聖夜の戦い、プレゼントの争奪戦。
クリスマスにはケーキよりも甘いキスを!
● 追憶ユールタイド 15 ●
「おい」
アレンは大通りから外れて細い路地へと飛び込むと、そこにたむろしていた少年たちに声をかけた。
歳の頃は自分と同じくらいから十代前半まで。
どの子を見ても顔色が悪く、小汚い身なりをしている。
孤児だ。どこの街にでも住み着いている。
彼らは道行く人々から金目の物を掻っ攫うためや、同情をひいてお恵みを貰うために、大通り近くに潜んでいることが多かった。
「何だよ、お前」
孤児たちの中で、一番年長であろう少年が言った。
その顔にはありありと不審が浮かんでいる。
アレンの容姿が珍しいのか、その目的がわからないからか、年少者を庇うようにして立ち上がった。
「俺たちに何の用だ」
「待てよ、争うつもりはない。むしろ助けて欲しいんだ」
アレンは威嚇してくる少年に両手を挙げてみせた。
それで敵意はないことを示してみせる。
表情にも仕草にも余計な疑いを持たせないよう気を配った。
かといって下手に出過ぎると舐められるから、瞳にだけは力を込めてみせる。
「今日はクリスマスだ。さぞかし儲かってるところだろ」
「はんっ、おこぼれ狙いか。確かに上々だが、余所者にやる気はないね」
「いらねぇよ。むしろお前たちにやる」
アレンはサンタクロースみたいに担いできた袋を下ろすと、その口を開けて中身を一気にぶちまけた。
ぬいぐるみ、オモチャ、オーナメント、赤い靴下に詰められたお菓子。
ゲーム台を破壊してが手に入れた全景品だ。
彼女は店員に返すと言っていたけれど、代わりに今あんな目に遭っているのだから、アレンが頂いてしまっても構わないだろう。
そんな勝手な結論のもとに言う。
「受け取れよ」
「い、いいのか……?」
これまでの人生で手にしたことのないだろう美しいクリスマス飾りを前にして、孤児たちは目を輝かせている。
お菓子や炭酸水は食料になるし、その他の物は明日までに売ってしまえばいい。
文字通り最高のクリスマスプレゼントのはずだ。
アレンは少年たちに微笑みかけた。
彼らはまるで昔の自分のようだ。
だからわかる。その気持ちも、その特性も。
「お前たちにやるって言っただろ。その代わりに俺の頼みを聞いてくれ」
アレンはにやりと唇を釣り上げた。
「さぁ、取引だ」
「災厄将来!」
ただ人である参加者たちをみるみるうちに追い抜いて、前を行くノアを発見した神田は即座に抜刀した。
イノセンスを構えて真横へと振り抜く。
「界蟲『一幻』!」
途端に具現化する剣気。
破壊の雄叫びをあげて『一幻』はノアたちの背中へと迫る。
「ヘッ、そんなの喰らうかよ!」
馬鹿にしたように笑ってデビットが腰から銃を引き抜いた。
さすが双子というべきか、ジャスデロもまったく同じ動きをしている。
二人が引き金を引いて次々と界蟲を撃ち抜いてゆくものだから、神田は舌打ちと共に強く地面を踏み切った。
同時にラビがイノセンスを解放する。
くるりと柄を回すと、周囲に浮んだ“火”の文字へと、槌を叩きつけた。
「業火灰塵、『火判』!」
ゴウッ、と爆風が起こる。
召喚された炎の蛇は一瞬で空中を這い寄り、その巨大な顎で最後尾にいたロードを呑み込んだ。
一口に消える少女。
燃え盛る火炎の中心で、事もなげにレロを振ってみせる。
熱い熱いとわめく傘を開けば、まるで雨粒を散らすようにして、『火判』は霧散してしまった。
「邪魔しないでよぉ」
ロードは軽く頬を膨らませる。
「ボクはネームレスとディナーが食べたいってだけなのにぃ」
「ほざいてろ!」
火判の余韻である爆煙を突き破って、神田が『六幻』を振りかぶる。
回避行動に移ったロードを捨て置くと、さらに飛燕の速度で駆けていった。
デビットの放った弾丸を刃で弾き斬りかかれば、助太刀をしようとしたジャスデロへとラビが躍りかかる。
二人は双子を分散させてから、さらに前方へと目を走らせた。
「待て!快楽のノア!!」
ラビの呼び声にティキが笑った。
「待てと言われて待つわけがないだろう!」
走り込んでいくのは大通りの最北、そこのゲートに飾りつけられたクリスマスリースには、真っ赤なリボンが結ばれている。
あれだ。あれこそが競争の目的。この手に取って帰るべき物。
ジャスデビを押し退けて放たれた攻撃を、ティキは右掌で拒絶する。
そして左手を赤いリボンへと伸ばした。
「これでお嬢さんのキスは俺のものだ!」
「誰がやるかよ!!」
怒声が響いてきたのは頭上から。
「え」と呟いて見上げた先に靴裏を発見。
次の瞬間、ティキはそれに思い切り顔面を踏みつけられた。
降ってきたのは否定だけではなく、それを発した本人もだったようだ。
重力を味方にした真上からの攻撃は予想以上の衝撃を生み、ティキは綺麗なモーションで後ろへと倒れゆく。
その間に強襲者はリースからリボンを回収。
ティキの腹の上へと着地した。
ぐえっという苦しげな悲鳴があがったが完全に無視だ。
「モヤシ……!?」
「オマエどこから降ってきたんさ!?」
駆け寄ってきた神田とラビに勢いよく訊かれたから、アレンは立てた親指で横手を示してやった。
建ち並ぶ店の二階部分だ。
回廊のようになったそこから、数人の孤児たちがこちらを見下ろしていた。
「大きな街の通りには大抵ああいう奴らがいて、普通に行くよりも早く目的地につける“近道”を知ってるんだよ。……基本的に合法的な感じじゃないけど」
先刻まで走り抜いてきた場所を思い出してアレンは小さく付け足した。
他人様の家中や屋根の上、果ては地下水路までつたってやって来たのだ。
そういった道は本来、警察や施設の人間から逃げるためのもので、身の安全がかかっているのだから、多少のことには目を瞑ってもらわなければならない。
今回もの危機だったので全力で瞑目するべきだろう。
「最終的にあの店の排気口から飛び出してきたってわけだ」
「大通りの最北に行くなら、この“道”が一番早い。地上を走り抜けるよりも、な」
排気口の横に立った最年長の孤児が言った。
アレンは軽く手を振って感謝を示す。
彼も同じように応えて笑った。どうやらアレンの飛び降りっぷりに感心したらしい。
「オマエ、よくそんな方法を……」
ラビが褒めているのか呆れているのかわからない口調だったから、アレンは目を伏せて指の間にリボンを滑らせた。
「俺だって孤児だったんだ。これくらいは出来るってわかるし、これくらいはしなきゃいけない」
ぎゅっと赤を握り締めた。
「じゃないと、欲しい物なんて何一つ手に入らないんだ」
少しの沈黙のあとアレンが視線をあげると、神田とラビは形容しがたい顔をしていた。
とりあえず足の下をもう一度踏みつけてから歩き出す。
帰りも孤児たちが教えてくれたルートで構わないが、ゲームとしては地上からゴールしたほうがいいだろう。
アレンは振り返らずに、神田とラビを促した。
「さぁ、早くあいつのところへ……」
「行かせると思うか」
そんな言葉と共に、背後から拘束された。
男の大きな掌がアレンの小さな頭を簡単に覆ってしまう。
頭部を鷲掴みにされてギリギリと力を込められた。
「な……っ、お前!」
「人の顔を踏んでおいて、謝罪もなしか?少年」
痛みにもがいているうちに右手からリボンを奪われる。
アレンは咄嗟に取り返そうとしたけれど、背丈も腕力もまったく敵わなかった。
ティキは乱れた黒髪を掻きあげながら皮肉に笑う。
「こいつは慰謝料としてもらっておくよ」
「馬鹿言うな!返せ!!」
アレンが憤然と叫ぶうちに、神田とラビは武器を構える。
後ろから追いついてきたジャスデロとロードが呆れた声を出した。
「ティッキー、大人気なーい」
「つーかソレずるくね?」
「ボクたちならまだしも、ティキがやるとただのイジメだよね。ヒッ」
「お前ら言うに事欠いて……」
子供たちの非難を受けて、それでもティキはふんっと鼻を鳴らす。
「要は勝てばいいんだろう。こいつは貰っていくよ」
褐色の指先にリボンを巻きつけ、そこに小さなキスを落とした。
「さぁて、景品が楽しみだ」
その言葉に、その笑みに、アレンはっきりと怒りを覚えた。
見下すような視線が不愉快だ。
神田とラビも同じように感じたらしく、身に纏った闘気が膨れ上がる。
そんな二人の間を踏み切って、アレンがティキに飛びかかろうとした、そのとき。
「アレンくーん!」
自分を呼ぶ声とともに、大通りのゲートが崩壊した。
優美な線を描いて通行人を迎え入れていたそれは、一瞬にして粉々に破壊され瓦礫と化して地面へと落ちる。
あまりに唐突のことに、そして予想外のことに、ノアもエクソシストも反応できない。
猛烈な勢いで突っ込んできたのは、アームを幾本も備え付けた、白く巨大なロボットだった。
「アレンくんったら、教団から逃げ出したりしたらダメじゃないか!」
「コムイ!?」
「つーか、コムリンさ!?」
神田が操縦者の名を呼び、ラビがロボットの名を呻く。
そのときにはもう、白の巨体がそこに立つ全員を弾き飛ばしていた。
大通りに悲鳴と破壊音が交差する。
「な、何ですでに暴走気味なんさ!」
「いや、ボクも事の責任を感じてね。何でもいいから最速でアレンくんを捕獲するよう命令したら」
「他を顧みない行動を起こしちまってるわけかよ……!」
助けにやってきてくれたかと思ったらこれか。
相変わらずのコムイに頭を抱える間にも、振り回されたアームがアレンへと迫る。
傍にいたティキは巻き込まれるのはごめんだというように、服の中に潜ませていたティーズを放った。
機械の腕と蝶の群れがぶつかり合って突風を巻き起こす。
それに翻弄されながらも、アレンはティキに組み付いた。
「な……!?やめろ、少年!普通に危ない!」
何せ二人とも空中にいるのだ。
いくら子供とはいえど、しがみつかれてはバランスを崩してしまう。
これでは満足に着地もできないだろう。
ティキはひとつ舌を打ってからアレンを振り払った。
その一瞬を見逃さない。
意識が逸れた隙をついて、真っ赤なリボンを奪い取る。
「アレン!」
「ちぃ、手間のかかる!」
ラビが槌を地面へと突き立て、その柄を一気に伸ばしてきた。
アレンは空中で体を掻っ攫われ、アームは神田によって斬り刻まれる。
飛び散った破片がノアたちを敬遠させた。
「しまった、リボンが……」
苦い顔をするティキへと舌を出してやったアレンに、ラビが陽気な口調で語りかけてきた。
「よっしゃ、アレン!このままゴールに一直線さ!」
「は……?って、おい!?」
ラビはアレンの小さな体をさらなる高みに放り投げると、支えにしていた柄を元の長さまで瞬時に縮ませる。
そうして思い切り振り抜いた。
「のところまで飛んでけー!!」
足裏に、衝撃。
咄嗟に前転して槌をそこで受けたけれど、おかげでアレンは撃ち出された弾丸のように、凄まじい勢いで空を奔り出した。
風が逆巻く。
空気を切り裂く。
あまりのスピードに周囲の風景がまともに見られない。
恐怖と風圧に涙が浮かんだ。
「……ところで、ラビ」
槌によって吹っ飛ばされたアレンより、一足先に地面へと降り立った神田が問う。
「あの勢いで落ちて、“今”のモヤシは着地できるのか?」
「あ」
無責任にも今更ラビが青ざめたことも知ることなく、アレンはぐんぐんと高度を下げてゆく。
あまりに風が強くて髪や服が引き千切れそうだ。
それはアレンの指先を無理やりほどかせ、握りこんでいたリボンを宙へと舞い上げた。
「……っつ」
駄目だ。
離しては駄目だ。
だけど抵抗できない力で、この手を振り解かれてしまったのだから、仕方がないことかもしれない。
きっと誰もがそう言う。みんなが諦める。
けれど、
「アレン!」
下方から呼ばれた。
の声だった。
だからアレンはリボンへと手を伸ばす。
届かない。瞬く間に遠のいてゆく赤い絆。
運命の糸。
「……っ、誰が!」
体の底から正体不明の感情が溢れ出してきて、処理しきれない熱が左の甲へと収束する。
埋め込まれた十字架が輝きを放った。
醜く呪われた血色の手。
純白に光る巨大な腕へと変化する。
「誰が手放すかよ!!」
決して記憶にはない発動でもって、アレンはしっかりと赤いリボンを捕まえてみせたのだった。
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