14通目。
生クリームのバースディケーキ。
滑らかな肌と苺のくちびる。


ぺろりと舐めただけでこんなに甘い。
ねぇ、このまま君をぜんぶ口に含んだら、どうなるの?






● 追憶ユールタイド 16 ●






発動できたのはほんの一瞬で、アレン自身が驚いている間に、左手は普段の血色に戻った。
何だ今の。
俺の感情に反応して、まるで応えるように、白く巨大な形状へと変化した。
おかげでリボンはこの手の内だ。


そこでアレンは視界の隅にコムリンを認めて、慌てて空中で体をひねった。
懲りずに自分を狙ってくるロボットの腕を思い切り蹴り飛ばしてやる。
反動でアレンはますます加速して地面へと落ちていった。
回る視界。
翻るリボン。そして、金色。


アレンは目を見張った。
空中反転をして真正面から地上を見下ろす。
その先でが雪を蹴散らして跳躍した。
ヒールの下で黒い光が瞬いたかと思うと、すぐさま爆発を引き起こして、彼女の体を高く弾き上げる。
それこそアレンを追い越すほどに。


「手を!」


その呼びかけにアレンは何も考えずに腕を伸ばす。
爆風に乗って舞い上がったは、しっかりとアレンの体を抱きとめた。


「まさか空から来るなんて!」


声には心配も混じっていたけれど、驚きとか感謝のほうが強かった。
自分の体が下になるようにした彼女をアレンは見やる。


「待ってろって言ったのに!」
「待ちきれなくって来ちゃった」


は眉を下げて笑うと、赤い左手と掌を合わせる。
指の間をぎゅっと握った。


「発動、できたのね」
「はつどう?さっきのことか?」
「……、わからずにやったの?」
「知るもんか。俺はリボンを捕まえたかっただけで……」


そこまで言ってしまってから、その意味するところに気がついて、即座に口を閉じる。
けれど素直な熱が頬を熱くしてしまって、あまり意味はなかったかもしれない。
そんなアレンの様子を見て、がまた抱きついてきた。


「お、おい……!」
「掴まってて」


離れろと怒る前に、が黒光を操る。
今度は足裏よりもっと下方で爆発させ、その衝撃波に乗って地面へと着地してみせた。
さすがにアレンを抱いたままではいられず、二人揃って雪の上に座り込む。
まるでお姫様抱っこのようにの膝の上に落ち着いてしまった。
数秒の沈黙。
その他大勢と同じく呆然としていた店員が、ハッと我に返って拡声器を構えた。


『ゴォォォオオオル!何だかよくわかりませんが、リボンを取って一番に戻ってきたのは、将来有望な白髪の坊やだ!金髪少女の弟だ!!』
「だから弟じゃない!」
『怒涛の対決、まさかの展開、そしてこの結末です!さぁ皆さん、優勝者に盛大な拍手を!!』
「おめでとーう!」


相変わらずの弟扱いにアレンは拳を握ったけれど、が一番にパチパチと手を打ち鳴らした。
次いで周囲からも拍手が沸き起こる。
視線をやってみると千年伯爵もだ。


「これはこれは、おめでとうございまス」
「ありがとう、伯爵。うちのアレンの大勝利よ!」
「ええ、まったく……。あの子たちは本当にダメですねェ」
「いやぁ、悪いな千年公」


気まずげに頬を掻きながらティキが姿を現した。
後ろに続くジャスデビとロードは口々に文句を言っている。
つまらないと連呼する子供たちを追い越して、神田とラビが傍までやってきた。


「おい、無事か」
「よかった、アレン!ちゃんと着地できたんさね!」
「お前……、やっぱり何も考えずに俺を吹っ飛ばしたんだな……」


の傍に膝をついた神田と、抱きつかんばかりに訊いてくるラビを、アレンは半眼で睨めつけた。
こいつらとは仲間(友達?)らしいが、どうにも変な風に信頼されている気がする。
文句のひとつやふたつ言ってやろうとしたところで、腰を屈めたティキに顔を覗き込まれた。


「少年、どうしてくれる。これで今日のディナーは俺へのお小言に決定だ」
「……俺が知るかよ」
「大体、さぁ。何でそんなちんちくりんな姿になってるんだ?」
「今更だな」
「まぁそれを差し引いても、お前に負けるのは心外だよ」


ティキは唇を尖らせながらアレンの襟首を掴み上げた。
が咄嗟に手を伸ばしたけれど、ぐっと接近することで阻んでみせる。
吐息が触れそうな距離で彼女に囁きかけた。


「お嬢さんだって、こんなガキが相手じゃ嫌だろう?」
「どういう理屈よ」
「だってせっかくのクリスマスだ。ほっぺにキスだなんて可愛らしいことで終わらせるのは、なぁ」


ティキはの頬をさらりと撫でて微笑んだ。


「それなら、俺のほうがいいと思わないか?」
「ど・う・い・う!理屈だ!!」


全力でもがいて拘束から逃れながらアレンは怒鳴った。
ティキはこちらを振り返りもしない。


「縮んじまった恋人には、何の期待もできないってことだ」
「私はあなたにこそ期待したいんだけど」
「へぇ?」
「自重をね。キスしてほしかったらさっさと頭丸めてきてくれる?」


はあっさりティキを押しのけると、アレンを手招いてみせた。


「おいで、アレン。優勝者へのキスを……」
「……………………」
「……嫌だろうけど、一応ゲームだから。我慢してくれるとうれしい」
「……っつ」
「頬に軽くもダメ?」
「ダメ」
「じゃあ、額」
「嫌だ」
「ほらな、やっぱり俺が代わりに……」


そこでの肩を抱いたティキを、アレンは全力で蹴り飛ばした。
あまりの勢いに傾いた体に、さらに靴裏をめり込ませる。
結構な量の雪が舞い上がったから、が目を見張った。
その視線はティキへと注がれていてアレンとしては気に喰わない。
だからリボンをあげた。
これは彼女のために取ってきたものだから、遠慮なく首裏に回して引き寄せる。
がくんっと前の前のめりになった彼女が、咄嗟に驚きの声をあげたので、アレンはその口を塞いでやった。


「っつてぇな!何だよ、今日の少年は乱暴すぎる……」


ティキの抗議も途中で途切れた。
彼だけでなくその場に居る全員がぽかんとしている気配がしたけれど、アレンは一切構わずに目を閉じたままでいた。
だって、こういうときはこうするものだろう?
左手をの頬に添える。
滑らかなそこがどんどん熱くなっていくのを感じて何だか安心した。
ティキに“こんなガキ相手じゃあ”とか言われたのを多少なりとも気にしていたようだ。
少しの時間のあと唇を離してみると、案の定が真っ赤になっていたので、アレンは満足してもう一度軽くキスをした。
それから金髪を胸に抱き込んで言う。
大半はティキにだけど、ノアたちも含めて宣言してやった。


「俺の女だ。二度と手を出すな」


そのあとの沈黙は長かった。
あまりにも長い間黙ったままでいられたので、アレンが怪訝に眉を寄せてしまうほどだった。
そうしてようやく聞こえてきたのが盛大に吹き出す音だったから、猛烈に納得できないものがある。


「あはははははははははははははははっ!!!!」


ティキが腹を抱えて大爆笑を始めると、釣られるようにしてノアたちも笑い出す。
ジャスデビには指まで差された。
能面みたいに無表情だったルル=ベルさえも、こちらに背中を向けて肩を震わせている。


「な、なんだよ!」


アレンは怒った声を出したけれど、皆笑うのに忙しいらしく、まるっきり無視された。
身内の神田とラビだけが呆れ返った顔している。


「ガキが人前で何言ってんだ……」
「その見た目でやられるとすごい破壊力さー」


続けて「友達じゃなかったらオレも笑ってる」と呟かれたから、アレンは急に気になっての様子を窺った。
彼女は顔を見られたくないらしく、アレンの服を掴んで俯いている。
軽く揺さぶれば口を開いた。


「いやあの大変光栄なのですが8歳児の言動と考えますと外野は笑うしかないのかなと」
「…………………………」
「てゆーかアレンこれ15歳に戻ったときに恥ずかしさで悶絶死するんじゃないの大丈夫?」
「……お前こそ大丈夫か」
「なにが」
「いろいろと一致してないぞ」


アレンはの顔を無理やりあげさせた。
頬は相変わらず真っ赤だ。体も緊張しているように強張っている。
けれど口元は抑えきれないように緩んでいた。
反面瞳には涙が浮かんでいて、もう何が何やらわからない。


「照れてるのか喜んでるのか泣きたいのか、どれだ」
「ぜんぶ」
「ひとつにしろ」
「……じゃあ、最後の以外」
「じゃあ、最後のだ」


アレンはもう周囲の笑いとか呆れとかどうでもよくなって、の変てこな様子に微笑んだ。
慰めるように髪を撫でて、もう一度唇を寄せる。
瞼にキスして涙を落としてやろうとしたところで、


「ぎゃあ、ちょっと!みんなボクのこと忘れてないかい!?」


悲鳴をあげるコムイを乗せた暴走ロボットが突っ込んできたので、未遂に終わった。