どうして泣いてしまったんだろう。
一生の不覚かもしれない。
● 黒の教団 黒の少女 EPISODE 8 ●
見つめてくる金の双眸。
自分の言葉に振り返った彼女。
アレンは自分の口を手で覆って、その眼差しを受けていた。
どうしよう、と思う。
ひどいことを言ってしまった。
ひどく冷たい声で、突き放すための言葉を。
傷つけるためだけに放たれたような言葉を。
(どうしよう……)
確かには苦手な人だ。
めちゃくちゃで、わけがわからなくて、イライラする。
けれど、彼女には悪意がなかった。
裏なんかなくて、そのまんまで。
真っ直ぐな人なんだろうとアレンは気がついていた。
それなのに、
傷つけた。
「………あ、今のは、その」
「ねぇ」
焦って言いつくろおうとするアレンを遮って、がゆっくり瞬いた。
表情は固くて、怒りを感じる。
それは言い訳など通用しない、純粋な感情だった。
アレンはその強い視線に息を呑む。
そして、彼女は低く言った。
「この食料棚 豆乳が入ってないんだけど、どーゆーこと?」
「……………………………………………………はぁ?」
あまりに検討はずれなその言葉に、アレンは思わず変な声を出した。
しかしは本気で憤慨しているようで、怒り任せに勢いよく食料棚の扉を閉める。
「ここまで期待させといて入ってないなんて!これ食料棚失格!豆乳の入ってない食料棚なんて私 認めない!!」
「……………………………………」
きっちり三呼吸ほど間を置いて、アレンは激しい後悔に襲われた。
この人に少しでも罪悪感とか抱いた自分が本気で許せない。
最悪だ。
最悪すぎる。
あぁもう僕の馬鹿!
そんなことをぐるぐる考えているアレンの前で、は少し考えた後、再び食料棚の扉を開けた。
ざっと中を見わたして、
「まぁ、牛乳でもいっか」
やけに真剣な口調で妥協し、ミルクの瓶を取り出す。
そして部屋にあったコップに注ぐと、男前に一気に飲み干した。
うん、うまい!と一人で頷いて、空になったコップにもう一杯ミルクを注ぐ。
アレンはそれを据わった目つきで眺めていたが、突然コップを差し出されて瞠目した。
「え……」
「飲む?」
普通に言って、手渡される。
ガラス越しにアレンの掌に伝わる冷たさ。コップの中でミルクが揺れた。
これは好意なのだろうか。
よくわからなかったが、アレンはとりあえず相手に合わせて笑みを浮かべた。
「あ、ありがとう」
その途端、の表情が奇妙に歪んだ。
変なものを見るような目でアレンを見つめる。
アレンは自分が彼女をそういった目で見ることはあっても、自分が見られるわけが理解できずに首を傾げた。
はしばらく眉をひそめてアレンの顔を眺めた後、急に思いついたように言った。
「ああ、これだったんだ。私の覚えた違和感って」
「え……?」
「変な顔で笑うんだね、君って」
突然言われてアレンは瞬く。
「変な顔……?」
「そ。こんな顔」
そう口にしながら、はにっこりと笑ってみせた。
ああ、この人黙ってたら本当に綺麗なのにな。
そう思う反面、アレンは嫌だなと思った。
何だか変な感じがする。目の前の彼女の笑顔。
綺麗なのに。
とても綺麗なのに。
どうしてだろう、それは彼女自身の本当の美しさをそぎ落としているようにしか見えなかった。
「気持ち悪いでしょ」
笑顔を浮かべたまま、自分のその顔を指差してが訊いてきた。
アレンは一瞬ためらったが、求められているのは知っていたから素直に頷いた。
「はい」
「わかった?君はこんな顔して笑ってるの。やだなー違和感バリバリで」
は本当に嫌そうに眉をしかめて、ベッドの上、アレンの隣にぽすんと腰掛けた。
「こんな顔でよろしくとか言われて、握手求められてもできないって実際」
そうして口元には笑みを刻んだまま、何だか傷ついたみたいな横顔を見せた。
アレンはどうしてだろうと思う。
先刻、自分がひどいことを言ってしまった時にはなんでもない顔をしていたのに。
どうして自分が向けた笑顔に、こんな顔をするのだろう。
わからなくて、ただを見つめていると、彼女はアレンを振り返ってきた。
「どうして君の笑顔が気持ち悪いかわかる?」
「……いいえ」
アレンはから目を逸らして首を振った。
「わかりません。そんなこと、言われたことありませんから」
「それもそうか。こんな失礼なこと普通言わないよね」
あはは、とは眉を下げて笑う。
その顔には先刻感じた違和がなくてアレンは不思議に思う。
「でも私は言うよ。そんな嘘をつかれちゃう人と、これから一緒に任務なんて行けないから」
「嘘……?」
「そう」
は不意に真っ直ぐアレンを見た。
「君のその笑顔は嘘。創りものだもの」
言われた瞬間、何かがアレンの中で壊れた。
音もなく、静かに瓦解してゆく。
目を限界まで見開いたアレンの前で、金髪の少女は言う。
「さっき浮かべた私の笑顔を君が気持ち悪いと思ったのは、その笑顔がニセモノだと認識したからよ。
本物を知っているのだから、わざと作ったその表情に違和感を覚えるのは当然でしょ」
は体の後ろに手ついた。
そしてそこに体重をあずけて、天井を仰ぐ。
「笑いたくて笑ってるんじゃない、創り物の笑顔。それに返せるのはやっぱり創り物の笑顔だけで。
そんな顔で私は“よろしく”なんて言えないから、差し出された君の手は握れない。握手はできない」
金の瞳がゆるく瞬く。
「………本当は仲良くする気なんてないんでしょ?」
その視線に見抜かれて。
「“よろしく”なんて言葉だけで。笑顔を向けてくれたのは礼儀ってやつで。差し出された手は、本当は、私の手を求めていない」
そこでは、がばりと身を起こした。
「言っておくけど別に責めてるわけじゃないからね」
明るくなった口調はわざとなのか、それとも違うのかアレンには判断がつかなかった。
「むしろ尊敬する。どうして君がそういうことするようになったかは知らないけど。私、基本的にそのまんまの人間だから……。そうやってなにかを傷つけずにすむことだってあるよね」
微笑みを刻んだ唇だけがアレンには鮮明だった。
その金の瞳は見ることができない。
見てしまえば終わってしまう。
なにもかもがおしまいだ。
「でも、ずっとそんなんだとしんどくない?だって自分を殺すのは苦しいことだよ。知らないうちに心が傷ついて痛いだけだよ。他人のことを考えられる君はすごいと思うけど」
言いながら、はアレンを見上げた。
「これからは、もう少し素直な自分を許してあげれば?」
その金の瞳を見た瞬間、アレンの中で壊れたものが粉々になって流れて行った。
代わりに心を満たしたのは何か知らないもの。
正体がわかるはずはなかった。
それはアレンが知らずに生きてきたものだった。
の笑顔が消えた。
ひどく驚いたように、目を見張る。
その金色に映し出された自分に、アレンは、あぁしまった、と思った。
どうして泣いてしまったんだろう。
左眼から零れ落ちた一筋の涙。
たった一雫。
それでも溢れ出してきたもの。
自分でも信じられなくて、アレンは慌ててそれをぬぐった。
「ち……違いますっ、これはその……さっきまで嫌な夢を見てたから……!」
そうだ、きっとマナの夢を見たせいだ。
心が少し弱くなっていたからだ。
夢の中の自分はいつだって子供で、涙しか知らなかったじゃないか。
だから。
そうでなければ“僕”は泣いたりなんてしない。
何も知らない、昨日会ったばかりの人間に好き勝手なこと言われて。
それで誰が泣いたりなんかするもんか。
アレンは何度も目をこすった。
何だかみっともない顔をしていそうだ。
それをにさらすのは死ぬほど不本意な気がした。
「いや、まぁ、その……いいんじゃない!?男の子が泣いちゃいけないって法律はないんだし!」
「泣いてませんっ!!」
妙にまごまごしたの態度が頭にくる。
どうしてこんな果てしなくゴーイングマイウェイな人間に気遣われなければならないのか。
くやしい。
腹が立つ。
あぁそれにしても怒ったり動揺したり泣いたりと、昨日から忙しいことの連続だ。
目の前のこの人はどうしてこうも自分の感情を揺さぶるのだろう。
「えーっと……」
「何ですか、なに言いにくそうにしてるんですか、ハッキリしてくださいよ」
「えと、なんかよくわかんないけどごめん?」
「疑問形で言われても困ります。大体なにを謝ってるのか僕には皆目検討がつきません」
「いや、だって泣かせちゃったし」
「泣いてない!!!!」
「はぁ、そうなの。とりあえず落ち着いて。牛乳飲めば?」
「君に言われなくても飲みますよ!!」
アレンは怒ったようにそう言って、手に持っていたミルクを一気に飲み干した。
そして顔をしかめる。
「まずい……」
「そりゃ、ぬるくなった牛乳はまずいだろうね」
「わかってて勧めたんですか、最低ですね」
「うわ、最低とか言った!」
「そもそも牛乳がぬるくなったのは君のわけのわからない長話のせいじゃないですか、最低です」
「二回目!!」
「もっと言ってあげましょうか。昨日から君には迷惑かけられっぱなしで本当にうんざりです。人違いで殺そうとしてくるし、勝手な妄想で責めてくるし、朝っぱらから無断で部屋に飛び込んできて人を変質者呼ばわり、挙句に僕のことわかったような口を……」
わかったような。
言葉で。
どうして。
君のことを突き放した僕を、どうして責めずに認めてくれるんだろう。
こんな不完全な僕を。
どうしてだろう。
それが“うれしい”と思ってしまうなんて。
どうかしている。
そう思って顔を背けた。
言葉の途中でやめられてはアレンの袖を掴む。
「なに、ちょっと、えー?何なの!?」
「知りませんよ、僕に聞かないでください」
「ええ!?何でそうなるの、こっち向けー!」
「それより!」
アレンは話を逸らしたくて、泣いてしまった自分の顔を見られたくなくて、言葉を強めた。
「僕はお腹が空きました。食堂の場所、教えてください」
「え?昨日リナリーに案内してもらったんじゃないの?」
掴んでいた袖を振り払われて不服そうにしていたはその質問にさらに眉をひそめた。
アレンは目を逸らしたまま、ため息をつく。
「誰かさんの個性的すぎる言動に衝撃を受けていたので、ほとんど聞いてませんでした」
「ああ、神田の……」
「君ですよ!」
「ええ?じゃあ何?あんたは私のことばかり考えてて、リナリーの話をまったく聞いてなかったってこと?」
「………………その通りですけどなんか嫌な言い方ですね」
「つまり、あんたもこの私の溢れかえる魅力にメロメロずきゅーんストライクになっちゃったってわけね!!」
「有り得ないこと言わないでくれますか!!!!」
あまりに冗談の枠を超えた発言をされて、アレンは全力で否定した。
思わず枕をぶん殴る。
冗談じゃない!絶対に有り得ない!
こんな理解の範疇を三回くらい超えまくった生物に誰が惚れるもんか!!
「照れんなって!いやぁ、青春だね」
「だから違いますって!!」
「しっかし今時どこの青少年でも、そこまで照れないよ?なんて初々しいんだ、こいつめー!」
「本気でやめてください、悪寒が……!!!!」
「わかったわかった。この罪作りな乙女が、迷える子羊くんに食堂までの道のりを教えてあげるよ。でもごめんね……導けるのはそこまで。人生という名の道のりは別の女の子に導いてもらってね……!」
「あー……もう……好きにしてください」
わざとらしく哀愁を漂わせるに、アレンはいい加減辛くなってきてうなだれた。
顔を覆って吐息をつく。
はそんなアレンなどそっちのけで、テーブルに転がっていたマジックペンを手にとると、周りの物を
どかしながら口でそのキャップを外した。
ほどなくして、きゅっきゅっきゅっ〜、と独特のペンがこすれる音が聞こえてくる。
それに導かれるようにしてアレンは顔をあげて、そして。
「…………………すみません、何してるんですか」
「見てわからない?食堂までの地図描いてんの」
「いや、あの、それはわかるんですけど……」
アレンはようやく目の前の現実を受け入れることに成功し、その有り得なさに声をあげた。
「ちょ、床に油性ペンってどういうことですか!!??」
それは信じられない光景だった。
は腹ばいになって、床に油性ペンで食堂までの道のりを描き出していたのだ。
しかも地図は詳しいところまで書き込まれていて、はっきり言って上手い。
けれど、床に油性ペンってどうなんですか……!!
「信じられない……」
昨日来たばかりのため、確かに室内には手ごろな紙類はなかったが、それにしても非常識なその行動に呆然とする。
そんなアレンをが覗き込んできた。
「目の前の事実から目をそむけちゃダメだよ。ほーら現実だよー」
そう言って彼女はアレンに向かってペンを構えた。
きゅっ。
「ああっ!?」
「あはは、おもしろーい」
「ちょ……っ、なに書いたんですか僕の顔!!」
確かにペンの通った自分の肌の上をアレンは必死にこするがちっとも落ちない。
その慌てっぷりには楽しそうに笑って、
「ほら」
部屋に置いてあった手鏡を見せてきた。
そこに映った自分を確認して、アレンは言葉を詰まらせる。
「………………っつ!!」
「可愛さのあまり声も出ない?」
「………………何ですかコレは」
「犬」
「……のヒゲですか」
鏡の中の自分、両の頬に三本ずつ引かれた横線を睨みつけてアレンは低く唸った。
何てものを書いてくれたんだ人の顔に、しかも油性ペンで!!
アレンはゆらりと鏡から顔をあげると、を見つめてにっこりと笑った。
途端、は何か恐ろしいものでも見たかのように顔色を失くした。
本能的に身を引こうとした彼女の腕を、アレンは掴んで引き寄せる。
戸惑うような悲鳴すら無視してその体をベッドの上に放り出す。細い手首をシーツに押し付けて、動きを封じた。
そして。
きゅっ。
「ああっ!?」
「あはは、おもしろいですね」
「ちょ……っ、なに書いたの私の顔!!」
は自分の顔のペンの通った部分を必死にこするが、ちっとも落ちない。
落ちるわけがないし、落ちてもらっては困る。
アレンは油性ペンのキャップを閉じるとそれを放り出し、に手鏡を見せた。
満面の笑顔と共に。
「ほら」
「………………っつ!!」
「可愛さのあまり声も出ないんですか?」
「………………なによコレは」
「ヒゲです」
「なんの!」
「紳士の」
「おっさんのチョビヒゲじゃない!しかも先がくるんってしてるやつー!!」
の鼻の下。
そこには見事なチョビヒゲが描かれていた。
先は優雅な曲線を描き、まさに紳士の象徴。
アレンは我ながら自分の作品に満足し、を讃えた。
「とても似合ってますよ」
「褒めてるのか、それは褒めてるつもりなのか!」
「もちろんです」
「嬉しくなーーーーーーーーーーーーーい!!!!」
は頭にきたのかアレンの胸倉を掴もうと手を伸ばしてきた。
だが、アレンはそれをさっと避ける。
目標物を失い、はバランスを崩してベッドから転がり落ちた。
「ぎゃーーーー!!」
「ああ、大丈夫ですか?」
「…………ったい!このっ」
「怒った顔も可愛いですねチョビヒゲさん」
「目が全然笑ってないんだよバカー!!」
涙目で床に転がりひんひん言っているを見下ろして、アレンは口元だけの笑みを浮かべた。
ああ、何だか愉快だなぁ。
今まで振り回されっぱなしだったから、やっと対等になれた感じがする。
それにあれくらい、僕にくらべたら全然可哀想じゃない。ちょっとざまぁみろだ。
はアレンのその笑みを見上げて、嫌そうに笑った。
「………………それが本性?」
「本性……まぁ確かにこれっぽっちも遠慮してませんけど?」
「なるほど。品の良さそうな顔してえげつない性格してんのね」
「ほんの少し、素直な自分を許しただけですよ」
「この腹黒……!」
顔を見合わせて、ふんっ、と笑う。
お互いの顔がこれ以上ないほど憎たらしくて、どうしようもない。犬のヒゲとチョビヒゲが滑稽だ。
は反動をつけて勢いよく立ち上がると、自分が床に描いた地図を指差した。
「このさんが教えてあげたんだから、ありがたく食堂に行くことね」
「君が道もまともに伝えられないほどの馬鹿でないことを祈りますよ」
「そっちこそ、この完璧な地図を理解できないほどのマヌケじゃないといいけどね」
はそう言うと、扉に向かって歩き出した。
アレンは何気なくそれを目で追う。
鮮やかな金髪が、窓から差し込む陽光をキラキラと弾いている。
その白い手が扉のノブにかかり、そして、
「あ、そうだ」
彼女が振り返った。
突然のことにアレンは少し吃驚して、目を瞬かせる。
「……何ですか?」
「ずっと言いそびれちゃってたんだけどさ」
は扉のノブを後ろ手に、体の向きを変えてアレンを見つめると、きちんと頭を下げた。
「昨日は人違いしちゃってごめんなさい」
最後にそれだけ言い残して、はアレンの部屋から出て行った。
アレンは目を限界まで見張って数十秒固まり、それから全力でベッドをぶん殴った。
スプリングが軋んで鈍い音をたてる。血の上った顔で低く呻った。
「だからどうしてそれをもっと早く言えないんだ……っ」
こんな不意打ちはずる過ぎる。
これじゃあ昨日ムキになって怒っていた僕が馬鹿みたいじゃないか。
やはりアレンは最後までに振り回されっぱなしで、それを認めることがひどく不愉快だった。
腹が立って仕方がない。
「………………っつ」
アレンが形容し難い激情を無理やり押さえ込んでいた、その時。
ズガァァアン!!!!
扉の向こう、かなり近い所で爆音が鳴り響いた。
そして、絶叫。
「見つけたぞテメェ、!覚悟はいいな!!」
「ぎゃあ神田ー!!忘れてたーーーーーーーーーーーー!!!!」
「……………………」
声と音はものすごいスピードで遠ざかっていった。
戻ってきた朝の静けさにアレンはふんっ、と鼻から息を吐く。
「ざまぁみろ、ですよ」
そうして、ふとベッドの上に転がっていた手鏡が目に入って驚いた。
そこに映った自分の顔。
何だか口元が緩んでいて。
それは自分でも見たことのないような顔で。
本当の笑顔、というようなモノのような気がしたから慌てて口元を手で覆う。
そう言えばマナの夢を見たのに、いつものように心が沈んでいない。
あのを相手にしていて、そんなヒマなんてなかった。
あぁ、そうか。
何故だか唐突に気がついて、アレンは唇の上で拳を握り締めた。
夢の中で、叫んでいたのは。
あの絶叫は。
マナのものじゃなくて、あれは。
僕の心の――――――――。
そんなことにも気が付かなかったなんて、何てことだろう。
記憶の中で金の瞳が言う。
『自分を殺すのは苦しいことだよ。心が傷ついて痛いだけだよ』
だから悲鳴を上げていた?
そうだとすると本当に不本意だ。
自分自身ですら気付いていなかったことを、昨日会ったばかりの変人に見抜かれるなんて。
アレンは顔をしかめて、ぐしゃりと前髪をかきあげた。
あぁもう、やっぱりあんな人になんて関わらなければよかった。
とは、言えない。
アレンはため息をついて立ち上がる。
お腹が空いた。食堂に行こう。
「その前に」
何とかしてこの顔の落書きを消さなくては。
洗面台で見た自分の表情はやっぱり笑みを刻んでいて、思わず鏡に水をぶっかけた。
馬鹿みたいだと呟きながら。
窓の外は素晴らしく晴れている。
出逢い編終了。
これから二人はかなり奇妙な仲になっていきます。
そして完璧に原作を無視していきます。
よろしければお付き合いください。
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