目標捕獲、作戦行動に移ります。
用意したのはとびっきりの魔法。
さぁ お手をどうぞ、お姫さま!
● Refrain 2 ●
「“内緒”、ってなに?」
揺れる船上で、はアレンに問いかけた。
幾度となく繰り返した質問だ。
そして同じく答えも繰り返し。
「内緒」
そう言うとき、きまってアレンは顔を逸らした。
気まずいからというよりは表情を見られたくないようだ。
何とか瞳を覗き込もうとしても、ティムキャンピーに邪魔される。
今回ばかりはこの金色のゴーレムまで結託しているらしい。
は仕方なく引き下がって、同時に視界を塞ぐティムキャンピーを抱き寄せた。
二人はアジア区支部を出た後、大きな船に乗り換えて海を渡り、今は再びボートに揺られている。
もう見慣れた地下水路だ。本部が近い。
そうやって帰路を辿る間、アレンはほとんど口を開こうとしなかった。
怪我の具合とか体の調子とか、そのようなことは尋ねてくるのだが、余計なことは一切喋らない。
から声をかければ答えるけれど、何だかはぐらかすような様子だった。
彼はを避けていた理由を、「まともに話せば、全て悟られてしまいそうだったから」だと言っていた。
それを今も恐れてなるべく口をきかないようにしているらしい。
けれど目はよく合うし、気が付けばこちらを見ていることも多い。
うっかり喋りそうになって慌てて唇を閉じる場面は何度あったことか。
もちろんからも突っついてみた。
どうして避けるようなマネをしていたのか、とか。
どうしてわざわざ迎えに来てくれたのか、とか。
どうしてそんなに急いで帰ろうとしているのか、とか。
重ねて問いかけたのだが、答えはいつも同じだった。
(“内緒”、ねぇ……)
は掌の上に乗せたティムキャンピーを見つめて考える。
こうも回答を避けられては、訊くのも悪い気がしてきた。
アジア区支部にいたころは何が何でも解明したい謎だったのに、傍に居る今では強情にもなれない。
それはもう、“怖い”からではなくて……。
(悪い意味じゃないみたいだもの)
向かい合ってみればわかった。
瞳を見つめれば考えるまでもなく納得できた。
アレンは別段、自分を嫌って避けていたわけではないのだ。
そうでなければ遠路はるばる迎えに来るはずがない。
コムイの許可も取らずに飛び出してきたと言うのだから、なおさらだ。
そうして予想できることといえば、本部にはきっと何かが待ち構えている。
それがにとって嫌なものではないということだけだった。
(無理に話させるのもなぁ……)
アレンには何か考えがあるのだろう。
無理やり口を開かせるのはひどい気がする。
そう思うけれども人間だから、完全に好奇心を消すことが出来ない。
一体どうするべきか……。
はもう幾度となくそれを思案していた。
(やっぱり、どうしても気になる)
あと少しで本部に到着することもあって、は最後にもう一度だけ、同じ質問を投げかけてみることにした。
無理強いをしたいわけではないから、返事が繰り返しでも構わないと思う。
それは再会を果たした今でも言葉少なでいようとするアレンと、話をしていたいだけなのかもしれなかった。
「アレン」
名前を呼べば彼が振り返る。
そこでふいに掌の上のゴーレムが羽ばたいた。
は不思議に思ったけれど、とにかくアレンに顔を向けて言う。
「ねぇ……」
しかし、続きは声にならなかった。
唐突に口を塞がれたのだ。
は軽く目を見張る。
唇が開かない。
そこに何かが押し当てられる感触と、“ちゅ”と軽く鳴る音。
「「…………………………」」
もきょとんとしたけれど、アレンは雷に打たれたかのように固まっていた。
視界の隅に驚いた顔の彼がいて、他は金色でいっぱいだ。
一度開放されて、また塞がれる。
球体の物が唇にぶつかってくる。
そこでようやくは、ティムキャンピーにキスをされていることを理解した。
アレンへの質問を邪魔しようとしただけのようだが、の唇が気に入ったのか何度も繰り返される。
そうしての掌の上に戻ると、ティムキャンピーは上機嫌で羽を動かした。
このゴーレムはクロスが創ったものだからか、他よりも人間らしいじゃれ合いをしてくることが多い。
けれどこんな風にキスをされたのは初めてだった。
それがあまりに可愛くて、は思わず微笑んでしまった。
しかし、すぐに不穏な気配を感じて凍りつく。
「ティームーキャーンーピー」
地獄の底から聞こえてくるような低音が響いた。
猛烈なスピードで伸びてきた手が、ゴーレムを握り潰さんばかりの勢いで捕まえる。
それは言わずもがな、恐ろしい形相をしたアレンだった。
「お前は……っ、何をしてるんだ!」
怒鳴るやいなや、彼は思い切り腕を振りかぶる。
そしてゴーレムを全力投球した。
ぶん投げられたティムキャンピーは猛スピードで進行方向に消えていった。
は吃驚して言う。
「ちょ、アレン!ティムが可哀想だよ」
「可哀想じゃない!大体、君も何を簡単に奪われてるんだ!」
「別にいいじゃない。ちゅーくらい」
「……くらい?」
そこでアレンの表情が変わった。
怒りの表情の中に何か……、苛立ちというよりは少しだけ傷ついたような色が浮かぶ。
はまた驚いて何か言おうとしたが、それより先に激突音が響いてくる。
それに悲鳴が重なった。
「いってぇ!何さコレ……って、あれ?ティムキャンピー?」
聞き覚えのある声に、はボートから身を乗り出した。
向う先の闇に目を凝らせば光が見えてくる。
どうやらついに本部に帰り着いたらしい。
船着場に立った長身の影に、は声をあげた。
「ラビ!」
彼は真っ赤になった鼻をさすっていた。
片手にぶら下がっているのはティムキャンピーで、どうやらアレンがぶん投げたそれと顔面衝突してしまったらしい。
痛みに涙を浮かべた翡翠の眼がこちらに向けられる。
「!アレンも、待ってたぜ!」
弾けるような笑顔を浮かべて、彼は大きく手を振った。
まだ遠いのに大声で話しかけてくるから、も手を振り返して笑う。
後ろからリナリーやミランダも顔を出したから、ますます嬉しくなった。
「ようやく帰ってきたわ!兄さんに知らせないと」
「お帰りなさい、二人とも。お疲れさま……」
ボートは静かに船着場に辿り着き、止まった。
は船頭に頭を下げてお礼を言うと、勢いよく飛び降りる。
ラビが両腕を広げて受け止めてくれた。
「ただいま!」
親友との抱擁を交わし、少し離れた瞬間に横からリナリーが抱きついてくる。
ラビが場所を譲ったからは真正面から彼女を抱き返した。
次にミランダを見たけれど、何だかもじもじするばかりだ。
だからは自分から進んでいってその細い体に腕をまわした。
ミランダは一瞬驚いたように身を強張らせて、すぐに優しく背中を撫でてくれる。
その後ろでは、船から降り立ったアレンとラビが言葉を交わしていた。
「間に合ったな」
「何とか……。ギリギリでしたけど」
「結果オーライ!だろ?」
「……そういうの聞くと本当に君たちは親友なんだと思いますよ。……準備は?」
「バッチリさ」
「最後、全部任せてしまってすみません」
「いいって」
それを聞いて、何のことだろうとは思う。
振り返ろうと身じろぎをすればミランダがオロオロし始めた。
「き、傷が痛むの?私が抱きしめたりしたから……っ」
「え。違う違う!大丈夫だよ」
は彼女を見上げて微笑んで、もっとぎゅっと抱きついた。
「もう平気。心配してくれてありがとう、ミランダ」
「それを決めるのは君じゃないよ」
ふいに声をかけられてはミランダの向こうに顔を出す。
そこに居たのは白衣を纏った猫っ毛の男性。
見慣れた眠たげな顔に、は瞬いた。
「ラスティ班長」
「お帰り、君。アレン君もご苦労さま」
「ただいま」
「ただいま帰りました。それと、お願いします」
二人は口々に帰宅の挨拶を述べたのだが、アレンはそう続けて手でを指した。
察したようにミランダがそっと離れる。
が見つめれば眉を下げて微笑まれた。
「検査よ。あなたが本当に回復しているか診てもらうの」
「アジア区支部から連絡は来ているけどね。君は無茶ばかりするし、大丈夫ではないのにそうと言うところがある」
ラスティはあくびを噛み殺しながら近づいてきた。
だるそうに金髪を撫でられる。
「ちゃんと俺が診て、判断するよ」
それを聞いては納得しかけたが、やっぱり首を傾けた。
「私が自分で医務室に行きますよ。いつも怪我をして帰ったら、そうしているでしょう?」
こんな薄暗い地下水路まで医療班班長が出向くというのはおかしな話だ。
ラスティが個人的に出迎えてくれるのならまだしも、仕事を帯びての登場というのは妙だった。
「……今回は特別」
そう言うラスティにぐいっ、と引き寄せられる。
「アレンくんの要請だよ。この検査で俺がよしとしなかったら、君は今晩出席できない。大人しくベッドで寝ていてもらうからね」
「……出席?」
それって何の話?と問う前に、ラスティが指を鳴らして合図をした。
その途端に現われたのは婦長を筆頭とする医療班員たちだ。
は瞬く間に彼らに囲まれ、確保される。
「検査室に連行」
「承知しましたわ」
淡々とラスティが命じ、婦長が代表として応える。
は声をあげる間もなくその場から連れ去られていった。
最後に婦長の肩越しに見た皆が気遣わしそうにしていたから、微笑む返すことは忘れなかったけれど。
その後、検査室に放り込まれて、あっという間に衣服を脱がされた。
怪我の具合を検査、他にも筋肉や神経を調べられる。
少しでも身動きをすれば問答無用で取り押さえられる。
腹部の傷は完全に塞がっていたから包帯を取られた。
顔や腕に走った裂傷には顔をしかめられたけれど、特に何も言われなかった。
「女の子が残るような怪我をして!」という、いつものお小言も聞こえてこない。(雰囲気だけはそう告げていたけれど)
そうやっては時間を惜しむように次から次へと検査に回され、最後にラスティの元に引きずり出された時にはだいぶ目を回していた。
「な、何でこんなに忙しいんですか……?」
あまりの高速スピードだ。
こんなに早く、しかし詳しく検査されたのは初めてのことだった。
「これは、つまり……何かあるんですよ、ね?」
「うーん。なかなかの回復力だ。さすがだね君」
ぐらぐらする頭を支えて訊いてみただが、ラスティは普通に無視した。
班員たちの記した検査結果をめくりながら何度か頷く。
それから少し顔をしかめて、椅子から降りると床に跪いた。
の脚を掴んで持ち上げる。
足首の骨を触っては押してその感覚を確かめた。
「……ここだけが少し、心配かな」
「ああ……、複雑骨折したところですね。もうくっついてるって聞きましたけど」
「まぁね。でも、動くには早い」
そこでラスティは深いため息をついた。
「……と、言いたいところだけど。仕方ないな」
呟きながらも彼は取り出してきた包帯で、の足をしっかりと縛った。
白い布を巧みに使って固定する。
そうすれば怪我をした当初からあった不自然な感覚が、一瞬にして消えた。
はあまりに鮮やかなラスティの処置に感心する。
尊敬の眼差しで見つめていると、彼はのっそりと立ち上がった。
手当てを施したときとは正反対の様子だ。
眠そうに面倒くさそうに言う。
「一晩くらいならこれで大丈夫。ただし、あまり激しくは動かないで」
「は、はい」
「くれぐれも負担をかけすぎないように。いいね?」
「わかりました」
「じゃあもう行っていいよ。君には次があるから」
「次……?」
は首を傾げたがラスティはまたもや構ってくれない。
検査室の扉まで進んでいって、それを大きく開いた。
そうして飛び込んできたのはリナリーだった。続いてミランダも姿を見せる。
ラスティは部屋の外で待っていたらしい彼女たちを迎え入れると、短く告げた。
「検査は一応合格」
即座によかった!と声をあげて、リナリーとミランダは手を取り合った。
その微笑ましい様子にラスティは表情を少しだけ動かしたが、釘を刺すのは忘れない。
「“一応”、だからね。あんまり引っ張りまわさないでよ」
「はい。わかっています」
「ええ。ありがとうございました、ラスティさん」
明るく笑って二人はこちらに駆けてきた。
左右からそれぞれがの手を取る。
「さぁ、こっちよ」
「行きましょう?」
「いやもう、本当に逝きそうだよ……?」
は思わず涙目で訴えた。
それもそのはず、自分が検査を受けている間に着替えてきたのだろう、リナリーとミランダが美しいドレスを身に纏っていたからだ。
二人の雰囲気に合った上品なデザインで、女性が大好きなとしては天にも昇るような光景である。
「ありがとう……!二人とも、可愛すぎてありがとう!!」
惜しみもなく感動の涙を流せば、彼女たちは照れたように顔を見合わせた。
「ふふ。ったら」
「ありがとうはこちらの台詞だわ……。あぁそれよりもホラ」
「そうよ。急がなくちゃ!」
「え。何が?てゆーか、その格好……」
「「早く!!」」
は美人に囲まれて腑抜けになっていたのだが、急かされて立ちあがる。
繋がれた手を引かれて検査室を飛び出していった。
後ろを振り向いてラスティたち医療班にお礼を言えば、「また後で」と返される。
それを不思議に思う間もなく角を曲がって廊下を少し走り、辿り着いたのは教団の一室だった。
両開きの扉をリナリーとミランダが開き、を中に押し込む。
「………………っつ」
瞬間、は本当に死にそうになった。
というよりも死んだのかと思った。
何故ならそこは、天国だったのだ。
「お帰りなさい、さん!」
「ここに来たってことは、ラスティ班長のお許しが出たのね」
「よかったー!これで駄目だとか言われたら、ホントに立ち直れないわ」
「ねぇ、アレンくんも可哀想」
「大丈夫よ。ちゃんが私たちの期待を、そんな風に裏切るはずがないわ」
「そうよそうよ!!」
最後のほうは合唱になって、皆が顔を見合わせて頷いている。
それから全員がへと微笑みかけた。
その輝く笑顔の群れに今度こそ本当に昇天しかける。
魂を持っていかれたは目眩を覚えて、背後の扉にすがりついた。
よろめいた瞬間いくつもの心配の声があがる。
そこに居たのは教団に所属している女性陣だった。
そして、全員がリナリーやミランダと同じように、色とりどりのドレスに身を包んでいたのだ。
「こ、これは何……?夢?妄想?」
としてはそう思うしかないほど、素晴らしい光景だ。
わなわなと震えて頭を抱える。
輝かんばかりの室内とは正反対に、は顔を絶望に染めた。
だってこれは嘆くしかない事態である。
「あああああああああ神様ごめんなさい!こんな幻覚を見るなんて、私は罪深い穢れた煩悩の塊です……!きっと救われない許されない!でも心の底から幸せです、ごめんなさいぃぃぃぃいいいいい!!」
滂沱の涙を流しながらわめくけれど、その間に両腕をリナリーとミランダに捕まえられる。
引きずられていきながらもは思う。
これは夢だ、妄想だ。
長い間、本部の友人たちに会えていなかったから禁断症状が出たのだ。
「まさか幻を見るだなんて……っ、自分が恥ずかしい!でも皆かわいい大好きだー!!」
「はいはい。もう、私以外にもそんなこと言っちゃうのね」
「ちゃん、リナリーちゃんがヤキモチを焼いているわ……」
「大丈夫、あいしてる!」
全力でそう返した途端、部屋の中央に座らされた。
他の皆を押しのけてリナリーが身を乗り出してくる。
その白い指先がの顎にかけられた。
「本当に?」
じとりと睨まれたが、にとってはそれすらも可愛らしい。
思わずいつもの調子でリナリーの頬を撫でた。
「もちろんだよ。君の瞳に乾杯……いや、完敗さ」
それは語尾に星マークが付きそうなアレな口調だった。
普通に聞けばバナナで釘が打てそうなくらい寒いのだが、妙にキマっているせいもあってリナリーはわずかに頬を染める。
「わ、私も愛しているわ」
「うん……。それなのに、あなたを邪な妄想で汚してしまってごめんなさい……!」
「そんな、妄想なんかじゃ……」
リナリーは言いかけて、ふと口をつぐんだ。
先刻とはうって変わって、己の罪深さにうるうるプルプルしているを見つめる。
そして満面の笑みを浮かべた。
「そう、だったら償いをしてね。……」
「うん。うんうんうんうん、私が悪いもんね!何をすればいいの!?」
「脱いで」
「…………………………は?」
「脱・い・で」
「……………………………………はい?」
「いいえ……他の女の子に目を向けた罰として、私に脱がされなさい!!」
リナリーは高々とそう叫ぶと、勢いよくを押し倒した。
周囲からは楽しそうな悲鳴があがる。
我も我もと殺到してくる。
ミランダだけが制止の声をか細く放った。
「リナリーちゃん!皆さんもそんな乱暴に……!」
「の浮気者ー!!」
「ひぃぃぃい!リナリー、何だかキャラが違うっ」
は何とか逃れようとしたのだが、リナリーに手荒なマネは出来ないし、皆も彼女に協力している。
人数で負けて、はすぐさま裸に剥かれる。
検査室でも同じようにされたが、何だか意味合いが違って怖い。
これは天罰か、と怯えた目で見上げればリナリーに容赦なく剥ぎ取られて胸まで丸出しになった。
残ったのは下着一枚。
「あぁ、本当にシェルピンクのストライプに白のフリル、アイボリーのリボンだったんだ。穿いている本人ですら覚えてないことを……アレンって観察力と記憶力良すぎ……」
は遠い目をして呟いたが、周りを囲む女性陣は別のことで盛り上がっていた。
「何よこのウエスト!信じられないわ!!」
「それより胸よ!サイズ測っちゃいましょう」
「肌キレイねぇ。本当に白いのねぇ」
「ちょ、みんな見て!ここ!ここって最高よ!?」
「きゃー、私にも触らせてー!!」
とか何とか騒いで、あらゆる方向から手が伸びてくる。
べたべた触られてプライバシーも何もあったものではない。
皆に抱きつかれて遊ばれて、が茫然自失となったころに、ようやくミランダが服らしきものを着せてくれた。
「あ、あの……いつまでもやっているとちゃんが風邪を引いてしまいますよ。それに時間が…………」
この場で唯一の常識人である彼女が言えば、一同は我に返ったように行動を開始した。
それでもきゃあきゃあいじられるのには変わらないから、は振り回されながら呻く。
「な、なにが何だか……」
「ちゃん、腕上げて」
ミランダに指示されたままに動けば、急に胸を圧迫された。
何だか肉を寄せ上げて固定しているようだ。
コルセットというものなのだが、にとっては滅多にお目にかからないシロモノだ。
というよりも、滅多にじゃないとお目にかかりたくない。
「苦しい……」
「我慢してね」
ミランダは慰めるように微笑んで、後ろに下がった。
入れ替わるようにリナリーが出てきて頭からドレスをかぶせる。
皆が麗しい装いをしているのは幻覚のはずなのに、どうして自分まで同じような格好をさせられようとしているのだろう。
はぼんやりと考えるけれど、その間に髪を梳かれて結い上げられ、花で飾られる。
それが終れば何人もの女性に囲まれて化粧を施された。
顔や体の傷までおしろいが塗られる。
ちょっぴり痛いけれど、さすがの手腕だった。
瞬く間に痛々しい跡が綺麗に消えていった。
は本当に感心したけれど、気持ちとは裏腹に化粧の匂いにくしゃみをしそうになる。
鼻がむずむずして仕方がなかった。
必死に我慢しようとして、そちらにばかり気持ちが傾く。
「出来たわ!」
はリナリーのその声で我に返った。
どうやらくしゃみを堪えているうちに意識を飛ばしてしまっていたようだ。
ぱちぱちと瞬いて、周りを見渡す。
途端にその場にいた全員が、一斉に満足気なため息をついた。
「あ、今の可愛い。うっとりしている感じが最高だよ皆」
はまだ少し朦朧としながらそう誉めたのだが、もっと盛大に誉め返されて度肝を抜かれた。
「可愛いのはあなたのほうよ!」
「さすが元がいいだけあるわぁ」
「ドレスもよく似合っているし」
「ねぇ、リナリーちゃんがラビくんと相談……というか喧嘩しながら選んだ甲斐があったわね」
「うんうん、完璧だわ!」
身を乗り出して口々に言われて、はまた抱きつかれるかと思った。
しかし誰もがそれを我慢しているようだ。
不思議に思ったが、その理由は鏡の前に連れて行かれた瞬間に納得した。
「お」
は鏡面に映った己を見て、思わず変な声を出してしまった。
「おおおおお?」
吃驚して自分の体を見下ろす。
コルセットの中に納まった胸が見えて、その下にぴらぴらした布が続いている。
色は白だ。
上から黒のレースがあしらわれていて、花か雪のような文様を描き出していた。
パーティドレスのようなのに少し裾が長い。
そう思ってちょっと動くと太ももが覗いた。
スリットが入っていて、可愛さ中に大人らしさを取り込んだ造りになっているらしい。
「おおおおおおおおおおおおおおお!?」
何だこの格好、ばかりに声をあげて俯いていた状態からなおれば自分の顔が見えた。
鏡の中からこちらを凝視している。
微妙な表情を貼り付けたそこには、綺麗に化粧が施されていて何だか見慣れない。
唇がいつもより赤い気がする。
髪には銀縁のリボンと水晶の飾り。
耳や首にも磨かれた透明な珠が光っていた。
そしてそれらが、みんなが抱きついてこない理由だった。
今そんなことをすれば、せっかくセットした髪やらドレスやらが崩れてしまうからだ。
それはそうと、はいまだにこの状況に理解が追いついていない。
「おおおおおおおおおおおっ?」
は困ったのと混乱したのとで言葉が出ずに、その声だけで周りに疑問を投げかけた。
けれど誰ひとり構ってくれなかった。
みんな可愛いだの似合っているだの力作だ!だのはしゃいでいて、の困惑した様子に気がつくことがなかったのだ。
「最高よ!本当に可愛いわ!!」
「ええ、とっても綺麗……。素敵よ、ちゃん」
にこにこ笑うリナリーに手を握られ、おっとり微笑むミランダに頬を包まれる。
その様子があまりにも嬉しそうなので「いやいやそっちこそね!」と思ったが、は腑抜けにならないようがんばった。
「おおおおおお……じゃなくて。皆がデレデレしたくなるほど可愛いけど我慢して。あ、あの、これって何?なにが……」
必死に自制してそう尋ねたが、答えをもらうより早く外から扉が叩かれた。
皆がちょっと驚いた声をあげる。
何故ならそれはノックというよりも乱暴で、正しく言うと蹴り鳴らされているようだったからだ。
「おい、まだかよ。早くしろ」
聞こえてきたのは聞き覚えのある不機嫌な声。
は即座に誰だかわかって名前を呼ぶ。
「神田」
「バカ女か。準備はできたのか?」
「いやぁ、何を指してそう言っているのかわからないけれど。ここにいる皆は今すぐお嫁さんにもらいたいくらいに準備万端だよ!」
「テメェの馬鹿さ具合も万端だな。いいから早くしろよ」
「何を?」
「それは……」
そこで今度こそコンコンッという丁寧なノックの音が聞こえてきた。
しかしそれは神田ではなく、確実にその隣からを発せられている。
「失礼」
穏やかな声はアレンのものだった。
「迎えに来ました。準備は整いましたか?」
そう言ってから、何だか盛大なため息をつく。
「女性が身支度をしている部屋に、正式なノックもしないで声をかけるだなんて……。有り得ませんよ神田。しかも“早くしろ”はひどすぎます」
「何だと?」
「相手は美しく装っている最中なんですよ?それを急かすだなんて失礼だ。むしろ喜んで待ってあげるのが男の役目です」
「支部に迎えにいくほど急いていたのは、テメェじゃねぇのかよ」
「それとこれとは話が別です」
「………………うぜぇ奴だな」
「それはどうも」
神田は吐き捨てる口調で、アレンは鼻で笑い飛ばす調子だ。
扉の向こうで火花が散っているのがにははっきりと見えるかのようだった。
神田はもうアレンと口をききたくないらしく、こちらに向って言う。
「早く来い。俺は先に行ってる」
「神田ってば。を呼びに来たくせに、一人で行ってしまうの?」
呆れて訊いたリナリーに、神田は返事のように扉を叩いた。
「モヤシと一緒はごめんだ」
それだけ言い捨てて、神田は踵を返してしまったようだった。
雰囲気で遠ざかっていったのがわかる。
リナリーがまだぷんぷんしていたけれど、は何とも神田らしいと思う。(彼というのはいつも「勝手にしろ」と置き去りにして、そのくせちゃんと先で待っていてくれる人なのだ)
「でも、そうね……。私たちも先に行っていましょうか」
ミランダが口元に手を当ててを振り返った。
ちょっと妙なくらいの笑顔だ。
視線で問いかけるが彼女はにこにこするばかりである。
「エスコートは一人で充分だもの。アレンくんに任せましょう」
両手を合わせてそう言えば、周りの女性陣まで同じような笑顔になった。
一斉にを振り返って含み笑いをする。
それから言葉もなく、示し合わせたようにひとまとまりになって扉に向っていった。
「え?どういうこと?」
が訊くけれど、微笑むばかりで誰も足を止めてくれない。
そそくさと部屋を出て行く。
最後にミランダがリナリーの背を押して退出し、廊下に立っていたアレンに声をかけた。
「アレンくんが始めたことだもの。いいでしょう?ね、リナリーちゃんも」
「僕は構いませんけど……」
「……はぁ。私がにエスコートしてもらいたかったのに。仕方ないわね」
リナリーはちらりとを振り返って、それからアレンを横目で見た。
「譲るのは今回だけよ?」
普段より低音のその言葉に、アレンは苦笑したようだった。
そんなリナリーをミランダがなだめて廊下を歩き去る。
室内には着飾られたがぽつんと一人残された。
「え、えーっと。これはつまり……」
あれだけ騒がしかった空間が急に静かになったからか、はちょっと冷静に戻った。
もっと落ち着こうと息を吸うけれどコルセットが苦しい。
締め付けられる体の違和感が、これが夢や幻ではないこと告げていた。
現実だとすれば直感と推測に従ってそれをハッキリさせる必要がある。
はアレンの姿を隠す半開きの扉板に向って言った。
「ねぇ、アレン。これって……」
「待って」
扉に近づこうとすれば制止された。
は不思議に思って足を止める。
アレンはまたちょっとだけノックをした。
「入ってもいいですか?」
「うん。別に聞かなくてもいいよ?」
「……女性が着替えをしていた部屋ですよ。許可もなしに入れません」
「いつも私の部屋に無断で入ってくるのは、アレンじゃなかったっけ……?」
は何となく冷や汗を浮かべる。
「それにどうしたの。さっきから私を女の子扱いなんかして」
「今日は特別」
アレンはそう言いながらきちんと扉を開いた。
そうして部屋に一歩入った瞬間、目を見張る。
アレンは何だか驚いた様子だったが、対峙するも負けないくらい彼を凝視していた。
「な、なにその格好……」
は思わず呟く。
何故ならアレンが女性陣と同じく着替えをしていたからだ。
もちろん男性だからドレスではない。
いわゆる正装というやつだ。
染み一つない白いシャツに、綺麗な色のタイ。
黒の上下に磨かれた靴。
普段着からそう変わったものではないけれど、やはりきちんとすると見栄えがした。
優美な顔立ちとすらりとした体格がいっそう引き立っている。
まさに“英国紳士”を絵に描いたような姿だった。
「へぇ……」
がぽかんとアレンを眺めているうちに、彼もこちらを観察し終わったようだった。
「ドレス競いはリナリーが勝ったのかな。ラビが選んだにしては露出が少ない。白と黒なのも、今日だから……」
「いや、あの、私よりもアレンの格好が気になるんだけど」
が言いながら前に出ると、アレンはぎょっとしたようだった。
視線を辿れば自分のドレスのスカート。
そのスリットから覗いた太ももだった。
動いた弾みで見えてしまったらしい。
「…………前言撤回。ラビも相当がんばったみたいですね」
「ファッションチェックはもういいから!」
「ちょっと、あんまり激しく動かないでください!脚が丸見えになるでしょう!?」
にとってはまったく気にならないことを言って、アレンが両腕を伸ばしてきた。
がっちりと拘束されて、ついでに距離が近くなって吃驚する。
頭の上で吐息をつかれた。
「まったくもう……」
アレンはそのままの手を掬い取ると、優しく握って歩き出した。
「行こう。皆が待ってる」
どこへ?と聞こうとして、は黙った。
前を行くアレンの頬に赤みが差していたからだ。
何だか真っ直ぐ見てはいけない気がして視線を逸らすと、部屋の隅にある鏡が目に入った。
そこに映ったのは正装の男女。
素敵な紳士に手を取られた自分の姿だった。
握られた掌が、熱い。
「何となく、わかってきた気がするの」
アレンに連れられて教団の中を歩きながら、は呟いた。
アレンは振り返らない。
こちらの手を取って、前に導いてゆく。
は慣れないドレスを肌にこそばく感じながら続ける。
「廊下に誰もいないし、部屋にいる気配もない。これは絶対に変よ」
言葉通り、本当に人気がなかった。
いつもは賑やかな食堂でさえ明かりが落とされしんとしている。
その前をアレンとは通過していった。
「さらに、皆のドレスとアレンの正装。私までこんな格好だものね」
「それはリナリーとラビのせいです」
思わずといったようにアレンが口を挟んだ。
「あの二人が君にドレスを着せたがって。僕が“にそんな格好をさせてもすぐに脱いでしまいますよ”って言ったら……」
「全員正装することになったの?」
「はい。周りの皆が一緒なら、君が抵抗しないと思ったみたいですよ」
「いや、抵抗する間もなく着せられたけどね。確かにみんなも同じなら脱げないなぁ……」
コルセットが苦しいので早くも脱衣を望んでいるのだが、どうやら逃げ道はないらしい。
ちょっと落ち込む。
しかしそこは前向きな(前向き過ぎるという噂もある)だ。
すぐに良いことを見つけて笑顔になった。
「まぁ、そのおかげで夢かと思うほど可愛い女の子たちが見れたんだよね」
「…………言っておきますけど、今日は口説くの禁止ですよ」
「ええ?何で!?」
「不思議そうな顔しないでください当然でしょう!そもそも、その格好で女性に迫る気なんですか!?」
「ばっか、大事なのは見た目じゃなくてハート!燃え盛るこの熱いハートなのよっ」
「あぁもう!とにかく駄目です。今日の君は特別なんだから」
「………………はい?」
当たり前のように言われて、は瞬きを繰り返した。
それから少し視線を落とす。
ようやくわかってきたことを思う。
ここしばらく帰路に急いていたから、あまりカレンダーを見ることができなかった。
ずっと通信が通じないのだからお祝いの言葉だって届けられないと思っていたし。
決して忘れていたわけではないのだが、今年は自分が関わることのできない日だと思い込んでいたのだ。
だから繋いだアレンの手をぎゅっと握り返して言う。
「今日が特別なのは……アレン、でしょ」
「そうだよ」
アレンがあっさりと返すから、下を向いたまま目を見張る。
彼はどうやら微笑んでいるようだった。
「僕の特別。だから、君が特別だ」
「……?どういうこと?だって今日は」
「」
アレンが急にこちらを返り見た。
指先で唇に触れられる。
そうやって言葉を封じてくる彼の顔には、もう笑みがなかった。
真剣な表情でアレンはに告げる。
「まだ言わないで」
「アレン……?」
が見つめ返すと、その口元が少しだけ緩んだ。
「いつも、君ばかりだから。今日くらいはいいでしょう?」
アレンは胸元に飾っていた白い花を手に取ると、それをの髪に挿した。
結い上げられた金髪を優美な花弁で飾る。
そのまま指先が下りてきて耳を撫でられた。
アレンはそこに唇を寄せると、内緒話のようにに囁いた。
「今日だけは、僕に振り回されていて」
吐息が鼓膜を撫でて、体に熱を灯す。
は何だか妙に吃驚して思わず頬を染めた。
慌ててアレンから離れれば髪に挿された花が揺れる。
触れてみてハッとした。
「これ……」
その白花は、去年のこの日にアレンに貰ったものと同じだった。
あのときも彼はこうやって自分の髪に挿してくれたのだ。
今度こそ確信を持ったは、アレンを見上げた。
彼は笑顔を浮かべて繋いだ手を引っ張る。
とある部屋の前まで一気に導いた。
そして言う。
「メリークリスマス!」
瞬間、眼前の扉が勢いよく開かれた。
「「「メリークリスマス!!」」」
いくつにも重なった声がに向ってきた。
温かくて愛おしくて大切な何かが波のように全身を包み込む。
室内の明るさに目を眩ませたは、次第に回復してきた視力のせいで息を呑むことになった。
そこは教団の大広間だった。
毎年毎年、この日にパーティーを行う場所とは違う。
もっと広くて天井が高い。
それなのに室内中が美しく飾り付けられていてキラキラ輝いている。
テーブルがいくつもあって、その上には所狭しと並べられたごちそう。
そして着飾った団員たちが微笑んで、列を成して立っていた。
が呆然としていると揃ってクラッカーを鳴らして驚かせた。
音に飛び上がって耳を塞いだに皆が声をあげて笑う。
「これ……」
何となく気付いてはいたけれど、あまりの豪勢さに言葉を失う。
いつもと規模が違っているのだ。
「すごい……、どうして」
「皆でがんばったんだよ」
そんな声が聞こえてきて、は振り返った。
そこにはサンタの帽子をかぶった、ご機嫌な格好のコムイが立っている。
「いつもクリスマスパーティー用意してくれるのはちゃんだろう?だから今年は君に内緒で、皆で準備をしたんだ」
彼は得意げに両手を広げて見せた。
「毎年毎年、君だけが駆けずり回っているからね。企画するのはボクでも、後は全て任せっきりだ」
アレンに手を引かれては室内に入る。
目が眩むほどのイルミネーションと巨大なツリーに見とれそうになるけれど、コムイの言葉に驚いて首を振った。
「そんな、皆が協力してくれてますよ」
「それは君が声をかけたからだよ」
コムイの言をリーバーをはじめとする科学班が引き継いだ。
「毎年やろうと言ってくるのがお前じゃなきゃ、手伝わないって。仕事が忙しいんだから」
「そうそう。パーティーなんて子供みたいなことさ」
「いつも書類を押し付けちゃってるからなぁ。最初はそのお礼のつもりだったんだけど」
ぽりぽりと頬を掻く科学班員に周りが笑う。
難しい顔ばかりしている年かさの男性達が、たったひとりの少女を前に照れているのが微笑ましいのだろう。
話の続きは探索隊の面々に移った。
「私達もちゃんの付き合いで始めただけなのにね。だんだんと楽しくなってきちゃって」
「ええ、ツリーの飾りつけとか子供に戻ったみたいで嬉しかったわ」
「当日はいつもぶっ倒れるまで騒ぎ倒すんだ。こんなに笑える日は滅多にねぇよ」
口々に言って、次はジェリーたち総合管理班だ。
「アタシたちも毎年今日が待ち遠しいのよぉ。料理の腕を思う存分に振るえるし、アンタが持ってくるレシピを作るのが楽しみで楽しみで」
「世界のクリスマス料理だもんな。あれは一種の挑戦状だよ」
「ああ。あんな笑顔で“おいしい”とお礼を言われたら、料理人として応えないわけにはいかない」
息巻くコック達を見て大食らいのアレンがとても嬉しそうにしている。
最後に医療班のメンバーが、ぼんやり立っているラスティに言った。
「それにこのパーティーは精神上いいんですよ。怪我人の回復は早くなるし、病人は少なくなるし」
「そういう人たちは揃って“パーティーに出たい”って言うんだよなぁ。ねぇ班長?」
「ああ……、うん。何故かこの時期になると皆が元気になる。医療室に来る人が減って助かるよ」
は声のするほうに体を向けてそれを聞いた。
結果、一回転してコムイに向き直る。
彼は笑顔でを見つめた。
「これが、君が一生懸命に駆けずり回ってくれた結果だよ。こんな戦争の中でも団員達が一緒に、笑顔で楽しめればいいと……それだけのために」
「言い出したのはコムイ室長、ですよ」
「天才のボクでも、ここまで皆を巻き込めると思っていなかったよ」
はとても自分の力だとは考えられなくてそう言うと、コムイは笑って肩をすくませた。
おどけるようだが嘘をついている口調ではない。
「本当を言うと、最初は科学班の皆とリナリーと……それくらいのメンバーでするつもりだったんだ」
「ええ?うそっ」
「だって個性派揃いの団員達だよ?滅多なことではまとまらないさ」
「わ、私また突っ走っちゃいましたか……」
「うん。でも、ありがとう。君のおかげで今日という楽しみが始まって。毎年みんなが笑顔だった」
「…………巻き込めなかった人もたくさんいますよ」
それはが“”だからという理由も、少なからず含まれていた。
得体の知れない自分を嫌って、話すら聞いてもらえなかったことだってある。
そのことを思い出して苦く笑うの頭に手が置かれる。
振り返ってみると、いつの間に近づいてきたのかラビだった。
「なぁ、知ってるか?」
正装を着崩した親友が、笑いながら髪に頬を寄せてくる。
「オマエがバカみたいに会場を盛り上げるから、何事だろうと思ってさ。“来ない”と言っていた奴まで顔を出したことがあるんだぜ?」
「……………………」
「やっぱりマジックはすっげぇさ!」
「それ、ホント?」
「ホントホント!だってほら」
にやりと笑ったラビは、立てた親指で背後を指差した。
「こーゆーこと大っ嫌いなユウが、しぶしぶながらも参加してるんだぜ?これで他の奴がいなかったら嘘だろ?」
「俺を引き合いに出すな」
指差されて神田が不愉快気な声を出した。
彼もやはり正装をしている。
そのことだけでは瞳を一杯に見開いて驚いた。
「神田がスーツ着てる……」
「な、何だよ。変な目で見るな」
ラビに怒った神田だったが、が凝視すれば視線を逸らしてしまった。
激しく不本意そうな顔をしているがこの場から去ろうとはしない。
「毎年、素敵なクリスマスをありがとう。」
笑顔のリナリーが言った。
隣でミランダも微笑を浮かべる。
「だから、今年は私たちからのお返しよ。貴方がしたように、皆のために」
「そして君のために」
声を引き継いだのはアレンだった。
彼は手を伸ばしての髪についたクラッカーの紙を取る。
そうして瞳を見つめて微笑んだ。
「皆で用意したんです。いつも君がくれる“素敵なクリスマス”を」
「言いだしっぺはアレンだぜ」
横からラビが告げ口をした。
耳打ちされたのだがしっかりと周囲にも聞こえている。
アレンは名前を呼んで怒って、ラビの顔をから引き剥がした。
けれど周りが隠すなと言うものだから弱りきって口を閉じる。
「アレンくんがボクのところに話を持ってきたときは驚いたよ。いつも喧嘩ばかりのくせに、やっぱり仲がいいんだから」
「まぁ、それからのへの接し方がなかったけどなぁ」
コムイの微笑とリーバーの呆れが重なる。
一人が言い出せば一気にそうだそうだと声があがった。
「あーアレはないよな。アレン、ほとんどのこと無視してたし」
「このことがバレないようにするのはわかるけど……ねぇ」
「ちょっとやりすぎだったと思うぜ」
苦笑混じりで言われたアレンは思わず大声で返した。
「皆はわかってないんですよ!が僕に関してどれだけ鋭いかって!!」
「一番肝心なこと気付かれてねぇくせに……」
「何か言いましたかラビ」
「いんやー。確かにそういうことには敏感だもんな。うん、わかるさ」
「わざとらしい……」
何だかアレンとラビが嫌な笑顔で見詰め合っているが、はそれどころではなかった。
何だか呆然とする。
驚くことが多すぎて困る。
そして気がつけばアレンの胸倉にしがみついていて、そのままの勢いで叫んだ。
「じゃあアレンが私を避けてたのって、これを隠すためだったの!?」
「え、……えっと。まぁ……。はい」
「そのためにずっと話しかけても逃げていって、目も合わせてくれなくって、呼んでも無視しとかしちゃってたわけ!?」
「ぼ、僕だって本当は嫌だったんですよ!でも傍にいれば話してしまいそうだったし、君と一緒にいると準備ができないし……」
「私が任務でいなくなるって聞いた時、あんなに嬉しそうだったのも……?」
「これでバレる心配がなくなったと思ったんです。まさかあんな大怪我をしてくるだなんて思ってもみませんでしたけど。…………驚きました」
「あ……あぁ……だから支部まで迎えに来てくれたんだ……」
「うん……無理にでも連れ帰らないと、パーティーに間に合わないから。ちゃ、ちゃんと怪我の具合は確かめましたよ?念のためにラスティさんにも見てもらったし……。絶対に無理はさせられませんから」
「やっと納得した……。でも、だからってあんな」
「他にやり方が思いつかなかったんですよ……。仕方ないでしょう」
「しかたな……って」
なんだそれ!とは思ったが、そこで一気に力が抜けてしまった。
何だか心底安心していた。
思わずぺたりと床に座り込むと、アレンが慌てて目の前に膝をついた。
「ご、ごめんなさい!でも、どうしても君に知られたくなかったんです。驚かせたくて……」
「驚いたよ……」
驚愕とか歓喜とか感動とか、安堵とかでは何となくアレンの胸をばしばし叩いた。
こんなことをしてもいいのだ。
本気では怒られないし嫌がられない。
きっと笑って許してくれる。
だってこんなにも自分のことを想っていてくれたのだから。
「驚きすぎて、どうしていいかわからない」
「ごめん」
「どうしてくれようかコノヤロウ」
「……」
「こんなの、嬉しすぎて“ありがとう”じゃ足りないじゃないバカ!」
は叫ぶだけ叫んで、目の前にしゃがみ込んだアレンの首に抱きついた。
あまりに急だったからアレンが驚いた声をあげる。
勢いに負けて後ろに尻餅をついた。
は彼の全身が強張ったことも、何か慌てて口走っていることも全部無視した。
胸に頬を寄せて顔を埋める。
それはちょっとだけ涙の滲んだ顔を見られたくなかったからだ。
「本当にすごい……」
呟く声が震えていることだって、気のせいだと思ってほしい。
はアレンの胸から顔をあげると、皆を見渡して力強く言い放った。
「こんな“素敵なクリスマス”は初めてよ!!」
そしてとびっきりの笑顔を浮かべれば、割れるような歓声があがった。
拍手をし、腕を組み合って、全員が笑い出す。
コムイが両手を打ち鳴らして言った。
「さぁ、パーティーの始まりだよ!」
「一発ハデに歌でも歌うか!あぁでもせっかく正装してるんだし」
便乗したラビは床に座り込んだままのアレンを見下ろして、にやりと微笑んだ。
「エスコートしてきたついでさ。二人で踊れよ」
「は……?はい!?」
「オープニングセレモニーにはぴったりさ!」
勝手に言いだしたラビに周りまでノって瞬く間に音楽が始まった。
冗談も本当にしようとするほど浮かれた雰囲気だ。
手拍子とはやしたてる声が一体化して会場を包み込み、を笑わせる。
「まったく……」
それはアレンも困惑顔を引っ込めて、苦笑してしまうほどのものだ。
彼はそう呟くと優雅に立ち上がる。
そしてに向き直った。
「今日は特別ですからね」
仕方ないという風にアレンは装うけれど、口元が笑んでいる。
だって同じだ。
どんなに努力をしても今は笑顔以外になれそうもなかった。
アレンは姿勢を正してお辞儀をし、に微笑みかけた。
「一曲お相手願えますか?」
答えは決まっている。
はドレスの裾をつまんで腰を屈める礼を取った。
「わたくしでよろしければ、喜んで」
何だかアレンとこんなことをしているのは嘘みたいで楽しい。
普段からは考えられないし、ついこの間まで連絡も取れなかったのに。
顔を見て、微笑み合って、きっと同じ気持ちでここに居る。
当たり前のように思うけど、何て素敵なことなんだろう。
アレンは嬉しそうに唇を緩めて、に掌を差し出した。
「それではお手をとうぞ」
「ありがとう」
二人は手を取り合って会場の中央に進んでゆく。
そのときはアレンに囁きかけた。
内緒話のように秘密の笑顔で。
「一曲だけでいいの?」
アレンはくすりと笑って応える。
「まさか」
人々が笑う。歌う。勝手に踊り出す。
それでも中央にいるのは若い二人の男女だった。
向かい合って腰を抱きこまれるときに、アレンが耳元で囁く。
「今夜はずっと、傍にいて」
は微笑んで応えた。
それは彼の手を取ったときから決めていたことだった。
ゆっくりと流れ出す舞曲。
それにのせては告げる。
「私でいいのなら、喜んで」
まるで、優しい音楽のように。
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