「憂鬱なんて、なに言っちゃってるの!」
そう鼓舞する口を覆うのは三角白色。
● 26時の闘争 Story2 ●
いまだにそうやって唇を隠しているが、は何とか立ち直ったらしい。
男三人が相変わらず荷造りを「憂鬱だ」とぼやいていたら、仁王立ちになってそう宣言したのだ。
若干距離を置かれているのは、アレンとしては気のせいだと思いたい。
三角巾の下の口からふふんという笑い声が漏れる。
「あんた達は掃除の楽しさを理解してないのよ。それを極めれば憂鬱だーなんて口が裂けても言えなくなるんだから」
自信満々で人差し指を立てた彼女の後頭部に、すぐさま神田の手が叩き込まれる。
「掃除じゃなくて荷をまとめるだけだ。洗剤やら何やら使ってるのはお前一人だろうが」
「ユウちゃん。引越しとは今までお世話になった建物に感謝を込めて、初めて来た時よりも綺麗にする作業のことなんですよ」
「はぁ?」
「ほら、これでお別れなんだから。出来る限りピカピカにしてあげたいじゃない」
何せ8年間も住んでいた場所だからね、とちょっとだけ遠い目をする。
此処は誰にとっても帰るべきホームだったが、は特に思い入れが強いのかも知れない。
師匠のグローリアと過ごした記憶は、この場所にしか眠っていないのだから。
は瞬くとすぐにいつもの調子に戻った。
「それに私はこういうのに慣れまくってるからね」
「あぁ、アレンやユウと乱闘した後は全部自分で片付けしてるもんな。もう趣味っつーか特技っつーか」
「そーゆーこと。とにかく掃除っていうのはつまらない作業じゃないのよ。面白くって退屈している暇なんてないない!」
「つまり?」
アレンが促すと、はちょっとだけ肩を強張らせた。
また何となく距離を取られる。
察したようにリンクが横目で睨んでくるから、アレンはあえて彼女の隣を陣取った。
慌ててが言う。
「だ、だから!掃除をしてるとホラ、昔の写真とか作文とか出てきたりして思い出に浸れるじゃない?」
「あーソレ楽しいさな」
「……楽しいか?」
ラビは口元を緩めたが、そういうことに無頓着な神田は理解できないようだ。
は彼を見つめて真顔で頷いた。
「いやぁ、かなりの確率で大爆笑だよ?恋する乙女のポエム集が発掘されたり、ベッドの下から男の勲章が飛び出したり」
「男の勲章?」
「平たく言えばエロ本です」
「アンノウン!」
そこでリンクの叱責が飛ぶ。
「若い女性がそんなことを口にするものではありませんっ」
けれどは普通に返す。あっさりした口調が逆に潔い。
「いやいや、馬鹿にしたものじゃないんだって。あれは持ち主の趣味が一目でわかる素晴らしいアイテムなんだから」
「な、何を言って……」
「巨乳にロリコン、メガネ萌え!さぁどれが好きなの言ってみなさい!!」
「オレは巨乳より美乳派さー」
「うん知ってるー」
「ブックマンの弟子は黙ってくださいアンノウンは恥じらいを持ちなさい!!」
「そんな具合にね、片付けをしていたら面白い物が出てくるのがお約束なのよ。さぁ行くぞ!レッツみんなの恥ずかしいもの探しー!!」
「例えばこれとか?」
それまで黙りこんでいたアレンが唐突にそう言った。
は振り返った瞬間、声にならない悲鳴をあげる。
そして目にも止まらぬ速さでアレンの手からそれを奪い取った。
「……っつ」
「机の引き出しの奥のほうにありました。それ、隠してたんですよね」
「み……、み……っ、みみみみみ」
「何」
「み、見た……!?」
顔を真っ赤にしたがアレンに食って掛かる。
胸倉を掴んですごむが、彼はいつもの表情のままだ。
「いえ、見てませんよ。見てません見てません、特に68枚目なんて見てません」
にこやかに言うアレンには今度は真っ青になった。
慌てて彼から奪い返した紙の束をめくり、目当ての箇所を見つける。
目を通せば肩がぶるぶる震え出したのでアレンはそこに手をおいた。
「君がこんなことを考えていただなんて知らなかったよ」
これ見よがしに憂いを帯びた声で囁くアレンは、紛うことなく演技派だった。
の顔色はもはや蒼白だ。
俯いているから頬にかかる髪をアレンが優しく払いのける。
「そんな何度も書類を書き損じるほど、僕を想っていてくれたなんて……。嬉しいな」
「え、何?それってどーゆーことさ!?」
そこでラビが食いついた。
状況がわからないながらも好きな話題の匂いを嗅ぎ取ったのだろう、嬉々として声をあげる。
アレンは穏やかな笑みをラビに向けた。
「たぶん僕と喧嘩した後にでも科学班の手伝いに取り掛かったんでしょう。腹立ち紛れにバカだのムカつくだの腹黒魔王だの書類にさんざん書きなぐってくれてます」
「へぇ?」
「その廃棄紙を全部机の奥のほうに隠していたみたいですね」
「なに、オマエそんなことしてたんか?」
有り得る話さなー、とラビは半眼になる。
何せ昔のアレンとの相性は最悪も最悪で、顔を合わせるだけで殴り合いを始めていたのだ。
そんなブチキレた状態のが、手近な紙に思わず不満を書きなぐっていても不思議はなかった。
「でも、だんだんそれが悪口じゃなくなっていくんですよね」
アレンがそう続けたからラビは首を傾ける。
視線の先で少年はとても満足そうににこにこしていた。
いや……、ニヤニヤしていた。
「無茶を怒る文に、怪我を気にかける記述に、食欲がなかった日のことまで書いてます。あからさまに僕を気にしてくれてる」
「………………」
「告白された後の葛藤はすごかったですね。何を書いているのか、すごく読みにくかったです。がんばって解読しました」
「………………………」
「そして一番の見所は68枚目です。が僕のことを好きだって自覚するところなんですけど、……本当に素晴らしい言葉の羅列でした。是非とも聞いてください、あのですねっ」
「ああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
そこでが絶叫した。
いや、恐らく恥ずかしさのあまり発狂したのだろう。
例の紙の束で思い切りアレンを殴りつける。
かなりの勢いだからそれなりに痛いだろうに、それでも彼はニヤニヤしたままだった。
「痛いよ」
「ばかばかばかばかばかばかばか、ばかー!何見てるのよ、何話してるのよ、何嬉しそうにしてるのよバカー!!」
「だって嬉しい」
「私は嫌なのよ、羞恥心に殺されそうなのよ、ちょっとは察してよ!!」
「だから、空気を読んでまず君の恥ずかしいものを探り当ててみたんだけど」
「そんな気の使わせ方いるかぁ!……っ、ラビ!ラービー!!」
羞恥のあまり死にそうになっているが必死に親友を呼ぶ。
紙の束を床に叩き捨てて指差した。
「火判!火判出して!今すぐこれを灰にして!!」
「バカ言うなよ。室内でそんなことしたら火事になるだろ」
「じゃあアレンにぶちかませ!爆発の勢いで記憶を消去するのよ!!」
「いやぁ、それ実質上のラブレターだろ?アレンにあげればいいじゃん」
「ら、らぶ……?らぶれたぁ!?」
ラビがずばりと言ってやると、はすっとんきょんな声をあげた。
恐らく自覚がなかったのだろう。
本人はただ気分をすっきりさせるために紙に文字を羅列していただけであって、適等なメモくらいにしか思っていなかったのだ。
相変わらず笑顔のアレンが当然のようにの肩を抱いた。
「ありがとう」
「何ちゃっかりお礼言ってんの、何しっかり自分の物にしてるの!?」
「だって僕のだし」
「違うよ断じて違うよ、それは私が思わず報告書に書きなぐってしまった負の産物で……っ」
「処分せずに置いておいたくせに」
「す、捨てたらコムイ室長に見つかるかもしれないでしょ!紙の無駄遣いだって叱られるのが嫌だから机の奥に放り込んでいただけっ」
「へーえ。ふーん……」
「つまり、それは引越しにあたって処分すべきゴミなの!今すぐ燃やすべき物なの!この世から消滅させなければいけないのよ!!」
「つまり、いらないんだろう?だったら僕がもらう」
「ちょっとー!この人話が通じないよー!?」
やけに笑顔のアレンに恐怖を感じて、は彼から離れようと結構本気で暴れた。
けれど肩を押した手を逆に捕らえられる。
そしてまたキスをされた。
口元を三角巾で隠していた直接唇には触れなかったが、布越しに感じた熱に息を詰める。
無理に跳び退がれば、端を引かれて覆いを奪い取られた。
「……っつ、アレン!」
「なに?」
思い切り睨みつけてもアレンは動じることはなかった。
から没収した三角巾を手の内で滑らせてそこにも小さくキスを落とす。
布に唇を当てたまま視線を投げて笑った。
「………………」
ふいには違和感を覚えた。
何か、正体がわからないもの。
見つめてくるアレンの瞳に、言葉にできない感情を読み取る。
けれどそれを確認する前に猛烈な勢いでリンクが口を挟んできた。
「ウォーカー!キミは自重という言葉を知らないのですか!!」
「何ですかそれ美味しいの?」
「最悪の返し来た!」
いつもの癖でもそう突っ込んでしまう。
もう一度アレンを見返すけれど、どうにも不自然に思えた理由がわからない。
はひとり首をかしげた。
けれどそれもつかの間のことだった。
何故ならアレンがまた廃棄書類を音読しようとし始めたので、死ぬ気でそれを止めにかからねばならなかったからだ。
「お願いだからやめてぇぇええ!!」
の懇願は深夜の教団に高らかに響き渡った。
今回のコンセプトは“ヒロイン可哀想”です。
何となくですがくっつく前はアレン<ヒロインな感じなのに、くっついたらアレン>>>>ヒロインになりますねこの二人。
英国紳士は愛を囁く振りをしてSに突っ走る。完全にいじめて楽しんでおります。
ヒロインがんばれ超がんばれ!(無責任な応援)
次回もまだまだいじめられるよ!よろしければ引き続きどうぞ〜。
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