「まさかラブレターを貰えるとは思ってなかったよ」
ほくほくと微笑むその頬は綺麗な桃色、染まる薄紅。
● 26時の闘争 Story3 ●
アレンは完全に荷造りを放り出して、飽きもせずにの廃棄書類を眺めている。
妙に感心した口調で言った。
「こんなものが見つかるなんて、本当に掃除って楽しいんだね」
「楽しくないし、ラブレター違う。返して」
は恥ずかしさに歯噛みしながらそう要求するけれど、見事なまでに無視された。
高レベルなスルースキルである。
それでもラビはアレンに纏わりついて廃棄書類を読もうとしているし、神田は痛いものを見るような視線を寄越してくるから、挫けるわけにいかなかった。
「だ、大体!私がラブレターなんて書くわけないでしょ!好きになったら即口説いちゃうんだから、手紙なんて……っ」
「それは女が相手の場合だろ?」
「愛の告白は直接伝える!それが私のモットーよ!!」
正しいラビの突っ込みが悔しくて、意味もなく力強く断言してみせた。
神田がうるせぇと文句を垂れながら殴ってくる。
おかげで渾身の決めポーズが台無しだ。
「モットー……ねぇ」
取っ組み合いの喧嘩をおっ始めたと神田の横で、アレンが小さく呟いた。
今度は何だと警戒しつつ見やると彼は微笑む。
そして、
「そのわりには、僕は君に口説かれた覚えがないんですけど」
さらり、とそんなことを言った。
「直接好意を伝えてもらった記憶もほとんどありません」
「…………………」
「ねぇ、?」
「…………………」
「モットーに反するなんて、君らしくないですよね?」
笑顔の圧力。
硬直してしまったに追い討ちをかけるかのように、アレンは微笑を深めてゆく。
掴み合っていた神田は、そっと彼女を開放して、さり気なく距離を取る。
何となく、絶対的に、巻き込まれたくなかったのだ。
「?聞いてます?」
「……っつ、あ!そうだ!私、机の荷物まとめないとっ」
「今すぐ言わないと君の人生まとめちゃいますよ」
「殺す気だ!!」
話を流そうとした途端、据わった目になるアレンが恐ろしい。
は自分の机までよろめいていった。
開きっぱなしの棚に入れるものなら入りたいとばかりにすがりつく。
「わ、私にどうしろって言うのよ……っ」
「どうもこうも、自分のモットーを守ってくださいって話ですよ」
「今?何で今!?」
「話の流れ的に。君に口説かれてみたくなったんです」
「よし、わかった今回はここまでだ。続きはまった来週ー!」
「強制的に今日を終らせようとしない。そんなに嫌がるなら僕から言ってあげようか?」
そこでアレンがにっこりと笑ったから、は全身から血の気を引かせた。
これはこちらから言うまで愛の言葉を囁き続けられそうな予感がする。ついでに悪寒もする。
公衆の面前で口説くのと、所構わず口説かれるのと、どちらがマシだろう。
「うっぜぇ。男の告白はうっぜぇ。それだったら女の聞いてるほうが全然イイ」
近くで作業をしながらラビが無責任な発言を投げてくる。
神田は絶対に目を合わせてくれないし、リンクに至ってはもう言葉も出ないようだ。
居た堪れなくて縮こまっていると、アレンが隣にしゃがみこんできた。
「」
「……何なの?アレン、眠いの?」
「どうして?そんなことないよ」
「だってさっきから変なことばっかり言ってくるし」
「ああ、まぁ。夜中に起きてるから少し気分が高揚しているのかも」
「誰だー!アレンに引越し作業手伝わせたの誰だー!今すぐ出てきて責任取れー!!」
は叫ぶついでにそのまま逃走しようとしたけれど、即座に首根っこを押さえつけられた。
こうなれば身動きが取れない。
そのまま強制的に向かい合わされて、はアレンの恐ろしい笑顔を真正面から拝む羽目になった。
「何を逃げようとしているのかな、君は」
「ひ……っ!すみませんごめんなさい、でもほんとにアレン怖いんだもの!!」
「ひどいな。それが恋人に言う台詞?もっと素直になってよ、このラブレターみたいに」
「いちいち取り出してこないでー!」
止めろと言っているのに廃棄書類を見せてくるアレンは意地が悪いとしか言いようがない。
否応なしに過去の文字が飛び込んでくるから目を背けた。
ぎゅっと瞼を閉じる。
「わ、わかった。ソレあげる。あげるから……もういいでしょ?」
「駄目。口で言うまで許さない」
「いつの間にそんなことに……!?」
「たった今」
理不尽な話である。
は両手を挙げて降参のポーズを取った。
最大限の譲歩を告げる。
「それを一人でニヤニヤ読んでいてください、言葉にするのはとても無理です」
「……仕方ないですね。じゃあ僕が代わりに」
何だか声が怖い。
恐ろしさのあまりはそっぽを向いたまま固まった。
けれどその耳にアレンが口づけをしてきたものだから悲鳴をあげる。
かなり恥ずかしい言葉と同時に吐息が頬をかすめた。
逃れようとしたけれど無駄な抵抗で、はどさりと尻餅をついてしまった。
「お、落ち着いてアレン!ここは公共の場よ!」
「何だ、そういうことして欲しいんですか?のおねだりはわかりにくいな」
「わからなくていい!それ曲解だからっ」
アレンは流れるような動作で迫ってくる。
床にずっこけたはもはや押し倒される寸前となっていた。
「おい、オマエら。そーゆーことは部屋でやれ」
さすがにマズイと思ったのか、ラビが嫌そうに言ってくる。
その隣で暗雲を背負った神田が刀に手をかけたので、は必死に話題を変えようと声をあげた。
「ほ、ほら!いつまでも同じところにこだわってないで、もっと面白いもの探しに行こうよ」
アレンの胸を押し返しながら続ける。
「私、神田が男の勲章を持ってるかどうかずっと調べてみたかったんだよね」
「何で俺なんだ。つーか持ってねぇよ」
別の意味でイラッとしたらしい神田が不機嫌そうに応える。
けれどその程度でめげるではなかった。
「だってラビだと当たり前すぎるし。見たことだってあるし」
「……ラビ?」
の言葉を聞いて、その抵抗を片手で押さえ込んでいたアレンが黒い笑顔を浮かべつつ振り返った。
リンクも同意のようでため息をつく。
「女性に何てものを見せているんですか、キミは」
「まったく、セクハラもいい加減にしてくださいよ」
「いや、ホクロふたつはともかく、今のアレンにだけには言われたくないさ」
若干ビビりながらもラビは反論した。
確かに人前でいちゃこらしている男に説教される筋合いはないだろう。
神田は不愉快そうにアレンとラビを一瞥し、に向きなおる。
「こいつら変態と一緒にするな。とにかく俺はそんなもの持ってねぇ」
「オレは健全な男のコなんさ!コレに関してはユウのほうがおかしいんだって!!」
はわめきだした親友を流しつつ、神田ににこやかに頼み込んだ。
「ないないと言いつつあるのがお約束!謎多き神田の趣味を暴露させてよ」
「何でだよ」
「友情を深める一環かな。とにかくガサ入れオーケー?」
「いいわけがねぇ」
「いやいや、隠さなくていいよ。実は選りすぐりの一冊を持ってたりするんじゃ……」
「そう言う君は何冊も持っているみたいですね」
そこで何でもない調子でアレンが口を挟んだ。
は神田に向けた表情のまま振り返って、
「うぁぁぁぁああああ、私の秘蔵写真集ー!!」
絶叫した。
普通にページを捲っているアレンから一気に奪い返す。
それは本当に大量にあって、は覆いかぶさるようにして抱き込まざるを得なかった。
「いやー!見るなー!恥ずかしいから見るなー!!」
必死に隠そうとするが、アレンは構わず一冊引き抜いてまた開く。
「うわ……」
そして少し……いやかなり引いた様子を見せる。
何だ何だとラビと神田が覗き込めば、カラー写真が何枚も視界に飛び込んできた。
被写体は全て裸の男だ。
こちらに向って様々なポーズを取っている。
は顔を真っ赤にして言い訳をした。
「ち、違うよ!変な本じゃないよ!いつか私もこんな風になりたいなぁっていうリスペクト本だよ!?」
そんな必死の声を聞いたところで、アレンは写真の男性に笑いかけられた。
端正な顔立ち、爽やかな笑顔、輝く白い歯。
そして無駄に見える肌の色。
思わずげっそりとしてしまう。
「確かに卑猥ではないですけど……」
アレンは苦虫を噛み潰したような顔で呻く。
そう、確かに猥褻な本ではない。
ただし色々と問題があった。
「露出している肌面積はその手の本と同じくらい……、むしろそれ以上でしょう」
「ああ……、筋肉すげぇな」
「超マッチョさ……」
感心する神田とラビの脇で、リンクが呆れた声を出した。
「ボディビルダーの写真集……、いや筋肉トレーニングの専門雑誌ですか」
「ムキムキになりたいの……どうしてもなりたいのよ私は!!」
赤面を覆いながらがわめく。
どうやら彼女はたくましい肉体を目指して、内緒の鍛錬を重ねていたらしい。
「バレちゃったよ……。秘密にしてたのに……。急にナイスボディになって驚かせるつもりだったのに……。うぅ、恥ずかしい……」
「あぁ、ちょっと本気で恥じ入れよお前……」
「ある意味エロ本より強烈さー。オレ、ちょっと直視できねぇ……」
「いやもう恋人にこんなの目指されてた僕はどうすれば……?」
正直、卑猥な本よりショッキングだ。
これならまだエロ系のほうがマシだった気がする。
女の子だろうが、年頃だから……で納得できたのに。(ついでに解決もしてあげられたのに)
「廃棄書類の下にこんなものを隠していただなんてね」
アレンは本当に呆れ返ってを見た。
するとキッと睨まれる。
どうやらご立腹のようだが、涙目なので全然怖くない。
むしろちょっと苛めたくなるような顔だ。
「ムキムキ秘蔵写真集まで引っ張り出すなんて……。何なの!?なんで私の恥ずかしい物ばっかり!?」
「いや、僕君にしか興味ないし。神田の趣味とか本当にどうでもいいんで」
アレンは写真集を積み上げ、紐でくくりながらそう返した。
が目で問いかけてきたからきちんと答えてやる。
「これ、引越しのときに捨てましょうね」
「いぃやぁああ!何で!?どうして!?私の憧れのマッチョさんたちに何の恨みが!?」
「君が筋肉ばかりになったら嫌だから。せっかく触り心地いいのにやめてください」
は今のままで充分だ。
出るところが出ていて引っ込むところが引っ込んでいるという、女性特有の肉体を失われてたまるものかと思う。
「私はムキムキになりたいの!」
「僕はぷにぷにのほうが好きなんです」
アレンが頑なな様子を見せれば、は本当に泣き出しそうになった。
そんなに悲しそうにするなんてどれだけこの雑誌が大切なんだろう。
アレンが片眉を跳ね上げたところでラビが訊く。
「オマエ、マッチョな男が好きなんか?」
「うん……。だって素敵じゃない……」
「でも、恋人は正反対じゃん。こんなモヤシっ子」
ぞんざいに指差されて、アレンはさらに眉を吊り上げた。
「貧弱で悪かったですね」
「的には悪いんじゃねぇの?タイプってわけじゃねぇんなら」
「………………」
言われてちょっと黙る。
を見れば、まだめそめそと嘆いていた。
何だか腹が立ったので顎を掴んで自分のほうを向かせる。
「……へぇ。そんなに筋肉隆々とした男性が好きなんですか」
「え?う、うん。好き……」
「じゃあ僕は?」
「…………………」
意地悪く訊いてやると、は物凄く微妙な顔をした。
眉を八の字に寄せて唇を引き結ぶ。
困っているのと怒っているが半々……いや、違うな。
薄紅色に染まった頬を見たアレンはますます苛めたくなって、わざと哀しげな声を出した。
「……は僕が好きじゃないから口説いてくれないんですね」
「な……っ!ち、ちが……」
「だったらちゃんと言ってよ」
そう要求するとは気まずそうに視線を逸らした。
自分の膝に目を落として何かに耐えるような顔をする。
アレンはこれ以上は言葉を重ねずに、ただじぃっと彼女を見つめた。
じぃぃいっと。
じぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいっと。
ひたすらに熱い視線を注いでいると、だんだんの肩が震えてくる。
そして我慢の限界が来たとばかりに、アレンを突き飛ばして立ち上がった。
「こ、このモヤシっ子!」
何だか顔を真っ赤にして罵られた。
無駄にジタバタしつつは続ける。
「何なのよアレンは!何でそんなにモヤシっ子なのよ!どうしてあれだけ鍛錬して筋肉がつかないのよ!!」
そう叫ぶ彼女は呼吸まで苦しそうだ。
「それに、どうしてあれだけ食べて脂肪もつかないのよ!いつも人が必死に食事制限している横で美味しそうに食べてくれちゃって、このー!!」
どうやらは恥ずかしさのあまり混乱していて、その結果がこの必死な訴えのようなので、アレンは黙って聞いてやることにした。
周囲はあまりの大声に何だ何だと騒いでいるけれど、気にしない。
叫んでいる本人は気にしている余裕がない。
「そ、そんなんじゃ私の理想であるムキムキには程遠いんだからね!大体アレンの食事はお肉と油物ばかりでバランス最悪よ!将来メタボ大確定よ!そんなあんたなんか、あんたなんか……っ」
あぁ、見る見るうちに瞳に雫が溜まってゆく。
は意外と涙腺が弱くて、興奮したり一生懸命だったりするとすぐに涙ぐむ。
泣き顔も可愛いけれど、これもまたアレンは好きだったりする。
そんなは恥ずかしい物々を詰め込んでいた秘密の引き出しに手を突っ込むと、新たに何かを取り出して思い切りこちらへ投げつけてきた。
「あんたなんか、せいぜいこれでも食べてなさい!!」
アレンは両手でそれを全てキャッチした。
見下ろして目を瞬く。
「これは……」
後ろからラビが確認してきた。
「…………健康食品?オマエこんなのまで隠してたんか?」
そう、がアレンに投げて寄越したのは、様々な国で調達したらしい健康食品の山だった。
主に缶や瓶に詰められた保存食でもある。
やたらめったら体によさそうな物ばかりで、正直アレンの食指はまったく動かない。
けれどリンクが驚いたような声で言ったので、その認識は改めさせられた。
「、それは……!」
彼は喘ぐように息を呑む。
「幻の健康食品じゃないか!」
「……幻の?」
「健康食品?」
「何だ、それは」
アレンとラビが首を傾げ、神田が胡乱げに訊く。
リンクは信じられないとばかりに口元を押さえていた。
「何千年も前から伝わる健康法を元に作られた、究極の食品群……。レシピを読むだけでも相当な苦労だというのに、その材料は世界中の秘境を廻らなければ手に入らないときている。しかも貴重な保存食バージョンだと……!」
そして震える指先でアレンの手の中の物を指した。
「まさか現物を目にすることができるだなんて……。ウォーカー、それは相当な価値があるものですよ。コレクターに売れば一生遊んで暮らせる」
「そ、それってまさか……!?」
「クロス元帥の借金など、鼻で笑い飛ばせるだけの額になるということです」
それを聞いた途端、アレン達は一斉に目を見開いた。
そしてまた一斉にへと視線を投げる。
彼女は机に突っ伏していて、死にそうな声を出した。
「それは私が今まであらゆる情熱を傾けて手に入れてきた、愛しの健康食品たちよ……」
大切なそれらを手放してしまったので、ひどい鈍痛が彼女の心を襲っているらしい。
あまりに暗澹としたその様子に、ラビが口をついて言う。
「い、いや、でも、これは自分で食べろよ……。な、?」
だから落ち込むなと慰めるその言葉を、アレンはバッサリと切り捨てた。
「わかってませんね、ラビ。これは流のプロポーズです。つまり“私があなたの健康を管理してあげるわ、だから一緒に長生きしてね”ってことです」
「そんな解釈!?」
無理があるだろ!と突っ込む声を完全に無視して、アレンはうずくまるの背中を撫でてやった。
「ありがとう、。ラブレターだけでも嬉しかったのに、口説くどころか求婚までしてくれるなんて……!僕、感動で泣いてしまいそうです!!」
「私も泣きそうよ……!!」
すでに半泣きだったが、そこでアレンに飛びついた。
その胸に顔を埋めてわんわん言い始める。
アレンはそれを本当に優しく、柔らかく抱きしめてやったのだった。
外野のラビと神田、そしてリンクは思う。
ここだけ見ると何だかイイ話みたいですごく嫌だ。
「うわーん!私の健康食品たちがー!アレンがモヤシっ子なばっかりにー!!」
「うん、おかげで長生きできそうだ。その分を全部使って幸せにしてあげるからね、」
「うわーん、うわーん!!」
「よしよーし」
「「「…………………」」」
何だか本当にくだらなくてすごく嫌だ。
「……荷造りしよ」
ぼそりと呟いたラビの言葉に、神田とリンクは同時に頷いた。
それは一刻も早く、この場所から去りたいと思ってしまったからだった。
前回に引き続きコンセプトは“ヒロイン可哀想”。
加えて今回は“エクソシスト2名+監査官1名も可哀想”ですね。(笑)
アレンが異様にはヒロインに絡んでいるので、二次災害が起きております。
皆がんばれ超がんばれ!(無責任な応援2回目)
次回は少しだけシリアスが混ざります。アレン様は健在なので、どうぞ引き続きお楽しみください。^^
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