ご注意を〜
これは完全捏造物語です。
・時間的にはDグレ16巻の159夜、本部引越しのお話。
・番外編連載『Troumerei』の後で、アレンとヒロインは所謂そういう関係です。
上記をご理解いただけたうえで、「それでもいい、むしろ何でも読んでやるぜ!」という勇気に満ち溢れている方は、スクロールでどうぞ。
「憂鬱だ」
「ユーウツさぁ」
「ゆううつです……」
吐き出されたため息は恐らく鈍色。
● 26時の闘争 Story1 ●
エクソシスト3人組みが揃ってそう言うから、リーバーは思わず作業の手を止めた。
傍にいたジョニーたち科学班員も彼らを振り返っては微妙な笑みを浮かべている。
その視線の先でアレンはもう一度ため息をついた。
「お腹空きました……。何か食べたいな。夜食とか出ないかな……」
腹の音を響かせながら呟く横顔は妙に切なげだ。
ラビが翡翠の隻眼を擦りながら合いの手を入れる。
「オレは眠いさー。午前2時とか人間の活動時間じゃねぇし!」
「じゃあ寝てろ。一生起きるな」
大欠伸をかました彼を切り捨てたのは神田だった。
アレンとラビを睨みつけて言う。
「さっきから腹の音とあくびがうるせぇんだよ」
「神田、八つ当たりはやめてくれませんか」
「そうさ。労働に駆り出されてイライラしてるからってオレ達に当たるなよ」
即座に反論が起こり3人はしばらく睨み合ったが、ぐーっという音と、ふぁああという声と、チッという舌打ちを合図にすぐさま作業に戻った。
口はまだだらだらと文句を垂れ流しあっているが、手だけはちゃきちゃきと動いている。
リーバーはその様子に苦笑した。
「悪いな。自分のもあるのに、ここの荷造りを手伝わせて」
「いえ。僕の部屋はもう終りましたから」
すぐにアレンが笑顔で返したが、神田は不本意そうだ。
どうやら彼は兄貴分のマリに無理やり連れてこられたらしい。
ラビは眠そうな顔で赤毛を掻き回した。
「ま、どうせ騒がしくて寝れねぇんだし。オレも手伝うんはいいんだけどさー」
唇を尖らせて言って、ため息をついた。
「科学班の引越し作業ってのがな……」
「確かに」
アレンは思わずそう応え、神田も無言で頷いた。
それこそが3人の憂鬱の原因だった。
只今午前2時。
闇に帳に覆われた真夜中ではあるが、黒の教団は全員が全員活動をしていた。
というのも、先日ノアとアクマたちの襲撃を受け、本部は多大な損害を出してしまったのだ。
中央庁はこの事態に移転を通達。
本拠を移して体制を立て直すことを決定した。
そのため皆で夜を徹して荷物をまとめているのだ。
遅れるようではまたある意味で厄介な人(主にチョビヒゲ)が乗り込んできてしまう。
そう思った団員達はせっせと作業に励んでいた。
けれど。
けれど、である。
“科学班”の引越し作業というだけでため息が出るというものだ。
何故ならそこは教団の頭脳と呼ぶべきところ。
探索班が収集したデータやその解析、イノセンスの研究、武器防具の開発などの膨大な量の資料が保存されている。
仕事量も教団一ならば、物質量も教団一だった。
全ての荷をまとめるにはどれほどの時間と労力が必要となるのだろう。
団員を掻き集めて作業にあたっても明るい事態は見えてこない。
山済みにされた書類やら天井まで届く本棚という現実に向かい合えば、憂鬱になるなというほうが難しかった。
「これ……、終るんですかね……」
「オレはいつになったら寝られるんさー」
「あぁもう面倒くせぇ……!」
ほどほどに疲れてきた3人は、また揃ってため息をつく。
徹夜に慣れている科学班と違ってキツイものがあるようだ。
ブックマンやマリが叱咤し、リナリーやミランダがなだめるも嘆息は止まらない。
けれど作業はきちんとこなすし、文句は3人の間だけで垂れ流すものだから、実際問題いい働き手なのである。
周囲は苦笑しつつもそんな彼らを見守っていた。
「はぁ……。本当にお腹空いたな……」
労働しているからかどんどん空腹になってきて、アレンはちょっと涙ぐんだ。
そこにふと影が落ちる。
しゃがんで作業しているアレンの後ろからだ。
背後に誰かが立ったらしい。
「リンク?」
先日からお世話になっている監査官かと思って振り返れば、そこにいたのは、
「……………………」
白いかっぽうぎを身に纏った不審者だった。
髪を白い布で多い、後頭部で縛っている。
分厚い眼鏡と大きなマスクのせいで人相はまったくわからなかった。
逆光で何だか恐ろしく怪しい感じだ。
両手に雑巾と洗剤スプレー、背中に大きなハタキを背負ったその姿は、異様なことこの上ない。
けれどアレンは呆れた一瞥を送っただけですぐにその人物の名前を呼んだ。
「何やってるんですか」
するとマスクでくぐもった声が応える。
「私はただのではない」
「はぁ?」
「今夜はちょっぴり刺激的!塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜて猛毒殺菌!教団中を邪悪なまでにピッカピカにしちゃうヨ!!」
ヨ!のところで妙な振りつけがあった。
星でも飛び散りそうな痛いポーズが連続してきめられる。
「呼ばれてないけど勝手に飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! お掃除戦士さん参・上!!」
そこで一回転。
短いスカートの裾が浮いて、しゃがんでいるアレンからは絶景が見えそうだった。
そんなことには気付かずは目元でビシリと横向きのVサインをつくる。
「雑巾ボールであなたのハートを狙い撃ちよ!!」
語尾には絶対にハートマークがついていたと思う。
きっと眼鏡の下では可愛くウィンクが決められているのだろう。
アレンはしばらく無表情でそれを眺めて、
「…………………」
無言で作業に戻った。
一瞬にして室内の全ての視線を我が物にしていたが声をあげる。
「え、無視?無視なの?それはちょっと私かわいそうじゃないかなぁ!やってみたら我ながらダサくて絶望しているのにその仕打ちはないんじゃないかな!?思いつきのネタだったから、駄目出しだって素直に受け入れる覚悟はあるよ!!」
何だか背後がうるさいがアレンは黙々と作業を続けた。
周囲は“またアイツらか”とでも言いたげに呆れ顔で目を逸らす。
それでも自称お掃除戦士はまだ何か喋っていた。
「ちなみにさっき言ってたの本当にやっちゃ駄目だからね!塩素系漂白剤と酸性洗剤を混ぜると猛毒ガスが発生して死んじゃうからっ」
「僕は君という存在を野放しにしておくほうが危ない気がします。混ぜるな危険です。この世が汚染されます腐敗します」
「な、何て強力な……!さすが私」
「誉めてない」
一度応えればどうしようもなくてアレンはに向かって言う。
「相変わらず頭わいてますね。君は夜中でも平常運転なんですか」
「何言ってるの、昼と夜とで人格が変わるわけないじゃない」
はそう返したが、ラビが横からいらない口を出してくる。
「いやいや男は結構変わるもんさ?ユウとか絶対に夜だけ優しいタイプだって」
「ラビ、ちょっと黙りましょうか」
即座に神田本人から「何でそこで俺が出るんだ」という反論が来たが、彼も本当のところの意味はわかってなさそうなのでアレンが諌める。
笑顔で思い切りラビを睨みつけた。
「年齢制限のかかる話は脳内だけでお願いします」
「えーいいじゃん。こんな時間だし。なっ、?」
「いや、だからそんな簡単に人格が変わるわけないでしょ。アレンだって昼も夜も優しくないくせに」
「「…………………」」
どうやらもよくわかってなかったらしい。
普通に言われてアレンとラビはちょっと固まった。
微妙な微笑を浮かべて硬直した二人をが怪訝な目で見ている。
ラビはアレンの肩をガッと引き寄せると笑顔のままで囁いた。
「へぇ……。夜も優しくないんか」
「いえいえいえいえ、僕はいつだって優しいですよ」
「被害者がああ証言してんのに?」
「僕が無理強いしているような言い方はやめてください。同意のうえです」
「オマエ……っ、年下のくせになんつー羨ましいエロ生活をぶっ!!」
何だか腹立たしいことを言われそうだったので、アレンは咄嗟にラビの顔面に裏拳を叩き込んだ。
見事にきまってヘタレの赤毛は悶絶している。
アレンは彼を放置するとに近づいた。
「それで?その馬鹿みたい格好はどうしたの」
「馬鹿じゃありません。言ったでしょ?今夜の私は“お掃除戦士”!」
そこでまた妙な決めポーズが入る。
けれどかっぽう着に分厚い眼鏡、巨大マスクを身につけているから、ダサいことこのうえない。
アレンは嫌味でもなく素直に感想を口にした。
「正義の味方というよりは痴女に見えます」
「すごい侮辱の言葉きた!正体も明かせず人知れず、お部屋汚れと戦う私になんてことを……っ」
「いや、正体はバレバレですし。君が馬鹿なのも知れ渡ってますよ」
「今日も元気にお掃除まっしぐら!その実態は年齢秘密の花の乙女。憧れの人はクロス元帥で、将来の野望は彼と共にこの世を一掃することです!!」
「どうでもいい情報なうえに最後が物騒です夢も希望もありませんね。そして師匠のことは口にするな」
がノリで適当な設定を言えば、アレンはいつも通りに突っ込みを入れた。
けれど言葉の終わりで妙に声が低くなる。
はびくっとして様子を窺うけれど、アレンは笑顔のままだ。
ただし目に剣呑な光が宿っていたが。
は何となく絶対的に話題を変えようと思った。
「そ……それで私、今まで奥で荷造りしてたんだけどさぁ!」
「あぁさすが。素晴らしい判断力です。あれ以上続けるようであれば君の夢も未来もなくなっているところでしたよ」
「アレンのおかげで防衛本能が超発達したのよ。あんたがクロス元帥を好きじゃないのは知ってるしね」
「どっちかって言うと君が好きだからなんだけど」
「わぁ殺意全開の告白!怖いから落ち着いてね。とにかく、あっちは終ったから」
言いながらが指差した方向には、綺麗にまとめられた荷物がこれでもかと積み上げられていた。
あまりに大量だったのでアレンは吃驚して問う。
「すごい。一人でやったの?」
「ん?ううん、まさか」
「ほぼ一人で完遂されましたよ」
首を振ったの後ろからそんな声がする。
アレンが見ればそこに立っていたのは不機嫌そうなリンクだった。
「私を無理に引っ張っていったくせに、自分だけでさっさと片付けて。ほとんど手伝わせなかったではないですか」
「何言ってるの、リンクも強力なお掃除戦士だったよ。手が届かない荷物を下ろしてくれたり、重いものを運んでくれたり、床掃除のときバケツを持っていてくれたり」
「そんなのは私でなくても出来ます」
「そういうリンクは今までどこに?」
どうやら彼は自称お掃除戦士のアシスタントをしていたようだ。
けれどが奥から出てきてもしばらく姿が見えなかったから、不思議に思ってアレンが訊く。
するとリンクは思い切り顔をしかめた。
「着替えに行っていました。私は彼女の豪快すぎる掃除の被害者です。荷造りだけでは満足せずに床磨きや棚拭きまで始めて……。頭からつま先まで洗剤まみれにされましたよ」
「あぁ……なるほど」
「しみじみ納得される意味がわからないなぁ。それよりリンク、本当にごめん!目とか痛くない?一応体に害のない洗剤だったんだけど」
はリンクに両手を合わせて頭を下げる。
それから彼に近づいていって、目の具合を確かめようとした。
しかし指先が頬に触れる前にリンクに避けられる。
それは咄嗟の行動だったようで、監査官は顔ごとから視線を逸らすと平坦な口調で言った。
「大丈夫です。心配はいりません」
「じゃあ肌とかピリピリしない?」
「大丈夫だと言っているでしょう。そんなに私に構うものではありませんよ、アンノウン」
「………不特定多数の教団員がいる場所だから仕方ないけど、その呼び方はね」
「……、あまり親しくしていると中央庁に妙な嫌疑をかけられる。気をつけろと言っているんだ、」
最後だけ敬語を取って小声で囁いたリンクの言葉に、は思わずといったように微笑んだ。
「その呼び方は好き。……はい、気をつけます。リンク監査官」
「わかれば結構です」
彼女が表情を引き締めて敬礼をすると、リンクも少し微笑んだ。
傍から見ても不自然ではないようにの肩に手を置く。
立場上人前では他人行儀でいなければならない二人だが、結局は仲が良いのだとアレンは改めて思った。
そしてちょっとだけ拗ねた気持ちになった。
「わっ」
驚くの声を無視して後ろから引き寄せる。
よろけたから支えるために腰に腕をまわしたけれど、制止するように手を掴まれた。
「アレン、なに」
「何でもない。……その眼鏡やめたら?顔が見えなくて嫌だ」
「ダメ。これがないと薬品を扱うとき目が痛くなるの」
「何で引越し作業でそこまでしちゃうのか不思議で仕方がないんだけど。マスクもね……、いらないだろう」
「や、ちょっと!全部取っていかないでよっ」
眼鏡もマスクも没収されたがもがいた。
リンクが呆れた目で見ているが二人は構わない。
高い位置まで持ち上げられたそれを取り戻そうと金髪が跳ねる。
アレンはクスクス笑っていたが、ふいにリンクに言われて表情を消した。
「……ウォーカー。キミもあまり親しくしていると、厄介なことになりかねませんよ」
は動きを止めたが、リンクを振り返らなかった。
アレンが視線をやると、彼はどちらかというと彼女の方を見ていたのだった。
「“14番目”の関係者だと疑われているキミと、常に管理下に置いておくべき“アンノウン”が共に居るのは、中央庁としては好ましくない」
「……………………」
「嫌疑のある者が揃って何を企んでいるのかと思われるでしょう。キミたちは我々に危険視されている異端分子であることをお忘れなく」
「……………………」
アレンは黙して答えたが、は軽く肩をすくめた。
ようやくリンクを返り見て苦笑する。
「リンクってどうしてそういう言い回しをしちゃうのかな」
「事実をそのまま言ったまでです」
「憎まれ役が好きなの?」
「な……っ」
「まぁ、そのくらいじゃ全然だけど。本当に嫌がられたいのならシンデレラに対する継母のようにいびり倒してもらわないとね」
「………………キミは、私を嫌いになりたいのですか」
「どんな発言でもどんと来い!ってことよ。稀に優しい言葉が飛び出すって知ってるから私は尻込みなんてしないのですよ、お継母様」
「…………………………」
にやりと笑うにリンクは言葉を呑み込む。
わずかに頬を染めて何か告げたそうに唇を動かすが、結局「……誰がお継母さまですか」とだけ言い捨てた。
次いでアレンを睨みつけるように見据える。
「とにかく。人前ではあまり近づきすぎないようにするべきです。立場が悪くなるのはあなたがたなのですから」
そうは言っても自分達がそういう仲だというのは周知の事実だ。
隠しても隠しきれるものではないだろう。
はそう思ったが口にしたところでどうしようもない。
リンクの言が正論だと理解していたので眉を下げて微笑んだ。
心配してくれてありがとうと言おうとして、それより先にいきなり顎を掴まれる。
強い力を感じて唇に何かが押し付けられた。
「「……………………」」
とリンクは一緒になって絶句した。
声も出ない。
は息すら出来ない。
それもそのはず、アレンが強引にキスをしてくるからだ。
しかも頬や額といった可愛らしい口づけではなく、思い切り唇に噛み付かれた。
何をやらかしてくれるのだと吃驚して離れようとするけれど、後頭部に手をまわされて逃げ道は塞がれる。
彼はそのまま満足するまでの唇を味わうと、マスクを片手で弄びながら言った。
「うん。やっぱりこれはキスをするのに邪魔だ。外して正解」
「……は?え?ええ……!?」
「これからは絶対につけないでね」
アレンはあっさりそう告げるとを開放した。
作業をしていた場所に戻ってゆく。
リンクとすれ違う瞬間に、普通の口調で告げた。
「残念ですが、と近づくなというのは絶対に無理な注文です。だから」
「……………………」
「リンクが見ないフリをしてください」
「……、それを監査役である私に言いますか」
「お願いしますね」
最後ににっこりと満面の笑みを向けて、アレンは再び床にしゃがみこんだ。
何でもない様子で荷造りを再開する。
いつもなら騒ぎ立てるラビと神田も特に文句は言わなかった。
リンクに対する言はアレンと同じらしい。
ただ人前でいちゃついたのは腹立たしいらしく、無言で拳が入り蹴りが決まった。
「痛いですよ」
「「うるせぇバカップルが」」
顔をしかめて訴えるアレンに、ラビと神田が声を揃えた。
それを聞いて彼は即座に返答。
「馬鹿はだけです」
反論するところはそこですか。
リンクはそう思ってを振り返る。
目が合った瞬間、変な悲鳴があがった。
ちょっと見たことがないくらい顔が真っ赤で視線が泳ぎまくっている。
は無意味に手足をバタバタ動かした後、頭から三角巾を取って口元に巻きつけた。
どうやら唇を隠したいらしい。
居た堪れなさに涙目になったがリンクに言った。
「み、見なかったフリをして!」
リンクが嘆息すると同時に、彼女は「バカはアレンだけでしょー!」と咆えた。
ちらほらとリクエスト頂いておりました、教団引越し話です。
ギャグパートなのでとりあえず明るくいきたいたいなぁと……。
基本はアレン・神田・ラビに加えてリンクと絡んでいきます。
次回は英国紳士がさらなる暴走を始めますよ。どうぞお楽しみに!^^
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