知らなかった。
笑顔がこんなにも腹立たしいものだったなんて。
● 笑顔の在処 EPISODE 3 ●
アレンの言葉を聞いた瞬間、はふいに確かな感情を抱いた。
それは彼の優しい笑顔に、柔らかい口調に、人々が感じるであろうものとはまったく別の想いだった。
金の瞳が輝く。
その燃料は“怒り”だ。
「そうやって、あんたは優しく他人を拒絶するんだね」
は意識的に声を押さえつけた。
そうしていないと今すぐ怒鳴り出しそうだった。
ぎくりと見開かれたアレンの瞳を睨みつけて、は言う。
「気持ち悪いと言ったはずだよ。その笑顔で誤魔化すのはやめてよ」
「…………………」
「私には通用しない」
は短く息を吐いた。
「あんなこと言われるのが普通?嫌われるのに慣れている?本気で言ってるんだったら今すぐ大爆笑してあげる。おもしろくない冗談でも、それくらいには、私は寛容だよ」
アレンは何か反論しようとしたようだったが、はさせなかった。
「大体あんたの意思なんて関係ないんだよ。私が凶暴娘扱いされたのはあんたのせいなんだから、責任をとって付き合ってもらうからね」
頭ごなしに決め付けてやる。
これくらい言わないと、アレンは折れそうになかった。
「………………………何ですか、それは」
アレンはもう例の笑顔を引っ込めていた。
に通用しないとわかったからか、単にそんな余裕がないからなのかはわからない。
けれど今の彼の不機嫌そうな顔は、先刻の笑顔より何倍もマシだとは思った。
単純にそのことに満足して、は笑った。
「つまり、ムカついたので殴らせろってこと」
「冗談じゃありませんよ」
「言ったでしょ。あんたの意思は関係ないの」
にやりと微笑むにアレンは少し黙った。
観念したかな、と思ったが彼はまだ言い募った。
「……………………いくら鍛錬とはいえ、女の子に乱暴なことは出来ません」
「なんだ、そんなこと」
やはり彼の根は紳士のようだ。
しかし乙女だとさんざん主張しても周囲の人間にはまったく女の子扱いをされていないにとっては、“なんだ、そんなこと”だった。
「女の子に優しいのと、男女差別は違うよ。ちなみに私 反対派」
「……知りませんよ」
「そっかそっか。あんたの言いたいことはよくわかったよ。だったら今すぐ」
は微笑んだ。
そして次の瞬間、床を蹴ってアレンの背後に回りこみ、抜刀の勢いで蹴りを繰り出した。
「その気にさせてあげる!」
目にも止まらぬ速さで背後をとられたアレンは、振り向くと同時に左腕での蹴りを防いだ。
驚きに見開かれた瞳がその衝撃に歪む。
は空中で腰をひねって、もう片方の足も彼の腹に叩き込んだ。
「……っ!」
さすがにそれは防ぎきれずに、アレンは体をずらすことによってダメージを最小まで減らす。
そしてすかさず腕を振り抜き、の足を打ち払った。
傍目には体勢を崩して頭から落ちるように見えたの体は、上半身が回転、床に両手をつく。
そのまま倒立の要領でアレンの顎を蹴り上げようとしたが、それは一瞬速く身を引いた彼にかわされた。
はその動きに思わず口笛を吹く。
そして両手で床を弾き空中で回転、軽やかに着地。息をつかせる暇もなく迫り、拳を繰り出した。
アレンは上半身を傾けて回避行動を取っていたが、は彼の動作に合わせて足を動かし、背中合わせになるようにしてくるりと回る。
ダンスを踊るような動作で再び背後を取ると、たんっと床を蹴って鋭い回し蹴りを打ち放った。
アレンは振り返って強襲した脚を受け止めたが、蹴りはまともに入り、その体は吹き飛んだ。
鍛錬場の壁にかなりの勢いで激突する。
部屋全体が揺れ、何人かが悲鳴をあげた。
「い……っ、て」
押し殺した声を漏らしながらも、アレンは倒れなかった。
そんな余裕がなかったのだ。
は再び瞬間移動のようなスピードでアレンに迫り、足を振るう。
アレンは身を低くして床に手をつき、体を回してその場から逃れた。
激しい音を立てての蹴りが壁にめり込んだ。
裂傷が波紋のように広がり、コンクリートが無残にも抉れる。
パラパラと降ってくる欠片を払いながらはアレンを振り返った。
「これでその気になった?」
にっこりと微笑んでやる。
それは表面だけのもので、先刻のアレンの笑顔の真似事だった。
彼はこの笑顔で本心を隠した。
優しく許して、去って行こうとした。
はそれが一番気に食わなかった。
アレンがここからいなくなる理由なんてどこにもないのに、他人のことばかりでそのことを認めようとしない彼に腹が立った。
あんなことを言われるのが普通?嫌われるのには慣れている?
(ふざけんな殴らせろ)
そんなわけがないと証明するために、は微笑む。
「いい加減、実力出さないとケガするよ」
アレンは心の準備の出来ていなかった攻防に息を切らしていたが、のその笑顔に唇を引き結んだ。
床についていた手を離して立ち上がる。
「………よくわかりました」
「それはよかった」
「手加減は無用みたいですね」
ぐいっと額の汗を腕でぬぐって、アレンは笑った。
それは腹の立つ例の笑顔ではなく、のよく浮かべる不敵な笑みに似ていた。
「僕は壁を蹴り砕く人を、女の子だとは認めません」
「それで?」
「そもそも忘れてましたよ。君は僕を初対面で殺そうとした危険人物でしたね。そんな人を一人前に女性扱いするなんて……」
アレンはふんっと鼻で笑った。
「どうかしてました」
それを見て、もアレンと同じような笑みを浮かべた。
「すごく腹が立つけど、今はそれでいいよ」
確かな自信を持って、は頷いた。
胸を張って、ここにいればいい。
そうする権利を彼は持っている。
それを知らないというのなら、見せつけてやるだけだ。
「勝負をしよう。あんたがここからいなくなる理由なんて、何ひとつないんだから」
アレンの瞳に、一瞬何かが閃いた。
それは驚きのようでもあったし、愉快さのようでもあったが、表情からは判断できなかった。
互いに不敵な笑みを浮かべて見つめ合う。
そうしていると二人の瞳は二色の星のようだった。
銀の少年は金の少女に頷き返した。
「いいですよ。勝負しましょう」
「女の子扱いは?」
「もちろんなしで」
アレンは首筋にかかった白髪を払いのける。
「言っておきますけど」
そして、唇の笑みを深めた。
「僕は強いですよ?」
その言葉を耳が捉えた時にはもう、アレンの姿が眼前に迫っていた。
はそのスピードに思わず微笑をもらす。
飛んでくる拳を首を傾けて回避。
わずかに頬をかすめたが、それでも笑みは押さえきれなかった。
「そうこなくっちゃ!」
こうして二人の勝負は始まった。
短い!私的にすごく短い!!
実は今回で二人のバトルは終わる予定だったんですけど、終わらなかったんで一旦ここで切りました。(汗)
どうにも長くなります。おまえらどれだけ戦う気だよ、みたいな。
次回で決着です。たぶん!
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