15通目。
銀星、金星、君と僕。
たまに嫌気が差すくらい、
あいしているよ。
何度ユールタイドが巡っても。
● 追憶ユールタイド 17 ●
ゆりかごみたいだ。
実際にそこに居た記憶はないのに、こんな感じだろうと夢想する。
ゆらゆらと心地よい揺れに、アレンは幸福の吐息をついた。
暖かなこの体温は誰だろう?
お父さん?お母さん?それとも、
「マナ……?」
養父の名を呼びながら、とろけるような瞼を開いた。
眩しい。
真っ先に金色が飛び込んできたから、光を浴びせられたのだと勘違いして、何度も瞬きを繰り返す。
徐々に鮮明さを取り戻した視界に映ったのは、ゆるく波打つ金髪だった。
アレンは驚いてがばりと身を起こす。
おかげで床に転がり落ちそうになった。
「なに?どうしたの?暴れたら危ないよ」
が首だけねじって振り返ってくる。
ずり下がってしまった体はきちんと背負い直してくれた。
つまり、アレンはに“おんぶ”されていたのだ。
「お、お前……、人が寝てる間に何やってんだ」
「ああ、ごめんね。やっぱりお姫様抱っこのほうがよかった?」
「ちがう!」
「次は背景にお花を用意して、王子様風の衣装に身を包み、恭しく担がせてもらうから。次回に乞うご期待!」
「できるか!」
「今回は我慢してください、アレン姫」
「誰が姫だ!い、いいから早く降ろせよ」
「はい、とうちゃーく!」
アレンは強く訴えての肩を掴んだけれど、彼女は気にせずとある部屋のドアを押し開いた。
歩いてきた廊下の雰囲気からして、此処は黒の教団だろう。
どうやら破壊という乱暴な解決法でコムリン騒動をおさめたあと、自分は疲労感から眠り込んでしまったらしい。
もちろんノアたちが去ったのをきちんと見届けてからだけど。
「……どこだ、ここ」
寝ている間に連れ帰られた場所は、どちらかというと手狭な部屋だった。
もっとも、物が少ないので二人でいても不便はないだろう。
備え付けのベッドと机。小さなテーブルに椅子が二脚。
目立つのは本と書類と健康増強グッツばかりで、畳んで置かれている夜着からも女性らしさは感じられなかった。
「私の部屋よ」
が予想通りの返答を寄越したから、思わず呆れの視線を送ってしまう。
アレンを下ろすときにそれに気づいたらしく、彼女は気まずげな表情になった。
ベッドの上の夜着をアレンに手渡すと、自分はクローゼットから別のものを取り出してくる。
「それはあなたの。私のはこっち」
そこでアレンはいろいろと返答に困った。
何でお前の部屋に俺のパジャマがあるんだ、とか。
お前が着ようとしている控えめながらもフリルとリボンのついた可愛らしいネグリジェは誰の趣味なのか、とか。
この流れからいくと着替えたあと一緒のベッドに入ることになるのだがそれでいいのか、とか。
そんなことを悶々と考えている間に、が普通に服を脱ぎだしたので、慌てて明後日の方向に目を逸らした。
「大浴場の時間終わっちゃってるから、明日の朝に入ろうね」
「いや、お前さ・・・・・・」
「部屋のを使ってもいいけれど。アレンひとりは私が心配なので」
「そうじゃなくて」
「ん?一緒に入る?」
「誰が!!」
反射的に怒鳴って顔を戻したところで、眼前に白い箱を差し出された。
見上げてみると微笑み。
アレンも苦笑して、ポケットから手紙を取り出した。
その封が切られているのを見たは唇を緩める。
「ああ、やっぱり。だからあのとき戻ってきてくれたのね」
「……別に。それだけじゃねぇよ」
「え?なに?」
「何でも!!」
アレンは大声で言いながら白い箱を受け取った。
と並んでベッドに腰かけて、膝の上にそれを乗せる。
「お前さぁ」
アレンはずっと疑問に思っていたことを問いかけた。
「何でこんなこと仕掛けたの」
「こんなことって?」
「手紙だよ。14通も書いて、行き先を示して、そこで待ってる人にケーキ預けて」
「………………………」
「随分と手の込んだ遊びだな」
手渡された箱を見下ろす。
今までよりも少し大きい。
開けてみると真っ白なクリームとたくさんの苺で飾られたホールケーキだった。
チョコで作られたプレートには、“Merry Christmas&Happy Birthday”と書かれている。
「間すっ飛ばしてて申し訳ないけれど。14個目よ」
「……何で」
「どうする?今食べる?」
「どうして14個も?」
アレンが質問を重ねたら、は言葉を詰めて黙り込んだ。
逡巡しているような気配がする。
最後にため息をついて肩を落とした。
「15個よ」
「え?」
「プレゼントは全部で15個あるの」
「なんで」
「だって私、あなたが生まれてからの15年間、お祝いできていないもの」
ちょっと意味がわからなかった。
アレンがぽかんとしていると、どこからかスプーンを取り出してきて生クリームを掬う。
そのまま開けっ放しのアレンの口に突っ込んだ。
「出逢うまでの15年分よ。一歳のあなたに、二歳のあなたに、三歳のあなたに……ってね」
舌の上で滑らかさが溶けてゆく。甘い。
「でも、私からだけじゃ嬉しくないかなーって思って!みんなを巻き込んでみました」
「………………………………」
「ちなみに13個のケーキ全部、今日預けにいったのよ。そしたら怒られちゃった」
アレンが何も言えないでいると、は肩をすくめてみせる。
「何でもっと早く教えてくれなかったんだ!って。……あなた誰にも、今日が誕生日だって伝えてなかったのね」
ああ、だから。
リンクは厨房でお菓子を作っていて、神田は飲みかけのジュースを装って、ラビは部屋の中を探し回って。
急いでプレゼントを用意してくれたのか。
「おめでとうって、言いたかったの。私も、みんなも。今まで生きてきてくれたあなたに」
マナを失って。
それでも。
「ありがとうって、伝えたかったのよ」
どうやって生きてきたのかなんてそんなのは、もう。
アレンは咄嗟に下を向いた。
黙ったままでいるとが頭を撫でてくれた。
ケーキの脇にあったフォークを取って、何かをぱちんっとはめ込む。
自分が持っていたスプーンにも同じようにしてみせた。
「15個目」
引き寄せられた掌に、星がふたつ落とされた。
角度によって光る石だ。
それがフォークとスプーンの柄部分に煌めいている。
ああ、奇妙なデザインだと思っていたけれど、こうして装飾が入る造りになっていたからか。
それぞれが金色と銀色に輝いて、アレンの瞳を揺らめかせた。
「私からのプレゼントよ」
「……お前からなら、もう」
バースディケーキを貰った、と言おうとして、吐息のような微笑みに遮られた。
「14個目は“”からのプレゼント。15個目は、“私”からのプレゼントよ」
アレンにはの言葉の意味がわからなくて、15歳の自分なら理解してあげられるのだろうかと考えた。
きっと“アレン”と“”の間には、自分の知らない思い出や感情があるのだろう。
それが恋人という絆なら、やはり8歳の俺と15歳のアレンは隔たれている。
「覚えていてね」
が囁いた。
ひとりで落ち込んでいたアレンはハッと顔をあげる。
愛情に満ちた双眸が、自分を優しく見つめていた。
「覚えていて、アレン。私があなたを好きだということを」
手が伸びてきて頬に添えられた。
掌は暖かかった。
指先は、震えていた。
「“”も“私”もあなたが好きよ。“あなた”と“アレン”を愛してる」
「………………………」
「あなたが私を覚えていなくても。本当に忘れてしまったとしても。きっとこの想いは残るわ」
「……、お前」
「これだけはどうか、心に留めておいて。他の何者でもない、アレンという人を、愛した女がいたことを」
「そうやって意地を張るのはやめろよ」
アレンは傷跡を撫でるの手を握った。
そのわななきを受け止めたくて、ぎゅっと力を込めてやる。
「明日には元の姿に戻るからって、ちょっと淋しくなってるんだろ」
「…………………………」
「別にいなくなるわけじゃないのに」
「だって、もっと」
は瞳に切なさを混ぜて言う。
「誕生日だもの。もっと笑ってほしかった」
少し涙が滲んだからか、慌てて袖口で目をこする。
ごしごしと繰り返すものだからすぐに赤くなってしまった。
口元だけが無理やり笑みの形をつくる。
「私のせいで小さくなっちゃって、いろいろ忘れちゃって、すごく不安だったでしょう。おまけにこんな女がしつこく追いかけてくるし」
「本当にしつこかったな」
「怒らせて、怖がらせて、傷つけて、……ひどいことまで訊かせて」
「……、それは」
「ごめんね、私はいつもうまくできない」
目元を拭うの手が止まった。
唇まで震えがきたから、彼女はぎゅっと強く噛み締める。
「ケーキ、も。喜んでくれるかなと思ったんだけど……。おかげでデートは断っちゃったし、みんなには叱られるし、結局ぜんぶ渡せなかったし!」
「……明日取りに行くよ」
「あした?」
「15歳の俺が」
「……今、あなたに渡せるものは、もうないわ」
アレンはの後悔の在り処を知って、握っていた手に指を絡めた。
ようやく瞳を見せた彼女を引き寄せる。
素直に身をかがめてくれたから、その薄紅色の唇にキスをした。
「まぁ、確かにさんざんな思いをしたけれど」
照れ隠しにため息をつきながら、それでもアレンは微笑んだ。
「いいよ、もう。お前がいてくれてよかった」
微笑まずにはいられなかった。
「だってお前が馬鹿みたいに追いかけてくるから。逃げるのに必死だった。立ち止まらずにいられた。追い払ってやろうって思ってたのにな。……いつの間にか、笑ってた」
「……、アレン」
「いいか。俺は笑ってたよ。お前の目にどう映ってても」
「……足りないもの」
「ぶすむくれるな、可愛くねぇから。だからそうやって意地を張るのはやめろ」
アレンはもう片方の手での頬をぐいぐい拭ってやる。
ふてくされたような顔が本当に可愛くない。
こいつは一度鏡を見たほうがいいだろう。
「15歳の俺は“優しい”らしいから言わないんだろうけど。俺は言うよ」
また手を引っ張って身を近づけさせると、アレンはの頭をぺしりとやった。
そのあと叩いた部分を撫でてやる。
「お前はもう少し、自分がしでかしたことを認めろ」
「認める……?」
「そう。しでかされたほうが“よかった”って言ってんだから、お前も“よかった”って言って笑え。余計なことは考えるな」
「よ、余計なことって……」
ちょっと冷や汗をかいた彼女の髪を梳いてゆく。
「ケーキ、おいしかったよ」
「…………………………」
「15個もプレゼントを用意してくれて嬉しい。今思えば追いかけっこも楽しかった。ずっと不安だったけれど、気にしない振りで傍にいてくれてありがとう」
「……、でも」
「そう言う俺の気持ちを、そのまま受け取れ。もっと出来たことがあったんじゃないかって、自分に意地を張らなくていいんだ」
の金色の瞳から、じわりと涙が浮き出てきた。
彼女はそれを拭うだろう。
だから両手を捕まえてやった。
少し意地悪に笑ってやる。
「これは15歳の俺が悪いんだ。もっともっと、ってがんばるお前が“アレン”の口を塞がせた」
それは優しさではなく、甘えだろう。
なぁ、アレン・ウォーカー。
15歳の自分に語りかける。
お前にとってこの女は、恋人であると当時に、母のようであり姉のようであり、欲しかった愛そのものなんだろう?
だから自分のために一生懸命なこいつを、ただ微笑んで見つめていたんだ。
そのひたむきさが愛おしくて。
手放したく、なくて。
「俺はお前がそんなにも意地を張る理由を知らないから。言ってやるよ」
無知だからこそ、俺だってお前を想う。
「怖かったら怖いって言え。不安なら泣けばいい。……同じように、俺が嬉しいって言ったなら、それで満足しろ」
あぁ、そろそろ限界だ。
は絶対に嫌みたいだけど、アレンの手は振り払えないから、どうしようもなく溢れたものは落下する。
涙が一粒、こぼれ落ちる。
「“もっと”、なんてないんだよ」
この気持ちが最上級だ。
いい加減、はそれを思い知るべきだろう。
15歳の俺がその優しさに甘えて、頑張る姿を愛おしいと思っていたとしても。
明日には元の姿に戻る俺には、これ以上のことはないのだから。
「……っつ、アレンが」
何とか涙を呑みこもうとしながらが言う。
「アレンがそんなんだから、私はもっと笑ってほしくなるんじゃない」
「……は?意味わかんねぇよ」
「好きってことよ」
「それは知ってる」
「キスしていい?」
ショタコン、と憎まれ口を叩いたアレンの唇にのそれが触れた。
考えてみれば彼女からのキスは初めてだ。
何となく自分からするよりも緊張した。嬉しかった。
「お誕生日おめでとう、アレン」
微笑んで告げられた言葉に、アレンは心から思う。
マナを失ってしまった15歳の俺へ。
お前がどうして生きていられたのか、痛いほどにわかったよ。
聖夜に凍える身を暖めたのは、たったひとつの金色の光。
その灯を消さないように。今度こそ失くさないように。
これからは生きてゆくのだという優しい確信に、アレンはそっと銀色の瞳を閉じた。
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