「動くなよ、。じっとしてるさー」


そう言って梳くのは滑らかな頭髪、輝く金色。






● 26時の闘争 Story5 ●






小さくなってしまった友人トリオを見て蒼白になったのはリナリーだった。
体に異常はないか、気分は悪くないか、とさんざんに心配されてはどうにも不満が言えなくなる。
三人は彼女を安心させるために平気だと返した。
それでもリナリーは焦ったようにして、を抱きしめて離さないアレンから、その小さな体を奪い取った。


「いつまでも女の子をこんな格好でいさせるなんて!」


言われてみればごもっとも。
三人はいまだにブカブカの服を着ていて、肩やらお腹やらが見えてしまっている。
女性のはリナリーに連れ去られ、神田とラビもブックマンの服を借りに部屋に引っ込んでいった。
何となく皆が帰ってくるまでは休憩にしようと決めて、アレンは手近にあった椅子に座りこむ。
肩を落としてため息をついた。


「まさかこのタイミングで小さくなるなんて……ね」


苦く呟くと、足元に転がっていたゴミ袋から黒いゴーレムを取り出した。


「…………………」


もう一度再生スイッチを押す気にはなれなかった。
けれどが言うように捨てていいものとも思えない。
初めて聞いたグローリアの声。いまだ耳に残っている。
縮んでしまった姿は、にとって師を思い出させるものだろうか。
それとも彼女と出逢う前の自分を……?
わからないし、訊くこともできない。
だからこそますますゴーレムを手放せなくて、アレンはそっとそれを自分の服のポケットにしまいこんだ。
リンクの視線を感じるけれど気付かないフリだ。
机に積んだ本の山にもたれかかって、ぼんやりとのことを考える。
すると、


「アレン!!」


急に彼女に名前を叫ばれてハッとする。
どうやら少しウトウトしていたようだ。
同時に時計が音を奏でて、うたたねをしてしまったのも仕方のない時間を告げた。
午前二時。
それを寝ぼけた視界に見ながらアレンの体は傾いでゆく。
そして床に落ちた瞬間、何かの液体を思い切り被ってしまった。


「わぁああああ!?」


慌てて起き上がる。
何故ならボンッと巻き上がった煙が、たちを小さくしてしまったときのものと非常によく似ていたからだ。
まさか自分まで!?と焦りながら体を確かめてみる。
しかし縮んではいない。
あれ、と思って体を見下ろしてみると、やはりいつも通りの大きさだった。
手袋をつけた赤い左手、黒いズボンをはいた両脚。
そしてさらりと落ちかかってくる長い髪。
…………長い、髪?


「うわっ!?何だこれ!」


アレンはようやく自分の身に起こったことを把握して声をあげた。
両手で頭を押さえる。
触れた感覚で悟る。
短かった白髪が、背中の真ん中に届くほどの長さ伸びていたのだ。


「またやったか……」


額を押さえつつリーバーが言う。


「それは強力育毛剤だな。大丈夫、それも時間が経てば元に戻るから」


けれどその言葉もアレンにはあんまり聞こえない。
まさか自分までおかしな変化を喰らってしまうだなんて。
たちよりはマシなのが唯一の救いだった。


「あーあ、間に合わなかった……」


ため息を混じりにぼやいたのはえらく可愛らしい声だった。
アレンが視線をやるとそこには長い金髪の幼女が立っている。
腰に手を当てている姿が何ともおしゃまな感じだ。


、可愛いね!」


顔を見た途端に自分の惨状も忘れてデレッとすれば、は呆れの視線を送る。
アレンは構わない。
だって本当に可愛い。
は赤い布地に金の縁取りがされているチャイナ服を着ていた。
恐らくリナリーのお古だろう。
下がスカートではないのが残念だが、それでもアレンを笑顔にするには充分だった。


「……今、何となく助けが間に合わなくてよかったと思ってしまったじゃない」
「ひどいな。どうして?」
「あんたが私にメロッメロだからよ」
「うん、それはもうね!ほら、おいでおいでー」


アレンはさぁ僕の胸に飛び込んで来い!とばかりに両腕を広げてみせたが、露骨に嫌な顔をされて終わる。
はそれよりもティムキャンピーを見て目を見張った。


「わ、ティムまで髪の毛が伸びちゃってる」


言われてみれば確かにティムキャンピーにもふわさぁとなびく頭髪が生えていた。
何だか無駄にキューティクルな感じだ。
だが、アレンとしては拗ねた声も出るというものだった。


、それより僕に構っ……じゃなくて、僕の髪を結んでよ」
「え?あぁ、急に長くなったから鬱陶しいのね。わかった、いいよ」


承諾してくれたが近づいてきて、アレンの背後にまわる。
アレンはウキウキしながら彼女の手を待った。
待った。
待った。
………………かなり待った。
けれどいつまで経っても髪結いがはじまらないから、アレンは不思議に思って振り返る。
するとそこには、懸命に背伸びをしているがいた。


「…………………」
「…………………」


何となく見つめ合う。
二人は対照的な表情になっていった。
アレンはだんだんと口元を緩めてゆき、はどんどん真っ赤になる。
アレンは噴き出しそうになるのを何とかこらえて言った。


「と、届かないですよね……ごめん、今しゃがむから……ぷぷっ」
「ア、アレンなんかもう知るもんか!私ティムの髪結ぶー!!」


最後でやっぱり笑ってしまったらが逃げ出してしまった。
途中でぶつかりそうになったミランダに髪紐を押し付けている。
ちょうどそこにラビと神田が帰ってきて、中華服に身を包んだチビ三人が一同に会した。


「あら、可愛いわぁ」


子供達を見ておっとり笑うミランダが髪を結ってくれると言うので、アレンはお願いすることにした。
を怒らせてしまった手前、頼める人が他にいないのだ。
アレンがミランダの前に座れば、その傍でラビが言った。


ー。お前もこっち来い」
「なんで?」
「髪やってやるさ。長くてジャマだろ」
「ほんと?ありがと、ラビ」


手招きに応じてぱたぱた走ってくる姿もナイスだ。
アレンが笑顔になっているとが睨んできたが、それさえも可愛いだけの動作だった。
は小さめダンボール箱に腰掛け、ソファーに登ったラビに背中を向ける。
その隣に神田がふんぞり返って手早く自分の髪を結い上げた。


「いつも思うけど、神田って器用だよね」
「慣れだ。つーかこの姿だと腕が短くてやりずれぇ……」
「オレがやってやろっか?」


ラビがの髪をブラシで梳きながら訊いたが、神田は応えなかった。
彼は他人に触られるのが嫌いなのだ。
それにしてはたまにに髪を結ばせているのはどういうことだろう。
アレンはちょっと不満に思ったが、すぐに上機嫌になった。
眼前でラビがの、がティムキャンピーの、という二段階の髪結いが始まったからだ。
小さな子が小さな子の、そして小さな子が小さな物体の髪を一生懸命に結っているという光景は、ちょっと信じられないくらいに可愛らしい。


「何だか僕……感動のあまり泣いてしまいそうです……!」
「うざい」
「きもい」


思わず呟けば神田とラビが顔をしかめた。
アレンはもっと顔をしかめた。


「君たちはどうでもいいです。僕を惑わせているのはだけ」


はもっともっと顔をしかめた。


「うざきもい」


ばっさりとそう言い捨てて腰掛から飛び降りる。
ラビにお礼を告げると、足早に歩き出してしまった。


、どこ行くの」
「作業に戻るに決まってるじゃない」


当たり前のように返されたけれど、アレンとしては納得できない。


「……そんな逃げるように行かなくても」


アレンもミランダに礼を言って金髪のあとをついてゆく。
気にしていないのか、あえて無視しているのか、が構ってくれないので後ろから抱きついた。
軽く手を回しただけでよろめいたから、そのまま掬い上げて片腕に座らせる。
もう片方の手で腰を支えてやった。


「ねぇ」
「なに?降ろして」


妙につれない。
があっちの本棚を片付けると言うので、足を向わせながらアレンは訊いてみる。


「何か、僕に言いたいこととかない?」
「……………………」


はほんのわずかに目を見張ってアレンを見やった。
数秒の沈黙のあと、肩に側頭部をくっつけてくる。


「子ども扱いしないで欲しいな、とか」
「そういうのじゃなくてさ」
「あと、抱っこの仕方が嫌かな」

「アレンこそ、何かないの?」


質問を質問で返すとは彼女らしくない。
どうやら今はまだ触れて欲しくないようだ。
アレンもそれは同じだった。


「……言いたいことは、別に」


微妙な腹の探り合いだということはわかっていたけれど、他に何と口にすればいいのかわからなかった。
どうしてかな、とアレンは思う。
自分達はもう恋人同士で、遠慮なく心をさらけ出せる仲だというのに……。
いいや、一番近くに居るからこそ言いづらくなってしまうこともあるのだろう。
こんなにも想っているのに面倒なことだ。
アレンは苦笑した。



「何?」
「好きだよ」
「……急にどうしたの」


は少し戸惑ったようだったけれど、アレンは構わず彼女の頬にキスをした。


「かわいい」
「ちょ……、本当に何なの?どういうつもり?」
「素直に気持ちを伝えているだけだけど」
「だからってこんな……、ね、ねぇ、やめてよ。もう」


顔中に口づけを落とせば、が首を振る。
そうやって逃げるわりには素直に赤くなってくれているので、アレンは調子に乗ってその小さな唇まで奪おうとした。
寸前で、


「やめて。それ以上したら、これからアレンのこと“お兄ちゃん”って呼ぶわよ」


そんな脅しをかけられた。
アレンは硬直。
鼻先が触れそうなほど近くにあるの顔を凝視する。
彼女はわざとらしいまでににっこりと微笑んだ。


「妹にキスなんてしちゃ駄目でしょ、“お兄ちゃん”」


これは。
何というか。
妙な制止力のある呼び名である。


「う……っ」
「ねぇ、“お兄ちゃん”。わかったら離して」
「……いや、君と僕は、血も繋がってないし」
「義理ならば家族じゃないっていうの?冷たいなぁ」
「……っつ、禁断の愛っていうのもいいと思うんだ!!」
「いや、よくないから」


アレンは苦し紛れに叫んだけれど、それはの冷たい視線に却下される。


「これからは兄妹として仲良くしてね、アレン“お兄ちゃん”」
「い、嫌だ!そんなのお断りだ!!」


力強く訴えてみても一向に構ってくれない。
はアレンの腕の中から逃れると、床に降り立って歩き出してしまった。


「さて、荷造り荷造り」
「待ってよ、……」


困り顔でついていこうとしたところでジョニーと目が合った。
アレンは今更ながらちょっと照れる。
彼にとくっついているところを見られたというのは、妙に恥ずかしいような気がしたのだ。
神田やラビならどうってことないのに。
彼はあの二人と違って普通の友達だからだろうか。
アレンがはにかんでへへっと笑うと、ジョニーも同じような笑みを浮かべた。


「そうしてると本当に兄妹みたいだね」
「ちょ……、止めてください。僕達は恋人です、恋人!!」
「そういうこと大声で言わない」


拳を握って力説したらが振り返った。
チャンスだと思ってもう一度捕まえようとすれば見事に避けられてしまう。
何だか悔しい。
アレンは構えを取りつつじりじりとに接近していった。
その様子に今度はジョニーが苦笑する。


「うーん。何ていうかさ、も大変だよね」
「そうなの!わかってくれる?ジョニー」
「ちょっとひどいですよ、二人とも」
「だってアレンってば、に構い過ぎだよ」


彼は荷物を積み上げると、こった肩を回しながら言った。


「本当に妹がいたら室長に負けないシスコンになってたんじゃない?」
「うわぁ……」
「勝手な想像でドン引きしないの、
「こう言っちゃ難だけど、兄弟がいなくてよかったよね」


ジョニーは他意のない調子で言葉を続ける。
少しだけの表情が強張ったように見えたけれど、それはアレンだけに許された錯覚なのかもしれない。


「今後心配するとしたら娘が出来たときかな。すごい親馬鹿になりそう」


うん、似の娘が産まれたら全力で子煩悩になるだろうけれど。
アレンはそんなことを考える半面で、に釘付けになっていた。
それは彼女も同じだった。
何だか呆然とした金の瞳がアレンを見つめている。


「ねぇ、“お父さん”」


ジョニーが茶化してそう呼んだ瞬間、アレンの胸に正体不明の何かが去来した。
言葉に出来ない感情だから表情にも出なかっただろう。
それでもは、


は、


「子供は甘やかすと強く育ちません!!」


妙にキリッとした表情でそう断言した。
アレンとジョニーは同時に瞬く。


「「は?」」
「そういうわけでアレンにも厳しくいきます」
「……いや、僕は子供じゃないんだけど」
「同じようなものでしょ。ほらほら、作業に戻る!」


今の今まで逃げていたくせに、はアレンに近づくと、その背中をぐいぐい押しだした。
そのまま強引に持ち場まで連れ戻してゆく。
アレンは不満を口にしたけれどは聞いてくれない。
仕方なくぐちゃぐちゃに本の詰まった棚の前にしゃがみこむ。
それでもジョニーが微笑んで見送って、こちらから注意が逸れた隙に、はアレンの髪を撫でてくれた。
なだめるように、そっと。


「アレン」


名前を呼んで、こめかみに軽くキスを落とす。
アレンが瞳を細めてを見ると、彼女は何故だか傷ついたように笑った。


「これくらいは私だってしてあげるよ、“お兄ちゃん”」


その言葉の意味するところを、アレンは暴きたくはなかった。
だからにっこりと笑って言ってやる。


「嫌だ嫌だと思ってたけど、意外とイイかもね」
「何が?」
「兄妹ごっこ」


ぷにっと人差し指で唇を押しつぶしてやる。
可愛くて腹の立つ言葉を吐き出すそれ。
……本当に言いたいのはそんなことじゃないくせに。
アレンの言葉の意味するところを、は即座に理解したようだった。


「ばかアレン」


文句を言おうとした口を強引に塞げば、結構本気で殴られた。
痛い。








ようやくシリアスに向ってきた!……かな?といったところですね。^^:
そしてよく考えたらジョニー、当サイトで初登場。
すみません、こんなところで出してすみません……!(平伏)
ジョニーといるときのアレンのほのぼのした空気が好きです。

次回、ようやく核心に迫ります。引き続きヒロインがんばれ超がんばれ!でお楽しみくださいませ。