グランド・オーシャン。
偉大なる海、大洋の化身。
けれどその興味関心は、呆れるほどに人間らしかった。
世界限定!Ocean会議
Track.2
「おかわり」
とびっきりの笑顔でもう一度頼めば、フェリシアーノは眉を下げて苦笑した。
「ごめんね、足りなかった?」
「しばらく家で眠っていたから。物を口にするの久しぶりなんです」
「そっかぁ。じゃあたくさん食べなきゃね」
何だか二人で納得して勝手に厨房のあるところまで行ってしまいそうな雰囲気だったので、ルートヴィッヒが厳しい声を出した。
「待て待て待て待て!食事は後だ、会議が先だ!!」
彼は極めてもっともなこと言ったのだが、があまりにも以前通りだったので他の者は気が緩んだらしい。
フランシスが身軽に近づきながら笑った。
「相変わらず食い意地張ってるねぇ。そんならお兄さんも何か作ってあげようか」
「ほ、本当ですか!?フランシス最高!ステキ!今日も顎に散ったおヒゲが光り輝くようですよ!!」
「誉めるところヒゲだけかよ……」
おいおいとうなだれる彼の横から王も顔を出した。
「そんなに腹が減ってるなら我のカニも食うよろし。お前のところで採れたやつある。いつも海の幸を恵んでくれる礼ある」
「僕はウォッカしか持ってないなぁ」
胸元から出した酒瓶をイヴァンは弄んでいる。
彼女は余裕で酒の飲める歳なのだが、見た目は十代後半なのでどうにも勧めにくい。
だから振り返って菊に尋ねた。
「本田君は何か食べ物を持っている?」
「いえ、私は……。帰りに家に寄っていただけるなら海鮮料理をお出しできますが」
「行きます断然行きます!」
もろ手を挙げて即答したに呆れの視線が集まる。
どうやら本当に物を食べるのは久しぶりらしい。
彼女は人間の“娯楽”というものにとても関心があって、機会があればそれに首を突っ込みたがる。
元の性格はぼんやりしていると言っていいほどなのに、いったん興味を持つと、もう誰にも止められなかった。
特に食事には思い入れがある様子だ。
まぁ海には人が住んでおらず、“文化”としてそれを楽しむことができないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
自分たちだって、他国の料理を食すのは楽しい事なのだし。
「お前な……っ」
そこでようやくアーサーは声が出せた。
先刻の叫びは普通に流されてしまったので、もう一度話しかける機会がなかなかつかめなかったのだ。
「しばらく家で眠ってた、だぁ……?」
低く呻いてアーサーはに突撃した。
フランシスを蹴り倒し、王を突き飛ばし、イヴァンを押しのけ、正面を奪い取る。
菊はその前に空気を読んで後退していた。
それにも気付かないほどの怒りで、アーサーは叫んだ。
「何だそれは!最近姿を見せないと思ったら、ただ寝ていただけかよ!!」
「アーサー」
そこでようやく気付いたように名前を呼ばれた。
おいおいもう何度か目が合っていただろう、その反応はどうなんだ!
「何だよ、俺のことを見忘れたとは言わさねぇぞ」
「見忘れたかもしれません」
「よーしよく言った。光栄に思えよ、ブリタニアアタックをその身に受けさせてやる……!」
「ねぇ。背、縮んだ?」
「ちぢ……?」
いきなり言われてざっくり傷つく。
それはそうだろう。
紳士としては、女性に背のことを言われるのは屈辱だ。
「ち、縮んでねぇよ!!」
たぶん。
別に人間じゃないからそう簡単に変化しないはずだ。
でも彼女に言われたのはショックだったからちょっと涙目になる。
そんなことより、だ。
「どうして何ヶ月も連絡を寄越さなかった!!」
大声で言ったけれど、相手は驚く様子も戸惑う様子も見せなかった。
いつもの静かな目で見返してくるだけだ。
苛立ってその細い肩を掴む。
「俺からはお前のところに行けないのは知っているだろう!」
「そうですね。あなたの家は立派な国だけど、私の家はだだっ広い大海原」
「そうだ。俺は陸の上のものだから、海の底になんて行けるわけがない!」
「おかげで家庭訪問をされずにすみます。かなり散らかっちゃってるんですよね。アーサーのために片付けるのは面倒」
「それだっていうのに、お前は何も言わずに消えやがって……!」
「お茶会の約束を破ったことなら、あやま……」
「そんなことどうでもいい!!」
感情が昂ぶってきて、思わずに身を寄せた。
人外のものでしかない輝く黒い瞳に自分の顔が映る。
何とも切羽詰った表情だ。
「俺がどれだけ心配したと思って……っ」
怒り心頭のアーサーだったが、そこで何となく言葉を止めた。
何だか嫌な視線を感じる。
目だけで振り返ると、フランシスを筆頭に何だかすごくニヨニヨされていた。
そうしてようやくかなり恥ずかしい会話を交わしていたことに気がついた。
咄嗟にを解放して跳び下がる。
瞬く間に頬に熱がのぼった。
「か……っ、勘違いするなよ!お前を心配してたんじゃなくて、お前のために用意した茶葉が無駄になるのが嫌だっただけだ!わざわざ最高のを取り寄せたんだから……っ」
「へぇ。最高の茶葉をわざわざ?のために?取り寄せたわけかぁ、坊ちゃんは」
くそぅ、フランシスの奴ニヨニヨニヨニヨうざってぇ!!
「そ、それに!お前が音信不通になってから家の中が大変で!ユニコーンもピクシーも、お前が今度はいつ遊びに来るのかってうるさくって……!!」
「おいおい、会えない寂しさのあまり幻覚見てるよコイツ」
「完全に病気あるな」
「僕、いい病院知ってるよ。シベリアにおいでよ」
「恋の病は医術では治りませんよ」
「気合が足りん!そんなもの根性でなんとかしろ」
「ルートってば無茶言ってるー」
くそぅ、今度は全員が全員ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃうざってぇ!!
「と、とにかくお前のためなんかじゃないんだからな!全部俺のためなんだからな!わかったか!!」
何が“わかったか!”なのか自分でもよくわからなかったが、アーサーはに指先を突きつけて叫んだ。
頭から湯気が出そうに熱い。
もう何世紀も前からどうして俺はこいつの前でだけこんな風になるんだろう。
彼女はやはり動じない視線でアーサーを見つめていたが、ふいに髪を揺らして頷いた。
「わかった」
「え……」
「アーサーは縮んでない」
「はぁ?」
急に話題を前のものに戻されたので、アーサーは変な声を出してしまった。
そんなことは気にかけずにはてくてくと距離を詰める。
そして間近に見上げてきた。
「私が、大きくなったのよ」
言われてようやく気付いた。
以前と目の合う高さが違う。
確かにの身長が伸びているようだった。
アーサーがちょっと驚いていると、ふいにまた距離を詰められた。
「ほら。ね?」
あまりに近くて彼女しか見えなくなる。
不思議な色合いの髪は優しい水のようだ。
黒い眼が瞬いて、耳元に唇を寄せられた。
それは、以前の身長差では決してできないことだった。
「心配をかけてごめんなさい」
他の誰にも聞こえないように囁かれた途端、胸が燃えた。
思わず細い腕を掴む。
彼女の体はそれこそ水のようにひんやりしていて、熱くはない。
それなのに炎を灯す。
いつもアーサーの心を焦がれさせる。
「」
ようやくその名を口にできた。
次の瞬間だった。
ガァンッ!!
という激しい音が会議室に響き渡った。
アーサーは驚愕してと身を寄せ合ったまま、背後を振り返る。
そこには一人、輪から外れていたアルフレッドがいた。
いくつか椅子が倒れていて、そのひとつに長い片足を行儀悪く乗せている。
どうやらさっきのは彼が椅子をまとめて蹴倒した音らしい。
元兄としてアーサーはその暴挙を注意しようと口を開いた。
けれどアルフレッド本人に先を越された。
「それで?」
声はひどく冷ややかだった。
よく晴れた空色の双眸を細めて、アルフレッドはこちらを見た。
唇は弧を描いているが、表情はまったく笑っていない。
彼は一見無邪気な様子で言う。
「いつまで俺を無視しているつもりだい」
足を床に下ろして立ち上がる。
瞳は真っ直ぐ蒼い髪の少女に据えられていた。
その視線は氷のように熱のない鋭さに満ちていた。
「久しぶりに会ったんだ。アーサーなんかよりもずっとずっと、離れ離れだったんだから」
彼はこういう風に笑ったときが一番怖いのだということを、その場にいる誰もが知っていた。
「……俺に構ってくれなきゃダメなんだぞ、」
にっこりと微笑んだ顔は、それでもアーサーの記憶にある幼い彼を思わせるほど可愛らしいものだった。
アーサーに引き続きアルフレッドもご立腹。似たもの兄弟です。
次回はもれなくケンカ勃発です。
19歳の怒りをお楽しみください。^^
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