心の炎、言葉なき悲しみ。
無言の笑顔を引き剥がして俺は、私は。


“君”と生きていく。






● 追憶ユールタイド 18 ●






「マナ……?」


隣にあるぬくもりに呼びかけながら、アレンはとろけるような瞼を開いた。
眩しい。
真っ先に金色が飛び込んできたから、光を浴びせられたのだと勘違いして、何度も瞬きを繰り返す。
徐々に鮮明さを取り戻した視界に映ったのは、ゆるく波打つ金髪だった。
アレンは驚いてがばりと身を起こす。
おかげでベッドから転がり落ちそうになった。


「……………………………」


何だかデジャヴだ。
それより寝起きで頭がまわらない。
咄嗟に額に添えた手を見てハッとする。
左掌、右の甲、腕から伝って腹までを見下ろす。
腰から先はシーツに隠されていて、跳ねのけようとしたところで思い留まる。
何故なら隣でまだが眠っているからだ。
ぐるぐるする頭を抱えつつ、とりあえず捲り上げられている袖と裾を伸ばした。
どうしてこんなに夜着の手足が調節されていたのかというと、アレンは昨日薬の影響で8歳児になっていたからであって、一晩寝て起きてみれば無事に15歳の姿に戻っていたというわけだ。
そんな自分の状況を把握して、アレンは勢いよく顔面を覆った。
どうしよう。
何はともあれ土下座かな。の前で地面に額を擦りつければいいのかな。
だってあのガキ(8歳の自分だけど)、好きな女性に対してなんてひどい態度を。


「……アレン?」


寝ぼけた声に呼ばれて、アレンは飛び上がるほどに驚いた。
半泣きになりながら見やればがぼんやりと瞬いている。
うわぁ、何だろうコレ。抱きつきたい。
そう思ったけれどのほうが早かった。


「アレンだー!!」


彼女まで半泣きになって飛びかかってくる。
あまりに急に起き直ったので、ベッドのスプリングが軋んで、アレンはまた転がり落ちそうになった。


「うわあああああ一晩にして7歳も大きくなって!男の子の成長期はすごいな、羨ましい!!」
「いや、あの」
「こんなにも立派になってくれてママはうれしいよ感動して泣いちゃう」
「うん、もう、僕も泣きそうだから」
「“僕”!ぼくって言ったぁぁああああ」


そこでちょっとうるさいなとか思ってしまって、アレンはの唇を塞いだ。
彼女は数秒大人しくしていたけれど、ぺしりと額を叩かれ引き剥がされる。
「なに」と視線で訴えると、泣きべそのまま言われた。


「かんしょくがちがう」
「……8歳の子供と同じなわけないだろう」
「だって、見た目でわかってるんだけど!元に戻ったんだってようやく確信できたっていうか!」
「ええー……?そんなところで?」
「いいからちょっと抱きしめてくれませんか」


涙を滲ませているくせに、怒ったような口調で頼んでくるに、アレンは思わず苦笑した。
肩と腰に腕を回して引き寄せる。
胸元に顔を埋めた彼女は、またぐすんっと鼻を鳴らした。


「かんしょくがちがう」
「そうだね。8歳の子供じゃあ、君を抱きしめられないからね」
「私が抱きしめてあげられるのは嬉しかったけど」
「ああ、あれ。胸が思い切り当たっていて妙な気分になりました」
「……そういうこと言う大人になってしまったなんてママ絶望だわ、このすけべ」
「離す?」
「離さない」
「はいはい、僕がね」


ぐすっているの頭を撫でながら、アレンは記憶を整理してみる。
もちろん抱き合ったままでだ。


「……とりあえず、二度と若返りの薬を作らないってコムイさんに約束してもらおうか」
「今度こそね!」
「リンクにプレゼントのお礼を言って」
「神田にもよ」
「……。ラビからは根こそぎ奪い取ります。そもそもの際どい写真って何」
「さぁ。記憶にないから隠し撮りかな?」
「うわぁ、君の親友はそんなに死にたいんですかね!」


物騒な笑顔で毒を吐いて、アレンはを覗き込んだ。
ようやくちょっと落ち着いてきたみたいだ。
頬に手を添えて目の下を擦ってやる。


「それから、君に。ありがとう」
「…………………………」
「とても嬉しかったよ、って言ったら、素直に受け取ってくれる?」
「も……っ、…………」


は反射的に力強く言おうとしたけれど、途中でつっかえてもごもごした挙句、小声になりながらも続けた。


「もちろんよ」


アレンはその不器用な反応に吹き出してしまう。


「8歳児にお説教されたかいがあったね」
「……今のアレンならあんなこと言わないでしょ?」
「うん。だって頑張ってる可愛いから」


あっさり口にしたら赤面された。
が言葉だけでこうなるのはちょっと珍しい。
思わずまじまじと眺めてしまう。


「意地を張ってるのも好きだよ。一生懸命に涙をこらえているところとか」
「……っつ」
「本当にたまりません」
「だからそうやって意地悪してくるのよね、知ってた!」
「嫌だなぁ、愛ゆえだよ。……まぁ」


その顔が可愛いんだってとか思いながら髪を梳いて、アレンは吐息のように囁く。


「僕の前では素直になってほしい、っていうのは本当かな」
「……だったらあなたもそうして」


お返しのようにがアレンの白髪に指を絡める。


「優しさに呑みこませてしまった言葉があるんでしょう?」
「……僕はエクソシストだから。口にできないこともあるよ」
「そう。だからあの子が言ってくれたの。8歳のあなたが。“アレン”がよ」


はもう片方の手を自分の胸に当てた。
そっと押さえてから、その掌をアレンの心臓の上へ。


「あなたが意地っ張りの“”に、素直になれと言うのなら、応えられるのは“私”だけよ」


金色の髪に、金色の瞳を持つ、弱くて強い少女が告げる。


「同じように言わせて。優しい“アレン”の沈黙じゃなくて、素直な“あなた”の叫びがほしいの。……ぜんぶ私に聞かせてよ」


触れた、熱が。
暖かいはずのそれが灼熱のようになって、アレンの皮膚を突き破った。
まるで心臓を握られたみたいだ。
心に直接触られた。
熱い。


「私たちは“アレン”で“”だけど、同時に“あの子”で“私”なのよ。どちらも同じ人間なのだから、その声だって聞きたい。“あなた”の傍にいたいの」


見つめた先の唇が愛を綴ってくれたから、アレンは衝動的にキスしてそれを呑み込んだ。
ずっと言えなかった想いの代わりに。
だって曖昧に微笑む“アレン”の本当の言葉を引き出したくせに、これ以上まだ“俺”なんかの気持ちを欲しがるなんて。
それこそアレンが“”と“あの子”を手に入れようとするように。
どうしよう、こんなにも。
他人を欲しいと思ったことはなかった。
他人のものになりたいと、思ったことはなかった。


「これからは、お互いに精進ってことで」


口唇が離れた隙にが言った。
表現が難だ。
口づけのあとだっていうのに、彼女は視線を余所へやる。
ベッドの脇のテーブルの上。そこに煌めく銀星と金星。
フォークとスプーンが仲良く並んでいる。


「ふふん、私にはわかっているのよ。薬なんかなくったって、アレンを子供に戻すもの。幸せだって言ってくれること。がんばっておいしい料理を作るから、それで素直になる練習をしなさい」


昨日はそんな素振りを見せなかったくせに、はお姉さんぶって胸を張る。
そうしてアレンの手を握った。


「あなたは私と、泣いて怒ってケンカして、ずーっと一緒に笑ってなさい!」


涙も怒りも言い合いも、笑顔だって全部。


「当たり前だよ。全部君のせいなんだから」


アレンはの言い分に泣いてしまいそうになったけれど、それよりもずっと微笑みのほうが強くて、早速素直な言葉と共に笑ってみせた。
“俺”はもう迷わない。
亡き父を探して惑うことはない。
金色の光が道標だ。僕を幸せへと導いてくれる。
いいや、彼女が幸福の正体だった。


「「Merry Christmas&Happy Birthday!」」


祝福の言葉とキスを交わす。
アレンとは手を繋ぎ、“俺”と“私”は微笑み合った。