、頭撫でてあげる」
「やめろ!」


目の前のそいつ……長い黒髪を高く結い上げた青年は、伸ばした私の手を思い切り振り払った。
何するんだこのヤロ可愛くない。
でも負けない!


「よしよし神田ー」
「うぜぇ。どっか行け。消えろ」


めげずに再チャレンジしようとしたら、本当にうざったそうな顔でそう言われた。
さすがにこれには温厚で平和主義者の私でもカチンとくる。


「こん……っの、可哀想な神田めーーーー!!!!」


ドコォ!!

だからとりあえず、私はヤツの無防備なわき腹に一撃きめておいた。
我ながらキレのあるボディブロー。怒りの鉄拳で青年をベッドに沈めることに見事成功したざまぁみろ。
しかし痛みにうずくまって、それでも不様に悲鳴をあげないところはさすがと言うか、なんと言うか。


神田ユウ。
それが目の前の、ものすごく痛がっている彼の名前だ。
私と同じエクソシストで、とりあえず短くはない付き合い。
いつも仏頂面で、口が悪くて、目つきも悪い、簡単に言うととっつきにくい奴。
けれど実は割りといい奴だったりするので、気が付くとよく一緒にいる。
友達……一般的に言われるそれの関係とは少し違うけれど、裏表のない彼の性格は隣にいて気持ちがいい。


「ふ……っ、また無駄なものを殴ってしまった」


私が流し目で哀愁たっぷりにそうきめると、ものすごい殺気が前方から漂ってきた。


「…………………言い残すことはそれだけか?」
「はいはい、よしよし」


きつい眼差しで睨み付けられたが、私は無視してベッドにうずくまったままの神田の頭を撫でてやった。
乱暴な手つきでぐりぐりしてやる。


任務から帰ってみれば神田のヤツめ、血みどろの姿でコンニチハだったのだ。
彼も別件の任務に行っていたことは知っていたが、まさかこんな大怪我をして帰ってるなんて思ってもみなかった。予想外の心臓負担である。(おかげで帰還早々、医療室までダッシュしてしまった。疲れてるのに!)
さらに力を入れて頭をぐりぐり。


「っ……おい!」
「なに」
「痛ぇんだよ、離せ!!」


神田が怒って跳ね起きた。
ついでに私の手を弾き飛ばそうとするが、私は根性で神田の頭にくらいつく。(ガッツだ!)


「私の心臓に負担をかけた罰だー!」
「知るか、んなこと!!」
「逆切れかー!!」
「テメェがな!!」
「私のは正当ギレなんですー、だ!ばーかばーか」
「いいから離せ!!」


痛みが限界だったのか、神田は渾身の力で私の手を振り払った。
女の子に全力出すってどーゆーことだよ!!
心の中で訴えて舌打ちをする。


「…………………今、“チッ”とか言ったか?」
「あーら失礼。どこぞの神田さんの口癖なんかがうつっちゃったみたい、ごめんね私ってば乙女なのに!!」


可愛らしく小首をかしげて、エヘッとか言ってみたら神田がベッドの脇に置いてあった日本刀……彼のイノセンス『六幻』を鷲掴んだ。
その超人的なスピードに、私は思わず「スミマセン!!」と口走る。もはや脊髄反射だ。
怖いよ!
神田さんめちゃくちゃ怖いよ!!


しかも乙女がピンチだというのに、周りにいる医療班の皆さんはものすごく助けてくれる気なしだ。
日常の一コマ扱いで私たちの死闘を観戦している。(確かにものすごく日常的な喧嘩だけど)
私は神田の殺気から逃れるために、にっこりと笑った。


「ほーら神田!あんまり動くと傷口開いちゃうって」
「開かせようとしてるのはテメェだろうが。そもそもケガ人だと思うなら殴るんじゃねぇよ」
「えっ、なに?この優しいさんに手当てしてほしいって!?」
「誰がそんなこと言った!」
「よーし、どんと来ーい!!」
「話を聞け!!」
「まずは縫合いっとくか!大丈夫、私縫い物苦手だから!!」
「ふざけんな!!!!」


せっかく親切で言ってあげたのに、ことごとく却下されて私はものすごく不満だ。
ムッとむくれて神田をねめつける。


彼は治療のためエクソシスト専用の黒いコートを脱いでいて、鍛えられた上半身を剥き出しにしている。
その胸に刻まれた梵字と、出血のわりに浅い……いや、もうほとんど塞がりかけている傷を見て、私は眉をひそめた。


「………あんまり馬鹿だと本当にガタがきて“尽きる”ことになるよ」


小さく言って、何となくベッドに脱ぎ捨てられていた神田の血まみれのコートを拾い上げて抱きしめた。
血臭が鼻を突く。本当に大怪我だったのだと思い知るとなんだか腹が立ってきて、コートを神田に向けて投げつけた。


「おい、何しやがる」
「別に。気にしないで、神田に物を投げつけたい気分だっただけ。なんて欲望に忠実な私」
「…………………テメェはあれか?俺に喧嘩を売るのが趣味なのか?」
「やだな。そんな暇そうな趣味は持ちあわせてないよ」
「嘘吐け」
「いいからホラ歯ぁ食いしばれ」


私はだんだん神田といつもの喧嘩をしているのが面倒くさくなってきたので、そっけなくそう言った。
すると無表情の私とは対照的に、神田の顔がこれ以上ないくらい嫌そうに歪んだ。


「歯ぁ食いしばれって……何する気だ」


うわぁ、すごい警戒心。
私から離れようと神田はじりじりベッドをにじり下がっている。


「なにって手当て」
「手当てになんで歯ぁ食いしばれとかいう前置きがいるんだよ」
「いるでしょ、そりゃあ」
「いらねぇだろ普通」
「だって痛くする気満々だもん」
「…………………そんなえげつないことを、さも当たり前のような顔で言うな」
「神田にはとりあえず、二度とケガしたくなくなるような恐怖を味わってもらおうと思います!!」


私は元気よく言って、今日一番の素敵な微笑みを神田に向けてあげた。
ちょっと何だろうねその引きつった顔は。乙女の花のような笑顔に対してあんまりの反応だ。
仕方ない。ここはお礼に、とっておきの“手当て”をプレゼントして差し上げよう!!


「さぁ神田ー……ふっふっふ」
「その気色悪い顔で俺に近づくな!!」
「ちゃちゃちゃっと手当てしちゃおうねー……へっへっへ」
「来るなっつてんだろ!!!」


おいおい、本気で逃亡する気ですか神田さん。
見かねて私はパチンと指を鳴らす。


「医療班の皆さんカモン!!」


瞬間、逃げようとしていた神田の体は数人の医療班員に取り押さえられた。


「っ………!テメェら!!」


グッジョブ医療班の皆さん!
だてに曲者ぞろいのエクソシスト相手に治療してない。ケガ人を逃がすまいと目が真剣だ。


「そこのアホ女に何の弱み握られた!?それとも買収されたか!?」


なにやら神田が失礼なことを叫んでいる。
世のため、人のため、ケガ人のため、そして私のために!!善意で働いてくれている医療班の皆さんに何てことを言うのだろう。
彼らはイノセンスをチラつかせながら笑顔で丁重にお願いするとすぐに協力を承諾してくれた、とってもイイ人達だというのに。


「さぁ、観念するんだね神田」


私はとりあえず、その辺にあった刃物系の治療道具や髑髏マーク入りの薬瓶を装備して神田ににじり迫った。
どうしよう、高笑いしたいくらい楽しい。神田のバイオレンスブルーな顔色が素敵すぎる。


今日という日は私の胸に輝かしく刻まれまくること間違いなし。


私はそう確信して、神田へと手を伸ばした。
指先が触れる。




その一瞬前。




「こいつアウトォォオオオ!!」


悲鳴のような門番の声が教団中に響き渡った。
突然の出来事に、私は条件反射で耳を塞ぐ。うるさいって門番。


「うひゃあ、すごい声」


律儀に感心しているのは私一人で、周囲には何事かとざわめきが生まれている。
その混乱に拍車をかけるように門番の叫びは続いた。


「こいつバグだ!額のペンタクルに呪われてやがる!!アウトだアウト!!!」


つまりアクマが攻めてきたってこと?


自然と導き出されたその答えに、私は思いきり顔をしかめた。
これはまた、何とも面倒くさいことになりそうな予感。


それを証拠付けるかのように、私の目の前で神田の表情が変わった。
瞳がきつくなる。
鋭い炎をそこに宿して。


神田は自分を押さえつけていた医療班員を容赦なく振り払うと、


「神田!」


私の止める声も聞かずに『六幻』を鷲掴んで、医療室を飛び出していった。
残される私。
打ち砕かれた神田イジメへの野望、もとい手当て。


……………………………………何だか物凄く悔しいのは気のせいだろうか。


「くっそぅ神田め……!絶対逃がすもんか!!」


低く低く呟いて、私は神田の後を追うために駆け出した。


あれだけの怪我をして帰ってきたのにまだ戦う気かあのバカ。
どうやら私の心臓に負担をかけたことを反省する気はないようだ。
だったら全力で“手当て”してやる。


ついでに“手当て”を邪魔したアクマを完膚なきまでに、


「ぶっ飛ばす!!」


私は力強くそう宣言して、走るスピードを上げた。







今回は神田だけ。
次は例のあのシーンです。
やっと主人公のお出ましですよ!(笑)