馬鹿なのは諦めた。
破天荒な性格に振り回されるのも慣れている。
けれどこれは予想外、親友までもが君を好きだと言うなんて。


恋だの愛だの、僕たちには無縁の話だろう!






● 遺言はピエロ  EPISODE 5 ●






「感動だ……。まさか今日という日に運命の女性と巡り会えるとは……」


本当に感極まった調子で呟いて、セルジュはの手を握りなおした。
熱のこもった視線。絡まる指先。
薄紅に染まった美青年の顔が、をじっと見つめている。


「お嬢さん、お名前は?」
です、けど……?」
!いい名だ!……っつ、見た目に違わず美しい!!」
「あああ、何か感極まってくださってるところ悪いんですけどあのすみませんちょっと」


さすがのも少し吃驚しているようで、しきりに身を引こうとする。
けれどセルジュは彼女の腰をがっちりと抱き込んでそれを許さなかった。


「何という甘やかで崇高な響きだろう……!よし、今日からここはサーカスだ!今すぐ改名するぞ!!」
「何という団長の暴挙!!」


顔を引き攣らせて突っ込むのそんな様子にすら、セルジュは夢見るような眼差を注ぐ。
握った手を持ち上げ、すべらかな肌にキスしてみせた。


「あんたが俺の嫁になってくれたら、その名前も変じゃないだろう?というわけで結婚してくれ」
「うーん、展開がスピーディすぎてついて行けませんよ?」
「そんな無粋は言わないさ。ついて来なくたっていい。……俺が、攫ってやるよ」


冷静に考えたら物凄く寒い台詞なのだが、美形というのは得だった。
セルジュは大真面目な顔をしていて、ももう笑うに笑えない感じだったので、二人は大変絵になっている。
それでもセルジュがそのままの唇を奪おうとしたから、アレンはようやく我に返ることができた。


「や、め、ろ!!」


切れ切れに言って二人を引き剥がす。
かなりの力を込めてやったがの体に回された腕のせいで、少し距離が出来ただけに終った。
セルジュはアレンに一瞥もくれずに文句をたれる。


「おい、邪魔するなよ。俺は今人生を懸けた大勝負に挑んでるんだ」
「一人で勝手にやってればいい。を巻き込むな」
「馬鹿、プロポーズってのは相手がいなきゃできないだろう。……なぁ、キスしてもいいかい?」
「いいわけがない!」
「じゃあお嬢さんから頼むよ」
「何でそうなる!?」
「だってしたいから。あぁホント可愛い」


アレンの言葉などほとんど聞かずに、セルジュはばかり見つめている。
あまつさえは限りなく唇に近いところに口づけたので、アレンの我慢も限界に達した。


「いい加減にしろ、セルジュ!!」


盛大に怒鳴って、今度こそを取り戻す。
渾身の力だったので彼女が悲鳴をあげたが構ってやれる余裕もない。
アレンはと場所を入れ替わって、真正面からセルジュを見据えた。


「昔から君の女性好きはどうかと思っていたけれど、今じゃあ完璧に許せないな。妙に師匠と重なって腹立たしい!!」
「ああ?てかお前、誰?」


本当にそのとき初めてアレンを視界に入れたようで、セルジュは怪訝な顔をした。
数秒の沈黙。
見る見るうちに驚きの表情に変わる。


「……あ、あれ?もしかして……、アレン?」
「そうだよ。よくも無視してくれたな」


再会を流された挙句、連れを口説かれては、さすがのアレンもかなりご立腹だ。
その気持ちのままにじとりと睨みつけてやったが、セルジュは悪びれもなく破顔した。


「な、何だよ、アレンじゃないか!何でもっと早く出てこないんだよ!」
「いや、ずっと目の前にいたけどね」
「すげぇ久しぶり!うわーうわー懐かしいなー!ちょ、フリッツ!ミハ!アレンだぞ!アレンがいるぞ!!」


喜びの声をあげながら団員二人を呼び寄せる。
俺たちはもう会った、と言うフリードリヒの言葉も聞こえていない様子だ。
オモチャを見つけた子供のようにはしゃぎ出したセルジュを見て、アレンも溜飲を下げざるを得なかった。


「なになに?急にどうしたんだ?もうずっと音沙汰なかったくせにさぁ!」


セルジュは勢いよくアレンの肩を抱いた。


「俺が団長になって三年。ようやく公演が起動に乗ってきたってときに現れるとは、この確信犯め!」
「別にそういうわけじゃ……。でもそんな風に言うってことは、今なら簡単に入団させてくれる?」
「ハハッ、やっぱりそれが狙いか。いっそ追い返してやろうかな」
「ひどいな」
「どっちが。こういうときは、嘘でも“親友に会いたかったんだ”って言うもんだろう」
「じゃあ今から言う」
「いるかよ。口にしなくたって顔に書いてある」


言葉の最後のほうは呟き程度で、アレンは目を見張ってセルジュを見た。
彼は本当に嬉しそうにこちらを眺めていた。


「お前、意外と表情に出やすいからさ。知ってた?」
「…………………」


慈しむような視線は家族を見るそれのようで、アレンは何だか妙に恥ずかしくなった。
頬を染めて少し俯く。
セルジュは「照れてやがんの」と笑って、白髪をぽんぽん叩いた。


「んで?何だって?ウチに入りたいって?」


そこで不意にセルジュはアレンから離れた。
声の調子も少し変わる。


「お前、本気?」


見上げてみればやはり笑顔だった。
けれどそれは口の端を吊り上げる程度のもので、先刻までの穏やかな雰囲気はない。
容赦なく相手を切り捨てる、冷たいような笑みだ。


「……へぇ」


内情が一変した彼の様子に、アレンは思わず場違いな声を出してしまった。


「立派に団長をやってるんじゃないか」


先の言葉はただの意思確認でなはい。
再会の喜びのなかで、それでもセルジュはアレンに甘えを許さなかった。
友人として手を取り合っても、団員として迎えるかは別だと言外に告げられたのだ。
情に流されないその態度にアレンはいたく感心する。本当に集団のトップになったのだ、我が親友は。
セルジュは嫌そうに唇を尖らせた。


「……いろいろ大変だったんだよ、俺も」


あっさりとアレンが見抜いたものだから、彼も自分達が遊び半分でやってきたわけではないと悟ってくれたようだ。
無理に取り繕うのを止めて苦笑する。


「お前も、俺らが苦労してるときに来てくれりゃあ良かったのに」
「それは……ごめん」
「言っても仕方ねぇけどさ。やっぱりお前がいたらなぁって、ずっと思ってたよ」


セルジュはこぼしてしまった愚痴をなかったことにするように、にこりと微笑んだ。


「まぁ、また一緒にいられるんだ。これからだっておんなじか」
「そう、だね」
「ああ」


アレンも微笑むと、セルジュは大きく頷いた。
同時にミハエルがぴょんと割って入ってくる。


「じゃあアレンを入れてやんのか、セルジュ」
「団長と呼べ」


わずかに厳しい声で返してから、紅い瞳がアレンを見やる。


「放っておいたら勝手に入団テストを受けてきそうだな、お前」
「最初からそのつもりだったからね」
「そういうとこホント変わってないなぁ。ちょっと安心した。その気質と7年前の腕があれば、特に文句はないさ」


セルジュは少し笑って両手を掲げて見せた。
それだけでは足りないというように、彼は急き込むように確認を迫られる。


「じゃあ決定!?」
「決定も何もコイツはもともとここの一員だったし、な」
「確かに」


短く言ってフリードリヒが同意したから、ミハエルは今度こそ飛び上がった。


「やったー!アレン、また一緒に遊んだりサボったりイタズラしようぜ!なっ、約束!!」
「コラ、遊ぶのはいいがサボるのは駄目だ」
「いいこと言うな、フリッツ。よし、お前をガキ共の世話係に任命する。イタズラは主にこいつに仕掛けるように」
「おいおい、団長」
「了解、団長!」


呆れ顔のフリードリヒと笑顔のミハエルに、セルジュは軽く片目を閉じて見せた。
男のウインクなど普通は見られたものではない。
けれど彼がやると妙に様になっていて魅力的だ。
それからセルジュは表情を変えて足を進めた。
隅に押しやられていたに近づいてゆくと、その顔を見つめながらアレンに尋ねる。


「それで、こちらのお嬢さんは?」
「ああ……、僕の」
「恋人とか言うなよ。ショックで死ねる」
「違う!……仲間だよ」
「そいつは良かった。というわけで結婚しよう」
「え、そのネタまだ引っ張るんですか?」


が普通にそう訊いたので、セルジュの笑顔がちょっと固まる。


「ネタじゃない。本気だよ」
「それは困りました。私、結婚するにはまだ早いと思ってるんです」


が真面目に断りだしたので、アレンは何だかぎょっとした。
いつもみたいに笑顔でかわすかと思っていたのに、どうしたんだろう。
彼女は真剣さに瞳を光らせながら言う。


「きちんと仕事をして、立派に独り立ちして。相手に三食昼寝つき生活、毎日違うお味噌汁とおやつを出してあげられるようになってからでないと」
「……ん?あれ?俺が養われる方なの?」
「ええ。私、愛する人は自分で守りたいんで」


本当、何で真面目に断ってるんだろう。
しかも内容がおかしい。
ミハエルも予想外だったらしくて、外野で声をあげて笑い出した。


「何そのカッコイイ台詞!つーかセルジュが嫁って!!」
「おい、口に出して言うな。団長のウェディングドレス姿を思い浮かべてしまった……」
「きもっ!フリッツこそ口に出すなよ、マジきもいから」
「お前ら言いたい放題だな……。あー、わかったよ。あんたと結婚できるなら何でもいい。俺を花嫁にしてくれ!!」
「それより先に私を団員にしてくれませんか?」


またもや真面目にが言ったから、調子を狂わされたセルジュは自分の頭に手をやる。
彼の緑がかった髪は上半分だけ後頭部で結われており、掻き乱すことでその結び目が少し緩んだ。
目を伏せて微笑む。


「ここまでかわされたのも初めてだなぁ……。あんたイイね。面白い」


セルジュは改めて笑うと、の手を握りなおした。


「しかも可愛い。ホント抜群だよ。……やっぱりキスしても?」
「よくない」


即座にアレンが答えてやれば、セルジュは「残念」と言っての掌に頬を寄せた。


「面倒な小姑がついてるな。……っと、自己紹介してなかったか。俺はセルジュ。セルジュ・パスカーレ」
「私は」
ちゃんだろう。もう覚えたよ」


応えながらセルジュはの手に指を絡ませてゆく。
傍から見ていても何だか恥ずかしくなるような仕草だ。
それでいて厭らしく感じないのがこのセルジュという青年の恐ろしいところだった。


「俺がここ、パスカーレサーカス団の団長だ。あんたが入団したいっていうのなら歓迎するよ。ただし、今の段階じゃ与えてやれる仕事はひとつだけだ」
「それは何ですか?」


あれだけ微妙な距離にいて、あれだけ緩やかに触られて、平然としていられるが信じられない。
見ているだけのアレンのほうがドギマギしているくらいだ。
いつ割って入ろうかと見計らっていたが、それより先にセルジュが口にした言葉に驚いた。


「呼び子だよ。綺麗に綺麗に着飾って、天幕の前で笑っているだけでいい。言ってしまえば客寄せパンダだな」


随分と失礼な言である。
は特に不快そうな様子は見せなかったけれど、フリードリヒとミハエルは眉を寄せた。


「団長。もう少し言い方が」
「そうだぜ。アレンの友達に嫌なこと言うなよ」
「うるせぇ、仕事の話だ」


に笑みを向けたままセルジュは低い声を出した。
彼はアレンを友人だからといって甘やかさなかったし、その連れも同じように扱う気らしい。
セルジュはもう片方の手をの顎にかけた。
そして囁く。
表情は妙に迫力のある笑顔で、アレンはわざとやってるなと思った。


「楽な仕事だ。悪い話じゃないだろう?あんたみたいな美人は、ただ居るだけで客を集める」
「つまり……、私は見た目にしか価値がないと思われているんですね」
「ははっ、賢い子は好きだよ。今のでますます気に入った」
「けれど芸人としては役に立たなさそう、か……。厳しい団長さん」


そこでは微笑んだ。
セルジュが目を見張る。
頬を撫でる彼の手をが捕まえて、一瞬で引き剥がしたからだ。
アレンの目にも霞むような速さだったから、他の者には視認できなかっただろう。
サーカス団員である彼らの動体視力は一般より高いが、エクソシストである自分達には敵わない。


「パンダよりもお客を呼んでみせたいんです。サーカスに入りたいと言うのだから、そう思うのは当たり前でしょう?」
「……ああ」
「でしたら、どうか芸人としてのテストを受けさせてください。これでも身の軽さには自信があります」
「素早さもな」


降参、というようにセルジュが微笑むと、はすぐさま手を離して謝罪した。


「失礼な真似をしました。すみません、セルジュさん」
「吹っかけた俺が悪いさ。こちらこそ先の失言を詫びよう」
「いえ、団長だからこその対応だと思います」


がそう言ったので、何となくアレンも悟る。
セルジュは若い。
まだ二十歳を超えたばかりだ。
しかし団長だからこそ舐められるわけにはいかず、意地の悪い方法を取る必要もあるのだろう。
友人やその連れにまで徹底しているところから彼の苦労がしのばれた。


「あんたの気質もいいね。それなりに見込みがありそうだ。それじゃあ……」


セルジュは詫びると言ったわりには、やけに悪びれない笑顔を浮かべている。


「実力を試させてもらおうか。女の子だから……パティに頼むかな」


その言葉を聞いてミハエルが「ゲッ」と呻いた。


「姉さんに任せる気かよ……」
「そりゃあな。それがあいつの仕事だ」
「しかし、少し可哀想ではないか?彼女は厳しすぎるきらいがある」


フリードリヒまで同情するような顔になったので、はアレンを振り返った。
目だけで問いかけてくる。


「パティっていうのは……」


アレンは小さく応えようとしたが、その声は見事に掻き消された。


「こんなところにいた!ルシオ!!」


甲高い怒鳴り声が天幕の中に響き渡る。
呼ばれてびくりとしたルシオの傍で、アレンは「あぁこの怒声、懐かしいなぁ」と思った。
自分もよくこうやって怒られたものだ。
視線を投げればそこには背の高い女性が仁王立ちになっていた。


「片づけはどうしたの?もう次の練習の準備を始める時間でしょう。もたもたしていたら皆の迷惑になるわ。ホラ急いで!」


早足で近づいてくるから真っ直ぐに切られた緋色の髪がなびいている。
瞳は鮮やかな若草色で、少々目つきがきつかった。
陶器のように白い肌と豊満な体を持つ美女なのだが、どうにも鋭い印象を拭いきれない。
とは別の意味で近づきがたい美貌の持ち主だ。


「あら?団長も一緒だったんですか?ミハもフリッツもルシオを急きたてるくらいしなさいな」


彼女はちらりと彼らに視線をやれば、三人が三人とも逃げるように身をすくめる。
反射的にアレンもそうしていた。
だけが怯えているルシオの手を握ったまま、普通にそこに立っていた。


「また食堂にハムのように吊るされたいの?サボってないで、おいでなさいったら」


女性はそう命じたが、ルシオは怒られるのが怖いのかの腰に抱きついた。
彼女のスカートにしがみついて離れようとしない。
は吃驚したようだけど、ルシオが沈んだ顔をしているのを見て背中を撫でてやった。


「まぁ。ルシオったら」


呆れる女性にが言う。


「ルシオ君は私たちを案内してくれていたんです。決してお仕事をないがしろにしていたわけでは」
「……貴女は?」


女性は形のいい眉をひそませた。


「どうやって此処まで入ってきたの?……部外者に練習を見られるわけにはいかないわ。すぐに出て行ってもらえるかしら」
「待って待って、パティ」


アレンは手を大きく振ることで、ようやく彼女に話しかけることができた。
まったく、感動の再会だっていうのにどうしてこうもみんな突っ走っているのだろう。
口を挟むのに一苦労だ。


「彼女は僕の連れなんだ。入団希望者なんだよ」
「……?どういうこと?あなたは……」


振り返った女性はアレンを頭からつま先まで眺め回すと、訝しむような表情になった。


「貴方……アレン、よね?どうして此処にいるの?」


あ、驚かれなかった。
それどころか不審そうだ。


「僕も、入団を希望して来たんだよ」
「希望ってゆーか、もう再入団済みだけどな」


セルジュが律儀に訂正を入れれば、女性の眉間の皺が一気に増えた。


「団長。また勝手に……」
「いいだろ。アレンが手だれなのはお前だって知っているくせに」
「アレンが入るのは構わないわ。彼がいれば大助かりですもの。けれど、私に一言相談してからにしてくださる?」
「ちょっと前後しただけだって。アレンをウチに入れたい。だから入れた。以上!」


セルジュはきっぱりと言い切って、それから窺うように女性を見た。


「……ダメ?」
「…………困った人だこと」


女性は深々とため息をつくと、もう一度アレンを振り返った。


「久しぶりね、アレン」
「うん、久しぶりパティ」
「再会できて嬉しいわ。ごめんなさいね、団長がコレなものだからピリピリしちゃって。本当に嬉しかったのよ」


そう言うと、彼女は初めて表情を緩めてみせた。
笑顔になるとえくぼが出来て非常に可愛らしい。
態度が悪かったのを今更悔いたのか、焦ったように目を瞬かせてアレンを見つめてきた。
そんな困った顔をされては微笑まずにはいられない。


「団長がコレだからね、無理ないよ。どうせ苦労ばかりかけられてるんだろう?」
「ええ、アレンならわかってくれると思っていたわ。本当に酷いのよ、この人。久しぶりに愚痴を聞いて」
「おーい。俺の公開悪口はやめてくれ」


手を取り合ってしみじみし始めたアレンたちに、セルジュが嫌そうな声で呼びかける。
ついでにの肩を抱き寄せた。


「それより、パティ。頼みたいことがあるんだ」
「……また私の仕事を増やす気で?」
「あー……っと。悪い」
「まぁ、いいわ。いつものことですもの。それで?そちらのお嬢さんのこと?」


ついと視線を向けられて、セルジュはを軽く揺さぶった。


「そうそう。可愛いだろう、この子。俺の嫁にしようと思って。でもその前にここの団員になりたいっていうからさ、お前がテストしてやってくれないか」


彼の言葉の最後で金髪がきちんと下げられた。


といいます。よろしくお願いします」
「……私はパトリシア。パトリシア・モルトよ」


そう名乗って、女性はへと片手を差し伸べた。
握手を交わす二人は対照的だった。
は笑みを浮かべていたがパトリシアは無表情で、嫌な意味でなく彼女を値踏みしていることがわかる。
間に立つようにアレンが口を開いた。


「パティは女性団員に歌や踊りを教えているんだ。言ってみれば先生だよ」
「とんでもないわ。私はただの演出担当。舞台には立てないもの」
「けれど芸人を見る目は確かだ」


断言したセルジュはをパトリシアに押し付けた。


「この子が舞台に立てるかどうか、お前が確かめてくれ。任せたぞ」
「私の一存でいいのかしら」
「信頼している」
「アレンの連れだからって、甘くしないわよ?」
「だから、信頼してるんだって」
「……わかったわ」


そんな短いやり取りで話はまとまったようだった。
パトリシアはを促して、奥にある練習台のほうへと導いてゆく。
ルシオも無言でその後についていった。
を気にしてというよりは、パトリシアの手伝いをしないといけないようだ。
アレンはそれを見送ってから旧友達を見渡した。


「久しぶりだから天幕の中を案内してよ。随分変わっていて迷子になりそうだ」


懐かしさに気持ちが逸っているから、少し急かすような口調になった。
とりあえず外に出ようと足を向ける。
セルジュが驚いた顔で隣に並んできた。


「お前、いいのか?ちゃんのテストを見なくても」
「いいよ」


当たり前のようにそう言って、アレンは先に立って出入り口の布を押し上げた。


「どうせ結果はわかってる」


同時に背後でどよめきが起こった。
それがのせいだということは知っていたから、アレンは振り返りもせずにその場を後にした。




















「それじゃあアレンとちゃんの入団を歓迎して、カンパーイ!」


面倒な前振りを完全に省略してセルジュが高らかに宣言した。
その途端、突っ込みと笑い声が交差して、次々とグラスが合わせられる。
爆発するような賑やかさで晩餐が始まった。


「あぁ、だから僕は飲めないって!」


あっちこっちから酒を押し付けられて、アレンは困ったように笑う。
ジョッキやワイングラスを遠ざけようとすれば、横合いからひょいと奪われた。


「アレンってばガキだなー。まだ酒も飲めないのか」
「未成年だからね。……そう言うミハもまだ二十歳になっていないはずだけど?」


アレンは当然のように酒をあおるミハエルを見やる。
彼は何でもないことのように言った。


「俺、クソ親父と同じでアルコール中毒だもーん。飲まなきゃ死んじゃうんだよ」
「…………………」
「って、飲んでもダメか!あいつもコロっとくたばったしな!!」


暗い過去をさらりと言って、豪快に笑い飛ばす。
どうやらかなりはしゃいでいるらしい。
ファミリーネームを捨てた彼にとって、家族のことは簡単に話せることではないだろう。
それでも口にしてしまったのはアルコールのおかげではなく、アレンのせいに他ならない。
本当の上機嫌みたいにミハエルは笑った。


「せっかく再会したんだからお前も飲もうぜー」


言いながら猫のように懐いてくる。
うりうりと脇腹を突かれたが、アレンは苦笑しつつも首を振った。


「いやだよ、お酒は苦手だ。それよりご飯が食べたい」
「お前はよく食べる子だったものな。ほら、たくさんあるぞ」


ミハエルと反対隣に座ったフリードリヒが大皿から料理を取り分けてくれた。
アレンはにこにことお礼を言ったが、同時にもう10皿ほど差し出されてさらに笑顔になる。


「パスタはボロネーゼとラザニアとニョッキ大盛り。ピッツアはマルゲリータ、マリアーナ、ナポレターナ、もちろんまるごとよね。ドリア5種類とパン6種類、スープにミネストローネ、お肉にコトレッタ・アッラ・ミラネーゼ、お魚はアクアパッツア。あ、野菜も食べなくちゃ駄目よ」


つらつらと料理名を口にするのは向かいに座っただ。
彼女は瞬く間にアレンの目の前をご馳走で埋めてくれた。
その超人的な量にフリードリヒが呆れた声を出す。


「おいおい、いくらなんでもこんなには……」
「アレン、足りる?」
「うん、ありがとう
「食べられるのか……?」


普通に会話を交わす二人に冷や汗をかく。
それからアレンが「あれ取って」と言えば、が無言で塩を差し出したので、ミハエルまで半眼になった。


「なーんかお前ら、所帯じみてね?」
「それは俺も思った!」


即座に力強い同意の声があがる。
視線を投げた先にいたのはセルジュで、彼は団員たちの間をぐるりと廻って帰ってきたところだった。
皆と乾杯をするのも団長の仕事だ。
それを終えたらすぐさまのところにやって来たのが何とも彼らしいといえた。
セルジュはの隣を当たり前のように陣取ると、アレンを真正面から睨みつけた。


「お前、親友を裏切る気か。俺の嫁を取るつもりか。おい、どうなんだアレン!」
「何でそうなる……」
「だって妙に仲がいいだろう。気心が知れてるというか、さ」
「……まぁ、それなりに付き合いが長いからね」


呟いた直後にアレンは口いっぱいに料理を頬張った。
これ以上喋っていたら何かボロを出しそうだ。
こういうのはのほうが上手くやるので、彼女に任せることにする。


「少し前も一緒に働きに出ていましたから。四六時中傍にいると勝手がわかってくるものですよ」


はまったくの嘘でもないことを言って微笑んだ。
そのときさり気なくアレンの前に置かれたままだった酒に手を出そうとしたので、無言で叩き払っておく。
「けち」と呟かれたが、自分は間違っていないはずだ。
だって未成年だし、何より酒癖の悪さが半端ではないのだから。
そんなやりとりをやはり半眼で眺めながらセルジュが訊く。


「へぇ。じゃあ、あんたも芸歴長いのか」


フリードリヒもを見た。


「そうなのだろう?姉さんのテストで見事な身のこなしを見せたと聞いたぞ」
「ええ。でも彼女は素人よ」


返答はセルジュの背後から。
ビールジョッキを片手にしたパトリシアだ。何だか頬が赤くて目が据わっている。
セルジュが眉をしかめた。


「おいパティ、もうできあがってるのか?」
「まだまだ飲むわよ。だってアレンが帰ってきてくれたんですもの!今日は邪魔しないでもらいますからね、団長」
「いいからとりあえず座れ」


締りのない顔で微笑む彼女を自分の隣に引き寄せて、当たり前のように肩を抱く。
ちなみに反対隣はだからセルジュは本当に両手に花状態だ。
またそれが似合う美青年だというところが憎らしい。


「それで姉さん。こいつが素人ってマジ?」


パトリシアとは正反対に、どれだけ飲んでもまったく酔った様子のないミハエルが尋ねる。


「宙返りとかすごかったんじゃん?半端じゃない高さだったって噂だけど?」
「ええ、とても素晴らしかったわ。ジャンプ力も申し分ないし、身体の使い方も抜群。でも貴方たちでも一目で素人だとわかるはずよ」
「何で?」
「芸をする人間の動きじゃないのよ、彼女」


そこでパトリシアはぐいっとビールをあおった。
おいしそうに喉を鳴らして一気に流し込む。
ドンッとジョッキをテーブルに打ち付けると同時に、ミハエルが次のグラスを差し出していた。


「あら、ありがとう。……それで、何だったかしら?」
の動きが芸をする人間のものじゃない、ってところまでだよ」


ピッツアにかぶりつきながらアレンが話を修正する。
一切れに奪い取られたので、ちょっと睨んでやった。


「あぁ、そう。それでね」
「芸人じゃないのに身体能力抜群?どういうことだ?」


セルジュがさり気なくパトリシアから酒類を遠ざけながら首を傾げた。
こっちもちょっと睨まれている。


「かなり鍛え抜かれた身のこなしなのは確かよ。でも……そうねぇ。、貴女は武術をやっているんじゃない?」
「すごい。そこまでわかってしまうものなんですね」


本人が頷いたものだから、セルジュがすっとんきょんな声をあげた。


「武術!?何だってそんな物騒なものを……」
「あぁ、今や必須なんですよ?花婿の嗜みとして」
「マジで!?」
「嘘だよ」


素で驚いたセルジュにアレンが言ってやる。
はちょっと笑ってからパトリシアに向き直った。


「幼い頃から様々な武術を学んできました。私の動きは全てそれが元になってるんです」
「そうだと思ったわ。貴女の身のこなしは、見せるものじゃない。とても実践的なものだったもの」


そう言ってから、彼女は間にいるセルジュを押しのけて、に顔を近付けた。
ちょんっと額を突っついてみせる。


「貴女、強いでしょう。その年頃の女の子では有り得ないくらいに」
「……そうであればいいな、と思っています」
「そんなのは謙遜だわ。私が太鼓判を押してあげる。でも、どうして……」
「ハイハイ、そこまでー」


二人の視線を遮るように、セルジュが掌を割り込ませた。
それからの腰とパトリシアの肩に腕を回して、同時にぐいっと抱き寄せる。


「パスカーレサーカス団は、芸の腕と人柄だけを見る!他のことはどうだっていい!!」


無駄に明るく強い口調で言い切った。


「変に武術に優れていようが、ちょっと吃驚するくらい美人だろうが、髪が爺さんみたいな色になっていようが、顔に目立つ傷を作っていようが!!」


何か途中から自分の話になった気がする。
再会してからいつ突っ込まれるのかと思っていたことを、こうもさらりと流されては、アレンも目を瞬かせるしかなかった。


「俺は気にしない、お前たちもこだわらない!それが此処の鉄の掟だ!!」
「ただの団長ルールじゃん」


途中で突っ込んだミハエルも笑っている。
フリードリヒだけが真面目に頷いていた。


「そういうわけだから、姉さんもそのへんで」


詮索は寄せと皆に暗に言われたパトリシアは、その紅い唇を尖らせた。


「そんなつもりではなかったのだけど……。御免なさい、
「いえ。パトリシアさんこそ、気になさらないでください」
「新しく女の子が入ってくれて、私も嬉しかったの。けれど少し口が軽くなってしまったようね」


素直に謝るパトリシアに、が笑顔になる。
あぁこれはまた口説きだすんじゃないかとアレンが危惧したとき、再びセルジュが割って入った。


「その気持ちはわかる。俺も今かなりテンションが高い。いやー、ホント可愛いよなちゃん!」
「……そうねぇ」


パトリシアの返答は氷のように冷たかった。
同時に自分の肩を抱くセルジュの手をぴしゃりと叩く。
そのまま引き剥がして振り捨てた。


「それで、いつまで触っているのかしら?」
「いってぇな。いいだろう、俺は美人が好きなんだ。だからお前もちゃんも大好きだ!」
「最っっっ低な告白だわ。が強い子で本当に良かった」


パトリシアは座ったままセルジュから少し距離を取った。
女好きの団長を横目で睨みつけながら、に忠告する。


「先刻も結局はこれが言いたかったの。このタラシに何かされたら、自慢の拳で沈めちゃいなさいね」
「おいおいパティ、酷いじゃないか」
「団長だからって遠慮することはないわ。彼が何を言ってもクビになんてさせないから」
ちゃんの味方をしすぎだろう、俺への愛はどうしたんだ?」
「黙ってなさい。貴方黙っていたらただの美形なんだから。そうしたら少しくらいは愛せるかもしれないから」
「相変わらずだね、二人とも」


つんけんするパトリシアとそれを宥めるセルジュに、アレンは思わず笑ってしまった。
対照的にフリードリヒはため息をついている。


「相変わらずも相変わらずだ。本当に飽きもせず……」
「でも、意外とこういう二人が結婚したりするんだよなー」


ミハエルが茶化した途端、パトリシアが全力で否定した。
それは有り得ないと力いっぱい断言する。
そんな彼女の言葉もぶーぶー言うセルジュの声も、ミハエルは聞いていなかったようで、不意にぽつりと独りごちた。


「俺もエニスと結婚したいなぁ……」


アレンは何だかハッとしてミハエルを見た。
ミハエルもそれに気付いて視線を返してくる。
少し困ったような顔になった。


「な、何だよ……」
「いや……。全然エニスの姿を見ないから。歓迎会では会えると思っていたのに、まだ出て来てないだろう?どこにいるのか訊きたかったんだ」


実はずっと気になっていた、と言うとミハエルはますます困惑の色を濃くした。


「ア、アレン……。やっぱりお前……」
「?なに」
「エニスはいない」


答えてくれたのがフリードリヒだったので、アレンはそちらを返り見た。


「いない?」
「あぁ。せっかく戻ってきたのに、間が悪いな。あの子は今、他所のサーカスに行っている」


アレンは軽く目を見張った。
フリードリヒから顔を逸らして、今度は団長に視線をやる。


「どうして?エニスは此処の花形だろう?」
「だからだよ」


セルジュが紅い瞳を細めて苦笑した。


「あっちにこっちに引っ張りだこだ。本人もいろいろな舞台を経験してみたいって言ってさ」
「修行という名目で出て行ってしまったのよ。もちろん、何年かしたら帰ってくるのだけどね」


パトリシアも眉を下げて微笑む。
淋しさの滲むそれらを見て、アレンまで俯いてしまった。


「そう……、そうなんだ」
「あの」


少しだけ沈んでしまった雰囲気をの声が変えてくれた。


「エニスさんって?」


強制的ではない感じで尋ねられて、アレンは気が楽になった。
相変わらず彼女は場を繋ぐのがうまい。
馬鹿で突拍子のないところは頭が痛いが、慣れさえすれば一緒にいてとても助かる相手だった。


「エニスっていうのは」


アレンはに向かって微笑んだ。


「セルジュの妹なんだ。サーカスの舞姫だよ」
「へぇ。ということは美人さん?」


喰いつくところはそこか!と思ったが、ある意味当たり前なので特には突っ込まない。
目をキラキラさせているに、セルジュが懐から取り出した写真を見せてやった。


「ほら、これだよ。エニス。エニス・パスカーレだ。俺に似て麗しいだろう?」


さり気ないナルシスト発言をは普通に聞き流した。
写真を覗き込んでますます瞳に光を集める。


「可愛い!花の妖精さんみたい」
「見せて」


どれどれ、と思ってアレンが掌を差し出す。
すると隣でミハエルが挙動不審に手足を動かし出した。
それを視界の端におさめつつ、写真を受け取って見る。
自然と口元を緩めた。


「本当だ。エニス、美人になったね」


写真に写っていたのは舞台に立つ、一人の可憐な美少女だった。
長い亜麻色の髪を結い上げ、花で飾っている。
ドレスにも色とりどりの花が散りばめられていて、が妖精みたいと言うのも頷けた。
優しげな顔、紅い瞳が笑んでいる。


「昔から可愛かったけど。こんなに綺麗になったのなら、舞台で踊る姿を見たかったな」


アレンは懐かしさに目を細めて言い、顔をあげてきょとんとした。
何だかを除く全員がこちらを見ていた。
ミハエルに至っては恐ろしい形相だ。
顔色が悪くて、怒っているのかそれとも泣きそうなのか、微妙すぎる。
セルジュが眉根を寄せながら腕を組んだ。


「アレン」
「なに?」
「妹はやらないぞ」
「……はぁ?」


アレンは思わず最高に間の抜けた声を出してしまった。
それでもセルジュは構わない。テーブルを力の限りでぶん殴って凄む。


「いくらお前でも、俺の大事なエニスはやらない!嫁になんてさせないからな!!」
「何でそうなる……」
「あら。だってアレン、エニスのこと好きだったでしょう?」


口を挟んだのはパトリシアだ。
あまりにあっさりとした調子だったので、アレンは少しの間反応できなかった。
否、言葉の意味が理解できなかったのだ。
頭も体も完全に動きを止めて、それから一気に頬を染める。


「は……はぁ!?」
「違うのか?俺もそう思っていたのだが」


フリードリヒまで同意するから二の句が繋げない。
そんな無表情で言われては、その認識が当たり前みたいじゃないか。
言葉を失うアレンの手からミハエルが写真を奪い取った。


「お、俺のほうがエニスのこと好きなんだぜ!」
「あぁ……。ミハはそうだったよね」


昔のことを思い出して頷く。
けれどミハエルは涙目でさらなる爆弾発言を投げて寄越してきた。


「いくらエニスがお前に惚れてても、絶対に負けないかんな!!」


アレンは今度こそ絶句した。
なに?何だって?
ミハエルは今、何て言った?
アレンは固まってしまった顔を無理に動かしてセルジュを……サーカスの団長兼エニスの兄を見た。
彼は苦虫を潰したような顔で言う。


「アレンの初恋はエニス。エニスの初恋もアレン。つまり、そういうことだ」


どういうことだ。
思考の停止しているアレンの横で、ミハエルがひんひん泣いている。


「エニスはもうずっとお前のことが好きなんだよ!有り得ねぇけどそうなんだよ!お前のせいで俺は7年間も片思いなんだよ!このバカバカバカバカー!!」


何だか一方的に責められて、一方的に殴られた。
アレンはまだちょっと呆然としている。


「え……?いや、だって……」
「あれだけ小さかったのに。舞姫を堕とすとはやる男よねぇ、アレン」
「あぁ。しかも今でも想われているとは凄いことだ」
「俺の妹がー!エニスがー!!」
「アレンのバカバカバカバカバカー!!」


みんなが好き勝手に喋るから、もう訳がわからない。
そんななか、が泣き喚くミハエルから写真を受け取った。
改めてそこに映っている少女を眺める。
金の瞳がしげしげと美しい舞姫の姿を見つめ、それからアレンを一瞥した。
何だかわからないけれど、物凄く居心地が悪い。
アレンは顔を赤くしたまま、びくりと肩を揺らしてしまった。


「へぇ」
「な……っ、何……」
「アレンも隅に置けないなぁ」


は写真で口元を隠した。
けれど目が笑んでいる。これ以上ないほどにニヤニヤしている。


「こんな可愛い恋人さんがいたなんてね」
「ち、違……っ」
「初恋なんでしょ?ねぇねぇ出逢いはどこで?」
、あのね……」
「どうやって口説いたの?告白の言葉は?」
「聞けってばっ」
「7年間も相思相愛ってことは、もちろん将来の約束とかもしてるんだよね?」
「いい加減に……!」
「馴れ初めとか教えてほしいです!皆さんは知って……」


「だから違うって言ってるだろ!!」


不意に大きな声がした。
苛立ちを滲ませたそれが、自分の発したものだと理解するのに数秒を要した。
セルジュたちに話を催促しようとしていたは、隣に身を乗り出したまま固まっている。
目を見開いてこちらを見ている。
その驚いた顔を見て、彼女に怒鳴りつけてしまったことを自覚させられた。


「あ……」


どうしよう。
は言葉を失っているし、他の皆も黙ってしまった。
アレンは何かうまく言いたいのだけど、声が出てこなくて本当に困る。
微妙な沈黙。
それをぶち破ったのは、セルジュの叫び声だった。


「お前、そこまで否定するってことは、俺の妹じゃあ不足だってことか!?」
「……は?」


そんな話はしていない。
アレンはそう思ったけれど、向かいから手が伸びてきて容赦なく胸倉を掴まれた。


「エニスはサーカス一の舞姫で、世界一カワイイ女の子なんだよ!それを嫁に欲しくないだって……?兄貴としては聞き捨てならないな!!」
「いや、あの」
「そうだぞアレン!謝れ!俺とエニスに謝れ!!」
「な、何でミハにまで?」
「ほーら、よく見ろアレン!すごい美少女じゃないか。優しげな顔立ちに、すらりとした体。何より踊っている姿がたまらん。ひらりと舞ったときの動きがたまらん。どうだ、想像したら嫁に欲しくなってきただろう?なぁなぁなぁなぁ素直になれって!!」
「セルジュはさっきと言ってることが違うよね」
「欲しい!超嫁に欲しい!お義兄さん、俺に妹さんをください!!」
「そして何をどさくさにまぎれて言ってるの!?」
「バカヤロウ!誰がやるか!お前らみたいな青二才に、エニスを渡してたまるかー!!」
「本当に何なんだよ、二人とも!!」


自分を挟んでぎゃあぎゃあ騒ぎ出したセルジュとミハエルに、アレンは全力で怒鳴り返した。
うぅ、どちらも聞いてくれない。
耳が痛くなって伏せると、フリードリヒに肩を叩かれた。


「悪いな。気の遣わせ方が下手な奴らで」
「……ううん」


何となくは察していたし、こういう方法はと似ている。
だから不快に思うことはなかった。
でもこれじゃあ誤魔化せたことにもならない気がする。
アレンはフリードリヒの掌を感じながら、ちらりとを見た。
彼女は馬鹿二人の言い合いに巻き込まれたようだ。
ミハエルよりもずっと上手に結婚の許しを迫ったようで、セルジュが困った顔でわたわたしている。
丸め込まれるのも時間の問題だろう。


「アレン」


テーブルの向こうから身を乗り出してきたパトリシアが、小声で囁いた。


「ごめんなさい、彼女には聞かれたくない話だったのね」
「………………………」


アレンは思わず眉を寄せてしまった。
何だか不思議だ。
どうしてだろう、理由がわからない。
ただパトリシアにそう見えたように、アレンは物凄く居た堪れない気持ちになったのは事実なのだ。
自分はエニスの話をに聞かれたくなかった。
そうなのだろうと、ぼんやり自覚する。
けれど、


「何で……?」


自身のことなのに理解できなくて呟くと、頭の上でパトリシアとフリードリヒが顔を見合わせた。
そしてこそこそと囁きを交わしたのだった。


の前でエニスの話題は禁止、ね」
「了解だ、姉さん」


アレンは机に伏せたまま、頭を悩ませ続ける。


「うーん……」


その姿を、セルジュとミハエルとの会話の合間に金色の瞳が見つめていた。
は少しだけ首を傾ける。


「うーん……」


そうしてパスカーレサーカス団の新人歓迎会は、主役の二人が難しい顔をしていたという、何とも奇妙なものになったのだった。










アレン&ヒロイン、サーカスに無事入団です。
今回オリキャラ達が全力で突っ走ってますね……。個人的には女性が出せて満足です。^^
ちなみに飲酒できるようになる年齢は国の法律によって異なります。
今回はわかりやすく二十歳とさせていただきました。どうぞご了承ください。

次回はアレンの過去(捏造)をもう少し詳しく書ければな〜と思っております。
悪ガキだった彼の甘酸っぱい初恋をお楽しみください。(笑)