ご注意を〜

これは完全捏造物語です。
・時間的にはDグレ14巻の137夜あたり。方舟帰還後の本部でのお話。
・リンクがアレンの監視についたばかりの頃。
・番外編連載『Troumerei』の後で、アレンとヒロインは所謂そういう関係です。


上記をご理解いただけたうえで、「それでもいい、むしろ何でも読んでやるぜ!」という勇気に満ち溢れている方は、スクロールでどうぞ。
















神を崇めず、祈りもせずに。
それでも誰かを救わんとする、誇り高き聖職者。


そんなキミの名を、どうか、呼ばせて。






● 泣かないピエタ 1 ●






意味がわからない。


眼前で繰り広げられている光景に対して、ハワード・リンクが思うことはただそれだけだった。
細い眼を限界まで見開いて凝視する。
ちらりと横を見やると、白髪の少年が何とも微妙そうな顔で頬杖をついていた。
どうやら彼の心情は自分寄りらしい。
それにしては驚き方が足りないようだが、リンクよりも耐性があるのだと考えれば納得できる。
何せこの少年は彼女と同僚であり、仲が良い(?)らしく、一緒に過ごしたであろう時間が長い。
だからこそ呆れたような目で見るに済ませられるのだろう。
けれどそれは、久しぶりのリンクには到底出来ないことだった。


「ひとつ、質問してもいいか」


低く言うと、目の前の少女はぱっと顔をあげた。
今は私服を着ているから、それとも長い金髪を下ろしているからか、普段よりも少しだけ幼く見える。
いいや、ただ単に子供みたいにはしゃいでいるからそう見えるのだ。
リンクはじっと彼女を睨みつけて、疑問の声を続けた。


「キミは何をしているんだ、
「何って。ご覧の通り」


思い切り怪訝そうに訊いてやったのに、はひたすらウキウキと、そして至極あっさりと返す。


「お茶会」


そう告げるのは満面の微笑み。


「だから……っ」


対照的にリンクは額に青筋を浮かべて、テーブルをぶん殴る。


「何で私が、キミとウォーカーの三人でお茶を飲まねばならないのかと訊いているんだ!!」


拳を叩きつければ、そこに乗せられていた茶器が騒々しい音を立てた。
繊細な蔦と苺の模様が描かれたティーセットだ。
それらはきちんと温められ、ポットから紅茶が注がれるのを待っている。
お茶請けも山盛りで、その大半はリンクが作ったものだった。


「だってリンクが再会を祝して私にケーキやパイをくれたんだもの。これはアレだよね、お茶会をしようっていうお誘いで」
「違う。まったく違う」
「うんうん、ちゃんとわかってるよ。みんなで美味しくいただこうね!」
「一人で食べていてくれ。私はキミだけにあげたんだ」
「だったらいいじゃない。お裾分けってことで、ハイどうぞ」
「何故……っ、なぜ自分で作ったものを食べなければならないんだ!」
「アレンはどれがいい?生クリームの?チョコのもおいしそうだよ」
「全部」
「私を無視して進めるなぁ!!」


むすっとしたアレンの要求通りに全ての菓子を皿にてんこ盛りにするに、リンクは怒鳴り散らした。
普段は礼儀正しく冷静な監査官であるが、どうにもこの金髪の少女を前にするとうまくいかない。
思わず椅子を蹴立てて立ち上がると、がちらりと見上げてきた。


「準備がまだだからって、そんなに怒らないでよ」
「違う!私が言っているのはどういうことではなくて……っ」
「すぐに出来るから。もうちょっと待ってて」


ね?と小さい子のように言われては、何だか気が抜けた。
リンクは肩を下げ、脱力したかのように腰を落とす。
ぺたりと座りこんで顔を覆った。


「キミは此処をどこだと……」


苦々しく呻いてみたが、もとより気にしているのなら彼女もこんなことをしでかさないだろう。


リンクの嘆きはもっともで、三人のいる場所は書庫室だった。
本のある場所で飲食はできないと言うに、そこの休憩室へと引っぱり出されたのである。
前半はまともな言であるが、そもそも書庫室で物を飲み食いしようと言い出すところがおかしい。
食に異常な執着を見せるアレンのためかと思ったが、それにしてはくつろぐ気満々だ。
食べ物を持ってきたというよりは、本当にお茶会…………つまり仲間内の談笑を楽しみにきたという様子である。


リンクは顔を覆った指先をずらして、を睨みつけた。


「キミはどうして私が……、私とウォーカーが此処にいるのかわかっているのか?」
「アレンがちょっと厄介事に巻き込まれてて、中央庁がリンクを監視役に任命。その役目上、いろいろと質問したいからでしょ?」
「そうだ。その通りだ」


リンクは大きく頷いた。
の隣に腰掛ける白髪の少年は、ノアやら14番目やらの関係で、現在中央庁に疑いをかけられている。
そのため監査官である自分が四六時中張り付いて見張っているのだ。
そして彼と共に此処にいるのは、質問……言ってしまえば尋問をするためである。
つまりとても重要な仕事の真っ最中。
それだというのに何がお茶会だ。
そんな浮かれたことは一人でやっていろと言いたい。
本当にそう口にしようとしたけれど、悔しいことにに先を越された。


「訊きたいことをぜんぶ書面におこしたんだって?リンクは相変わらず真面目だなぁ」
「誉めても何もでないぞ。…………いや、そんなことはどうでもいいんだ。キミは事の重大さを理解しているくせに何故……」
「そう。私はわかっているのよ」


そこでふふんと、いつものように不敵に笑われたものだから、リンクは眉をひそませた。
彼女がこういう表情を見せた時は決まって何か、アレなことを言い出すからだ。


「アレンはね、お腹が空くとものすごく不機嫌になるのよ。そして無口になる。質問に答えさせるにはよくない状態だと思わない?」
「…………、紙に記入してくれるだけ事足りる」
「空腹のアレンは集中力皆無よ。文字だってまともに書けないんだから」
「………………………………本当ですか?」


リンクはしばらくを睨みつけた後、視線を横に動かしてアレンに訊いた。
彼は頬杖をついたまま、軽く肩をすくめてみせた。
の自信満々の声は続く。


「それにあんな静かな書庫室で何かをさせようだなんて、無謀も無謀。10分も持たずにぐっすり眠りこけちゃうよ」
「……………」
「だからこそ、お茶会をしなくっちゃね!」
「…………………………………………、悪いが意味がわからない。そこでどうしてそうなるんだ?」


脈絡のないにリンクは額を押さえたが、彼女は意に介さず断言した。


「糖分を絶えず摂取させて集中力をアップ。紅茶のカフェインは眠気覚ましね。さらに私が茶々を入れることで、怒りによるやる気が出るってことよ」
「前半はともかく、後半は逆効果な気がする」


それはやる気ではなくて、殺る気だと思う。


「暴れ出して質問どころではなくなるだろう」
「それでも放り出されるよりはマシでしょ。アレンはほどよく刺激してやるほうがいいの。手さえ動かしていればそのうち終わるから」


根はマジメだもの。
そう言うの頬は何故だかちょっとだけ赤い。
紅茶の湯気のせいだろうかと思って、同時にリンクはどぎまぎする。
久しぶりに会ったせいか、表情のせいか、彼女が妙に綺麗に見えたのだ。
何となく直視できなくて顔を逸らすと、アレンと目があった。
彼は銀色の瞳でこちらをじっと睨みつけていた。


「…………の言う通りですよ。リンク」


そう言ってようやく頬杖から体を起こす。


「彼女が傍に居ればはかどります。例えどんなに厄介な書類でもね」


そこに含むものを感じて、リンクは瞬いた。


「………………随分と仲がいいんですね」


それではまるで、さえ居ればどんなことだって出来るという意味になる。
けれどアレンはさばさばと首を振った。


という人は、それはもう僕をやる気にさせるのが上手いんですよ。言い合いをしている内にこんな紙の山なんてすぐに片付きます」


つまり、怒りによって厄介事を早く片付けようということか。
それを済ませれば遠慮なくと闘り合えるから。
根っこが真面目なアレンは、全てが終った後でないと彼女に本気で挑みかかれないのだろう。
…………………だからやっぱりそれはやる気じゃなくて、殺る気だと思う。


リンクはそう思ってとっても微妙な顔をしてしまったのだが、アレンは当然のように流して自分の質問をぶつけてきた。


「それよりも、リンク」
「何です」


何だかアレンの目が怖い。
お茶がまだ入っていないというのに皿から菓子を取りながら、彼は低く言った。


「そっちこそ、随分と仲がいいんですね」


がぶり、とパイを噛りながら睨まれた。
実際に噛みつきたかったのはリンクだとでもいうように。
リンクは少しだけ冷や汗をかきながら、平静を装って聞き返す。


「仲がいい?誰と誰が」
「誤魔化そうとしても無駄ですよ。あなたとがです」


あまりにも不愉快そうに言われたものだから、心の中でのツッコミを禁じえない。
おいおい、温厚なキミは何処へ行ったんだ。
そう思って沈黙している内に、が口を開く。


「だって友達だもの」


リンクはまた思う。
おいおい、私とキミはいつ友人になったんだ。


アレンはますます顔をしかめた。


「へぇ……そうですか。そうですよね。わざわざだけにお菓子を作ってあげるだなんて、そうとう親しくないとありえませんよねぇ」
「久しぶりに会うから手土産に持ってきただけです。知り合いには当然の礼儀だと思いますが」
「礼儀、ですか。ふぅん……」
「…………何か問題でも?」
「いえ別に」


絶対そうは思ってないような様子で首を振られる。
そのままアレンはを睨みつけた。


「…………中央庁に友人がいるだなんて聞いてない」
「言ってないもの」
「………………」
「アレンの監査役がリンクだなんて、すごい偶然だよね。不謹慎だけど……よかったと思うよ。ひどいことしないって知ってるし、こうやって一緒にお茶が飲める」


は笑顔だったが、アレンはぶすむくれる一方だ。
また頬杖をついて口元を歪める。


「………………ねぇ。相当信用しているみたいだけど、どういった知り合いなの」
「ああ、昔私の監査役だったのよ。リンク」


そうが言った瞬間、アレンがずっこけた。
支えにしていた掌から顔が落ち、テーブルに激突。
がすんっ、とイイ音がしてとリンクは目を見張った。


「大丈夫?」
「大丈夫ですか?」


二人同時に聞いたがアレンは無視して声を荒げた。


「監査役!?それも中央庁の!?そんなものが……っ」
「うん。つけられてたね」
「一時期でしたけどね」


顔色を失くして叫ぶアレンに、当の本人たちは冷静な返事をした。
はほのぼのと言う。


「懐かしいなぁ。あの頃はリンクもまだ新人さんで。初々しい青年だった……」
「余計なことを思い出すのは止めてくれないか。キミだって子供だっただろう」
「こら、レディに向って何を言う!」
「今だって子供だ」


はんっ、と馬鹿にしたように笑うリンクに、は思い切り舌を出してみせた。
そういうところが子供だというのに、彼女は分かっていないようだ。
やめなさい、と注意しようとしたところでアレンの声が割って入ってきた。


「何を平和に過去を振り返ってるんだ!そんな、監視をつけられていただなんて……っ」
「あなただって今つけられてるでしょ」
「僕のことはどうでもいい!」
「…………………………私、その言葉嫌いよ。そんなことを言われるのも、言う人もね」


は目を伏せて静かに囁いた。
責める口調ではないが、それが逆に哀しくなるほど胸に響く。
思わず叫んでしまったであろうアレンは、のその表情に息を詰めて黙った。
確かに彼女が此処にいる理由を考えれば、先の言葉は失言以外のなにものでもない。
お茶会だのやる気だのと理由をつけているが、つまり。


は……ウォーカーの取り巻く現状況を、少しでも良くしたいのだろうな)


リンクですらわかることなのだから、アレン本人は当然だ。
重苦しい尋問もの手にかかれば、随分と穏やかにできるだろう。
もちろん当人たちの心情も。……………………今は若干、逆効果のようだが。


「ご、ごめん……」


アレンが小さく謝った。
何だか彼らしくない。
リンクもそうだが、どうにもを前にすると、いつも通りに振舞えない。
取り繕うことが出来なくなるのだ。
アレンは立ったままテーブルの上で拳を握り締めた。


「でも、どういうこと?君は監視を免除されて、その代わりに特製のゴーレムを持たされているんじゃなかったの?」
「……中央庁にも色々あるのよ」


は目を上げずに呟いた。
そのままポットを手にとって茶器に注いでゆく。
三つ目に差し掛かったところで隣を振り返った。
アレンがの髪を一房つまんで、つんっと引っ張ったのだ。
下から掬うように見つめる目は叱られた仔犬のようだった。
はしばらくした後、小さく笑った。


「…………新しく組織が創られて、リンクはそこに配属されたの」


香り立つ紅茶。
いい茶葉だなと、リンクは思う。


「今まで私はエクソシストという身分上、危険が多いからって理由で監査官をつけられていなかったんだけど。その組織はそれすらもこなせる集団にしたかったみたいでね。実際問題できるかどうかっていう実験することになって、それに選ばれたのがリンクと私」
「……………………教団は、また君の尊厳をないがしろにしたのか」


アレンが顔を歪めて吐き捨てた。
事実その通りなのでリンクは何も言わない。
”はいろいろと特殊な存在なので、こういう危険の伴う実験は真っ先に彼女が選ばれる。
こんなことは普通はばかられるのだが、教団全体が軽んじている “”ならばと判断されるのだ。
今考えればひどいことをしたとリンクも思う。
けれど当の本人は苦笑するだけだった。


「そのおかげでリンクと知り合えた。友達になれたのよ」


そう言われては悪い気がしない(むしろ嬉しい)のだが、リンクは思い切り半眼になった。


「…………………………友人になった覚えはないが」
「まったまた。照れないでよ」
「照れていない。至って冷静だ」
「……え、あれ?私たち、友達だよね?」
「いいや」
「違う、の?」
「違うな」
「うそっ」
「本当だ」


に心底びっくりした顔をされて、リンクは深いため息をついた。


「私には、キミと友人になろうという超人的な度胸はない」
「えええええっ、だってあんなに打ち解けてくれたのに!」


力強く言われるが、リンクはあまり聞いていなかった。
が言葉の調子そのままにカップを差し出してくるから、中身がこぼれないかハラハラしていたのだ。
湯気の具合から見て相当熱い。
一歩間違えればの手が大火傷だ。
そんなリンクの心配をよそに、の声は続く。


「いつでもどこでも楽しく過ごしていたじゃない!鍛錬も任務も食事も、眠るのだって同じ部屋で」
「同じ部屋!?」


そこでアレンが食い付いた。
勢いよく身を乗り出すものだから、リンクはまたハラハラする。
テーブルの上の食器が一気にひっくり返りそうだったのだ。
けれどそんなことには構わずにアレンとは言い合っている。


「同じ部屋ってどういうことだ!まさか一緒に寝たの!?」
「当たり前じゃない。それだってリンクの仕事なんだから」
「いくら監査役だからって、そんなこと……!許されるもんか!!」
「ルベリエ長官の許可済みだったけど」
「な……っ、……………………あのチョビヒゲ、何てふざけたことを………!」
「長官を悪く言うのは止めてください」
「リンクは黙っててください!」
「うんうん、それからよく考えてみて?自分の心と向き合ってみて?そうしたらきっと、私との友情を発見できるはずだからっ」
「いや、そんなものはどこにも見当たらないな」


リンクはアレンを叱ったりに首を振ったりしつつも、目の前の騒動に呆れ返っていた。


「何日!?どのくらいの期間、一緒にいたの!?」
「さぁ。けっこう短かったと思うけど」
「でもその間ずっとベッタリだったんだろう!?ま、まさか着替えや入浴の時も張り付かれていたなんてことは……っ」
「ああ、リンクは紳士だから。ちゃんと背を向けていてくれたよ」
「その場には居た……、居たんだな!?」


アレンにだって今現在そのようにしているのに、彼はすっきりきっちり忘れてしまっているようだ。
限界まで青くなって呟く。


「出来心でチラリと振り返って見たりは……」
「してません!!」


そこでリンクは盛大に怒鳴った。
覗きの疑いなど不名誉にもほどがある。
アレンは安堵の息を吐き、細く言う。


「そう……。危なかったですね。もし何か妙なことをしていたら問答無用で制裁を下しているところでしたよ」
「…………私に?」


リンクは冷や汗をかきながら訊き、アレンが低く答える。


「いえ、に」
「なんで!どうして私!?」
「うるさい馬鹿。何を僕以外の男とベタベタしてるんだ。過去のことだからって帳消しになるとでも思っているの……?」
「ひっ……!ち、違うって!」
「へーえ。ふーん。言い訳をするんだ…………」
「お仕事!リンクは仕事だったの!ねぇっ」
「………………………………あぁハイハイ。そうです。仕事です」


今、真剣に転職を考えてしまったが。
すみません長官、私はこいつらの監査役を続けるのが死ぬほど嫌になってきました。
そんなことを考えながら、リンクはてきとうに返事を返す。


「ウォーカーの気にするようなことは何ひとつありませんよ」


リンクとしては二人がそういう関係(?)だったことの方が気になっていた。
突っ込みたいのだが、何だか胸が痛い気がして口を開けない。
半泣きのが見つめてくるからますます心が塞がるようだ。


「リンク、ちゃんと説明してくれないかな。このままじゃ、私がアレンに殺される……!」
「………………私には関係のないことだな」
「と、友達でしょー!?」
「だから、そうではないと言っているだろう」


ケンカで掴み合う姿ですら仲の良さを見せ付けられている気がして、リンクはきつく目を閉じた。


「私はキミのことを、そんな風に見たことはない」


それは冷たく切って捨てるような口調だった。
吐き出してしまった後で、しまったと思う。
恐る恐る窺うと、は瞳を見開いていた。
その表情が傷ついたものに変わる前に、何か。
何か言いつくろわないと……。
そう思うのに声が出ない。
何故なら先の言葉は、リンクの本音だったからだ。


(私は、キミのことを“友人”だとは思えないんだ……)


切ないような気持ちが溢れてきて、唇が震えた。
の金色の双眸が瞬く。
冷ややかに言っておきながら、今彼女の意識がこちらに向いていることに満足している自分がいる。
こんなくだらないことを考えるだなんて信じられない。
冷静で完璧主義の、監査官。
優秀なルベリエの部下、ハワード・リンクは一体どこへ行ってしまったんだろう。


「じゃあ、どんな風に見ていたんですか」


そうズバリと訊かれてリンクは大きく肩を震わせた。
見つめる先のを押しのけて、アレンが真正面へと出てくる。
からかいか、疑いか……どちらなのかと思ったけれど、彼は至って真剣な顔をしていた。
それで何だか全身の力が抜けた。


「………………馬鹿な人だな、と」


の方を見ないように、視線を落として告げる。


「手のかかる妹みたいなものですよ。…………親族でなかったことを幸運に思いますが」


真摯な銀色の目で見つめられて、理解してしまった。
アレン・ウォーカーは、己の敵かもしれない者に真っ直ぐに向かい合える人間なのだと。
…………これでは勝負にならない。自分の出る幕などない。
リンクは淡々とそう思った。
こういうとき頭が回るのが嫌になる。
頭脳明晰であるのは誇るべきことなのに、今はただ邪魔なだけだった。


張り合えるはずがないと悟ってしまわなければ、名前をつけずにいたこの気持ちを、彼女に吐露してしまえたのに。


「…………リンク」


ぽつりとが呼んだ。
アレンの手から逃れて、こちらに身を乗り出してくる。
リンクの視界の隅で金髪が揺れた。


「よし、それじゃあ今すぐ兄妹の契りを交わそうか!」


何だか力強くそう言われた。
リンクはとりあえず腕を振りあげるとの頭に手刀を叩きこむ。
そうやって突っ込みを入れ手やった後で、痛みに呻く彼女を睨みつけた。


「お断りだ」
「な、何で!?だって私、リンクの妹なんでしょ?」
「言葉のあやというものを知らないのか!」
「えー。いいじゃない、本当にそうなっちゃえば」
「…………っ、誰が」
「あ。私、神田とも兄弟の契りを交わす予定なんだよね。アイツも家族ってことで、よろしく兄さん!」
「あんな目つきの悪い弟も、キミのような馬鹿な妹もごめんだ!断固拒否する!!」
「ええ?目つきならリンクもそう変わらな……」
「断固拒否する!!!」


リンクは叫びながら、意気込むの顔を思い切り遠ざけた。
彼女はしばらく不満そうだったが、それがそう長く続くわけもない。
文句を垂れる口が何だか緩んでいる。


「相変わらず……」
「キミもな。進歩がない」
「手厳しいよね。あの頃のまんま」
「………………」
「まぁ、それがリンクなんだけど」
「……、昔のことは」


懐かしむように自分を見るに、リンクは顔をしかめてみせた。


「あまり思い出したくない」
「ええ?なんで」
「私はキミの破天荒ぶりにうんざりしていたんだ」


額に手を当てて盛大に嘆いてやった。


「人の言うことは聞かない、規律は守らない、無茶しかしでかさない」
「う……」
「キミの監査官を勤めた数日間は、悪夢だった。忘却の彼方に追いやってしまいたい記憶だ」
「へぇ。そんなにひどい目にあったんですか」


気まずそうに言葉をつめたの代わりに、隣のアレンが言った。
何だか興味津々の様子だ。
銀色の光る瞳がせがむようだったから、リンクは思わず口元を歪めてしまった。


「……………………話しませんよ」
「話してください」


リンクの拒否を、アレンはきっぱり切り捨てた。
完璧な笑みで詰め寄られる。
距離的には変わっていないのに、精神的にそんな感じだ。


「僕は聞きたいです。とリンクの思い出話」
「……、だから私は」
「いいでしょう?」


ねぇ?と小首を傾げるアレンは一見無邪気だが、その穏やかな笑みの裏に隠されているものなど考えたくもない。
どうやら自分は彼に敵対心を持たれてしまったらしい。
リンクはそれを正確に悟ってに言う。


「キミも厄介だが……」


これまた随分と厄介な相手に気に入られたものだ。
口の中で呟いて、大業にため息を吐き出した。


「ウォーカー」
「はい」
「………………………、手は動かしてください」
「はい」
「書面に回答を書き込みながら聞けるというのなら……」
「はい!」
「……………………………………………………………………………………話したくない」
「リンク!!」
「わかりましたよ……。話します」
「あぁ、ありがとう」


にっこりと微笑んでお礼を言ったアレンは、リンクの要望通りペンを手に持った。
いそいそと書面に向いながら話が始まるのを待っている。
リンクとしてはますます嘆息するしかない。


「なんで……」


そこで黙って事の成り行きを見ていたが、小さく呟いた。


「何でアレンは私に聞かないの?そして何でリンクは私とじゃなくて、アレンと思い出を懐かしもうとしているの?」


訳がわからないという風に首をかしげるを、アレンとリンクは力強く無視してやった。
鈍感バカは放っておくに限る。


二人は目を見合わすと、このときばかりは仲良く頷いたのだった。








番外編連載『泣かないピエタ』、リンク夢です。
ちょっと原作ネタバレを含んでいるのでご注意を書かせていただきましたが、今後はまったくのオリジナル展開となります。
言うならばヒロインとの過去話シリーズ(リナリー『花咲く記憶』、ラビ『心情の定義』、神田『泡沫の祈り』)のリンク版ですね。
個人的にリンクは書きやすいキャラのようです。ちょっと意外。^^

次回はリンクとヒロインの初対面です。よろしければ引き続きお楽しみください。