どうして僕はこんな目にあっているのだろうか。






● 黒の教団 黒の少女  EPISODE 4 ●






アレンはそろそろ限界だった。
しかし、それは彼女も同じようだ。
手をぎりぎりと掴み合いながら二人して必死の形相を見せている。


「いい加減にしてよ!往生際が悪いな!!」
「いい加減にして欲しいのはそっちです!何度言ったらわかってもらえるんですか!?」


これも何度目のやりとりだろう、もうわからない。
要するにわからなくなるほど言い合っている。
長い間掴み合っていたせいで互いの手は真っ赤になっていた。


「パパパーっと華麗に始末されときなって!」
「勘違いで始末される奴がどこにいますか!!」
「いいじゃん、もーホラ!背後がそこはかとなく恐ろしいから早く早く!!」


「…………………………………………………………いつまで待たせる気だ、


地の底から響いてくるような低い声で言って、神田がゆらりとの背後に立つのをアレンは見た。
不機嫌オーラがさっきよりもパワーアップしている。
どろどろとした暗雲を背負い、稲妻効果は満点。
その恐ろしい気配にが全身を震わせた。
うわ、すごい鳥肌。


「怖い怖い、神田が怖い!振り向かなくても今ならわかるよ、『六幻』がきっちり私を狙ってる!!」
「さらに言うと君の頭上に刀がスタンバイ済みです」
「なにちゃっかり実況中継してんの!?見えないからまだ我慢できてたのにちょっとー!!」
「あ、今振り上げました。景気よく振り回しちゃってください」
「ああ。次はテメェの番だかな」


冷たくそう言って凶器を構える神田に、アレンとは思わず掴み合っていた手を取り合って、訴えた。


「だからそれは誤解ですって!!」
「落ち着け神田!クールになるんだ!!」
「そうですそうです!ここは穏便に話し合いましょう!!」
「………………………………………………なに意気投合してんだ、テメェら」


神田は顔を歪め、奇妙なものを見るような目で二人を見下す。
それと同時に振り上げられていた『六幻』の剣先が下を向き、アレンとはそろって息をついた。
そして涙目になりながら、握り締めた互いの手をぶんぶんと振る。
ここだけ見ると二人は仲良しだ。


「ああ怖かった、ホント怖かった、こんなに怖かったのちょっと久しぶりだった!」
「僕もですよ!なんだって今日はこうも命の危機が多いのかなぁ……」
「人生長いんだしそういう日もあるって。気にしない気にしない!」
「あはは、明らかに君も原因の一つだってことを忘れないでくださいね!!」
「あはは、何のことやらー!!」


神田の恐ろしさを前にして休戦かと思いきや、徐々に会話は剣呑さを取り戻す。
再び開始されたバトル。
アレンとは笑顔のまま、火花を散らして睨み合う。


「そろそろ自分たちの間違いを認めてくれませんか?」
「認める?何を?君が敵じゃないって?」
「その通りです。僕はアクマじゃありません」


アレンはぐぐっと力を入れて、再び掴みかかろうとしてくるの手を押し返す。
だが、相手も負けじと力を込めてきた。
彼女は綺麗な弧を描かせた唇で、わざとゆっくり言葉を紡いだ。


「ねぇ知ってる?信じるってことはそれなりの根拠がいるんだよ。ましてや私と君は初対面。顔なじみの門番、アレスティーナちゃんとどっちを信じるかっていうと……、わかるでしょ?」
「だから!あの門番さんの勘違いなんですって!!」
「今度は心理作戦か!」
「意味がわからない!」
「私とアレスティーナちゃんを仲違いさせようって魂胆ね」
「それになんの意味があるんですか!!」
「くっ……、敵は意外に頭脳派だ!これは近年稀に見られるピンチかもしれない……!」
「僕はさっきからずっとピンチなんですけどねぇ!!!」


いい加減 本当に限界だった。
そろそろ手加減なしでキレそうな予感がものすごくしている。


とにかくこの状況を打破するためにアレンは身を起こそうと考えた。
しかし、そうしようと思えば上に乗っているを図らずも突き飛ばさなければいけない。
その事実に、さすがにアレンは躊躇った。
少しの逡巡。そして結局、仕方がないという結論に落ち着いた。
女の子に乱暴なことはしたくないのだが、そもそもそんな事態に持ち込んだのは彼女だし、このままでは本当に殺されてしまいそうだ。


(よし!)


アレンは覚悟を決めた。
けれど行動を起こす一瞬前、の膝がアレンの胸を強く押さえた。
少しだけ浮いた背が再び地面とぶつかる。


「動くな」


今までと変わらない声音で、しかし少しの油断もなくそう告げられる。
押さえつけられた胸はたいして痛くない。
それなのに簡単には動けそうにない。
自分よりずっと華奢な少女に、たったこれだけで身動きを封じられるなんて。
本気を出せばどうにかなるかもしれないが、それよりにはまったく隙がなく、アレンは顔をしかめた。
先刻の神田とのやりあいといい、自分に飛び掛ってきたときの動きといい、どうやら彼女は何か特別な訓練を受けているようだ。


「……無実の人間を押さえつけて楽しいですか?」
「楽しくはないけれど、アクマかもしれない以上はこうしてる」


少し言葉をきつくしてみても、は平然と言い返すだけ。
思ったよりも冷静で、アレンはますます顔をしかめた。
彼女は見た目以上に敵かもしれない自分を警戒しているようだ。
仕方ない、とアレンは吐息をついた。


「……どうすれば信じてもらえますか?」
「君がアクマじゃないって?」
「はい」


大きく頷くと、はうーんと考える素振りをみせた。


「じゃ、とりあえず」
「とりあえず?」


こうなれば彼女が納得するまで何でもしてやろうと、半ばヤケになりながらアレンは先を促す。
すると、


「手っ取り早く皮を剥がれてみようか!」
「手っ取り早いって言うか殺す気満々ーーーーーー!!??」


真っ向から絶対にできないことを要求された。
あぁもう、この人どこまで話が通じないんだ!!


「もっと穏便な方法が提案できないんですか!?」
「なに言ってるの、ものすごく穏便じゃないってゆーか背後の神田がまた怖くなってきたので、ホントに手っ取り早くいきたいと思います!!」
「思わないでください、そんなのーーーー!!!」


絶叫しつつもアレンがの背後を見やると、本当だ、神田がまたもや恐ろしい感じになってきている。
だからと言って皮を剥がれてやる気は毛頭ない。
アレンはが女であることなど忘れて、全力で暴れた。


「やめてください、本気で!!」
「無理言うな!私の存命のためにとっとと皮を剥がれちまえー!!」
「そんな無茶苦茶なっ!!」
「大丈夫、つるっとまるっと綺麗に剥いであげるから……うわっ!?」


そのとき突然、揉みあうアレンとの間を裂くようにして、球体のものが飛び込んできた。
目の前をかすめたそれに、は驚いて身を引く。


「ティムキャンピー!!」


アレンはその名前を叫ぶように呼んだ。
金色のゴーレムは答えるかわりに翼をはためかせる。
どうやら主人のピンチに飛び出してきてくれたようだ。




…………………………………来るのが遅すぎる気がするのは僕だけだろうか。




しかも今の今までどこにいたんだコイツ。


腹の中で少し恨めしく思うが、ティムキャンピーの登場にの注意はそちらに逸れたようだ。
やっぱり来てくれて感謝。


「うわー……、何これゴーレム?かわいい」


はティムキャンピーを両手で包みこむと、そっと自分のほうに引き寄せた。
主人をピンチに陥れた彼女に、ティムキャンピーは当然報復を……





しなかった。
それどころか懐いていた。


すりすりと頬ずりを交わすとティムキャンピー。仲良しオーラ全開。
あっさり主人を見捨てるとはなんてことだろう。報復以前の問題である。
やっぱり来てくれたの感謝しない。


「あはは、くすぐったいって。それより君、もしかしてクロス元帥のゴーレムじゃない?」


がティムキャンピーを目線の高さまで持ち上げて、そう言った。
ゴーレムのあまりの見捨てっぷりにわなわなしていたアレンは、その言葉にハッとする。


「そうだ!紹介状!!」
「おわっ、びっくりした!」


アレンの突然の大声にはびくりとして、頭によじ登ろうとするティムキャンピーを支えていた手を滑らせた。
しかしやっと誤解を解く突破口を見つけ出したアレンはそんなこと気にしない。


「クロス師匠から紹介状が送られてるはずなんです!!」


叫ぶついでに、勢い任せて上半身を跳ね起こす。
突然のことにはバランスを崩して後ろに倒れこみそうになったが、咄嗟に支えようとしたアレンの手は中途半端なところで止まった。


理由は首筋に据えられた漆黒の刀。
地面に膝をついた神田が片手での体を支え、もう片方の手で『六幻』の刃をアレンに突きつけてきたからだ。
彼は鋭い瞳でアレンを睨んだ。


「元帥から……?紹介状………?」


ひたりと首に触れた刃の感触に、アレンはぞっとする。
怖っえ〜……。
けれどそんなことより、と無理に自分を奮い立たせた。
やっとこれで誤解が解けるのだ。
このぐらいは役に立ってくださいね、師匠。


「そう、紹介状……」


アレンは息を吸って続けた。


「コムイって人宛に」


「「…………………………………………」」


言った瞬間、奇妙な沈黙が場を支配した。
目の前のも、神田も、なんとも形容しがたい表情で固まっている。
あれ?ノーリアクションってどうしよう。
何かまずいことでも言っただろうか。


「あ、あの……?」
「……………………………………………………………………コムイ室長!!!!」


突然、沈黙から立ち直ったが門前を飛び回っている黒いゴーレム達に向かって怒鳴った。


「どーゆーことですか、なんかこの人クロス元帥の弟子とか言っちゃってますけど、ねぇちょっと!真実はいかに!!」


馬乗りではなくなったにしろ、まだ膝の上に跨ぐようにして乗っかったままのの大声に、アレンは目を見張る。
とは言え、神田に『六幻』を突きつけられたままでは身を引くことも出来ない。
とりあえず事の成り行きを見守っていると、背後からゴゴゴゴゴという重たい音が響いてきた。
続いて門番の声。


「かっ、開門〜〜〜〜〜〜?」


微妙な宣言と同時に、今まで固く閉ざされていた門が地響きをたてながらゆっくりと持ち上がっていく。
そして、


『入城を許可します、アレン・ウォーカーくん』


黒いゴーレムをスピーカーにして、そんな声が降ってきた。
その言葉にアレンがなにか反応するより早く、が叫ぶ。


「なんで!?」


なんで、じゃないですよ。
この人は本当にどこまで僕に反逆したいんだろうか。
アレンは抗議しようと口を開いた。


「だから僕は……わっ!!」


思わず身を乗り出そうとしたら、神田に『六幻』を目の前に突きつけられた。
刃との距離はほんの数ミリしかない。体を硬直させたアレンの耳に、再びスピーカーからの声が届く。


『待って待って、神田くん』
「コムイか……どういうことだ」
「ホントどういうことだ!説明しろー!」


問い返す神田に、は拳を振り上げて同意した。
心底納得できない、とでも言いたげな不満気な顔だ。
アレンは思わずムッとしてを睨んだ。


「何なんですか。そんなに僕を敵にしたいんですか」
「はぁ?ちがうよ、そうじゃなくて……」
『ごめんねー、早トチリ!その子クロス元帥の弟子だった。ほら、謝ってリーバー班長』
『オレのせいみたいな言い方ーーーーーーーーーーーー!!!!』


スピーカーから響いてくるにぎやかな会話に、アレンは誤解が完璧に解けたことを知る。
ようやく安堵し吐息をついたが、対照的にの表情が絶望に染まった。


「………………ほんとうに?」
「は?」


今にも泣き出しそうな顔をされて、アレンは眉をひそめた。


「…………………………ほんとうにこの人がクロス元帥の弟子?」
『うん。ティムキャンピーが付いてるのが何よりの証拠だよ。彼はボクらの仲間だ』
「なんでーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!??」


コムイの肯定を受けて、が絶叫した。
そのあまりの大声にアレンはびくりとする。神田も驚いたらしく、『六幻』の剣先がわずかにぶれた。
そんなことには構わずに、瞳に涙をいっぱいためてはアレンに掴みかかった。


「なんでなんでなんでー!?あんたが私の崇拝する破壊活動の名手クロス・マリアン元帥の弟子!?こんな品の良さそうな顔して、こんないい人そうな見た目して、そんなのひどい、私の夢を返してよ今すぐ利子つきで返済してよ!!」


……………………………………何を言ってるんだろうこの人。


本気で理解できずにアレンがぽかんとしていると、スピーカーから笑い声が漏れてきた。


『えーなに?ちゃんってばクロス元帥の弟子に夢抱いちゃってたの?』
「もちろんですよコムイ室長!クロス元帥といえば、泣く子も無理やり黙らせるほどの破壊っぷりで有名な、私の憧れの君!!」


はアレンの胸倉を掴んで、がんがん揺すりながら力説した。


「その弟子といえば当然 元帥に劣らないほどのワイルドで、俺さまで、意味もなく胸チラで、ハードボイルド万歳!“好みのタイプ?そんなのお前に決まってんだろ” うっそマジやだちょっと男前じゃなーい!みたいな!みたいな!!」
『あははは、なにソレなにソレ!!』
「それなのに何ですかこの人、イメージと正反対!密かに会うのを楽しみにしてたのに、どうしてくれるの私の妄想!!ひどい、ひどすぎる!!!」


ひとしきり叫ぶと、はアレンの胸に顔を伏せてわっと泣き出した。
頭上のゴーレムからはひーひーと笑い声が響いている。
神田は痛みを我慢するような表情でを見つめ、アレンは、



「……………………………………」



表情を消し、自分の胸にうずくまった金色の頭を見下ろしていた。
言葉では説明できないさまざまな感情が心中を流動してゆく。
ともすれば爆発しそうなそれを、アレンは超人的な自己抑制力で押さえ込んだ。
感情を殺すことは得意だった。
そうすることで、アレンはこれまで様々な場面を穏便に乗り越えてきている。
だが、しかし。


「最悪だ!私の夢を裏切るなんてあんた何様!?今からでもいいから妄想どおりに変身してよ、そうして傷ついたこの心を癒してよ!!」
「……………………………………そろそろキレていいですか?」


がばりと顔をあげて胸倉を掴んできたに、アレンは恐ろしく低い声でそう呟いた。
今度こそ本当に限界だった。
勘違いの人違いで殺されそうになった挙句、わけのわからない妄想で責められるなんて。
なんて貴重な体験だろう、ありがとうサヨウナラ。
本人にとってはかなり珍しいことにアレンは感情のまま、に今までの報復をしようと手を伸ばした。


けれどそれが届く前に彼女の頭が資料を挟んだボードによって叩かれる。
ぱこっといい音をたてて、同じように神田の頭にも。


「もー」


怒ったような声に振り向くと、そこには黒髪の少女がいた。


「いつまでやってるの。神田もやめなさいって言ってるでしょ!」


そう言う少女を見上げながら、アレンは思った。
やっと話が通じそうな彼女の登場。
しかし感謝するべきだろうか、恨むべきだろうか。




こうしてアレンの「例え相手が女の子だろうと何するかわからないぞ」 レベルまで追い詰められていたへの報復劇は未遂に終わったのだった。







ヒロインは、ワイルドで、俺様で、以下略。なアレンを希望していたようです。
だってあの師匠であの弟子になるのは不思議じゃないですか?
もっと影響受けろよ!みたいな。 もう物心ついてたから無理だったのかな。
それとも反面教師?(笑)