悲嘆に暮れる、水曜日の花嫁。
あなたがページを捲らなければ、彼は死なずにすんだのに。
3日間しか「あいしている」と言えなかったの、
ひどい話でしょう?
● マザーグースは放課後に EPISODE 2 ●
「は……、話を元に、……っ、戻そう……」
切れてしまった息を整えながら、アレンはを見やった。
右手を掴んで引っ張ってきた彼女も、上半身を折り曲げてぜいぜい言っている。
怒り狂ったフェルディの、普段からは想像できない剣幕の凄さに、つい二人は逃げてきてしまったのだ。
ようやく足を止めたのは校舎の裏手で、授業中というのを抜きにしても、人の通りの少ない場所だった。
もう使われていない古い焼却炉がぽつんと存在しているだけだ。
「そ、そう……っ、ソロモンの話、だ……」
最後に長く息を吐いて、アレンは何とか調子を取り戻す。
「彼が理事長の息子なら、僕たちが黒の教団の者で、任務のために此処に潜入しているって知っているの?」
「う、ううん」
も体勢を立て直しながら応える。
そのとき右手を一瞥されたけれど、アレンは気付かない振りで、ぎゅっ握り直してやった。
「……。私たちの正体を知っているのは、理事長とフェル先生だけよ。口外にしないよう教団側が要請したみたい」
「ふぅん……。じゃあソロモンが君に構うのは、単純に惚れているだけってことか」
明確な言葉にしてやれば、は意外そうにアレンを見た。
続いて怪訝に眉を寄せる。
「いや、それは違うと思う」
「頬にキスされておいて、何を言ってるんだか」
「あれはオプションみたいなもので」
「はァ?」
思わずイラッとした声を出せば、は口元をひん曲げた。
「彼には勧誘されてるだけよ」
「勧誘?何に?」
「黄金の午後のお茶会に」
意味がわからない。
そう思ってアレンが半眼になれば、疑われていると感じたらしく、は拳を握って力説した。
「だから私は断ってるんだってば。特待生でもないのに、そんなところ行けないってね」
「いや、まぁ、そうだよね……。どうしてソロモンは一般生徒の君を連れて行きたがっているの?」
「私が“捨てられた仔犬”だからよ」
ため息混じりのの言葉に、アレンはルイスの声を思い出す。
『ソロモンは捨てられた仔犬を放っておけない』
「……この学園は隠された名門校。それも王族や貴族も通う由緒正しき学び舎よ」
秋風に金髪を揺らしながらは語る。
「此処からは様々な偉人が輩出されている。科学者、芸術家、宗教家、国家の宗主までね」
「……けれど彼らは、表向き別の名門校出身だと偽って、絶対にこの学園のことは口にしない。何故なら」
「此処には、“居てはならない者”も、混じっているから」
それは例えば妾腹。
不倫相手との子供。
不幸な事件の末に誕生した子もいるという噂だ。
そんな名門一族に産まれてしまった、存在を認められない者たちを、受け入れるための場所。
それがこの“学園”だった。
「うかつに余所へやれば素性がバレてしまうかもしれない。だから皆はこぞって此処に入学させる。体裁だけは保って、一流の人々さえも通う、この“学園”へと」
元は修道院だったとの話だ。
異国から逃れてきた聖職者たちを匿おうと建てられたものらしい。
そのため山を越え、野を渡り、森を抜け、延々かけてようやくたどり着けるような辺鄙な場所にある。
秘匿とされるべき子供たちを隠す絶好のロケーションだった。
はじめこそ捨てられるように修道院にあずけられた彼らだったが、不幸な境遇をバネに様々な勉学に励んでいった。
なにせ、資金だけは豊富に出してくれる親ばかりだったのだ。
手切れ金とも呼べるそれが、施設を充実させ、教師陣を揃え、生徒たちを一流の紳士淑女へと育てあげた。
なかには“優秀な人材”として、養子というかたちでだが、元の家に迎えられた者もいるらしい。
出自よりずっと高貴な一族に嫁ぐことになった女性は、今でも女子生徒の憧れを集めている。
こうやって修道院は学び舎としての性質を強めていき、ついには正当な生まれの者まで入学してくるに至った。
正妻の子と妾の子が机を並べている光景も珍しくなかったという。
「けれど、当然のように差別が起こったのよ。嫡子は庶子を蔑み、親に愛された子供は親に捨てられた子供をいたぶった」
「だからルールが作られたんですよね。この“学園”だけの、特別なルールが」
アレンが言うと、は頷いた。
「そう。つまり此処の生徒は“誰もが出自を明かさない”」
卒業するまで自らを語る言葉の一切を封じる。
身元を探るような真似も許されない。
また、出自を理由とした差別を行った場合、厳しい罰を与えると規則は謳う。
「まぁ、詭弁だけどね」
はため息をついて肩をすくめた。
「全員で騙し合いをしているようなものよ。自分は神に祝福された正当な子で、両親から愛されていて、帰るべき暖かな家があるのだと、皆が当然のようにそんな顔をしている。自分たちの中に悲しい嘘つきが紛れ込んでいると知っていながら」
「……………………………」
「学生時代の交友関係が、将来に影響するのは、此処でも同じよ。特に家柄を背負う者には大きな意味を持つ。偽物か本物かきちんと見極めて付き合わないと、卒業後に痛い目をみることになるから」
「……何だか、随分と歪んだ考えですね」
「そうかな。保身は当然でしょう。約束された未来があるのなら、なおさらね」
アレンは苦々しく呟いたけれど、には首を振られてしまった。
その顔は無表情だった。
「此処では、いつだってそんな水面下の争いが起こっている。本物は本物を見つけるために。偽物は偽物だとバレないように。そして―――――――――――いつか“本物”になるために」
アレンが何となく繋いだ手に力を込めると、は視線をあげて微笑んでくれた。
「おかげで勉強、スポーツ、芸術にと、やたらと活発な学校になっているのよね。みーんなヤル気満々の努力家で」
風が強くなってきた。
の頬にかかった金髪を、アレンは優しく払ってやる。
「だからこそ、こんな厄介な学校でも、入学者が絶えないの」
親の意向だろうと、本人の希望だろうと、きっと同じなのだ。
あらゆる危険をものともせず、他では得られない一流の教養と人脈を得ようとする者だけが、この“学園”に入学してくる。
アレンからしてみたら、信じられないほど面倒な場所にも関わらず、だ。
「……ちなみに、特待生は何人くらいいるの?」
「今は十人もいないんじゃないかな」
「金ボタンは?」
「ソロモンひとりだけ」
そうなると、あの短時間であれだけの銀ボタンに会えたのは随分幸運だったといえる。
唯一の金ボタンであるソロモンまで登場したのだから、なかなかのものだ。
「ソロモンは」
は空気の流れに乗せるようにして言った。
「彼には、ね。わかってしまうみたいなの」
「何が?」
「目の前の生徒が、本物か偽物か……瞬時に見抜いてしまうのよ」
アレンはゆっくりと瞳を見開いた。
「……見抜いてしまう?」
「そう。そして“偽物”を見つけ出しては、手助けをしようとするの。……“本物”になれるように」
は磨かれた黒のローファーで地面の小石を軽く蹴った。
アレンの足元まで転がって来る。
靴先に当たってこつん、と可愛い音を立てた。
「もちろん、特待生になれる才能を持った者だけよ。そうじゃないと大きすぎるお世話だもの」
「まぁ……、確かに」
「そうやって見出されたのがメアリーよ。彼女の本当の出自は知らないけれど、いずれにしても、すでに将来は約束されたも同然。プロの音楽家として活躍していける。……例え帰る場所がなくったってね」
「……。つまり、同じように、君もってこと?」
「みたいよ」
アレンがちょっと混乱しながら訊くと、は珍しく言い捨てるような返事をした。
「確かに私は、そもそも出自を隠して生きてきた、紛れもない“偽物”だけど」
苛立ちでも呆れでもなく、困惑の滲む声を吐き出す。
「“本物”になれる条件が一切ない。メアリーみたいな才能なんて皆無だっていうのに。どうやっても諦めてくれないのよ」
弱り切った様子のを、アレンはじっくり眺めてみた。
前々から彼女は自身を過小評価する癖があるが、今回の場合は間違っていないように思う。
外見の美しさは関係ないとして。
勉強もスポーツも芸術も、どれも特待生というものさしで測れるものは持っていないだろう。
「しかも君、必死に目立たないように振る舞っているだろう」
アレンがずばりと言うと、は小刻みに頷いた。
「そうそう、そうなの!おかげで女の子も口説けやしない!!」
そこかよ!という突っ込みは面倒なので省略する。
アレンは手を顎に当てて考え込んだ。
「派手な金髪は三つ編みにして、目の色は眼鏡で隠してる。授業中はひたすら黙って座っていたし、女子生徒とも男子生徒とも親しくなりすぎていなかった。おまけに今日は、朝の一件以来まだ何も問題を起こしていない!」
「さっきフェル先生に怒鳴られたけどね……」
今度は耳が痛かったので無視する。
アレンは感心気味に呟いた。
「こんなに大人しいは初めて見たよ。……だからこそ余計にソロモンの勧誘理由がわからない」
「本当に」
はがっくりと両肩を落とした。
「“お前には特待生になれる素質がある”って、その一点張り。おかげでルイスに嫌われちゃった」
「それが理由?」
やたらと注目されがちなだが、此処ではあるだけの知恵を絞り、あらゆる衝動を抑え込んで、皆の関心から身を隠している。
アレンもフェルディに言い渡されたものだ。
目立たず、騒がず、速やかに任務を終えるようにと。
それが潜入調査を許された条件である。
だというのに、明確な理由もなく―――――――それもよりによって金ボタンのソロモンに、だ――――――――やたらと構われているが、ルイスはどうにも気に喰わないのだろう。
しかもソロモン自身に悪気がないとしても、彼の行為はを“偽物”だと告発しているようなものだ。
「出自を暴くのはルール違反じゃなかったの?」
「……ソロモンは理事長の息子よ」
「ああ……」
「唯一身元のはっきりしている、紛うことなき“本物”のソロモン……。此処はすでに彼の王国へと変わり始めている」
曇天の下での指先は少し冷たくなっていた。
「ソロモンの考えはこうよ。“才能のある者に生まれは関係ない”」
「つまり、出自を隠し立てするのでなく、才能を武器に堂々と振る舞えと?」
アレンは思わず呻くように訊き返した。
とても立派な考えだが、恵まれた者の言い分でもある。
なるほど、確かに彼の資質は、この閉じられた世界にこそ相応しいのかもしれない。
「メアリーの他にも、ソロモンの援助で“本物”になれた生徒は、校内外にたくさんいるのよ」
「実績はあるってことか」
「おかげで彼に目をつけられた、ってだけでみんなも注目してくれるわけ」
「ルイスさんのように反発する人は?」
「面と向かって言ってくるのは彼女だけかな。ソロモンに意見できる生徒はそういないし、他の特待生はあまり興味がないみたい」
「……つまり」
ちょっと頭痛がしてきてアレンは額を押さえた。
もう何だってこの人は、いつもこうなんだろう。
「ルイスさん以外からは、陰で嫌がらせされてるってこと?」
はもうひとつ小石を蹴った。
今度は跳ねあがってアレンの横を転がり過ぎていった。
「まぁ、それも青春よね」
あっけらかんと言われたけれど、アレンとしては頭の痛みが増すばかりだ。
「本当に……、君って人はどこに行ってもいじめられているんだから」
「サーカスでのことを言ってる?」
「そう、あのときと同じ。そこのトップに無駄に気に入られたおかげで、周囲のやっかみを買ったんだ。独占だよ」
「私には有り難すぎる。全部まとめて週末のバザーにでも出しちゃいましょ」
相変わらずのに、アレンは大きな吐息を浴びせた。
「まったく……どうりでなかなか帰ってこないわけだ」
そうこぼしてみせると、彼女は心外そうに唇を尖らせた。
「失礼な。公私混同はしてないよ。任務が長引いている原因はソロモンじゃなくて……」
はそこで一度口を閉じた。
どうやら、どこから説明したものか悩んでいるらしい。
エクソシストの仕事においては、いつも冷静で明快な彼女らしくない。
アレンは怪訝に思って話を促そうとしたけれど、その声は遠くからの呼びかけに掻き消された。
「おーい、!」
二人が同時に振り返ると、クラスメイトの男子がこちらに近づいてくるところだった。
何名かの生徒が彼の後ろに続いている。
「あれ?転校生も一緒か?」
アレンは名残惜しかったけれど、どうにも説明がつかないので、繋いでいたの手を離した。
「どうも、こんにちは」
「よぉ。まだ校内をまわっていたのか?こんなところまでとは随分と丁寧な案内だな」
「彼、ひどい方向オンチみたいだから。私も本気を出してるってわけ」
にやにや笑うをアレンが横目で睨みつければ、彼女は慌てて男子生徒に向かいなおった。
「そっちこそ、どうしてここに?まだ授業中でしょ?」
「ああ、それが訊いてくれよ」
話題を振ってやれば男子生徒は一気に喋り出した。
どうやら誰かに愚痴を聞いてほしかったらしい。
だからこそ、に声をかけたようだった。
「授業で使うはずだった教室が、一面これで埋まっていたんだよ」
彼は両腕で抱えていたゴミ箱を差し出してみせた。
あえて覗き込むまでもなく、溢れんばかりに入れられたものが、視界を一気に染めてしまう。
白。そして赤だ。
「何ですか、これ」
アレンはひとつを摘みあげて見た。
素材は紙だ。
何度か折り曲げて作られたそれは、どうやら鳥を形取っているようである。
実に簡素な紙細工、その胸のあたりには、何故だか赤いハートが描かれていた。
「クック・ロビンだよ」
男子生徒はそれでわかるだろうとばかりに言った。
「教室の床はもちろん、机の中や棚の上にまでバラ撒かれていたんだぜ。おかげで授業を中止して掃除をする羽目になったんだ」
「うわぁ……。イタズラを通り越して嫌がらせね。これだけの数になると」
「だろう?先生もカンカンでさ、全部燃やして来いって言うんだ」
「それで、ここに?」
「ああ。こっちの古い焼却炉も使わなきゃ、間に合わないよ」
ぶつくさ呟きながら彼は焼却炉に向かっていく。
後ろからやってきた生徒たちも、文句を言い交しつつゴミ箱を運んでいた。
どれも“クック・ロビン”と呼ばれた紙細工で満杯だ。
「火の点けかたはわかるの?」
「事務員を呼んできたほうがいいんじゃないか」
「そんなの適当でいいだろう」
「そうよ。これ以上、授業時間を無駄にしたくないわ」
皆は好き勝手に言いながら焼却炉の前にゴミ箱を置いて行った。
少し距離があるのを確認してから、アレンはに囁きかける。
「行こう。ここじゃ、話の続きができそうにない」
「そうだね……。その前に、それはゴミ箱に戻したほうがいいかも」
手に取ったままだった“クック・ロビン”を指差されて頷く。
彼らの目的がこれの焼却なら、勝手に持ち去るのはよくないだろうし、アレンから見てもただのゴミだ。
さっさと投げ捨ててしまおう。
そう思って歩き出した先で、男子生徒が焼却炉の扉に手をかけた。
「うん?何だ?やけに重いぞ」
彼は力任せにそれを引き開けた。
「なにか、引っかかってる?」
瞬間、パァンッと弾け飛ぶ音がした。
銀線が鋭くしなり、凶器となって、男子生徒の手を打ち据える。
彼の悲鳴と同時に、空気が不気味に軋んだ。
単調に、連続して、そして最後にそれは破壊音に変わった。
今日はもう三度目だ。
視界が不意に陰ったから、アレンは顔をあげた。
そして猛烈な速さで自分を押しつぶそうと迫ってくる“漆黒”を見た。
「アレン!!」
名前を叫ばれて心臓が止まりそうになった。
金髪が全速力でぶつかってくる。
そのまま体重をかけられて突き飛ばされた。
「ば……っ」
アレンは咄嗟にの腕を掴んで引っ張った。
おかげで二人はいっしょくたになって倒れ込む羽目になる。
アレンの肩が地面に激突、背中を打ち付けて、胸の上にの体が落ちてくる。
彼女の頭を抱え込んだところで、“漆黒”が土へと突き刺さった。
耳をつんざく衝突音。破壊の残響。空間が乱され、瓦解する。
「「……………………………」」
誰もが言葉を失ってそれを見上げた。
煙突、だった。
焼却炉の上に高く高く起立していた漆黒のそれが、根元からぱっきりと折れて地面へと落下し、墓石のようにその威容を突き立てている。
えぐられた土塊と、吹き飛んだ破片が、辺り一面に散らばっていた。
空が黒い。
舞いあがった煤が、執拗なまでに目の前を覆ってゆく。
ギィ、……。
男子生徒が開いた焼却炉の扉が、不気味な音を立てて揺れた。
その裏側に釘付けになる。
他は真っ黒になるほど煤だけだというのに、曇りひとつなく磨きあげられたそこには、奇妙な文字が書かれていた。
『Who'll be the parson?
“I,” said the Rook,
“With my little book, I'll be the parson.”』
「『誰が牧師になってくれる?』」
腕の中でがそれを読み上げた。
「『“私です”とカラスが言った』」
舞い落ちてくるこの燃え滓は何だろう?
が掴んでみせたそれは、どうやら旧約聖書のようだった。
「『ここに小さな本があるから、それで牧師を演じましょう』」
少しでも力を込めれば、ページはただの灰に変わる。
彼女の全身は煤で真っ黒になっていた。
空中に飛散したそれは、まるで羽を広げた漆黒の鳥のようで。
「これが理由よ」
が静かに囁いた。
指先で触れられて、アレンは自分がまだそれを握ったままだということ思い出す。
掌の中に封じ込めた白い紙細工。
胸を真っ赤に染めた駒鳥。
「クック・ロビンの復讐を止めるまで」
アレンから受け取った“それ”を、は力を込めて握りつぶした。
「私は教団には帰れない」
「なぁ、見てみろよ。ジル」
行儀悪く窓辺に腰かけたジャックは、カップを持っていないほうの手を双子の姉に向けて振ってみせた。
腕を桟にかけて身を乗り出す。
見下ろした先には黒の粒子。飛び交う怒号、悲鳴、戸惑いのざわめき。駆けつけてきた教師と生徒たちの群れ。
「また派手なことになってるぜ」
「知ってる」
嬉々とした声をあげるジャックにジルはすげなく返し、その細い指先で机上に伏していたカードをめくった。
続けて4枚。
そのうちの1枚を掲げてみせる。
「過ぎ去ったもの、破棄、荒廃。消えた火種。崩壊が災害を引き起こす。……古い焼却炉が倒壊したんでしょう」
「相変わらず見てきたかのように言うよなぁ」
ジャックはジルの告げた占術の結果を確かめるべく、ますます窓から顔を突き出した。
その首根っこを掴まれる。
乱暴に引っ張られたものだから、喉が締まって潰されたカエルみたいな声が出る。
「落ちるわよ」
「ルイスさん、苦しい……!」
ジャックの抗議を華麗に無視して、ルイスはガラス越しに地上を一瞥した。
どうやらジルの言った通りのようだ。
まぁ、わざわざ確認しなくてもその占術が外れるわけがないのだが。
それでも続いた彼女の言葉には、ジャックもルイスも驚きに振り返った。
「葬儀屋が必要」
ジルはぱさりとカードを投げ置くと、代わりにカップを取って紅茶を飲んだ。
「悲劇が起こったはず。ソロモン、手配を」
「死者が出たのか?まさか」
部屋の中央に据えられたソファーに腰かけたソロモンは、クッションに頬杖をついたまま身を起こそうともしない。
微笑を浮かべて窓際の二人に訊く。
「そこから確認してくれ。今回の被害者は死んだのか」
「う、うん……。でも、ジルの占いにそう出たんなら」
「待って」
口ごもるジャックの代わりに、ルイスが鋭く言った。
その調子にジルが顔をあげる。
不意に手を伸ばしてもう1枚カードを引く。
「星」
そして、わずかに目を見張った。
「星が、悲劇を、回避した」
「がいるわ」
ジルとルイスの発言が重なって、ソロモンは優雅な笑みを深めた。
それを控えめながらも不思議そうに見つめるのはメアリーだ。
彼女は皆の邪魔にならないよう、ソファーの隅に小さくなって腰かけている。
「ど、どうしてちゃんが……?」
「さぁ、何故だろうな。ただ状況から察するに、“彼女”がジルの占いを覆した。そうだろう?」
笑顔で問われてもジルは無表情のまま。
“星”のカードを指の間に挟んで鋭く空を切らせる。
真っ直ぐに飛んできたそれをソロモンは平然と受け止めてみせた。
「……彼女の光は鮮烈すぎる」
「確かに」
「不用意に近づけば、あなただって火傷を負うでしょう」
「本望だな」
「ソロモン」
「俺の役目だ。“ソロモン・シャフトー”の、果たすべき努めだよ」
ゆっくりと噛み締めるようなその言葉を背に聞きながら、ルイスは窓ガラスに手を這わせた。
蒼色の瞳で見つめるのは、無残にひしゃげた焼却炉と、地面に深々と突き刺さった煙突。
そしてその脇に立った、アレンとだ。
フェルディに事情を説明しているらしい金髪の少女を見下ろして、ルイスは苦々しく吐き捨てた。
「また、あの子」
いつも、いつだって、皆の視線の先にいる。
「それにしても」
ソロモンはまるで歌うようにして告げる。
「焼却炉の倒壊とは……随分とひどい音だったな」
銀ボタンの制服を身に着けた生徒たちに囲まれて、この学園のトップに座する少年は微笑んだ。
「“復讐”と呼ぶのに相応しい鳴き声だったぞ。クック・ロビン」
そうして、彼はメアリーの捧げ持つソーサーへとカップを戻した。
カツンッ、と軽やかな音が鳴る。
話の中で出てくる詩は、マザーグース『誰が駒鳥を殺したの?』の一部分です。
興味のある方はググってみてください。今後の展開にも関係します。
そんでもって、転校初日で死にかけるアレンさん。相変わらずのアンラッキーぶりですね!
オリキャラもぐいぐいきてます。ソロモンすかしてんなぁ、と書いてて思いました。
執筆中にもぞもぞした感では、『遺言はピエロ』のセルジュといい勝負かもしれません。
次回も危険なスクールデイズを楽しみますよ!よろしくお願いいたします。
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