それは、脅迫だった。
人質に取られたのは心か、魂か。

その瞳にどうしようもなく脅される。






● 迷子の告白 前編 ●






そういえば今日は姿を見ていなかった。


起き抜けに、アレンはまずそんなことを考えた。
けれど自分は昨夜遅くに任務から帰ってきたのだから、それも仕方がないだろう。
疲労しきった体をベッドに放って、目を覚ましてみれば昼と夜の間だった。つまりとても中途半端な時間だった。
空腹を感じたから、手早く身なりを整えて食堂に向かう。
本部に戻ったのだからその辺にあの元気な金髪が跳ねていそうなものを、こんな時間ではそれもない。
おそらくまた科学班に引きずり込まれているか、神田と鍛錬中か、ラビと遊んでいるか、そうでなければ任務でいないか。
だからアレンは彼女の姿を捜すこともなく、食欲を満たすためだけに動いていた。
寝起きで少しぼんやりしているから、カウンターに立ったとき、目の前にきた人物を確認することもなく口を開く。
前菜からはじまってデザートで終わるまで、3分ほど料理の名前を延々と言い続ける。
それから礼儀として顔をあげ、微笑んだ。


「ぜんぶ量多めで。お願いしますね、ジェリーさ……」


そこでようやくアレンは気がついた。
カウンターの向こう。
注文を聞くためにそこに立っていたのは、いつものジェリーではなかった。
彼よりずっと小柄で、色が白くて、その整った顔に営業用の笑顔を貼り付けている。
アレンは絶句して、しばらく目の前の人物を凝視した。
意味がわからなくて固まっていると、彼女はさらに微笑んだ。




「ご注文は以上でよろしいですね。ジェリー料理長!さん特製メニュー入りまーす!!」




ここでアレンの回想は終わる。
そして現在。


「いいいいいいい痛い!痛いってマジでちょっとこれ何だ、あっあっ違う世界見えてきた新しい扉がもう半開き!これで人生歪んだらどうしてくれるんだっていうか本当に頭蓋骨が歪むから離してくださいアレン様お願いバカバカこのヤロ!!とにかく痛いいいいいいいいいいいい!!!」


アレンは問答無用での顔面を鷲掴みにしていた。
少女の小さな顔は片手で充分に覆えてしまう。
手加減なしで、ギリギリと力を込める。


「なにを。何をしているんですか君は……!」
「見てわからない!?総合管理班の見習いだよ!」
「だからそれの意味がわからないって言ってるんだ!!」
「まったくアレンってば!ちょっと予想外のことが起こったからってはしゃがないでよねっ」
「これに驚くなって言う方が無理でしょう!?」
「え、驚いた?驚いたんだ?わーいわーい、どっきりアレンざまぁみろ!」
「ごめん、このまま君の頭を握りつぶしていいかな?猛烈にそうしたくて仕方がない!!」
「やややややややややめろー!乙女を傷物にする気か、この腹黒魔王!!」


ジタバタと暴れながらがそう叫んだので、アレンは咄嗟に手を離してしまった。
唐突に開放されて彼女は二・三歩うしろによろめき、涙の滲んだ瞳で不思議そうにアレンを見る。


「な、何で急に離すの。やけに素直……」
「…………………………女の子が普通に傷物とか言わないでください」


何てことを口にするんだ、と思う。
絶対にそんな意味ではないにしろ、の声でそれを聞くのは心臓に悪い。
アレンが薄っすらと頬を赤くして目を逸らすと、彼女は変な声を出した。


「おんなのこぉ?」
「……何ですか」
「いや、だってアレンが私を女の子扱いするなんて……。どうしたの?変なものでも食べた?それとも任務帰りで疲れてるの?」


は眉をしかめてカウンターから身を乗り出してきた。
自分がおかしなことを言っているのに気づかないのだろうか。
普段はさんざん乙女だの何だの主張するくせに、こっちがそう扱うと、途端にこの態度だ。
不審で、不思議でたまらないといった表情。
時々それにひどく苛立って、力づくでも自分が彼女を女として見ていることを教えたくなってしまう。(傷つけるのは嫌だから、絶対にしないけれど)


「じゃあ訂正しますよ。性別関係なく、がそういうこと言うと不愉快です。止めてください」
「ああよかった、いつものアレンだ。まったく心配しちゃ……、してないけどね別にっ」


むっとしたアレンの眼前で、は何だか慌てたようにそう言った。
微妙に顔が赤い気がする
どうやら力を込めて顔面を握りすぎたらしい。
悪かったなとも思ったが、すべての原因はなので、口には出さずに軽く頭を撫でておいた。


「それで?君はこんなところで何をしてるの」
「だから総合管理班の見習い」
「………………今度は何をやらかすつもりですか」


アレンは全身に嫌なものを感じて思わず後ずさった。
けれどは手を伸ばし、逃がさないようにと咄嗟にアレンの胸倉を掴む。
そのままの勢いで引き寄せた。
二人はカウンターを挟み、近距離でにらみ合う。
は口元に笑みを浮かべた。


「ね、アレンくん」
「変な呼び方しないでください気持ち悪い」
「うるさいです。それよりお願いがあるんだ」
「嫌だ激しく聞きたくない。と言うか胸倉掴んで言う台詞ですかソレ」
「いや、あのね。その……」


そこでがわずかに視線を逸らして瞬いたので、アレンはますます眉をひそめた。
何だこの態度。
それはいつか見た乙女なもので、彼女はさらに頬を染めて呟いた。


「私も……さ。そろそろ花嫁修業をしなきゃな、って思って……ね」
「…………………………」
「うん、だからちょっと料理を……ってアレン?聞いてる?」
「…………………………いえあの聞いてはいるんですけど言っていることの意味がわかりません本気で全然ちっとも」


何となくこれがマズイ事態であることを悟ったアレンは、真っ青になって逃走しようとした。
けれどが胸倉を掴んでいるからそれは叶わない。
彼女はつま先立つと、さらにアレンへと顔を近付けた。
そして頼むように言う。


「じゃあわからなくてもいいや。とりあえず協力してよ」
「協力って……?」


問い返しながらもアレンは逃げるように視線をさ迷わせる。
ああ、嫌な予感に冷や汗が止まらない。
そしてふいにびくりと目を見張った。
何故なら視線をやった先に、その予感を決定付ける、何とも不吉なものが見えたからだ。


それらは食堂の床の上に居た。
いや、居たというよりは転がっていた。
床板を埋める大量の団員達。
見覚えのある数人が折り重なるようにして、そこに倒れ伏していたのだ。


しかも全員が全員、顔をえらい色にして、虫の息となっているのだから笑えない。
アレンは引きつる唇で何とか訊いた。


「あ、あれは……?」
「ん?ああ、ちょっとした屍の山よ」
「屍の山!?」


さらりと答えたにアレンは叫ぶように聞き返した。
何を平然と答えているんだこの馬鹿は。


「何を……、何をしたんです!?彼らを殺してどうするつもりなんです!!」
「嫌だな、ホントには死んでないよ。ただちょっと私の手料理をご馳走したら感動のあまり絶命しちゃって」
「絶命してるじゃないですか!!」
「もう、みんなったらオーバーリアクションなんだからっ」


後ろに「テヘ★」とでも続きそうなその発言に、アレンは思わずの胸倉を掴み返した。
英国紳士としてあるまじき行為だが、相手がなのでどうでもいい。本当にどうでもいい。
目元を凄ませて唸る。


「いいですか、。君の料理はすごいんです最強なんです。きっとこの世の生物を壊滅させることだって出来るであろう、凄まじい食物兵器なんです……!!」
「ばか、アレン。そんなに誉めないでよ!」
「誉めてませんよ!全力でけなしてるんですよ!いい加減、自分の実力を理解しろって声の限りで叫んでるんですよ!!」
「うん知ってた。そのうえでのボケだったのに拾ってくれなかったね淋しい」
「センチメンタルな顔しても無駄です、同情なんてしてやるもんか!!」


アレンは全力で怒鳴ったが、想像されるあまりの悲劇に目眩を覚えてよろめいた。
を開放してカウンターにすがりつく。


「と、とりあえず整理しましょう……」


ほとんど自分に向けてそう言って、アレンは片手で額を押さえる。
任務から帰ってきたと思ったらこれか……。
まったく、がいると本当に退屈できない。
アレンはため息と共に疑問を吐き出した。


は何でまた唐突に、花嫁修業なんてハタ迷惑にもほどがあることをはじめたんですか」
「わぁメーワクとか言っちゃうんだ」
「ええ、言っちゃいますよ」


アレンが躊躇いもせずに頷いてみせると、は拗ねた表情になった。
エプロン(えらくフリフリしたものだ。恐らくジェリーに着せられたのだろう)の裾をいじりながら唇を尖らせる。


「……だって、料理が下手なままなのって何だか悔しいんだもの」
「…………………………」
「克服のために努力するは当然で、だからがんばらないと!って思った。それだけ」
「…………………………君の料理を皆が食べてくれたわけが、よくわかる回答ですね」


アレンは自然と苦笑を浮かべた。
の料理は正直食べられた物ではない。
けれど彼女のこんな性格では、思わず協力してやりたくなるというものだ。
苦手を克服しようと懸命に努力するはすごいと思うし、人間としても魅力的に見える。
だからつい「僕も料理を食べてあげる」と口にしかけて、そこでアレンは固まった。
それはがこう言ったからだった。


「それに、もうすぐ2月14日。バレンタインデーじゃない!」


胸の前で両手を握り締める。
どうやら気合を入れたらしい。
決意にみなぎる視線は壁のカレンダーに向いていた。
二週間後のその日には、赤い花丸印。


「今年こそ、ちゃんと一人でおいしいチョコレートを作ってみせるんだから」


強い意思を込めて呟いて、はアレンを振り返った。
その輝く金色の瞳。


「とゆーわけで、アレンもご協力お願いしまっす!」
「はい、お疲れ様でした。まったく今日もウンザリだなぁ。この不愉快な感情を忘れるために早く部屋に帰って休もう、ぐっすり眠ろう。うん、そうしよう」
「全力無視で日常に戻られたー!!」


穏やかな笑みで伸びをするアレンには掴みかかった。
慌てて手を伸ばし、去り行くシャツの背をふん捕まえる。
勢い余って、片膝はカウンターに乗っかっていた。


「待ってよー!てゆーか、アレン今起きたばっかでしょ?もう眠くないはずでしょ!?」
「うるさい、僕は猛烈に爆睡したい気分なんです!強制的に現状況を終了させたいんです!!」
「お、お腹空いてるくせに!ほら、さんお手製料理がいっぱいあるよー?」


ぐいぐい引っ張られて振り向いてみれば、言われたとおりにたくさんの皿が見えた。
それは厨房の台の上に所狭しと並べられている。


何とも不吉なオーラを纏って。


黒紫の霧に霞むようで、全貌がよく見えない。
渦巻く匂いと湯気に厨房全体が淀んでいた。
カオスだ。ブラックホールだ。これは人類が足を踏み入れてはいけない領域だ。
本能でそう悟ったアレンは、泣きそうな顔で真剣に言った。


「……………………僕はまだ、人間でいたいんです」
「え?それどういうこと?私の料理を食べたら何か違う生物に生まれ変わっちゃうの!?」
「違います。人間としての魂が、この世から永遠に。跡形もなく。木っ端微塵に。消滅しちゃうんです!!」
「何その破壊力すごくない!?あれ?何だか誉められてる気分になってきた!」
「ああ、それはよかったですね。ハイじゃあその手を離してみましょうか」
「ううう、嬉しすぎて涙が出そうだよ!!」


は本当に瞳を潤ませて、掴んでいたアレンのシャツを引き寄せた。
そこにぎゅっと顔を押し付ける。


「お願いします助けてください。もうアレンだけが頼りなんです」
「……何で、僕が」
「私の料理の腕が破滅的なことは知ってるでしょ?だから今まで、延々と猛練習を繰り返してたんだけど……」
「……だけど?」
「もうみんなギリギリみたいで!これ以上つき合わせるのはさすがに心が痛むってゆーかっ」
「もっと心を痛めてください。そして料理なんて止めましょう。はい、問題解決!」
「してなーい!」


泣きついてくるから逃れようとジリジリしていたアレンは、さらに強く引き寄せられた。
涙の滲んだ真剣な目が訴えるように見上げてくる。


「ここまでがんばってもらったんだもの。何としてもまともな物を作れるようにならなきゃ申し訳がたたない!だからお願いアレン、付き合って!!」
「だから、何で僕が」
「みんなと違ってまだノンダメージだし、大食いだし、食べ物大好きだし、それに……」
「そんな御託は結構です。とにかく僕は嫌ですよ」


アレンは冷たく言って、しがみついてくるを振り払った。
何が悲しくて他の男(恐らくクロス)にあげるチョコレートのために料理下手を克服しようとする彼女に付き合わなければいけないのか。
そんなのは絶対にごめんだ。
あらゆる意味で胃がもたない。
アレンはそう思って、憤然と食堂を去ろうとした。
すると背後でがカウンターに崩れ落ちる気配がする。
盛大なため息が吐き出された。


「やっぱり駄目かぁ。無理言っているのはわかってるけど」


そして続いて聞こえてきたの独り言に、アレンはつい足を止めてしまった。


「どうするかな、アレンに作った料理ムダになっちゃった……」
「え……」


思わず振り返ってを見る。
彼女は今の呟きがアレンに聞こえているとは思ってなかったらしい。
一瞬“しまった”という顔をして、それから変に怒った口調で言った。


「ただで食べてもらおうだなんて思うほど厚かましくないつもりよ。これでもあんたの好物を作って、帰りを待ってたんだから」
「………………………」
「ああ、わかった。こう言えばいいのね。“あなた、お帰りなさい!お仕事お疲れさま!さぁ、ごはんにする?ごはんにする?それともごはん!?”」
「何ですかその究極の選択肢……!」


アレンは思わず呻いたが、頬が若干染まっている自覚がある。
どう反応するべきかわからずに視線をさ迷わせた。
まさかが手料理を作って帰りを待っていてくれただなんて。
それがまずい物にしろ、苦手なことを一生懸命してくれたのだと思うと、何ともいえない気分になった。
そんなアレンの様子には気がつかずに、は腕を組んで口の中で言った。


「さて、これどうしよう。捨てるのはもったいないし、かと言って一人で食べるには量が多すぎるし……」
「あ、あの。……」


アレンが何となく目を逸らしたまま声をかければ、は顔をあげる。


「なに?って、ああ!」


そして言葉の最後で叫んだ。
視線はアレンの背後に据えられていて、振り返ってみれば入り口に黒髪の青年。
いつも通り不機嫌な顔をした神田がいた。


「かっんだー!いいところに帰ってきたっ」


どうやら彼も任務から戻ってきたばかりらしい。
旅装は解いているも、少しだけ疲れた顔をしている。
は彼にかぶんぶん手を振りながら、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「お帰りー!そして久しぶりー!再会を祝して私の手料理食べてみなーい!?」


遠くで神田が不審気な声をあげた。
二言三言に対して罵り言葉を吐いて、そっぽを向く。
そして冗談じゃないとばかりにテーブルの方へと歩いていってしまった。
完璧に拒絶されて、それでもの笑顔のままである。
こんなのは毎度のことだし、この程度でめげる彼女ではないのだ。
はいくつかの皿を抱えると身軽に厨房から飛び出してきた。


「えっへへー、神田ってば何だかんだ言っても絶対食べてくれるんだよね!突撃ッ、お手製ユウごはーん!!」


そんな馬鹿なことを言いながら走り出した彼女は、唐突に足を止めた。
その場でジタバタと動き回り、それでも前に進まない。
それもそのはず、アレンが後ろから彼女の襟首をふん掴まえていたのだ。
はしばらくがんばって前進しようとしていたが、力の差は歴然で、わずかに息を乱しながら振り返った。
半眼になって自分を引き止める人物を見やる。


「あの……。アレンさん?」
「…………………」
「その手を離してくれないかな」
「………………………………………」
「私、神田のところに行きたいんだけど!」
「…………………………………………………………、行かなくていいよ」
「は……?」


俯いたままそう言われたものだから、は目を瞬かせた。
襟首を引っ張るアレンの手がちょっとだけ痛い。
力を込めて掴みすぎだ。早く離してほしい。
それに言葉の意味がわからないから、もう一度聞き返さないと。
がそう思って唇を開いたが、勢いよく顔をあげたアレンに先を越された。


「……っ、だから!僕がその料理を食べてあげるって言ってるんです!!」


何だか怒鳴るようにそう宣言されて、は目を見張った。
驚いている内に抱えていた皿を奪い取られる。
背を向けて歩き出しながらアレンが強く言った。


「早く給仕をしてください。ただでさえアレなのに、冷めたらますます凄いことになる」
「え……。いや、あの」
「ぼさっとしない!」
「うぇ、ええっ!?」
「僕の命がかかってるんですよ!力の限りで急ぐ!!」
「は、はいっ」


びしりと言い放たれて、は反射的に動き出した。
まくし立てるアレンの勢いに負けてしまったのだ。
それに彼は何だか怖かった。
顔が赤かったから怒っているのかも。
とにかくは厨房に戻ると、ありったけの手料理を抱えて走り出した。
その全てをひとりの少年に捧げるために。




















「不味い」


アレンの感想は一貫してそれだった。
自身それは重々承知していたが、ここまでハッキリ言ってくる相手も珍しい。
みんなは気を遣って、それとなく遠まわしに伝えてくれていたのに。


「“個性的な味”?そんな言葉で片付くものか。次元が違います。何ですかコレ」
「た、確かにちょっと焦げちゃったかなって……」
「君はこれをちょっと呼ぶんですか。豪気な人ですね。僕とは住んでいる世界が確実に違うようです」
「ちゃんとレシピ見てやったのに!おかしいなぁ……」
「おかしいのは君の料理の腕です。どうやったらこんな物が出来上がるんですか。不可思議なのはその存在だけに留めておいてくださいよ」
「いや、何てゆーか見た目にもこだわってみたというか……芸術?そう、私の料理は芸術なんだよ!」
「確かに芸術ですね。僕には到底理解できない領域ですが。理解したくもありませんが。ここまでくると感動してきましたよ」
「ああ、アレン泣かないでっ」
「ええ、もう、今ではそれを通り越して殺意が湧いてきました。ごちそうになったお礼に、この気持ちをダイレクトにお伝えしても?」
「よくないですダメです遠慮させてください!!」


笑顔で左拳を固めるアレンには真っ青になって叫んだ。
けれど向かい合った彼のほうが蒼白になっていて、止まらない冷や汗をかいている。
アレンは握り締めた手をテーブルへと振り下ろした。


「どうしてステーキがここまで炭化するんだ!」
「こんがり焼こうかと火炎放射器を使ってみました!」
「じゃあこっちのエグイ味のするピラフは!?」
「衛生管理に気を使って、お米を洗剤でピッカピカに!」
「トドメに何だ、このドロドロうにょうにょした未知の物体は!!」
「自信作のチョコケーキです!二つに割るとホラ素敵、中から温かいチョコレートが!!」
「出てきた!でろっと出てきた!言葉では形容できない不気味な何かの登場だ!!」


そこでアレンは我慢の限界がきたのか、フォークを投げ出してしまった。
顔を覆って何度も首を振る。
言わずとも伝わってくるのは、これ以上ないほどの嘆きだ。
テーブルに顎を乗せてはため息をついた。


「そんなにマズイですか」
「不味いです」
「フォローもなしだね」
「なしです。というか、そんなもの出来るレベルじゃない」
「どれだけ駄目なんだよソレー」
「物事には限度があることを思い知りましょうね」
「そこまで言うほどなんだ……。ねぇ、どんな味がするわけ?」
「強いて言えば、果てしなく確実にバッドエンディングが待っていそうな味」
「…………………………つまり、死ぬほどマズイと」
「口に入れた瞬間、絶命しそうになります。むしろ絶命したほうが楽な気がします」
「で、でも!何かこう、感じるものはあるでしょ!?」
「毒素なら感じますよ。これが故意に作られたものじゃないのなら、君は天才だ」
「そうじゃなくてさぁ!!」


は両拳を握って力説しようと思ったが、アレンの顔色が本当に悪かったので止めておいた。
がばりとテーブルに突っ伏して頭を抱える。


「ガッカリ!自分にガッカリだ!!」
「僕は絶望を感じています」
「何でそんなに不味いのよ……!」
「それはこっちが聞きたい」
「あれだけハートをぶち込んだのに」
「何ででしょうねぇ」
「……“おいしい”って、ちょっとでも」
「……………………」
(笑ってほしかったんだけどなぁ……)


しょげ返った声はいつの間にか消えて、心の中で本音を吐いた。
笑顔にするどころか嫌な気分にさせるだけだなんて残念すぎる。
気にしないフリをしたいけれど、まだ顔があげられない。
テーブルに額を押し付けて視線を落とす。
滅多に落ち込んだ姿を人目にさらさないだが、さすがにここまでくるとへこんでしまったのだ。
膝の上で両掌を開いてみる。
火傷と切り傷でボロボロだ。
あぁ爪がはがれそう。
手当てしてもらわないと、後片付けや洗い物が出来ないかもしれない。
でも医療室に行くのは嫌だなぁ、と考える。
きっとラスティ班長に呆れられてしまう。
後片付けの最中は延々とジェリー料理長を泣かれるだろう。
皆に不味い物を食べさせてしまったのは本当に申し訳ないことだ。
でも……、そう思うのならばこんな風に落ち込んでいる場合じゃない。
は持ち前の性格で何とか気持ちを立て直すと、顔を振り上げた。
しかし、そこで硬直した。


「ごちそうさま」


見つめる先でアレンはきちんと手を合わせていた。
は彼をしばらく眺めて、それから視線を一周させて呆然と言う。


「う、うそ……」
「何がですか」
「だって……っ」


はそこで思わず椅子を蹴倒して立ち上がった。


「ぜんぶ食べちゃったの!?」


信じられない気持ちでテーブル一杯に並べられた皿を見渡す。
どれもこれも一つ残らず綺麗に平らげられていた。
向かいでアレンが不審気な声をあげる。


「出された物は全て食べるのが礼儀でしょう」
「いや、そうだけど、でも……っ」
「でも?」
「私の料理だよ!?」
「そうですね」
「ものすごく不味いってアレンも言ってたじゃない!」
「ええ、ものすごく不味かったです」


キッパリと言い切って、アレンはナプキンで口元をぬぐった。
そして当たり前の口調で続けた。


「でも、がんばって作ったんでしょう?」
「……………………」
「だから僕もがんばって食べました。それだけです」
「…………………………………」
「ホラ、ぼさっとしてないで水ください。口の中がすごいことになってるんです」


片手で口を覆いながら促されて、は呆然としたまま水差しを手に取った。
グラスに注ぎながらも皿を見つめる。
そこに何も残ってないのが不思議でしょうがない。
は何だかまわらない頭で呟いた。


「残してくれてもよかったのに……」
「嫌ですよ」


冗談じゃないとばかり返された。
アレンはから水の入ったグラスを奪い取りながら口の中で言う。


「僕のために作ってくれたものを、他の誰かにあげるものか」
「え?なに?」
「どんなに不味くても食べ物は食べ物だ、って言ったんです!」


独り言を突っ込まれたくなくて、アレンは誤魔化すように早口になった。


「粗末にするわけにはいかないでしょう」
「アレン……」


それを聞いたは見る見るうちに涙ぐんだ。
アレンがぎょっとするのと同時に強く手を握られる。
水差しを持ったままだったのでちょっと痛かった。
けれどが顔を近付けてくるものだから、それどころではない。


「ちょ……、?」
「私は感動した!アレンがそこまで想っていてくれただなんて……っ」
「え?いや、その……」
「嬉しい。すごくうれしいよ……」
「ほ、本当に……?」
「うん。その熱い気持ち、しっかりと受け止めたから……!」
「じゃあ僕に応えてくれるんですか!?」
「もちろん!」


照れと期待に頬を赤くするアレンに、は力強く言い放った。


「私はアレンの“食べ物”に対する愛情に、全力で応えてみせる!!」
「……………………」


その瞬間、アレンの顔が急激に冷えた。
熱が一気に引き、目は氷のようになる。
けれど感動しているは気付かない。
アレンの手を握ったまま興奮したように続ける。
ぶんぶん振り回すものだから水差しから中身がこぼれてテーブルが濡れていった。


「アレンは何てエコノミストなんだ!そうだよね、食べ物は大切だよね。だから美味しく料理してあげないと」
「………………」
「だからこそ私のような奴は一生懸命に練習をしなくちゃ!食物に失礼のないようにがんばるよ!!」
「………………」
「それが果たすべき私の使命!さぁアレン!一緒に料理界に輝く星になろう!!」
「一人で星になってろ馬鹿


キラキラした笑顔でまくしたてるに、アレンは殺人的に冷たい声で言った。
いや、むしろこの拳で今すぐ空に煌めく一番星にしてやろうか。
そこまで思いつめるアレンの眼前で、は一人盛り上がる。
椅子の上に飛び乗って元気に胸を張ってみせた。


「よーし、やるぞ!えいえいおー!!」


そして片腕を振り上げた。


バシャッ。


食堂に響いたのは派手な水音。
は吃驚した顔で瞬いている。
その髪や頬や服の裾から床に零れ落ちる水滴。
頭から水をかぶって見事にびちゃびちゃになったに、アレンは言ってやる。


「うん、まぁ、水差しをもったまま腕を振り上げればそうなるよね」


冷静に解説してやれば、は悪戯の見つかった子供みたいな顔になった。
何だかちょっと泣きそうな笑顔だ。


「いやあのこれは武者修行によくある滝に打たれるやつの簡易版でこれからの料理練習に気合をいれるためにワザとね!」


何だか馬鹿みたいな言い訳を口にしているから、それを無視してアレンは近づいていって彼女を床に降ろす。
自分の服の袖で痛いくらいに顔を拭ってやった。


あぁ本当に。


「手間のかかる……」


なんて厄介な人だろうと思うのに、どうせいつも傍にいる。
面倒を見るのは自分だけの役目にしたかった。




















地獄っていうのはきっとこういう場所なんだろうなぁ、ラビは思った。
じりじりと前進ながら瞑目する。
どうしよう、眼帯の下の右眼まで痛い。
何だか猛烈に染みる。涙が止まらない。
食堂に入る前に引き下ろしたバンダナで口元を強く押さえ、空気を吸わないように心がける。
本当は一目散に逃げ出したいのだが、この先に親友及び友人がいるのではそれもできない。


「人間がここまでの食物兵器を作り出せるとは……まったく記録ログもんさ」


いや、完全に黒歴史にしておくべきことかもしれない。
ジジイに報告しても全力で聞かなかったフリされそうさなぁと思いながら、ラビは懸命に前に進んでいった。
死に物狂いでカウンターに辿り着き、身を乗り出して厨房を覗き込む。
真っ黒な煙(煤か?)に覆われていて何も見えない。
仕方なくラビは口を開いた。


「おい、!アレン!」


名前を呼べば器官に未知の気体を吸い込んでしまって、盛大にむせた。
ちょっとこれ死ぬんじゃないかと思うほど苦しい。
何だコレ。
げっほげっほしながらラビはもうヤケクソに叫んだ。


「返事しろ!生きてんだろ!?」


「ラ、ラビ……!」


唐突に返事が聞こえてきた。
何だか必死な調子だ。
それは妙に下のほうからで、間違いなく親友の声だ。
ラビは意を決すると、正体不明のものすごく目に染みて喉に引っかかるガスの充満した空間に頭を突っ込んだ。
煙の隙間にちらりと金色が光る。
だ。
懸命に手を伸ばして腕を捕まえる。
ぐいっと引っ張れば確かな手ごたえがした。
そして胸に倒れこんできたそれに、ラビは瞠目した。


「お、お願い酸素ボンベ持ってきて!空気!新鮮なやつ!もうこのさい熱帯魚用のやつでもいいから!!」


半泣きになってアレなことをわめくの腕には、綺麗に意識を失ったアレンが抱きかかえられていた。




















「死ぬかと思いました……」


ベッドの上で上半身を起こしたアレンは、まだ青い顔でそう呟いた。
しみじみした調子が涙を誘う。
現に医療班員は何人か泣いていた。
アレンに同情半分、こんな事態を引き起こせるに感動半分だ。
無表情無気力で有名なラスティですら哀れみの眼差しになっている。


「死んだかと思ったさ……」


医療室の隅に立ったラビも、アレンと同じ調子で呟いた。
目が痛いとか呼吸が苦しいとかさんざん騒いだ後でちょっと疲れたのもあるが、その心労は主にアレンのせいだった。


「あんま心配させんなよ……。何で呼吸困難で倒れてるんさ……」
「僕も吃驚です……」
「本当に信じられないよ」


アレンの診察を終えたラスティが口を挟んだ。
聴診器を胸ポケットに入れながらため息をつく。


「どうして厨房で有毒ガスが発生するの。料理中に起こりえることじゃないし、現場にその原因となるような物はなかったって」
「あぁ……、科学班が調べたんだっけ?」
「未知との遭遇だって興奮してたよ。科学者魂がいたく刺激されたらしい」
「命知らずさー。自分から地獄に首突っ込まんでも」
「ラビ君も自分から行ったんじゃなかったの?」
「そんなんがいたからさ」


首をかしげるラスティにラビはあっさり言い返した。
その返答がお気に召さなかったらしく、蒼白な顔のアレンが言う。


「そうですよね。親友がそこにいたからですよね」
「うん。ジェリー達が泣きついてきたのもあるけど」
「ヘタレな君でものためなら頑張れるんですよね」
「その通り。……ヘタレは言わんでいいさ?」
「そんなことより」


言いながらアレンは身を起こした。
ちょっと目眩がしたが構わない。
ラビを……というよりはその隣を横目で睨みつける。


「そこの馬鹿はいつまでラビに引っ付いているつもりですか?」


指差されてラビは自分の横を見た。
ちょっと後ろにいるから振り返る格好になる。
そこにはラビのマフラーを掴んで顔に押し付けている金髪の少女がいた。
無言で嘆いているらしい。
泣いているのかもしれない。
とにかくラビのマフラーにしがみついたまま動かない。





アレンが低く呼べばちらりと顔をあげた。
やっぱり涙目だ。


「何してるの」
「……………………反省」
「何でラビのところで」


文句を続けようとしたところで、ふいに医療室の扉が開かれた。
入室してきたのは神田だ。
黒髪を揺らしてラスティに言う。


「おい、包帯の替えが切れた。いくつか……」


そこでラビとの存在に気付いたらしい。
怪訝そうな顔になって彼らを見やった。


「……何やってる」
「いや神田とかどうでもいいんではラビから離れてください今すぐに」


いらないときに来たなぁとか思いながらアレンは笑顔でそう命令した。
どうでもいい扱いをされて神田は眉を吊り上げたが、怒鳴る前に口を閉じる。
眼を瞬かせて視線を落とす。
長いコートの裾を掴んで持ち上げたが、そこに顔を押し付けてきたからだ。
ラビの次は自分かと思って、神田はに言う。


「おい、何なんだよ」
「……………………反省を」
「何でラビや俺のところに来るんだ」
「……………………」


引き剥がそうとしながら神田は言ったが、の肩がぷるぷる震えだしたので動きを止めた。
目をまん丸にして驚き、アレンとラビに視線を投げる。
コイツは一体どうしたんだと言外に問いかけるが、二人の目つきは何だか責めるものになっていた。


「おい、何で俺のせいみたいになってんだよ」
「だって神田ですし」
「ユウだしなぁ」
「どういう理屈だ!」


神田は不愉快そうに顔を歪めて、の頭に手を置いた。


「何があったのかは知らないが、お前はそう簡単に泣く奴じゃねぇし他人にも縋らねぇだろ」
「……………………」
「おい、
「………………、泣いてない」
「んなことは知ってる。で?」
「泣いてないんだけど……」


ぶっきらぼうだがゆっくりと訳を聞く神田に、は少しずつ口を開いた。
そしてそこで思い切り神田のコートに顔を押し付ける。
くぐもった声がこう言い放った。


「悔し涙を我慢してると、ものすっごく鼻水が出そうになっちゃって……!」


「「「…………………………」」」


の悲痛な叫びが医療室に響いた。
その余韻が消えて、数秒の沈黙のあと、神田は両手を震える少女の肩にかける。


「そうか……、お前……」


そして盛大にを突き飛ばした。


「つまり俺のコートで鼻かんでるんじゃねぇかよ!!!!」


あまりに見事な張り倒しっぷりだったので、彼女の華奢な体は部屋の端っこまでぶっ飛んだ。
医療室のいろいろなものをなぎ倒して背中から床に着地。
ガツンッ!と後頭部を強打する音が響く。


「い、痛ったぁぁあああ!!」


が盛大な悲鳴をあげたが神田は無視だ。
懸命に自分のコートを拭っている。
その傍ではラビまで必死になっていた。


「うわ、オレのマフラーにもついてるさ!!」
「あぁ確かに鼻をかむにはラビのそれはもってこいですよねぇ」
「何をしみじみ言ってるんさアレン!!」
「神田のロングコートもね!あと手を洗った後に拭くのにも便利で」
「のたうちまわりながらまだ言うかバカ女!!」


頭を抱えて床を転がりまわっていたを神田の蹴りが襲う。
全体重をかけて踏みつけられそうになって、後転回避。
ひぃひぃ言いながらラスティの足元まで逃げていった。


「だ、だから!悔し涙を堪えてたら代わりに鼻水が出てきちゃったの!この歳でそんなのたらしてたらみっともないから……っ」


だから必死に堪えていたのだと涙目で続けた。


「絶対にするべきなのは反省で、だったらこっちを我慢しないとって!」
「そういう場合は普通にティッシュを使おうね、君」


呆れ返ったラスティが椅子に座ったまま上半身を折って、床の上のにテッィシュ箱を差し出す。
は受け取ったがぐすぐすいっていて何だかうまくいっていない。
仕方なくラスティが取り上げて鼻に押し当てた。


「はい」
「ちーん」
「よく出来ました」
「わーい、ありがとう」
「テメェは子供か!ラスティも甘やかすな!!」


まだぶち切れたままの神田が怒鳴って、後ろからラビが同意の声をあげる。
ラスティは「別に甘やかしてないよ」と返し、お礼を言いながらじゃれついてくるを足蹴にした。
再び床に転がった金髪は一度ぐらいではおさまらないらしく、まだぐずっている。
真面目に鬱陶しくなってきた神田が唸った。


「こいつ本気で有り得ねぇ……!」
「鼻水たらした女の子とかマジ引くさー!」


ラビまで非難してくるものだから、はラスティが投げて寄越したティッシュに顔を埋めて弁解する。


「たらしてない!たらすまいとがんばった結果、あんた達のところに引き寄せられていったの!」
「あぁそうかよ、だったら全部垂れ流せ!俺たちのところに来るな!!」
「やだ!鼻水はまだいいとしても涙だけは絶対に嫌だっ」
「いや、それならもう素直に泣いてくれたほうが全然可愛いさ!?」


変なところでがんばってえらいことをしでかしてくれたに、神田とラビは容赦なく詰め寄った。
医療班員が遠巻きに見守る中ぎゃーぎゃ言い合って、終いには取っ組み合いの喧嘩に発展する。


「ちょっと、ここで暴れないでくれる?」


ラスティが面倒くさそうに注意するけれど誰も聞いていない。
その光景を眺めながらアレンは低く低く、それこそ人間には聞き取れないほどの声で呟いた。


「だからそれで何でラビや神田のところに行くんだ」


そうして聞こえるようにこう言った。


、反省なら僕のところでしてください」


瞬間、ぴたりと乱闘がやんだ。
ラビはに関節技をきめ、神田がその顔面に往復パンチを叩き込んでいる最中だった。
ふたりで顔を見合わせ、嫌そうな表情を作ってからアレンに訊く。


「「鼻水つけられたいのか?」」
「そんな特殊な嗜好は持ってません」


君たちとは違います、と続ければ否定の声が高々とあがる。
アレンは面倒くさいので全部無視して金髪の少女を手招いた。


「全部マフラーとコートで拭き取ってから来てくださいね」


おいでと言うけれど、は何故だか動かない。
ラビがまわしていた腕を外して神田が身を離しても、その場に立ったままだった。
表情は何とも微妙そうでアレンまで微妙な顔になる。


「…………ちょっと。無視ですか」
「いや、あの」
「何」
「ご、ごめんね」
「…………………………」
「ひどい目にあわせてごめん。あとラビと神田は二次災害に巻き込んでごめん」
「「「………………………………」」」
「ごめんなさい」


そこでは頭を下げた。
両手は体の横できつく握り締められ、煤で汚れまくった顔は見たことがないくらいに暗い。
何だか本当に落ち込んでいるとわかって、アレンはラビと神田に視線をやる。
全員がまったく同じ表情をしていた。
そのまま声を揃えて言う。


「「「何を今更」」」
「あれー?心からの謝罪を鼻で笑い飛ばされた!?」


三人が三人とも顎を上げて口元に嫌な笑みを浮かべ、見下す目をしてくるものだからとしては動揺を隠せない。
ある意味いつも通りすぎて落ち着いてもいたけれど、おいおいとは思う。
アレンは首を振りつつ当たり前の口調で言った。


「そんなのは今更すぎでしょう。いつだって、君の仕出かすはた迷惑で馬鹿な騒動に僕たちは巻き込まれているんだから」
「出逢ってから今までそうじゃなかったことがあったかバカ女」
「オマエがそんなふうにバカだからオレ達は放っておけないんだろ!」


口々に言って三人は頷きあった。


「放置していたらもっとすごいことになりますもんね」
「俺たち以外だったら死人が出るな」
「間違っても最後までついていけねぇさ」


だから自分達が何とか処理しないと。
それが彼らの正義的結論のようだった。
そこから「あの時は死を覚悟した」だの、「その時は本当に殺してやろうかと思った」だの討論会が始まった。
怒ったような口調のくせに妙に楽しそうな雰囲気だ。
本人の前でそれを無視した容赦ない意見が飛び交うから、としては遠い目にならざるを得ない。
ラスティが仕事をしながら冷静な言葉を投げた。


君、みんなに愛されてるねぇ」
「かなり歪んでいる気がするのは私だけですか」
「いいんじゃないの。君も歪んでるし」
「え、どこが?」
「素直に好意を示されても照れちゃってまともな対応ができないところ、とかね」
「……う。いや、そんなことはっ」
「とにかくそこの三人は、自分達の仲なんだから今更そんなこと気にするなって言いたいみたいだよ」
「…………………………わかってますよー」
「ああ、いらない解釈だった?」
「わかってるんです。…………友達だから」


それでもちゃんと、「ごめんね」は言いたかった。
そしてこの言葉も。


「ありがとう」


三人は言い合いに夢中になっているフリをして特に返事をしなかった。
もそれはわかっていたし、そうしてくれてよかったと思う。
それから彼女も会話に飛び込んで、ひどい言い草の友人たちと論争を始めた。
まるっきりいつもの調子だ。
賑やかではた迷惑で馬鹿全開で。
楽しそうなことこの上ない。
ラスティはそんな少年少女を見てわずかに微笑した。
けれどここは大人として、医者として止めに入る。


「君たちさぁ、そのくらいにしておきなよ。アレン君をもう少し寝かせてあげないと」
「っ、と。オマエ呼吸困難起こしてたんだよな。安静にしてないとダメさ」
「呼吸困難?」


慌てて口をつぐむラビに神田が眉をひそめた。
ラスティが手早く事情を話すと、彼は呆れきった目をへと向ける。


「お前は本当に……」
「わかってる」
「今日も全開だな」
「わかってるってば!」


自分の失態を嘆くの頭を、神田はぐりぐりと乱暴に撫でた。
ラビがすかさず横槍を入れる。


「そもそもオマエいくつなんさ。どう見たって15歳前後だろ?その歳で料理のひとつも出来ないなんて、いつもの乙女だとかいう主張説得力ゼロじゃん」
「いや、その、それはアレだから!15歳前後っていうのはこの国の時間軸での年齢じゃない!?」


また訳のわからないことを言い出したに、全員のアレな視線が集中する。
彼女はわたわたと言い切った。


「やっぱりそういうのは正確に!グリニッジ標準時間で測らないとねっ」
「……………………ちなみに言うと黒の教団があるのも、グリニッジ展望台があるのもイギリスなんですけど。同じ時間を刻んでいるんですけど」


アレンがぼそりと突っ込みを入れると、それを遮るようにしては宣言した。


「つまり私はまだまだ未来ある若者。これからの展開にご期待ください!」


そうして彼女はひらりと身を翻すと、一目散に扉へと駆けていった。


?」


アレンが驚いて声をかければ金髪が振り返る。
何だか変な目で見つめられた。
思いつめたような、決意を秘めたような。
それからふいに冗談めかして笑った。


「アレンはもう厨房立ち入り禁止ね」
「え。ええ?」
「私の芸術的料理についてこられない人はお断りよ」
「ついていける人なんてこの世にはいませんよ。……じゃなくて」
「本当は」


戸惑うアレンから目を逸らしてはドアノブをまわした。
蝶番がキィと鳴り、少しだけ声の調子を変えてしまう。


「こんな迷惑なこと止めるべきなんだろうけど。途中で放り出したら、ますます申し訳が立たないから」
「……………………」
「厄介なだけの性分に最後まで付き合ってみる。…………そうしたら、また、ちゃんと言わせてね」


何を、とは聞かなかった。
アレンはベッドの上でシーツを握り締める。
ぼんやりと考える。
何でこの人こんなんなんだろう。
最初の頃に抱いていた印象と同じように、自分のやりたいことを好き勝手にやっているんだったら本人だって楽だろうに。
本当は努力家で責任感が強くて、どんなことでも懸命にやり遂げようとする。
どうせもうそんなこと気にする関係じゃないんだから何も考えずに迷惑をかけたらいいのに、彼女はどうしたってそれに報いようとするのだ。
変な子だ。馬鹿な人だ。
……………………だからきっと、こんなにも、ずっと構っていたくなるのだけど。
アレンがそんなことを考えているうちに、はにこりと笑って扉から飛び出していった。


「じゃあね!アレンはせいぜい往生しろよ!」
「それを言うなら養生ですよ!!」


反射的に入れた突っ込みはいつも通りだった。
まったく物騒な台詞は止めてほしい。
現に死にかけた身としては嫌に笑える言い間違いだった。


「まったく……」


微笑んだ唇から吐息を漏らして、アレンはベッドに横になった。
それからふと思いついて言う。


「だから何で反省でもなんでもは僕のところに来ないんだ?」


いつもいつもラビや神田のところにばっかり走っていって。
ぎゃあぎゃあ仔猫みたいにじゃれついて。
おいでと呼んでもこちらに来ないのは、何故なんだろう。
ちょっと腹を立って顔をしかめれば、ラビと神田が同時に言った。


「「そんなに鼻水つけられたかったのか?」」


次の瞬間マフラーとコートを投げて寄越されたから、アレンは無言でそれらをベッドから叩き落した。
シーツを引きかぶって丸くなる。










バレンタイン夢、前半戦です。
ヒロインの料理練習に付き合ってくれるアレン様の度胸に乾杯。
おかげで死にかけましたが。(笑)
ヒロインは親しき仲には礼儀なしの子ですが、感謝と謝罪はきちんとします。
これは師匠であるグローリアの教育の賜物ですね。(反面教師!)

後編はちょっと意外な展開かもしれません。^^
お楽しみくだされば光栄です。