「よし、じゃあ今日も元気に世界会議をはっじめっるぞー!!」
いつもと同じ声、その言葉が、悲劇開幕の合図だった。
世界限定!Ocean会議
Track.1
場所はとある国会議事堂。
広々とした会議室でのことだ。
名前にある通り用途は一つきりだから、大きな机と椅子が何脚か据えられている。
けれど大窓からさんさんと降り注ぐ陽光が室内を照らしているので、堅苦しい雰囲気は一切なかった。
そこにやかましいほど明るいアルフレッド・F・ジョーンズの声が加われば、深刻になれというほうが無理な話だ。
定位置である黒板の前に元気溌溂と立っている元弟に、アーサー・カークランドは太い眉をひそませた。
「いちいちうるせぇよ。子供みたいに大声出すな、バカ」
「Oh!それは悪かったね。お年寄りの耳は労わらなくちゃあ!」
いつも通り文句をつけてやったら、相手もいつも通りHAHAHA!と笑い飛ばしてきた。
そこに反省の色は、もちろんない。
本当にふてぶてしく育ったものだ。
表情にも態度にも、昔の可愛さは欠片も残っていなかった。
アーサーはこの生意気なガキをどうしてくれようかと拳を固めたが、妙に優雅な……いや、優雅ぶった声に邪魔された。
「おいおい、お前ら。やめとけって。お兄さんは愛のない言葉なんて聞くに耐えないよ」
「俺にはお前の存在こそが耐え難いんだけどな、このヒゲ野郎」
どうせ奴はしたり顔で呆れ気味に首を振っているだろうから、アーサーはそちらを見なかった。
フランシス・ボヌフォワとは犬猿の仲で、極力目も合わせたくない感じだ。
喧嘩になったら最後、また百年間ボコり合うことになるだろう。
あまりに冷たくあしらったので「お兄さん傷ついちゃう!」とか言われたが、気持ち悪いので全部無視した。
アーサーは絶対にフランシスを視界に入れないように気をつけながら、会議室を見渡した。
(世界会議というわりに、随分人数が少ないな……)
確認できたのは「みんな、楽しそうだね」と不気味にニコニコしているイヴァン・ブラギンスキ。
お腹空いたよーと言いながら机の上に転がっているフェリシアーノ・ヴァルガスと、進まない会議に苛々しているルートヴィッヒ。
二人の間に挟まれた本田菊は、微動だにせず静かに座っている。
その向かいに座した王耀は欧米の喧嘩早さを嘆きながら、カニをぐるぐる巻きにしていた。
アーサーは会議場で自国の名物料理を作っているその姿に呆れたが、それよりも思いがけずに海産物を目にしてしまって戸惑った。
何となく胸が痛い気がする。
(関係ない)
今はどうでもいいことだ。
アーサーは無理に意識を会議に戻すと、左手に立ったアルフレッドに言った。
「おい、今日の議題は何なんだ。世界会議と銘打っているわりに、居るのはお前と俺、それにフランシス、イヴァン、王の連合国。フェリシアーノ、ルートヴィッヒ、菊の枢軸国だけじゃねぇか」
「うん。バカな君にしてはいいところに気がついたね!」
いちいち一言多いアルフレッドに青筋を浮かべたアーサーだったが、続いた言葉はそれどころではすまされないものだった。
何故なら自由の合衆国さまは、堂々とこう言い放ったのだ。
「さぁて誰か説明してくれないか!俺も今日の議題なんて知らないからな!!」
「「「「「「「……………………」」」」」」」
その場にいる大国全員が、揃って絶句した。
今何て言いやがった、この野郎。
「何だと!?一体どういうことだ、説明しろ!!」
一番に叫んだのはルートヴィッヒだった。
まぁこういった問題なら誰よりも先に反応するだろうが、あまりに勢いがよかったのでフェリシアーノが涙目になっている。
菊は「またお前は」とでも言いたげな青ざめた顔でアルフレッドを見つめているし、王もイヴァンも呆気にとられているようだ。
冷や汗をかいたフランシスが机に頬杖をついた。
「お……おいおい。さすがにそれは冗談だろ、アルフレッド」
「冗談じゃないんだぞ。俺だって今日は呼び出された身さ。まったくヒーローは人気者で困るね!」
「困るのはテメェの頭だ!じゃあ何でそこに立ってんだよ!まるで自分が収集をかけたかのように議長面しやがって!!」
驚いたのと怒ったのとでだいぶ口調を荒くしてアーサーは怒鳴った。
それでもアルフレッドは悪びれない。
「ヒーローの俺が一番に目立つのは当然だろう?」
何を言ってるんだい君は、というような顔をされて、アーサーはちょっと本気でぶん殴ってやりたくなった。
国際問題になるが知ったことか。
せめてその眼鏡だけでも割ってやろうと憤然と立ち上がったが、手を出す前に「ヴェ、ヴェ、ヴェ〜」と奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
アルフレッドの胸倉を掴んだまま振り返れば、いつの間にかフェリシアーノが扉のところに立っている。
毎度の事ながらルートヴィッヒが言った。
「こら、フェリシアーノ!逃げるな!!」
「違うよ、ルート。お客さんを出迎えてただけだよー」
フェリシアーノはのほほんと応え、小さく開いた扉の向こうに「ちょっと待っててね」と囁いた。
どうやらそこに誰かいるようだ。
ふいにアーサーは鼻をくすぐる独特の香りに気がついた。
白い砂と燃える太陽、爽やかな風。それらを内包した空気。
ふと見やれば、アルフレッドも変な顔をしていた。
もしかしたら自分と同じものを感じ取っているのかもしれない。
金髪兄弟が妙な既視感に襲われているなか、フェリシアーノはくるんとした髪を揺らして会議室内に向き直った。
「はいはーい。実は今日の会議を開いたのは俺なんだー」
「なに?」
「お前が……?」
「何でまた」
「どういうことなのかな」
「説明するよろし」
「お願いします、フェリシアーノ君」
大国たちは口々に言って、最後に額を押さえたルートヴィッヒがため息と共に言葉を吐いた。
「つまり、俺達を呼び出して振り回したのはお前というわけだな」
「うん、そうだよ。わざわざ来てもらってごめんね、みんな」
「……いいから理由を簡潔に述べろ」
怒るのも面倒になったのか、筋肉のついた両肩が落とされる。
促されてフェリシアーノは人好きのする笑顔を浮かべた。
「実は俺ん家、今すっごく大変なんだ。でもよく考えたら、それって皆にも関係あることだから」
「何の話だ?」
「“海”のことだよ」
アーサーは咄嗟に肩を揺らしてしまった。
それから刺さるような視線に気付いて顔をあげる。
冷ややかな目でアルフレッドがこちらを見下ろしていた。
先刻までの賑やかな様子はなくなり、どこまでも突き放すような表情だ。
見つめ合っている間にフェリシアーノの言葉は続く。
「地球温暖化の影響で、海面がどんどん上がってきていることは知っているよね」
「ええ……。我が国でも随分と気にかけている問題です」
「俺のところもだ」
「ルートと菊の家はエコに熱心だからねー」
友人二人を自慢に思っているのか、フェリシアーノはにこにこと笑顔を深めた。
けれど次の瞬間には落ち込んだ色を見せる。
表情のよく変わる青年だ。
「俺ん家にある水の都がさ、このままだと水没しちゃうって言われてるんだ。観光客も多いところだし、世界遺産でもあるところだから何とか守りたい」
アーサーはアルフレッドから目が逸らせなかった。
ところが向こうはもう顔を見ているのも嫌なようで、ぞんざいに手を振り払ってきた。
普段からは信じられないくらいの乱暴さでアルフレッドは椅子に腰掛ける。
アーサーはようやくフェリシアーノの方を返り見た。
「水没を防ぐためには、やっぱり地球温暖化を止めなきゃいけない。そうなると、それは世界の問題だよね」
だから皆を呼んだんだ、とフェリシアーノは言った。
このボケボケした青年が会議を開いたとなると、どうにも違和感がある。だが自国の危機に少なからず必死なのだろう。
その証拠にこう続けた。
「でも前回みたいに解決策が出ないだなんて困るからさ、今日は俺がすっごい協力者!スペシャルゲストを呼んできたんだよ」
にこやかに言われたその言葉に、大国たちはざわめいた。
ただそっぽを向いたアルフレッドと、立ち尽くしたアーサーだけが声を出さない。
まさかまさかまさか。
そんな、まさか。
「入ってきて、ちゃん」
フェリシアーノは扉を大きく開けて、そこにいた人物を会議室に招き入れた。
(あぁ、やっぱり)
アーサーは目眩を覚えた。
女性好きのフェリシアーノに肩を抱かれた、細身の少女。
彼女は不思議な色の髪をしていた。
基調は蒼だ。
けれど陽光の具合によって、または角度によって、微妙に色合いを変える。
明るい青になったり、透けるような翠になったり。
神秘的な色をたたえたそれは腰より長く、黒いリボンでふたつに結われている。
服は立った襟の白いシャツに漆黒のタイ。
深い群青の上着と細身のズボンを身につけていた。
軍服のようだが見たことがない。
会議というから自分たちに合わせてそのような服を見繕ってきただけで、どこの国のものでもないだろう。
なにせ彼女は人間ではない。
自分たちのように、国が人型を取ったものでもない。
もっと大きく、もっと古いもの。
「グランド・オーシャン」
畏敬を込めて、フランシスが彼女を呼んだ。
その意味は“偉大なる海”。
そう、彼女は海だ。
生命が産まれ、生命が還る場所。
自分たちよりも遥か昔からこの世に息づく存在。
我らは命あるものは全て、彼女の御手に抱かれているのだ。
「どうして、お前が、此処に……」
我知らず、アーサーは呟いていた。
その声に彼女はちらりと目をあげた。
白い肌の、恐ろしく美しい貌。
瞳は星の溶けた夜のように光る黒だった。
彼女はすぐさまアーサーから視線を外すと、隣に立つフェリシアーノに言った。
「ねぇ、フェリちゃん」
「なぁに」
基本的に無表情なはずの彼女は、そこで満面の笑みを浮かべた。
アーサーでさえ滅多にお目にかかったことのない、とびっきりの笑顔だ。
俺以外にそんな顔すんなと怒鳴りたくなったが、それより早く彼女は口を開いていた。
「イカ墨パスタおかわりください」
彫刻のように綺麗な手にあるのは、大きな皿と銀色フォーク。
そこでアーサーは悟った。
どうしてお前が此処にいる?
その答えはこうだ。
「お前……っ、パスタに釣られてこんなとこまでやって来たのかよ!!」
今度も我知らずに、アーサーは力いっぱい叫んでいた。
その横でアルフレッドが小さく舌打ちをしたことは、誰にも知られることはなかった。
初っ端からアーサーがご立腹です。ホントちょっと落ち着けと言いたい。^^
とりあえず今回の話では、みんなに海面上昇問題について話し合ってもらいたいと思います。
さっそくアルフレッドが不機嫌になっていますが気にせずにいきましょう。(笑)
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