聖なる夜に招かれざる客は無粋だろう?
次から次へとやってくるのなら、鈴を鳴らして追い払おう。
ヤドリギの木の下で待っていて。
● 追憶ユールタイド 14 ●
「なんっだ、その格好は」
アレンは地の底から響いてくるような低音で呻いた。
肩をいからせているこちらとは対照的に、は見事なまでのなで肩になっている。
そこから衣装の紐が滑り落ちたから、アレンはますます不機嫌になった。
店員の男にせっつかれて、会場の奥へと連れて行かれたは、妙な出で立ちでアレンの元へと戻ってきた。
嫌ぁな気持ちを視線に込めて、頭から足先までを一瞥してやる。
「呼び込みの衣装だそうよ」
ため息と共に言うは、純白のワンピースを身に纏っていた。
いや、ドレスというべきだろうか。
前が短くて後ろが長い、裾の広がるタイプのスカートだ。
白薔薇の飾られた胸から背中にかけてが寒々しいくらいに開いていて、は身を震わせながら同色のケープを羽織った。
その上に長い金髪が流れる。
いつもみたいに結ってはおらず、幅広のリボンをカチューシャみたいに結んでいた。
「そんな衣装で呼び込みって……」
ケープの合わせから見える胸元とか、スカートから出てしまっている生足とか、とにかくいろいろと気になる。
膝の怪我だって一応手当てはされていたけれど、血は止まっていないようだった。
その全てにアレンが眉をしかめていると、店員の男が傍にやって来て笑う。
「よく似合うね!さぁ、店先に立って!お客を引いてくれ」
は殊勝に返事をしたけれど、わずかに語尾が伸びていた。やはり気乗りしないようだ。
いくら自業自得とはいえ、この寒空の下では可哀想に思う。
せっかく冷えが解消されてきていたのに。
アレンはどうにかできないものかと気を揉んで、ずこずこと店先に出て行くについていこうとしたけれど、後ろから襟首を捕まえられてしまった。
「坊やは駄目だよ。邪魔になる」
「……邪魔だって?」
「お姉さんが心配なのはわかるけどね。弟くんは余所で遊んできなさい」
「お、弟じゃねぇよ!」
「?じゃあ、何だい」
怪訝そうに訊かれて返答に詰まる。
自分との関係。恋人らしい、けど。
今の姿で言うのはなんとも説得力に欠けることだ。
「!?」
表のほうから驚いたような呼び声が聞こえてきたから、アレンは店員の手を振り払って急いで外へと走り出た。
視界一面に純白。
の着ている衣装の色だ。
勢い余って彼女の背中に激突すれば、よろめいたその体を誰かがしっかりと支えてくれた。
「チビモヤシも一緒か」
ぶつけた鼻をさすりつつ見上げれば、神田がの肩を抱いていた。
先刻の男のときと同じく、アレンは何だかムッとする。
ラビがじろじろと彼女の姿を眺めまわしているのも嫌だ。
「どこに行ったのかと後を追ってきてみれば……」
「オマエら、何やってるんさ」
ため息をつく神田と首を傾げるラビに、は拳を握って力説した。
「いやぁ、私呼び込みの才能あるかも!店先に出た途端神田とラビをゲットできるとはね!」
嬉しそうに言って二人の手を取った。
ちなみに神田はの背に掌を置いたままだし、ラビは胸とか脚とか凝視しまくっている。
むかつく。
そんなことはまったく気にせず笑っているもむかつく。
「というわけで、ゲームしていかない?ルールは簡単、大通りの最北に結ばれているリボンを取ってきて、この場所まで戻ってくるだけ!」
「はぁ?」
「何さ、それ」
「いやほんと頼むからお願いだから参加してください、この格好寒いのよ早く解放されたいのよ!」
最後のほうは自棄になりながらも、は笑顔で続ける。
「豪華景品も用意しております!一等賞はなんと!!」
『こちらの金髪美少女からキスしてもらえまーす!!』
タイミングを見計らっていたかのように、そんなとんでもない宣言が頭の後ろから発せられた。
を含める全員が勢いよく振り返る。
そこには梯子にのぼった店員が、拡声器を使って叫んでいた。
『只今よりクリスマス特別ゲームを開催いたします!どなた様でも参加自由!妨害・裏切り・共謀なんでもありの徒競走でございます!!』
「え、ちょっと待って聞いてない」
青ざめたの呟きを無視して宣伝は響く。
『取ってくるのは赤いリボン!聖夜に結ばれる運命の糸!さぁ、ドレスアップした美少女が、小指を盗んでくれる素敵な王子様を待ってるぞー!!』
「だから聞いてないって!」
『祝福のキスが欲しければ、今すぐご参加を!皆さま盛り上がっていきましょーう!!』
次の瞬間、店員は拡声器を取り落として地面へと落下していた。
それもそのはず、アレンと神田とラビが、同時に梯子を蹴倒したのだ。
「何を!」
「勝手なことを!」
「言ってるんさ!」
怒鳴りながら三人がかりで取り囲むけれど、その背後ではすでにちょっとした騒ぎになっていた。
「あの子がキスしてくれるんだって」
「へぇ!可愛いじゃん」
「すごい景品だな」
「クリスマスだから特別なんだろ」
「あ、お姉ちゃんだー!」
楽しげに言い合う人々の中から飛び出してきたのは、天使のぬいぐるみを抱いた幼女だった。
そのままにしがみつく。
輝く瞳で彼女を見上げた。
「その格好どうしたの?お姉ちゃんも天使さまみたい!」
「うんもうちょっと天国に行きたい気分だけど、ありがとー」
蒼白になったまま幼女の頭を撫でる。
その腰を横から掻っ攫うように抱いた男がいた。
シルクの手袋が細いウエストの線に沿う。
「面白そうなことしてるね、お嬢さん」
見たことのない顔だ。
アレンは誰かと思って片眉を吊り上げたけれど、神田とラビは即座に身構える。
「「快楽のノア!」」
「なんだ、包丁使いと眼帯くんも一緒か」
仕立ての良い燕尾服に身を包み、黒髪を綺麗に後ろへと流した、精悍な顔立ちの男性。
彼はシルクハットを押し上げながらへと微笑みかける。
「会いたかったのはお前だけなんだけどな、お嬢さん。しかも何だ?キスしてくれるって?」
は片手でさり気なく幼女を遠ざけながら、にっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。
「クリスマスにお独り?ティキ・ミック卿」
「ああ、慰めてくれよ」
「よし来た、今すぐ頭丸めてこい!」
「なんで!?」
「その鬱陶しいワカメヘアーが消え失せたのなら、私だってギリッギリで優しくしてあげられるかもしれないじゃない。ね?」
「……はぁ、相変わらず冷てぇの」
大業のため息をついたティキが、そのまま脇腹を撫であげたので、は彼の足を思い切り踏みつけた。
右の甲にヒールの踵が喰い込む。
ちなみに左の方はアレンが飛び蹴りを入れてやった。
「っつてぇな!何するんだ、このガキ……って」
「アレーン!」
目を真ん丸にしたティキを押しのけて、黒髪の少女が飛び出してきた。
そのままアレンへと抱きついてくる。
頬にキスされそうになったから、慌てて顔を背けた。
「何だ、お前!止めろよ!」
「ボクだよロードだよぉ!どうしたのさぁ、そのカッコ!」
「ええー……。そいつマジで少年なのか」
甲高い声で笑うロードを前に、ティキが引き気味に確認してくる。
さらに後方からどやどやと団体がやってきた。
ピエロみたいな容貌の紳士に、黒髪と黄髪の双子、岩のような大男や痩身の女性までいる。
ただでさえ目立つ取り揃えなのに、全員が正装をしていたものだから、これ以上ないまでに奇抜に映った。
「ノアの皆さん、どうもお揃いで」
一瞬の隙をついてロードからアレンを取り戻したが、表情だけはにこやかに告げた。
その前に神田とラビが立ちはだかる。
三人の緊張した空気にアレンは思わず息を詰めた。
「こんばんハ。奇遇ですね、お嬢サンたち」
ピエロは軽く片手を振る。
「そう警戒しないでくだサイ。今日はクリスマス。吾輩たちは家族でディナーに赴くところですヨ」
「……聖夜に免じて争いはしないと?」
静かに訊くに、あっさりと頷いてみせる。
双子が文句を並べたてたけれど、ピエロは懐中時計を取り出してみせた。
「いけませんヨ。予約の時間に遅れてしまウ!マナー違反は許しまセン!!」
「ちょっとくらいいだろ、千年公!」
「ヒヒッ、ちょうどよくを好き勝手できるゲームをやるみたいだしね」
「勝てばその娘を殺していいと?」
「違うって、ルル。景品はお嬢さんのキスだ」
「キャハハ、そのまま攫っていっちゃえばいいじゃーん」
ただでさえ人が集まって盛り上がっていた会場に、ノアの一族までもが加わって勝手気ままに言うものだから、騒がしいことこの上ない。
神田が視線だけでこちらを振り返った。
ラビも微かに頷いてみせたから、はアレンの手を握って一歩後ろに退がる。
「仕方がありませんネェ」
そうやって彼女の後ろに庇われようとした、そのとき。
「ならば、とっとと勝負に勝ってきなサーイ!!」
周囲に響き渡る大音声で千年伯爵が叫んだ。
同時に振り下ろされる右腕。
それをスタートの合図にティキと双子が駆け出した。
「ジャスデビ!夕飯までには間に合わせるぞ!!」
「あったりまえだろ!行くぞ、ジャスデロ!!」
「ヒッ!りょーかい、デビット!!」
猛烈な勢いで走り始めた三人を、レロに乗ったロードが追っていった。
残りのノアたちは傍観を決め込んだらしく、どこから持ってきたのかふかふかのソファーに座って寛ぎ出す。
どうやら彼らは、これをクリスマスディナー前の余興程度に思っている様子だった。
「な……っ、あいつら勝手に始めやがった!」
「このままじゃの身が危ないさ!」
「いやぁ大盛況だよ!ありがとう、お嬢さん!!」
顔色を失くす神田とラビの脇で、店員の男が満足そうに笑っている。
確かにティキやジャスデビがスタートを切ったのを見て、我も我もと参加者が疾走を開始していた。
大した盛り上がりっぷりだ。
それはのおかげか、ノアのせいか知らないけれど、とにかくエクソシストの二人は店員の男を殴り倒し蹴り飛ばしながら、レースの最中へと飛び込む。
あとに残されたアレンはを振り返った。
「そこで待ってろ」
男たちの意味不明な争いに両肩を落としていた彼女へと、特に慌てもせずに言ってやる。
「いいな。“俺”が戻るのを待ってろよ」
それだけ告げると、アレンは皆が向かったのとは正反対の方へと駆け出していった。
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