ジャックとジルはとっても仲良し。
さぁ、二人で丘を登りましょう。
手を繋いで断頭台を昇りましょう。
首が転がり落ちるときだって一緒よ。
ね?
● マザーグースは放課後に EPISODE 7 ●
「わかりません……」
ぼんやりと天井を見上げたまま、メアリーは掠れた声で返答した。
ベッドに寝かされた彼女は、多少火傷をしていたものの、深刻な怪我は負っていない様子だった。
丸一日が経った今でも起き上がれないのは、恐らく精神的なダメージが原因だろう。
あれだけの炎に巻き込まれたのだ。
後遺症が残っていて当然である。
「アトリエで……ジャックくんを待っていたら……」
淡々としたメアリーの言葉を、サイモンとフェルディ、そしてエクソシスト達は聞く。
「急に目の前が真っ暗になって……それで……」
ベッドの向こう側に立った医者が小さく首を振ってみせた。
「それからは、……」
「わからないのだな」
サイモンが確認すると、メアリーはのろのろと頷いた。
瞬きさえ緩慢な彼女はそれでも謝罪を口にする。
フェルディが上掛けを引きあげて、メアリーの胸を優しく叩いた。
「いいのですよ。あなたは何も気にしないで、ゆっくりとお休みなさい」
サイモンも見舞いを述べると、ベッドの脇から立ち上がって踵を返す。
扉の前に立っていたエクソシスト達を促して、自分と共に病室の外へと追いやった。
後ろから出てきたフェルディが言う。
「あれだけ大きな火災だったのです。ショックで記憶が混乱していても仕方がありませんね」
「それとも、薬か何かを嗅がされたか……」
サイモンは自身の髭を撫でながら呻った。
「出火元を見たところ、あれは明らかな放火だ。犯人はジャック・フィッシャーの描いた絵を燃やすために、たまたまその場に居合わせたメアリー・フェアを昏倒させたのかもしれん」
「“たまたま”にしては、準備がよすぎませんか?」
が反論すれば、脇からフェルディに突っつかれた。
どうやら理事長に口答えするなと言いたいようだ。
ちょっと冷や汗をかきながらも続ける。
「偶然で意識を奪うような薬を持っていたとは思えません。もし常備していたとすれば本当に危険人物ですし、用意をして来ていたのならば立派な殺人未遂ですよ」
「確かにな」
空気を読まない神田が頷いて同意してくれる。
「あそこはジャックのアトリエだ。ならば犯人は、あいつにこそ邪魔されないように、薬を持ち込んだのかもしれねぇ」
「その上で火を点けたんなら、とんだキチガイの犯行さね」
ラビは嫌そうに顔をしかめてみせた。
左右に振る手には包帯が巻かれていて、きちんと火傷の手当てがされている。
それはと神田も同じだった。
「つまりジャックが……、まぁ今回の場合はメアリーだったけど。誰かが傍で焼け死のうが関係ない。絵を燃やすことが最優先だったってことだろ?」
「そこまでしてどうして……」
隣でアレンが呟いた。
彼がそれを避けたように思えたから、は自分で口にする。
「よっぽど私の絵が気に喰わなかったんでしょうね」
アレンが弾かれたようにこちらを見たけれど、はサイモンを見上げたまま目を逸らさなかった。
「お詫び申し上げます、サイモン様。事件の原因は我々にあります。あれは、教団へのあてつけに他なりません」
「……?何故そう言い切れる」
「放火の犯人が、クック・ロビンだからです」
はっきりと断言してやれば、アレンたちを含めた全員が目を見張った。
はスカートのポケットからそれを取り出す。
丁寧に折り畳んでいたハンカチを開いて、ほとんど燃えてしまった銀色を見せた。
「ジャックのアトリエの、火にかけられたキャンバスに、このパレットナイフが突き立てられていました」
指紋が付かないよう布越しに銀屑を裏返してみせる。
そこには乱暴な筆跡で文字が書かれていた。
「“Who'll carry the link?” “I,” said the Linnet,“I‘ll fetch it in a minute,I’ll carry the link.”(誰が松明を持ってくれる?“私です”とヒワが言った。“今すぐに取ってきて、私がそれを持ちましょう”)」
歌うような心境ではなかったので、瞳を伏せて一本調子に読み上げる。
「焦げてしまっていて前後は不明確ですが……読み取れる部分から考えると、『誰が駒鳥を殺したの?』の第八フレーズかと思います」
「それは、学園内で続いているイタズラの?その犯人が、放火をしたと言うのか」
「恐らくは」
はパレットナイフの燃え残りをハンカチで包み直す。
証拠品をサイモンに手渡して頭を下げた。
「私が教団の者だと知っていたのかはわかりません。しかし、クック・ロビンはイノセンスを盗んだ犯人です。それが引き起こす事件は我々へのメッセージでしかない」
「………………………」
「犯行はどんどんエスカレートしています。このままでは本当に死者が出てしまうかもしれない……。どうか寛大なる措置を。サイモン様」
「それは、学園から生徒たちを避難させろと言っているのか?」
真上から冷たい声を浴びせられて、はそっと目を閉じた。
何となく予想はできていた。
そして、本当はそれが自分たちにとって不利であるということも。
「それこそ犯人の思うつぼなのではないかね?イノセンスを外部に持ち出されたらどうする」
「……ごもっともな懸念です」
「大体君は何のために此処にいるのだ。自分たちの役目をもう一度よく考えてみたまえ。……二度と私の生徒が危険な目にあうことがないよう願っているよ」
サイモンの言は正論だ。
頭を垂れたままのを一瞥して、理事長は足早に歩き出した。
「私の息子をたぶらかしている暇があるのなら、早急に事件を解決してもらいたいものだな」
去り際に言い捨てられて、は全身が熱くなるような、血の気が引くような、奇妙な感覚を味わった。
乾いた唇を噛み締める。
フェルディもサイモンと一緒に行ってしまったから、神田が遠慮なく言葉を投げつけてきた。
「おい、どうしてクック・ロビンの仕業だと今まで黙っていた」
「……言うタイミングがなかっただけよ。昨日はみんな怪我の手当てと燃えた校舎の後始末で、それどころじゃなかったでしょ」
本当のことを言ったのに鼻を鳴らされてしまう。
不満げな神田の肩をラビがなだめるように叩いた。
「まぁまぁ、そう怒んなって。……も、もうちょいオレらに話してくれな?」
やたらとお兄さんぶられたから、は半眼になって口を尖らせた。
何よ、いつもはもっとダダをこねるくせに。
機嫌の悪い神田のためか、年下のアレンがいるからか、それとも此処が任務先だからか。
とにかく親友に向き直って腕を組む。
「学園の中じゃ伝えにくいんだもの。いつも他人の目があるじゃない」
「知るか。日本語で話せよ」
「アレンもいるのに?」
反射で返したら神田が盛大な舌打ちをした。
睨みつけられたアレンは肩をすくめてみせる。
「だったら部室に行きましょう。あそこなら」
「だめ。もうすぐ始業よ」
「……面倒だな」
が首を振ってみせれば、アレンは苛立たしげに前髪を掻き上げた。
その珍しい動作を眺めながら小さく囁く。
「とにかく、これ以上目立つわけにはいかないの」
何気なく歩き出しながら、三人とすれ違う瞬間に告げた。
「それが任務遂行の絶対条件で、ソロモンやルイスをかわす唯一の方法よ」
軽く振り返って微笑んだ。
「面倒だけど、協力してね」
仲間たちは揃って何とも言えない顔をした。
の申し出が嫌だというわけではないだろう。
ただ此処での任務が厄介で仕方がないのだ。
傷害事件の犯人捜索、盗まれたイノセンスの奪還。
その中で自分たちの正体を悟らせるわけにはいかない。
(絶対に)
は決意を新たにすると、前を見据えて朝の廊下を歩き出した。
その奇妙な感覚は校舎に入ってすぐに始まった。
遠巻きに指される指。絡みつくような眼差し。小さくかわされる声。
「燃やされていたのはあの子の絵らしいわよ」
「ねぇ、ジャックが目を離した隙に」
「放火だって?物騒だな」
「それより聞いたか。特待生たちが巻き込まれたって」
「ええ?どういうこと?」
漏れ聞こえてくる会話から、昨日の火事を噂しているのだと知る。
教室に向かうアレンとの姿を見つけた途端、それはさざ波のように一気に広がった。
名前も知らない生徒たちが面白半分の顔を向けてくる。
(本当に面倒だ)
アレンは胸中でため息をついた。
をちらりと見やる。
きっと同じ気持ちだろうと思ったのだけれど、彼女は何でもないような顔をしていた。
相変わらず平気な振りがうまい。
「昨日の火事のせいで、メアリーは医務室送りだ」
「双子の姿もないぞ」
「ルイスだって、部屋から一歩も出て来ないの」
「なによりソロモン様よ!学園内では手当てができないほどの重症で、わざわざ外の病院まで行かれたそうよ」
追いかけてくる囁きには一切応じなかった。
アレンもそれに倣おうと思ったけれど、どうにも難しい。
なぜ皆あんなにも無責任なのだろう。
それをひたすら口にして、関係のないところまで届けて、何がしたいのだろう。
共有、共有、共有。
そうして響き合えなかった者を弾き出す。
そのための生贄か。
僕たちは羊か。
もアレンも、能力や生い立ちのせいで、度々その役目を負わされてきていた。
「火事の現場には特待生と、日本語同好会の奴らがいたんだって」
「それはどうして?」
「何故なの」
「燃やされた絵のモデルが、現場に居ただなんて出来すぎだ」
彼らは分散された独裁者。
自覚のない悪意で晒しあげて、冷たい好奇心の刃で刺して、どこから血が流れるのかを楽しみに待っている。
「案外、本人が火を点けたんじゃないか?“ソロモン様に選ばれた私は、もっとずっと美人よ”ってな!」
そこで限界が来たアレンは、横手の壁に拳を打ち付けた。
途端にぴたりと噂話は止んだ。
凍りついたような時間の中で、相変わらずだけがいつも通りだ。
「びっくりした」
アレンを振り返って首を傾げてみせる。
「なに?急に」
「何でもない。手が滑っただけ」
先刻「協力してね」と言われたばかりだから、アレンは目を伏せると頭を振った。
握り込んだ拳を無理やりほどく。
「殴る相手を間違えました」
「そう」
はアレンの手を取ると、打撃で赤くなった部分を撫でた。
すぐに離して前に向き直る。
「怪我しちゃダメよ。今日も日本語の書き取りしないといけないんだから」
「ああ、それ。忘れてた」
「ええ?手紙も?」
「ごめん。授業中に書く」
「それはそれでちゃんとは聞いておかないと。次のテストで泣きをみるよ」
どうでもいい話を続けた。
歩くスピードも変えなかった。
が俯かなかったから、アレンも一緒になって微笑んだ。
振り返らずに自分の教室に入れば、今度はクラスメイトたちに取り囲まれる。
「おはよう!いろいろ大変だったみたいだな」
「大丈夫?怪我してない?」
「ねぇ、一体何があったの」
「みんな気になってるんだ。教えてくれよ」
多少付き合いがあるだけあって、彼らは真正面から問いかけてくる。
遠くでコソコソやられるのも難だが、これはこれでどうしたものだろう。
とにかく正直には取り合えないので、アレンは誤魔化しの笑顔を浮かべた。
そうして続きを失った。
「昨日からルイスが塞ぎこんでいるようなの。何故だか知らない?」
心配顔の女子生徒に訊かれて、開きかけていた唇を閉ざす。
ルイス。ルイスさん。
そう、彼女に見られたんだ。
アレンは無意識の内に左手を背中へと隠した。
その直後、後ろからそれを強く握られた。
「!?」
本気で驚いて返り見れば、綺麗なつむじが目に入った。
艶やかな亜麻色の髪。俯いた顔にはガーゼが貼ってある。
首にも包帯が巻かれていて、全部庇ったつもりでいたけれど、火傷を負わせてしまったのだと知って申し訳なく思った。
「……ルイスさん?」
ともあれ、どうして彼女は黙り込んだまま、僕の左手を掴んでいるのだろうか。
「おはよう、ルイス」
クラスメイトが口々に挨拶をした。
ルイスは動かない。アレンを捕まえたまま、その場に立ちつくしている。
「どうしたの?まだ調子が悪いの?」
「今日は授業を休んだほうがいいんじゃないか」
「あら。こうして出てきたってことは、もう大丈夫なんでしょう?」
「だったら話してくれよ。昨日のことをさ」
クラスメイト達がそんなことを言い出したので、が間に割って入ろうとした。
ルイスが左手について語るのではないかと危ぶんだのだろう。
そうなればもう仕方がないと思って、アレンはただ栗毛の少女を見下ろす。
「なぁ。あの火事はが消したっていうのは本当か?」
そんな噂まで流れていたのか。
アレンは驚いて目を見張る。も当人すぎて咄嗟に応えられないようだった。
「それは」
「違う」
違う。そう否定しようと思った。
摘発されるのなら僕だけでいい。
けれどはっきりと断言したのは、アレンでもでもなく、ルイスだった。
「違うわ。私は炎から逃げ遅れたけれど、そのときの姿なんて見なかった」
嘘を嘘とも思わせないような口調でルイスは言い切る。
ようやく顔をあげた彼女は、いつものように強気な笑顔を浮かべていた。
「冗談でもやめてよね。こんな鈍くさい子に何ができるっていうの?」
「でも、ルイス」
「現場に居たのだけは本当よ。炎があがったとき彼女は理事長先生たちと一緒だったわ」
「理事長先生と?どうして?」
「さぁね。どうせお説教でもいただいてたんでしょう」
ルイスはを一瞥して、軽く鼻を鳴らしてみせた。
「あなた達、随分と馬鹿馬鹿しい噂をしているのね。いくらなんでもを持ち上げすぎよ」
片手でさらりと髪を流してみせる。
「この子には放火なんて大それたことをする度胸はないし、火事の現場で機敏に動けるほど賢くもないわ」
さすがに言い過ぎだろうと思ったけれど、何か言うより早くに左手を握り直された。
もしかして。
もしかしてこれは、ルイスなりの気遣いなのだろうか。
そんな考えに囚われている内にも彼女の言葉は続いていた。
「ソロモンが目をかけているからって、みんな期待しすぎなんじゃないかしら。言いふらすのならこちらにしなさい。“ルイスを炎から救ったのは、転校生のアレン・ウォーカーだ”ってね」
「ちょ……っ」
いきなり名前を出されて、慌てて止めに入ろうとしたアレンは、ルイスにぎゅうと背中を抓られた。
痛い。
「本当に素敵だったのよ。燃える柱の下敷きになりそうだった私を、身を挺してたすけてくれたの。まるで王子様みたいだったわ」
いやいやいやいや。
アレンが高速で右手を振ってみせても、周囲は感心の声をあげて続きを促す。
ルイスも満面の笑みだ。
「なんて出る幕はないわ。あのとき私と彼は、二人で窮地から脱出したのよ。ねぇ、アレンくん」
おいおいおいおい。
アレンは相当突込みたかったけれど、ルイスが抓ってくるので情けない笑顔を浮かべるしかない。
「昨日は本当にありがとう」
「い、いえ……」
「お礼をさせてね。今日の放課後、時間をちょうだい」
「はぁ……」
「二人きりで話をしましょう?」
そこで不意にルイスは双眸を細めてみせた。
アレンにぐっと唇を近づけて、吐息ほどの音量で告げる。
「二人きりで、内緒の話を……ね」
気のせいだろうか。
ルイスの顔から笑みが消えた気がして、アレンはぎくりと目を見張った。
いつも間にか腕が粟立っている。
左手を捕捉している彼女の指先。
骨が軋むくらいに力を込めてくる。
唐突にそれを開放して、ルイスは自席へと足を向けた。
口の重いアレンやよりも、軽やかに話す彼女のほうへとクラスメイト達が流れてゆく。
周りに誰もいなくなったのを確認してから、が囁きかけてきた。
「アレン、気を付けて」
何となく返事ができなくて、視線だけを金髪へやる。
「ルイス……何か考えているのかも」
「……昨日のことで?」
アレンは痛みの残る自身のそれを握り締めた。
「僕の左手のことで?」
もしそうなら、きっと僕は弾かれる。
秘密を暴かれ、反論も出来ずに、非難を受け入れることになる。
任務のために留まることはできても、一度失った信頼は取り戻せないだろう。
ルイスはアレンに疑念の目を向け、それは皆にも伝播するはずだ。
「ごめん。これでますますソロモンたちをかわしにくくなるね」
の癖を真似してみた。
眉を下げた微笑み。
けれどは笑顔を返さず、ただ疼くような左手を繋いでくれた。
「バカ言わないで、アレン」
は首を巡らせて談笑中のルイスを見やる。
その髪に降り注ぐ朝の光。
金色が眩しくてアレンは瞳をすがめた。
「あなたの優しさを非難させたりしないわ」
絶対に、と当たり前のように続けられたから、アレンは早く授業が始まらないかなと思った。
チャイムが鳴ったらすぐさまノートを広げよう。
ページいっぱいに、思いつくだけの表現で、ひらがなを書きつけよう。
そうしてに渡す手紙を完成させるのだ。
日本語では何ていうんだっけ?
そう。“恋文”を、だ。
「あら。ひとり?」
放課後の教室で窓の外を眺めていたら、扉が開く音と共にそう訊かれた。
アレンは頬杖を解いて振り返る。
陽の傾いてきたせいで顔に影を落としたルイスが、ドアに手をかけたままこちらを見ていた。
笑みはない。まったくの無表情だ。
だからこそアレンは苦笑した。
「のことを言ってるんですか?」
「そうよ。意地でも同席するかと思っていたのに」
ルイスはひとつ頷いて、後ろ手でドアを閉めた。
音を立てて鍵をかけると教室を斜めに横切ってくる。
「……僕の招いたことですから」
「ふぅん。ま、あの子がいたとしても無理やり追い出すつもりだったけどね」
独り言のように呟くルイスにアレンは思う。
は。
彼女はこの場に居たがったけれど、僕が駄目だと言ったんですよ。
君はルイスさんに良く思われていないから。話がこじれると困るだろう?
そんな言い訳を口にして、強引に遠ざけたんです。
は僕が非難されるのは嫌だと言ってくれたけれど、同じくらい僕は彼女が罵られるところを見たくなかったから。
「ルイスさん。のことは」
「安心しなさい」
アレンが口を開けば、当たり前のように返される。
「あの子のことはどうでもいいわ。私は黒い光なんて知らない。きっと炎が見せた幻でしょう」
淡々と言いながらカーテンに手をかける。
ルイスは一気にそれを引いて窓の外から教室内を隔離した。
薄暗くなった空間でアレンは微かに眉を寄せる。
ルイスはこちらの懸念を潰すように、“は関係ない”と告げてきた。
どういうことだろう?
確かにアレンもの能力なら誤魔化せると踏んでいた。
光の刃は実体がない上、あまりの速さから目にも留まらない。
気のせいです、見間違いですよ。そうと言ってしまえば、ルイスの非難は全て自分に向けられるはずだ。
の光刃は証拠が残らないのに比べて、アレンは手袋を取ってしまえば一目瞭然。
例え発動させなくても、その異様さから言い逃れは難しいだろう。
だったらそれでいい。あのときルイスに悲鳴をあげさせた原因は、間違いなく自分の醜さで、は一切関係ないのだから。
(けれど、まさかルイスさんからそう言い出すだなんて)
を庇うことだけを考えていたアレンは、拍子抜けした気分で肩の力を抜いた。
こうなったら投げつけられる言葉を素直に受け入れるだけだ。
怯えさせてしまった手前、彼女には自分を追及する権利がある。
「あんな嘘つき、相手をする気にもならないわ」
ルイスが低い声で吐き捨てた。
アレンは一瞬意味を捕らえそこねる。
嘘つき?誰が?
……が?
「アレンくん」
カーテンから指先を離して、ルイスがこちらに向き直る。
やはり笑みはない。その美しい顔。
まるで人形みたいだ。
彼女はグローリアに似ているけれど、に通じるものもあった。
それはいかに彼女たちの表情が魅力的かを物語っている。
「私があなたを呼び出した理由がわかるかしら」
「昨日のことでしょう?……いいですよ。僕のことなら、好きに言ってくれて」
「随分と潔いのね。誤魔化さないの?弁解もなし?」
「そういうのは得意じゃないので。何より、あなたを怖がらせました。言い訳のできる立場じゃありません」
「……そう」
そこで不意にルイスは微笑んだ。
何だか満足気なそれに、アレンはまた眉を寄せる。
本当に彼女はどういうつもりだ?ちょっと話が見えなくなってきた。
てっきり僕の左手を言及してくるかと思っていたのに。
きつく問い詰められると予想していたアレンは、ルイスの様子に戸惑いを覚え始めていた。
「ルイスさ……」
呼ぼうとした名前を途中で止める。
口を開けたまま目を見張る。
ルイスが無言のまま胸元のリボンを解いて、制服の前を大きく開いたからだ。
それがあまりに素早く躊躇いのない動作だったから、すぐには頭が追い付かなくてアレンは硬直した。
下着の淡い色が覗いたところでようやく我に返る。
慌てて立ち上がれば椅子の脚が床を擦って嫌な音を立てた。
「ルイスさん……!?何を」
「黙って」
制止の意味を込めて言えば、ぴしゃりと叩き返された。
アレンは視線を左にやる。カーテンの閉められた窓。
続けて右を見る。鍵のかけられた扉。
まったくの密室だ。
此処に呼び出されて閉じ込められた。
二人きりの空間で、少女が服を脱ごうとしている。
予想外の展開にアレンはとにかく目を余所へやったまま考える。
これが花街のお姉さんとかなら一ミリも動じずにかわせる、けれど、……。
「アレンくん。見て」
ルイスが言った。
アレンはどうするべきか迷った。
頬を赤らめるような意味ではなく、どちらかというと顔を青くするような心情で。
「早く。寒いわ」
ルイスが促したからアレンは覚悟を決めた。
何故なら彼女の声に媚びた色が滲んでいなかったからだ。
その予想は大いに当たっていて、目をあげたアレンが見たのは、羞恥を呼び起こすようなものではなかった。
今度こそ蒼白になりながら、アレンはルイスに問う。
「それ、は……?」
ルイスは後ろを向いていた。
光るように白さだった。
滑らかな肌に触れれば、溶けてしまうのではないかと錯覚する。
肩甲骨が小さな翼のように愛らしく浮んだ、そこに。その背中に。
無数の傷が刻まれていた。
皮膚を無残に割り、赤黒く引き攣らせ、醜く体を歪ませている。
あまりに痛々しい暴力の痕に、アレンは言葉を失った。
だってルイスさんは、こんな名門校に通えるくらいの、お嬢様なんだろう?
それがどうして。
「言っておくけど、同情してほしいわけじゃないわ」
ルイスはさっと衣服を引き上げた。
それは傷を隠すためというよりは、寒さに耐えかねてのようだった。
そういう振りをしているように、アレンには感じられた。
「ただ、見てほしかっただけよ」
ルイスは脱ぎ捨ててあったブレザーに手を伸ばし、ポケットから何かを取り出そうとした。
強張った指先がそれを取り落としたから、アレンは咄嗟に歩み出て彼女より先に拾い上げる。
ハンカチだ。赤い糸で“L”と刺繍されている。
けれど何だろう。
何か、濡れている?
「返して」
ひったくるようにしてアレンからハンカチを奪い返すと、ルイスはそれを自分の口元に押し当てた。
何度か呼吸を繰り返す。
まるで布地に染み込んだものを吸い込むように。
「……母からもらったハンカチよ」
少しの間のあと、ルイスは再びアレンに背を向けた。
「これがないと、見せられないと思って」
「……背中の傷を?」
「ええ、格好の悪い話だけどね。……私の母は伯爵の正妻だったわ」
彼女は大きく息をつくと、ハンカチを握り込んで話し始めた。
「そう、私は伯爵家の娘よ。女だから家は継げないけれど、将来は然るべき相手の元に嫁ぐことになるでしょう。間違いなく爵位持ちの夫人になるわ」
自慢するでもなく、当たり前のことのように続ける。
「何の不自由もなく生きてきたの。母親譲りの美貌と、天性の才能と、財産のある家を持ってね。両親は私を愛してくれたわ。今もそう。暖かな家族が故郷で帰りを待っている」
アレンはただルイスの後ろ姿を見つめる。
今はもう、白いブラウスで隔たれた、彼女の傷跡を。
「愛して、愛して、愛して、……愛され過ぎたのかしら」
ルイスが俯くから亜麻色の髪が流れた。
衣服だけでは足りないとでもいうように、アレンの視線から彼女を守って背面に散る。
「母は父を尊敬していたけれど、昔の恋人が忘れられない、可哀想な人だった。二人の関係を知った父は怒り狂ったわ。相手の男を破滅させ、母を屋敷の一室に軟禁したの。それがどうしてあんな、ねぇ」
ルイスの肩が揺れた。
どうやら笑ったようだった。
声を出さなかったから、アレンにはただ震えたように見えた。
「閉じ込めておくなら徹底的にそうしていたらよかったのに。詰めが甘いのよ。なぜ凶器になるような物を渡したのかしら」
ひとしきり笑ったあと、ルイスは長い吐息をついた。
「母はナイフで自分の喉を突いたわ。それでも死にきれなくて窓から飛び降りたの。背骨が真っ二つになった遺体は、それはもう悲惨なものでね」
淡々と続けられる話を、アレンはじっと聞いていた。
言葉が見つからなかった。
何かを言う気もならなかった。
ただルイスの腕が粟立っているのに気が付いて目を伏せた。
「……母が自殺してから、父はおかしくなってしまったわ。表面上は以前のまま、優しく穏やかな伯爵を演じているけれど。私と二人きりになると駄目」
彼女は自身の細い体を抱きしめた。
「私は母の生き写しなのよ。毎晩父はあの人のいた部屋に、幼い私を閉じ込めた。そうして母が喉を突いたナイフで、その砕け散った背骨の代わりに、私の皮膚を切り刻んだの。愛しているよ、愛しているよ……そう繰り返しながら」
アレンは制服のブレザーを脱いだ。
ルイスがあまりにも寒そうで、もう見ていられなかったからだ。
「母の自殺をなかったことにするように、父は私の体を使って救いを求めた。受け入れるしかなかったわ。……愛していたから。そして愛しているからこそ、このままでは駄目なのよ。私が何とかしないと」
そっと近づいて肩に上着をかけようとすれば、ルイスは弾かれたようにアレンから離れた。
向かい合った彼女が睨み付けてくる。
目の前にいるアレンではなく、何か別のものを睥睨している。
「精神に異常をきたした父では、いずれ伯爵家を支えられなくなる。兄たちも頼りにならないわ。何としてでも私が援助してくれる家に嫁がなければ」
傷跡を隠しただけでルイスの制服は乱れたままだった。
彼女だって気づいているだろう。
それでも肌を露出したまま、胸元を庇うこともせず、ひたすらに言葉を続ける。
「そのためなら何だってするわ。私は美しいもの。演じる力があるもの。みんなを魅了して、夢中にして、その中から一番の人を選んで結婚するの。父をたすけるのよ」
アレンはルイスに自分の上着を差し出した。
彼女は首を振った。
何度もそうして栗毛を乱す。
「それだけが目的で学園に来たのよ。此処で超一流の男性を捕まえる。誰にも邪魔はさせない。他の女なんか見させない。この舞台でヒロインを演じるのは私。なんかじゃないわ!」
掠れた声で叫んだあと、ルイスはハッと息を呑んだ。
自分の唇をハンカチで押さえて深く俯く。
また何度か呼吸を繰り返した後、落ち着きを取り戻した調子で言った。
「ごめんなさい。余計なことまで話してしまって」
「……どうして、僕に?」
アレンはもう一歩近づいて、ルイスにブレザーを押し付けた。
仕方なく受け取った彼女は居心地悪そうに顔を逸らす。
「背中の傷を……見せなければと思って」
「?それはどういう……」
「私、あなたの左手を見てしまったから」
目を瞬かせたアレンを一瞥して、ルイスはそっぽを向いたまま続けた。
「見せたくなかったんでしょう、本当は。それを私をたすけるために晒してくれたんだもの」
「え、えっと……。だから……?」
「だから、私も見せたくないものを晒した。これでおあいこにしてちょうだい」
意味がわからない。
アレンが困った顔をしていると、ルイスはその鼻先に指を突きつけてきた。
「昨日から悩んで悩んで、悩み抜いた結論よ。あなただって一方的に秘密を知られているのは嫌でしょう?」
「は、はぁ……」
「命を救ってくれた相手を不安にさせておくだなんて、そんな恩知らずなことはできないわ」
「……つまり、ルイスさんは、僕の左手を見てしまったお詫びに、自分の背中を見せてくれたってことですか?」
「お詫びっていうとちょっと違うんだけど?……まぁ、とにかく!これでお互いに弱みを握ったわね」
妙な言い回しに首を傾げながらも、アレンは頷いてみせる。
確かに二人は秘密を見せ合った。
「あなた、私の傷を誰かに話すつもりはある?」
「まさか」
「どうもありがとう。お返しにあなたの左手のことは他言無用にするわ」
「……どうも、ありがとうございます」
「はい、これで貸し借りチャラよ。よかったわね?バレた相手が私で」
ルイスはそう言うとアレンのブレザーを放り返した。
結局一度も役立ててもらえなかったそれを受け取って、アレンは少しの沈黙の後で微笑んだ。
思わず笑みを漏らしてしまった。
「なぁに。何か文句でもあるの?」
「いいえ」
喧嘩を売るように訊かれたから、きちんと首を振っておく。
だって口にしたら本気で怒られそうだ。
ルイスさんって、意外とに似ていますね。なんて。
そんなことを考えて微笑していたら、ルイスは怪訝そうにこちらを見てきた。
「どうして笑うの」
「何でもありませんよ」
「変な人。……ま、私もあなたが相手でよかったわ」
そこでルイスは吐息をつくように微笑んだ。
「傷跡を見せるには、それなりに勇気がいるしね。……全部話すつもりはなかったんだけど……。どうしてかしら。初めて人目に晒したからかしら」
一歩を踏み出して、アレンの顔を覗き込んでくる。
「それとも、“あなた”だからかしら」
「……ルイスさん?」
間近で細められた蒼い瞳。
その奥に光が煌めいた気がして、アレンは瞬きを繰り返した。
だって此処はカーテンを閉め切った室内だ。光源はない。
あるとすれば、それは少女の内側だ。
「ねぇ、アレンくん」
頬に手が伸びてきて、指先が触れたときには、柔らかな肢体がしだれかかってきた。
避ければルイスは倒れるだろう。
咄嗟に受け止めたアレンを見つめて彼女は囁く。
意識を奪い取る、甘い女優の声で。
「恋愛と結婚って、べつものよ……ね?」
唇に触れる吐息からは、淡い花の香りがした。
扉が開く音がしたから、はハッと顔をあげた。
壁から背中を離してきちんと立つ。
廊下の向こうに視線を投げれば、アレンが教室から出てくるところだった。
声をかければ怒られるだろうか。
はらしくもなく考える。
ルイスに呼び出しに同席したいと言ったのに、アレンは頑としてそれを拒否した。
折り目正しい彼にはそんな不作法なことができないのだろう。
何より、あのとき同じく能力を晒してしまった自分を庇ってくれているのだと、は当たり前のように気が付いていた。
だからこそこうやって二人の話が終わるのを待っていたのだ。
間違っても会話が聞こえない場所……教室からしばらく歩いた廊下の先で、文庫本を片手に何度時計を見たことか。
詩集の内容は頭に入ってこず、結局同じページを眺めただけで終わった。
ようやく出てきたアレンに、やはり心配が先だって、叱られても構わないと思う。
は小走りに駆け出して彼の元に行こうとした。
それを亜麻色の髪が遮った。
ルイスだ。
彼女はアレンの後ろから飛び出してくると、その腕を強く掴んで引っ張った。
力づくで自分のほうに振り向かせる。
そうして彼の両頬に手を添えると、つま先だって口づけをした。
「…………………………」
は足を止めた。
目の前の光景の意味するところがまったく理解できなかった。
あの二人は何をしているの?
顔を向け合って、唇同士をくっつけて、どうしたっていうの?
あまりに予想外のことが起こったので、はあれは何か新しい遊びだろうかと、バカなことを考えた。
それを裏切るようにアレンがルイスの肩を掴む。
「駄目ですよ」
「あら、足りないわ。もっと」
呆れを含んだ声で制止するアレンに、ルイスはにっこりと微笑んで再び唇を寄せた。
軽く触れ合わせたあと、首に腕を回して引き寄せる。
「もっと頂戴」
今度は深い口づけが交わされて、粘膜が探る音が聞こえたから、は背筋に寒いものが走るのを感じた。
自分でも驚くほど総毛立つ。
思わず身震いをすれば、手から文庫本が落ち、音を立てて床に転がった。
「」
ようやくこちらに気が付いたアレンが、驚いたように名前を呼んできた。
さっきまでルイスに触れていた部分で呼ばれた。
何だろう、これ。変だ。
「どうして……。ああ、僕を待ってたのか」
「私が呼びだしたと知っていながら?とんだお邪魔虫ね」
アレンの言葉に被せるようにしてルイスが言った。
のほうへ歩き出そうとしていた彼を強引に引き止める。
その腕に抱きついてに冷笑を浴びせた。
「こういう事態になるって予想もできなかったの?子供じゃないんだから気を利かせなさいよ」
「ルイスさん」
アレンはたしなめるように彼女を見やった。
視線がから外れる。
だから、何なのこれ。誰か教えてよ。
「僕は断ったじゃないですか。離してください」
「馬鹿ね。一度フラれたくらいじゃ諦めないわよ。私が本気だってこと教えてあげるわ」
そこでルイスはもう一度迫ったけれど、アレンは首を傾けて回避した。
困り顔で言い含める。
「僕だって本気ですよ。駄目なものは駄目です」
「いいじゃない。好きだからキスするのよ。あなただってあの子にしてるんでしょう?」
そう、キスだ。
アレンとルイスがしていたのはキスだ。
ようやくそれを認識したところで、はますます混乱した。
どうして二人がキスをするの?
「あなたがあの子を好きだと言うのなら、私はキスをして口説いて振り向かせるだけよ。何かいけない?」
「僕は以外を好きにはなりません」
「そんなのわからないじゃない」
ルイスは艶やかに微笑んでみせた。
アレンがその体を押しやったからようやく気付いたのだけれど、彼女の服装は乱れていて胸元が見えてしまっている。
はそのこと自体より、それについてアレンが何も言わないことに、緩やかな衝撃を受けていた。
いつもの彼なら何気なく目を逸らすとか、上着を貸して隠させるとか、とにかく何らかの対処をするはずだ。
それが今はルイスを真っ直ぐに見つめている。
「ルイスさん、こんな風に自分を安売りしてはいけませんよ」
「私の価値は私が決めるわ。あなたがそれに見合うと言っているのよ」
「それでも僕は」
「が好きって?あなたはどうなの?」
アレンの隙をついてその肩に寄り掛かりながら、ルイスはへと顔を向けてきた。
唇の笑みをそのままに、瞳だけで睨み付けてくる。
「あなたは彼のこと好き?私の好意が許せないかしら?」
文庫本を取り落としたまま固まっていた右手。
は痺れたようなそれを、意識して握りしめた。
駄目だ。力が入らない。
指先が重くて拳にならない。
こんなんじゃ、沈黙は打ち砕けない。
「アレンくん。大人しくキスされていなさいよ。あの子だって、好きでもないあなたからのキスを受け入れているのでしょう?」
ああ、そうか。
私は無意識の内に、アレンに疑問を持っていた。
どうして力づくでもルイスを拒絶しないのだろう。
けれど、それはがアレンにしていることと同じなのだ。
私は彼に何度かキスをされている。駄目だと言うだけで、拒み切れていない。
それなのにどうして、アレンを非難できると思ったの?
「そういうのって、優しさじゃない。ただの甘えよ。アレンくんだってわかってやっているのでしょう?あの子が考えなしの甘ちゃんだから、そこに付け込んでいるんでいるのでしょう?」
ルイスはふふっ、と声に出して笑った。
「いいじゃない。恋ってそういう駆け引きも大切だもの。ただね、」
彼女はアレンに寄り添ったまま、左の手袋に爪をかけた。
銀灰色の瞳がルイスを見る。
彼女も視線を返す。
ルイスが話しかけているのはなのに、見つめ合う男女の世界には存在していないかのようだった。
「アレンくんはちゃんとわかっていて、それでも突き飛ばせないくらいには、私に甘くなっているわよ」
ルイスはアレンの手袋を取った。
廊下に落とされたそれを拾いたかった。
けれどと二人の間には距離があって、その足は根が生えたように床から離れなかった。
「何にもわかっていないあなたとは違うの」
ルイスの綺麗な手がアレン秘密を握った。
彼は痛む場所に触られたかのような顔をした。
それでもルイスを振り払わなかったし、彼女も身を引こうとはしなかった。
「止めてください」
苦々しい口調でアレンが言う。
「僕がに卑怯なことをしているのはわかっています。けれど、それで彼女を責めるのは」
「そうやって甘やかして、いつまでも気付かせないつもり?だったらあなたに私を拒む資格はないわ。あの子にだって止めろと言う権利は」
「そんなこと言うつもりはないわ」
が口を開けば、二人の視線がこちらに向けられた。
だから、ねぇ。私は変なの。今とっても変なのよ。
頭が痛くて気分が悪い。
本格的に風邪を引いたのかな。
「あなた達の好きにして」
声が掠れるのは喉が腫れているからだ。
「私は何も言わない。言う権利がない。……その通りよ」
寒いのに熱い。
震えがきそうなくせに体の芯はぐらぐらと熱を持っている。
いっそ倒れたかったけれど、アレンとルイスの前では嫌だった。
彼らの繋がれた手を見つめながら続ける。
赤い左手に絡む白い指先。
ああ、……
「私の予想していた話と違ったみたいでよかったわ」
私は馬鹿で考えなしの甘ちゃんだから、あそこに触れられる人は他にいないと思っていたのよ。
笑っちゃうよね。
「邪魔してごめんなさい」
は微笑みを残して踵を返した。
アレンが名前を呼んだけれど振り向かなかった。
気配でルイスに足止めされたことがわかったからだ。
廊下の角を曲がったところで、我慢できなくなって駆け出した。
アレンが追ってくるだろうなんて妙な期待をしたわけではない。
どうしようもなく気分が悪くて、早くどこかで吐いてしまいたかったのだ。
今年の風邪は胃にくるのだなぁ、とはくらくらする頭で考えた。
はい、ルイス回でした。
本当にアレンは自分勝手な振りをした気遣いさんに弱いなぁ!と書いていて思いました。(笑)
原作でいうとクロス元帥とか神田とかですかね。自分勝手ではないけど、リンクも同じ部類かな。
おかげでルイスに関しては前々章のプシュケみたく拒絶できない様子です。
それに対してヒロインがどういう反応をするのか。
今回は風邪のため(?)一時撤退しましたが、次回はそうもいきませんよ!
次はソロモン回です。ヒロインしっかり!
引き続きよろしくお願いいたします。
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