恋は気まぐれ、絶えず機嫌を取らなくちゃ。
ほら、あなたも気をつけて?
右に左に、前うしろ。


いつだって敵は颯爽とやってくる。







● サロメの死因  EPISODE 2 ●







「退院オメデトウ」


あまりに棒読みでそう言われたから、は思わず笑ってしまった。
病室の扉を開けた途端に目に入ったのは唇を尖らせた親友の顔で、廊下の壁際に背を丸めてうずくまっている姿は完全に拗ねモードだ。
床に“の”の字を書きながら、ラビはぶつくさ文句をたれた。


「ホントよかったさ。無事に治療が終わって、体調も戻って。ジジイへの話も片付いてさ。まぁ、オレはずーっと蚊帳の外だったわけだけど!」
「毎日顔を見に来てくれてたんだって?」
「一回も会わせてもらえなかったけどな!」
「お見舞いの品は渡してもらってたよ。ありがとう」
「何個かは叩き返されたけどな!」
「それエロ本とかでしょ」
「官能的な恋愛小説と言ってくれ!!」


涙目でそっぽを向く様子が可笑しくて、自然と笑いがこぼれ落ちる。
何だか懐かしい。いつものやりとりだ。
ラビも普段通りのに安心したようで、苦笑の滲む吐息をついた。
不機嫌を引っ込めて立ち上がる。


「ホラ」


何気なく手渡されたものが花束だったから、は瞳を見開いた。
赤とオレンジという明るい色味でまとめられたそれは、見ているだけで元気になれそうだ。
先に立って歩き出したラビの背に訊く。
だってこの花のセンスには見覚えがある。


「カナダに……、モントリオールに行ってきたの?」
「……ん。まぁ。任務でな」
「そう。元気だった?」
「元気だった。元気すぎて、めっちゃ怒られた」
「ええ?何で」
「その花がオマエの見舞い用だって言ったからさ」


ちょっと言葉に詰まったの額を、ラビは指先で弾いてみせた。


「オレが怒られたのはとばっちり。……コーネル、心配してたぞ」
「うーん。そこはお見舞い用じゃなくて、快気祝いだって言ってくれれば嬉しかったかな」
「結果的にそうなっただけだろ。まったく、無茶してさぁ。反省しなサイ!」
「はーい。……お花、嬉しい」
「あぁ。アイツに礼を言っておくさ」
「ラビにもね。ありがとう」


口元を緩めて花束を抱きしめると、ラビは一瞬眩しそうな顔をした。
それが切ないような、痛みを堪えるような表情だったから、は目を瞬かせる。
どうしたの?と訊きたかったのに、彼は諦めたみたいに笑って、頭を撫でてくれた。


「なぁ、


ラビが足を止めたから、も自然とそれに倣った。


「……オレは、『人魚姫』が嫌いだよ。昔もそう言ったけど、今だって変わってない。オレはあんな結末は嫌なんさ。絶対に」


ラビはプシュケの一件の顛末を知っているのだろうか。
唐突みたいに話し出した親友の顔を、じっと見上げながらは思った。
もし全てを承知の上で、そう告げているのなら、随分ひどいことを言わせているものだと自嘲する。


「頼むから。オレを、“人魚姫の姉たち”に、しないでくれ」


ラビの願いが緩やかに突き刺さる。
人魚姫は姉たちの懇願を聞き入れなかった。
王子さまへの愛を貫き、彼女らの哀を切り捨てた。
残される者の嘆きになど耳を貸さず、ある意味自分勝手に命をまっとうして、独りで消えていったのだ。


「ラビ。私は」
「甘やかすな」


哀しい翡翠の眼を慰めたかったのに、不意に横合いから切り捨てられた。
驚いてラビと一緒に振り返ると、廊下の向こうに人影がある。
長い黒髪。刃を思わせる眼差し。よく見知った顔だ。
神田は自分たちを待つように、壁に背をあずけて腕を組み、そこに佇んでいた。


「頼んでどうする、アホ兎。その女は殴って蹴って脅して、無理やり言うことを聞かせるくらいがちょうどいい」
「うわぁ、神田ってばバイオレンス!」


結構久しぶりだったものだから、は思わず突っ込んでしまったけれど、当の本人には不愉快そうに鼻を鳴らされてしまった。
まぁ、こちらとしても空気を読まなかった自覚はある。
親しい友人を前にして改められる自信はなかったけれど。


「人魚がどうとかってラビの話はめんどくせぇんだよ。要するに、テメェ勝手なことするんじゃねぇ!!ってことだろ」
「ユウちゃんは本当にわかりやすくて好きだよ」
「……馬鹿にしてんのか」
「失礼な!馬鹿になんてしてないよ。バカだとは思ってるけど」
「なお悪い!!!!」


神田は大声で怒鳴って勢いよく壁から身を起こした。
そしてと向かい合うと、その顔を真正面から睨み据える。


「これだけは言っておく。二度と、あいつらに手を出させる口実を与えるな。自分本位な行動は許さねぇぞ」
「……うん。ちゃんと気をつけてるつもりだったんだけど」
「足りねぇな」
「ごめん」
「いいか。今度やらかすってんなら」
「俺が叩き斬ってやるって?それとも切腹しろ!かな」


怖いなぁと思って冷や汗をかいたを、神田は予想外に真剣な瞳で射抜いた。


「どうしてもやらかすっていうのなら、俺の目の届くところでしろ」


咄嗟に言葉を失った。
神田は淡々と告げる。当たり前みたいに言う。


「今回のように、俺の知らないところで、わけのわからないことをするな」
「………………………」
「お前、モヤシに遅れを取るってことが、どれだけ屈辱かわかってんのか」


心底嫌そうに顔をしかめる神田に、は何も返せない。
嬉しいのに笑えない。
ラビの想いが、神田の言葉が、痛くて仕方がない。


「オマエ、さ」


傍らでラビが呟いた。
聞いたことがないほど大人びた声だった。


「オマエはもうちょっと、“”を生きろよ。自分のためだけに、生きてみろよ。オレ達の手でも借りて……さ」


それが出来たらどれほど幸せなんだろう。
は何か言おうとして、結局そのまま口を閉じた。
唇を噛む。喉が塞がる。足早に歩き出す。
脚が震えないか不安で、どんどんスピードをあげてゆく。
神田を追い抜いたところでパッと振り返って微笑んだ。
一生懸命、微笑んだ。


「いやだな。私は充分、自分のために生きてるよ。自分の楽しい毎日のために、目の前の世界をどうにかしようって、走り回っていたいだけなんだよ。―――――――あなた達と一緒に」


だから、いいんだよ。
これで、いいんだよ。


が笑顔を崩さずに歩き出せば、追いついてきた神田とラビが隣に並んだ。
二人はもう何も言わなかった。
他愛のない話しかしてくれなかった。
その優しさが心地良くて、同時に申し訳なくて、強く指先を握り締めた。


そんなに力を入れては花束が可哀想だと、食堂に到着するまでは気づけないでいた。




















「なんですか、その面子」


我ながらガラの悪い調子で突っかかってやれば、案の定は迎撃の構えを取った。
両脇にいる神田とラビの腕を取って引き寄せる。
ふふんと小生意気な笑みを浮かべてみせた。


「教団きっての仲良しトリオよ!アレンも混ざる?」
「この僕が馬鹿の仲間入りなんて出来るはずないでしょう、知能指数的に」


冷淡に返したとおり、アレンの心中は冷え切っていた。
のやつ、今日が退院だと知って、どれほど病室まで迎えに行こうか迷ったけれど、結局いつも通りを装って食堂で待っていてやったっていうのに。
当の本人が楽しそうに男を引き連れて来たものだから、アレンとしては大層気に喰わない。
例えそれが彼女の友達だったしても、気に喰わない。
調子に乗った発言をしたに、彼らは容赦なく突っ込みを入れてやっていたけれど、そんなもので下がる溜飲など持ち合わせてはいないのだ。


、何食うさ?」
「体力のつくもんにしろ。病み上がりだろ」
「そう言いながら差し出してくるのが蕎麦オンリーなのが解せませんですよ、ユウちゃん」
「まったく、わかってませんね。滋養にいい食べ物と言えば肉ですよ!肉!肉肉肉肉!!」
「アレン、紳士ぶった顔で連呼する単語じゃないさソレ」
「そんなに食いたきゃ自分の腹でも齧ってろ、肉モヤシ」
「え、何それ美味しそう!!」
「「「どこが?」」」


結局、肉モヤシ蕎麦というわけのわからないものを食べ始めたを、アレンは思い切り呆れた目で眺める。
当然のように向かいの席を陣取ってやれば、ラビに笑われ、神田には睨まれた。


「おい、何でそこに座るんだよ」
「うっさいです。どこで食べようと僕の勝手でしょう、バ神田」
の傍にいたいだけだろ。いやぁ、青春さねぇ」
「ラビもうるさい。僕が此処にいるのはただの嫌がらせですよ」
「どういうこと?」


不穏なものを感じたのかが眉根を寄せる。
そんな反応でも回復した証だから、アレンは大いに満足して微笑んだ。


「そう、その顔。僕はさんざんに言い負かされて悔しそうにする君の顔を、じっくりと鑑賞していたいだけです」
「……何で」
「ご飯が美味しくなるから」
「イイご趣味だな!」
「君はいいおかずですね」


ほくほくしながら食事を進める。
あぁ美味しい。
が目の前にいて、話をしてくれて、元気そうな様子だから言うことなしだ。
けれど彼女自身は不服らしく、蕎麦をずるずるしながら半眼になった。


「なんっか久しぶりに腹黒アレンに会った気がする」
「僕はいつでも清廉潔白ですが何か」
「正体を隠そうとしても無駄よ。私の耳にはさっきから“勇者よ……!魔王アレンを討ち取るのだ!!”って神様のお告げが」
「とんだ邪神もいるものですね。耳鼻科行け」
「アレン、最近口悪いよね」
「失礼。こっちが地だったもので」
「なに?昔はワルでした的な?」
「いやぁ、ほどでもないですよ。君は今でも悪いですもんね」
「それは頭が?性格が?とりあえずサラッと暴言吐くのやめようか」
「悲観しないでください、。大丈夫ですよ。君は駄目で元々ですからね」
「おいコラちょっと、今かけるべきだったのは追い討ちじゃなくてフォローでしょ!」
「無茶言わないでください。君のどこにそんなもの入れる余地があるっていうんですか」


ぽんぽんと投げつけ合うように会話をしていると、何だか周囲の雰囲気が生温かいことに気がついた。
どうにも「あぁ、いつもの光景だなぁ」といった空気が流れている。
日常が戻ってきたと感じているのはアレンだけではないらしい。
これもまた、嬉しいことだ。


引っかかることがあるとすれば、例の“彼”のことだけである。


結局アレンはに訊けないでいた。
“彼”……眠る彼女の額にキスをしていた、あの黒髪の少年のことを。
見たことのない顔だった。もちろん名前も知らない。
と一緒にいたという覚えもないから、もしかしたら本部の人間ではないのかもしれない。
まさか、まったく見ず知らずの男が、にキスをしていったわけじゃないだろうな。
そんなことを考えて、一人でしかめっ面をしていると、当の本人が首を傾げた。


「アレン?眉間の皺すごいよ?神田みたいになってる」
「おいテメェ、それは侮辱の言葉と取るぞ」
「こちらこそ。こんな人と一緒にしないでくれますか」
「何でいちいちケンカするんさオマエら……」


即座に神田が抗議し、ラビが嘆息したけれど、アレンの知ったことではない。
彼らに構わないでいると、向かいからが手を伸ばして、指摘した場所をぐいぐい押してきた。


「……なに」
「いや、残ったら嫌だなと思って」


眉間の皺を指先で伸ばそうとする姿はちょっと面白かった。
が真剣な顔をしているからなおさらだ。
アレンは自然と表情を緩めて、彼女の手を取った。
暖かい。病室で握ったときは氷みたいだったのに。
何だかすごく安心して、アレンは吐息をついた。


「ばかだな。君と一緒にいたらすぐに消えるに決まってるだろう」


年季の入った神田ですらそうなのだ。
アレンに残るだなんてことは、絶対にあるはずがなかった。
そう思って微笑めば、も数回瞬いたあと、同じような表情になった。
久しぶりに交わし合った笑顔に、ささやかながらも幸せを感じる。
と、そのとき。


「わっ」


驚きの声と共にが身を引く。
アレンも目をまばたかせてそれを見上げた。
突如として黒いゴーレムが二人の間に割って入ったのだ。
猛スピードで突っ込んできた球体は、の鼻先でせわしなく羽ばたくと、テーブルの上に着地した。


「何だ、こいつ」
「誰のゴーレムさ?」
、これって……」
「私のレムちゃん!!」


神田とラビは怪訝に眉をひそめたけれど、アレンは何となく悟ることが出来て、その考えはの感極まった声に肯定された。
これは彼女のゴーレム、通称レムちゃんだ。
間を置かずして食堂にコムイが入ってくる。
その後ろには何故だかアジア区支部長のバク・チャンがいた。


「やぁ、ちゃん!ゴーレムの修理が終わったから届けに来たよ」
「コムイ室長が直してくださったんですか?ありがとうございます」


片手を振るコムイに、は立ち上がって礼を返す。
そんな穏やかな空気を裂くようにしてバクが怒鳴り散らした。


「馬鹿者、のん気に言っている場合か!」
「何だい、バクちゃん。天才のボクが先を越してしまったからって怒らないでよ」
「違う!俺様が言いたいのはそんなことではない!!」
「えー、じゃあ何。ボクの発明に苦情は受け付けないからね」


相変わらず喧嘩というか、バクが一方的に突っかかって、コムイが適当に流すというスタンスの二人である。
は両手で自分のゴーレムを抱き寄せた。


「バク支部長、お久しぶりです。今日はどうして本部に?」


一応は上司である支部長に挨拶をした後、ちょっと胡乱気な目になった。


「それと、コムイ室長。どういうことですか?ゴーレムの修理に、発明なんてするところないでしょう?」
「フッフッフッフッフッ」


が質問を投げかけると、コムイは何とも怪しげな笑いを漏らした。
逆光で眼鏡が光っていて表情は窺い知れない。
けれど、その口元はやたらと楽しそうな笑みが浮かんでいた。
そして三日月型に釣り上げられた唇から最悪の言葉が吐き出される。


「ただ修理するなんて面白くないじゃないか!もちろん、このボクが素敵に改造しておいてあげたからね!!」
「俺様は止めたぞ!全力でやめろと訴えたんだぞ!?」
「うんうん、ボクってすごいよね!さぁ敬いなさい、褒め称えなさい!!」
、今すぐそいつを捨てろ!!」


上機嫌に喋り続けるコムイの横で、蒼白のバクが両手を振り回している。
どちらの言に従うべきかは決まっていた。
つまりは常識の有無である。奔放な天才と、規範的な秀才。
もちろん前者がコムイで後者がバクだ。


!」


アレンは過去のトラウマ(主にコムリン)を思い出し、名前を呼んで彼女を促したけれど、少しばかり遅かったようだ。
ゴーレムはの手の中で唐突に膨張したかと思うと、数十倍の大きさとなってテーブルの上に落ちた。


途端に響き渡る轟音。
今度は着地なんて可愛らしいものではなくて、食器ごと破壊された机が木屑となって辺りを舞う。
あぁ、朝食がめちゃくちゃだ。


「僕の朝ごはん!!!!!」
「言ってる場合か!!」


涙目で叫んだら神田に怒鳴り返された。
ついでに襟首を掴まれて一緒に跳躍させられる。
先刻まで立っていた場所にレーザービームが突き刺さり、一瞬だけ炎上して床が丸焦げになった。
食堂内に嫌な匂いが充満して、不安のざわめきが阿鼻叫喚へと切り替わる。


「何でゴーレムの目から光線が出るんさ!」


巨体が着地時に巻き起こした風を受けて、ラビが椅子から転がり落ちる。
痛みに頭を抱えた彼にコムイはにこやかに返した。


「今回のことを受けて戦闘機能を追加してみたんだ。安心してね、ちゃん!これでもう滅多なことじゃ壊されないよ!!」
「いらないオプション!!」


突っ込みを入れたはというと、床にひっくり返った器を前にして半泣きになっていた。


「私の……私の肉モヤシ蕎麦が……!」
「構うな!というか、何でそんなマズそうなもの食べてるのだ貴様は!!」
「バクさん、食べ物を貶す発言はやめてください!!」
「む……っ。す、すまん……」
「だから言っている場合かっつてんだろ!!」


料理を避難させながらアレンが凄めば、その真剣さにバクは謝罪してくれたけれど、相変わらず神田には効かないようだ。
即座に『六幻』を抜刀して身構える。
すると巨大化したゴーレムは羽根を羽ばたかせて、神田もろとも周囲のもの全てを吹き飛ばそうとしてきた。


「うわぁ、すごい風力!さすがはボクの発明だ!!」
「ほ……っ、本当に貴様は無駄に力を奮いよって!!」
「つーか何であのゴーレムは今ここで暴れてるんさ!完全に故障してんだろ!失敗作だろ!!」
「チッ……、叩き斬る!文句は言うなよ」
「待ってください!!」


踏ん張りがきかずに後ろへ追いやられた科学者達の声を背に、先頭をきる神田に続こうとしたアレンは、咄嗟に彼のコートを掴んで引き止めた。
暴走する巨大ゴーレムの傍にがまだ居たからだ。
あの場所では神田の攻撃に巻き込まれてしまう。


、何やってるんですか!」
「おい、どけ。そこに居ると邪魔だ」
「ホラこっち来い!おいでおいでー」


アレンが叱り、神田が命じ、ラビが手招いたけれど、は情けない顔のまま動こうとしない。
床に手をついて立ち上がろうとするも、何故だか両脚が震えてうまくいかないようだ。


「な、何か立てないんだけど……」
「腰抜けめ!」
「腰抜けさ!」
「腰抜かしてる場合ですか!」
「うわぁん、私のチキン野郎!!」


思わずアレン達は口々に責めたけれど、が恐怖に竦んでしまうなど有り得ない話だ。
そのことに不審を覚えたところでコムイがぽんっと手を打った。


「あぁ、もしかして痺れ薬くらっちゃったかな?」
「痺れ薬!?貴様、そんなものまで仕込んでいたのか……!」


胸倉を締め上げてくるバクに事の元凶は頷いてみせる。


「羽根に付いている針が掠めちゃったのかもねー。ちゃん一番近くに居たし」
「って、それめちゃくちゃピンチじゃないですか!!」


普段と同じ口調なので騙されそうだが、コムイが言ったことはが危険に晒されている現状に他ならない。
顔色を失って見てみれば、巨大ゴーレムの目が光った。
まずい。またレーザービームを発射する気だ。


アレンは床を蹴った。
神田も同時に駆け出す。
背後ではラビが『判』を発動させようとする気配がしていた。
けれど、間に合わない……!


「ナウマクサマンダ・バザラダンセン・ダマカロシャ」


ざわめきと悲鳴の間を縫って、不意に凛とした声が響き渡った。


「ナソワタヤ・ウンタラタカンマン!」


語尾に力がこもるのと同じくして、どこからともなく飛来した紙が、巨大ゴーレムの目に貼り付く。
白い紙面には見慣れない文字が踊っていた。
その呪符が触れた途端、それこそ痺れ薬でも喰らったかのように、ゴーレムが一切の動きを止める。
そして、黒い巨体とと間に白衣が翻った。


ガンッ!!!!


鈍い打撃音が鼓膜を突き刺し、脳を支配したあとで、何が起こったかを知る。
突如としてを庇うようにして現れた人物が、動作を止めた巨大ゴーレムに強烈なキックを見舞ったのだ。
体重を乗せた回し蹴りは抜群の破壊力を発揮した。
巨大ゴーレムは食堂の端まで吹き飛び、ボディの半分を柱に埋めて後、床へと落下する。
そのときにはもう、蹴りを繰り出した人物は素早く足を引き戻し、腕を掲げて長く息を吐いていた。
あれはカンフーの構えだ。


アレンは呆然としていた。
否、見ず知らずの者が暴走したゴーレムを瞬殺してしまったのだから、食堂中の全員が呆気に取られていたのは確かである。
しかし、それ以上に驚くべきことがあった。
“彼”、だったのだ。
黒い髪に、黒い瞳。端正でエキゾチックな貌。
を救ったのはカンフーの使い手は、間違いなく病室で彼女にキスをしていた少年だった。


「……セイ?」


が呼んだ。
信じられないというような口調だった。
痺れ薬はほんのわずかの間しか効果がなかったのか、アレンには割合はっきりとした声に聞こえた。
少年は両腕を水平にし、掌に拳を押し付けて一礼すると、を振り返る。
そして喜びに顔をほころばせた。


「そう。私デス」


少したどたどしい英語だった。
彼はの傍らに膝をつくと、まるで姫君にそうするみたいに、恭しくの手を取った。


「久しぶりですネ」


まるで陽を拝むように、花を愛でるように、熱のこもった眼差しで見つめる。
少年はの手を引き寄せると、ちゅっと音を立ててキスをした。


「会いたかった、


想いを込めて、囁いた。




















「助かったぞ、セイ!!」


一番に我に返ったのはバクだった。
帽子の房飾りを振り乱しての歓声だ。
黒髪の少年に駆け寄って、満足げにその肩を叩く。


「あの暴走ゴーレムをやっつけるとは、さすがは俺様の部下だ!!」
「謝謝。……っと、ありがとう、ございまス」


少年は一瞬中国語を口にしたが、すぐに気づいて切り替えた。
どうやらまだ上手く英語が話せないようだ。
きっと気を抜くと母国語になってしまうのだろう。アレンにも覚えがあった。
言葉を学び始めたころは、皆そうなってしまうものである。
けれど、今はそれどころじゃない。そんなことはどうだっていい!


「誰ですか」


口を開けば想像以上の低音が飛び出した。
ラビが怯えたように肩を揺らし、神田が冷や汗の滲む顔を向けてくる。
その様子を見るまでもなく、暗黒オーラを噴出している自覚はあったけれど、アレンは特に改めもせずにそのままでいた。


の馬鹿がお世話になりました。どうもありがとうございます。……お名前を聞いても?」


にっこりと完璧な笑みを浮かべてみせると、黒髪の少年は不思議そうに目を瞬かせた。
小首を傾げて訊いてくる。


「何か、怒ってマス?」
「いえ別に」
「怒ってるさ、絶対怒ってるさ」
「あれだけ負の気を発しておいて、よく言うぜ」
「うるさい外野」


こそこそ囁き合うラビと神田をぴしゃりとやりこめると、アレンは黒髪の少年に向って歩き出した。
テーブルや椅子の残骸を蹴り飛ばし、陶器の破片を踏み砕く。
その間に彼はアレンに「ちょっと待ってくださイ」と断りつつ、を助け起こそうと動いていた。


「大丈夫デスか?」
「あ、ありがとう。でも、まだ立てないみたい」
「捕まってくだサイ」


少年はを大層気を遣っていたけれど、そこで急に遠慮もなく腰に腕を回した。
ぐいっと引き上げて自分の体にもたれさせる。
アレンは全力でイラッとした。
だってどう見ても抱きしめている。思い切り抱きしめている。


「体に力が入っていませんネ……。痺れ薬のせいかな?まぁ、いいヤ」
「何が?」
「このまま再会の抱擁といきまショウ」


少年がいたずらっぽく微笑むと、は一瞬瞠目して、すぐに笑い声をあげた。


「セイったら!」
「だってすごく会いたかったんですヨ、
「私も。まさか顔が見られるなんて」
「ほら、感動のシーンです。もっと笑って。抱きしめテ」
「あなたもね。うれしい!」


ぎこちない動きで、それでも腕を持ち上げて、は少年の首に抱きついた。
彼のほうもそれを全身で受け止める。
笑顔を弾けさせて抱擁する二人。
ハートマークが飛び交いそうなその光景に、アレンは思い切り足元の皿を踏み割ってやった。


「……で?」


背後でラビがひい!と悲鳴をあげたが無視だ。
アレンは満面の微笑で問いかける。


「誰ですか、君は」


にこやかに、その実絶対零度の声を出せば、バクが後ずさりをしてアレンの視界から消えていった。
どこか後ろのほうで恐々言う。


「そ、そいつはアジア区支部の科学班員だ、ウォーカー」
「何度も尋ねてもらっているのに、名乗りが遅くなりましタ。申し訳ない」


少年はアレンにきちんと頭を下げてみせた。
向かい合ってみると結構背が高い。
ラビ……、いや、神田よりは低いけれど、間違いなくアレンよりは長身だ。
すらりと伸びた手足は健康的で、科学班員の白衣が少しちぐはぐに見える。


「私のことはセイと呼んでくだサイ。出身は台湾。所属はアジア区支部科学班。見習いですけどネ」


セイと名乗った少年は微笑みながら小さく舌を出した。
初対面の印象ではもっと年上かと思ったけれど、その茶目っ気溢れる仕草を見るに、アレンとそう歳は変わらないかもしれない。


「英語もまだまだデス」
「でも、前に会ったときは全然喋れなかったのに」


が口を挟めば、たちまちセイの視線は彼女に注がれた。


「それは、頑張りましタ。……あなたと同じ言葉で喋りたくて」
「セイ……」
のために努力したんデス。誉めてくれル?」
「もう、抱きしめちゃう!」
「あはは、嬉しいデス!」


とか何とかいってまたラブラブし始めたから、アレンはもう一枚皿を蹴り砕いてしまった。
ねぇいつまでくっついてるつもりですかお前ら。


「すみません、脱線しましタ。……怒らないで」
「だから、怒ってませんよ。むしろ感謝しています。を助けてくれてありがとうございました」
「いえいえ。彼女のためなら何のそのデス」
「……君は不思議な術を使うようですね?」
「そうだよ!聞いてないよ、バクちゃん!!」


そこでぷりぷりしたコムイが参戦してきて、セイはちょっと驚いたようだった。
ぐっと顔を近付けて室長は眼鏡を光らせる。


「ボクが改造したゴーレムをやっつけちゃうなんて!こんな強い子がアジア区支部にいたの?」
「ふふん!恐れ入ったか!セイは将来有望な俺様の部下だ」


この場合“将来有望”はバクとセイのどちらにかかっているのだろう。
とにかく支部長は得意満面で言い放つ。


「こやつは由緒正しい道士タオシーの家系、しかも才能豊かな長子でな。強力な方術を扱えるのだ」
道士タオシー?って何ですか?」
「神通力を使う者のことさ。西洋でいうところの魔術師さね」
「日本では修験者や陰陽師と呼ばれる類だな」


アレンが疑問に眉を寄せれば、ラビどころか神田にまで説明されてしまった。
何だか悔しい。
気を取り直してセイに訊く。


「ということは、あのときゴーレムの動きを封じたのも?」
「ハイ。呪縛の術です。印を組んで札を発動させました。機械相手に効くかはわかりませんでしたが、きっとを助けなくちゃと思う気持ちが届いたんですネ」
「……そう、ですか」


今度こそ本当に悔しい。
アレンはセイを見ていられなくて顔を逸らし、歯軋りをするコムイと目を合わせてしまった。
あれ、何だか僕と同じくらい悔しがってる。


「ボクの発明が負けるなんて!!」
「ゴメンなさい、よく考えたら蹴り壊してしまいましタ」
「気にするな、セイ。悪いのはコムイだ。得意のカンフーで事を納めたお前に間違いはない!」


ハンカチを噛み締めるコムイに、バクは高笑いを浴びせてやる。
また後ろでラビと神田がこそこそ言った。


「術者としても有能だってのに、カンフーの達人ときたさ」
「科学班所属ってことは頭のデキも相当なんだろ」
「マジ文武両道じゃん?顔はイイし、物腰もキレイ、性格だって穏やかそうさ」
「どこぞのエセ英国紳士とはえらい違いだな」
「だからうるさい、外野!」


さすがに耳が痛かったので怒ったけれど、二人はめげる様子も見せず、アレンの両肩に腕を置いてきた。
外野扱いしてやったのに話に加わる気らしい。
それも、どうやらアレン側として。


「ドーモ。はじめまして」
「とりあえずお前、バカ女から離れろ。話はそれからだ」


妙な緊張感を纏ったのが二人も増えたものだから、セイはきょとんとした顔でアレン達を見渡した。
それからを近くの椅子に座らせる。
ちなみに手は握ったままだ。


のお友達ですカ?」
「オマエはそうかもしれないけど、オレは違うさ。大・親・友!」
「なに張り合ってるの」


胸を反らせるラビには呆れた顔をした。


「みんな、セイのこと知らなかったっけ?」
「あぁ」
「オレも見たことない顔さ」
「まぁそうじゃなかったら今こういう話の流れにはなってませんよね」


不満を込めて口々に言えば、はセイの腕を引っ張って、三人の前に押し出した。
繋いだ手は彼女からも握っているようだ。


「じゃあ、よろしくしてあげて。大好きな子なの」
「私も大好きデス」
「えへへ。セイ、私の仲間よ。赤毛のウサギがラビ」
「あぁ、ベストフレンドさん?」
「そう。ポニーテールの美人が神田ね」
「ジャパニーズサムライボーイ!」
「うんうん。最後がアレンね。魔王だから気をつけて」
「初対面の相手に妙なことを吹き込むのはやめてください」


アレンは半眼で訴えたけれど、セイはちょっと首を傾げてみせた。


「初対面……?」


その呟きを聞いて何となく嫌な予感に襲われる。
怪訝そうな素振りを見せたセイを見上げてが尋ねた。


「セイ、アレンを知ってるの?」
「え、……いや、あなたハ」
「……何ですか」
「あのとき病室に居ましたよネ?」


こちらが東洋人の見分けを困難とするように、セイもアレンの顔をうろ覚えにしているのかもしれない。
口ぶりはいまいち確信の持てないままだ。


「私、本部に着いてすぐの病室にお見舞いに行ったんデス。そこで一度会ったかと……」
「そうなの、アレン?」
「……さぁ」
「ずっと君の傍に居たみたいでしたヨ。手を握り締めてましタ。こうやって」


セイは繋いだ指先に力を込めて、そこに頬を寄せた。
その仕草を自分がしたと言われるのは、何だかひどく恥ずかしくて、アレンの耳が熱を帯びる。
咄嗟に口をついて否定した。


「気のせいです。それは僕じゃない」
「……?そうでしたカ?まぁ私もしか見てなかったので断言はできませン」
「よくわからないけれど、セイがお見舞いに来てくれたのは確かなのね。ありがとう」


はアレンの態度に思うところがあったのか、特には突っ込まずにセイに笑顔を向けた。
それはそれで快く感じないのは男の勝手である。
何となく神田とラビの眼差しが冷たい。
引き続き得意満面のバクが口を挟んできた。


「セイを連れてきたのは俺様だ。感謝しろ、馬鹿娘」
「え?どういうことですか?」
のことで中央庁が動いたと知った支部長が、何か力になれることはないかと本部に駆けつけたんですヨ。私はそのお供デス。具合が良くないとも聞いていたかラ」


セイは金髪のかかるの額をちょんっと突っついた。


「随分気を消耗していたのでまじないをかけましタ。さっき手にしたのと同じやつデス」
「え、うそ、本当に?」
「もう立てるだろう、


セイが引っ張って、バクが背を叩いたので、はわたわたと起立する。
自分の脚を見下ろして確認。
確かに震えも痺れも消えているみたいだ。


「へぇ。口唇を通して気を吹き込んだのか。それで麻痺症状を解消したんだね。すごいよ、本当に優れた術だ」


コムイが眼鏡の奥で感心したように瞳を細める。
と一緒になってその手の甲をしげしげと観察し始めた。
そこは先刻セイがキスをした箇所だ。


「病室では額にまじないをかけましタ。より深い神経に届かせたかったので……眠っている間に無断でスミマセン」
「ううん、全然!」


はぶんぶんと首を振り、セイに感謝の視線を送る。
それだけならアレンも、神田とラビだって有難いと思えたのだが、続いた言葉がそんな気持ちを吹き飛ばした。


「本当は房中術が一番効果的なんですケド」
「ぼうちゅうじゅつぅ!?」


さらりとセイが言った瞬間、ラビが素っ頓狂な声をあげた。
アレンと神田が驚いていると、慌てて耳打ちしてくる。
一応、昼間の食堂で発表するほどラビに羞恥心がないわけではなかったらしい。
そして房中術の意味を知ったアレンと神田が、たちまち不穏なオーラを纏ったのは言うまでもなかった。
すなわち、良い子は親に聞いてはいけない内容である。辞書で引いても駄目だ。
臆面もなく言い放ったセイが信じられない。
もっと言うと平然と応えるも信じられない。


「あぁ……話にしか聞いたことないけれど、私あれ好きじゃないなぁ。パートナーから生気を吸い取っているような感じがして」
「実際そうですヨ。交わりを通して気を分けてあげるんでス。立派な医療技術デス」


確かに。
身体の気を整え、改善を図るのだから、医の道に属するものではあるだろう。
けれど房事、つまりベッド上での技法なのだ。
若い男女が恥ずかしげもなく、やる・やらないと話していい内容ではない。
……セイはにそれをしたかったと?


「澄ました顔して何つーことを……」


ラビに言われたらお終いだと思うが、今回ばかりは間違っていないと思う。
アレンは据わった目でセイを睨みつけたが、彼はその意味を見当違いに受け取ったようだった。


「どうしたんですか、皆サン。顔色が悪いですヨ。元気ないですカ?まじないしますカ?」
「結構です」
「いらねぇよ」
「遠慮するさ」
「じゃあ呪符はいかがでス?」


言葉の最初こそ心配そうだったものの、白衣からお札を取り出してきたころには、セイの表情は完全に変わっていた。
やたらと愛想の良い笑顔、俗に言う営業スマイルだ。
ずらりと呪符を並べると流れる口調で話し出す。


「これは水天の加護を受け、水の災いを遠ざける符デス。は持っていたほうがいいかもしれませン。強い水難の相が出ていル」
「え!う、うわ、当たってる……」
「あと皆さんエクソシストには、これおススメです。浄三業神呪の符。怪我の治療に効果的ですヨ。発動には詠唱がいるけど、ダイジョウブ!今なら3分間レッスン付きでたったの5ギニー!」
「うさんくさい上に高ぇさ!」
「物探しなら奇門遁甲の符。これちょっと日本からパクってみたんですけど、イイ感じですから安心してくださイ。社長のカツラからばぁばの入れ歯、冷め切った愛や失くしてしまった童心までバッチリ取り戻せマス!」
「守備範囲広すぎだろっつーかパクるんじゃねぇ!!」
「恋人を痺れさせるなら攝邪咒の符デス。さっき私がゴーレムに使ったやつですネ。ああやって気になるあの子をビビビッと足を止め!そのあとは自力でガンバッテくださーい」
「いや、あれ人間相手に使っちゃ駄目なものでしょう。そして最後の投げやり感は何?」
「おおーっと!お客さん運がいいです今日はとっておきが入荷してマス!これぞ大陸の最高神たる太上老君に祈願し、あらゆる魔術や呪いを打ち消すという幻の符!呪法老君神呪!!今なら10枚パックで叩き売りしちゃいマス!!」
「「「「有難みゼロだな!!」」」」


思わずアレン達は声を揃えて突っ込んでしまった。
何となく後退してゆく四人の前で、セイはにこにこと揉み手をしている。
その輝く目が「さぁ買って!ほら買って!!」と訴えてくるものだから、助けを求めてバクを振り返ると、彼は額を押さえて嘆息した。


「まぁ誰にでも欠点はあるだろう……、奴のそれは重度の守銭奴だということだな」
「何ですかその期待外れなオチ!」


眉目秀麗で文武両道なセイの、それが正体か。
アレンは思わず嘆いてしまったけれど、他の三人からは氷の視線を浴びせられた。


「テメェ、他人のこと言えねぇだろ」
「そうさ、アレンは同類じゃん」
「所持金数えなきゃ寝られないくらいだもんねー」


達との心の距離が遠ざかった反面、セイは親近感を抱いてくれたらしい。
何故だか握手を求められた。
黒い瞳を感動に煌めかせながら、セイはアレンを見つめてくる。


「わぁ、君はお仲間ですカ!まさかこんなところで出会えるとハ!嬉しいデス!」
「は、はぁ……」
「よろしければ愛用の貯金箱について語り合いませんカ!?」
「あ、愛用の貯金箱?」
「やはり風水的に金豚が一番ですよネ!あぁでも白の招き猫も捨てがたイ!!」
「すみません、ちょっと話についていけないんですけど……!」
「さぁ、あちらでゆっくりお茶でも!金運アップに効果的な桃茶を淹れますカラー!!」
「いや、あの、ねぇ誰か助けてくださいよぉぉぉおおお!!」


結局アレンはセイ主催のお茶会に参加させられ、たっぷりと金運向上マニュアルを叩き込まれたのだった。




















「桃茶おいしいねぇ」
「あぁ、なかなかさ」
「ふん。意外と甘くないな」


ほのぼのとお茶を楽しんでいる、ラビ、神田の三人に、アレンはうつろな目を向けた。
難を逃れた彼らが恨めしいのだ。
コムイとバクはとっくの昔に退散していて、猛然と喋り続けるセイの相手はアレン一人が請け負っていた。
彼曰く八角錐の盛塩が金運を招くだとか、財布は黄色の長い物が良いんだとか云々。
同士のよしみでお金を呼び寄せる呪符までもらってしまった。
しかし、何が悲しくて恋のライバルと仲良く語り合っているのだろうか僕は。
いろんな意味で精神的に限界である。


「あ、あの」


片手で話に待ったをかけながら、アレンはようやく口を開いた。


「すみません、セイさん」
「そんな水臭い呼び方しないでくださイ!セイでいいデス、我が同胞ヨ!!」


力強く両肩を掴まれてはもう失笑しか浮かんでこない。
ちょっと顔を逸らして大声で訴えておく。


「ねぇ、!君に関連する人って何でこういうタイプ多いの!?」
「こういうタイプって?」
「ゴーイングマイウェイ!やたらと自分の世界で生きてる人!あと話が通じない!!」
「なぁ、それってオレらも入ってるさ?」
「俺は違うぞ。絶対に違う」
「漏れなく君達もですよ!なに全力で無関係を装うとしてるんですか!!」


首を振るラビと神田に青筋を浮かべたアレンだったが、真顔のに一蹴された。


「いや、アレン関連の人も同じだと思うけど。クロス元帥とか、セルジュとか」


おっと、これは反論できない。
アレンは即座にセイへと視線を戻した。


「では、セイ。ちょっと金銭とは違う話をしませんか?」
「え?それより重要なことなんてないでショウ?」


金の亡者は理解不能といった顔をしたけれど、アレンは構わずに続けた。


「そう……例えば。君との話とか」


それこそ本題だ。
結局目の前の彼の情報と言えば、本人のことばかりで、肝心のとの関係が不明のままである。
あのキスは術の類であったようだけど、やはり二人は親密に見えるのだ。
それも、ただの友達以上に。


「私と?仲良しデス」
「仲良しだよ」
「それは見ればわかります」


すぐさま本人達から肯定がきたものだから、アレンは笑んだ口元を引き攣らせてしまった。
がんばれ僕。笑顔を保つのは大得意だろう。


「つまり、君たちは親しい友人だと?」
「いえ、特別な関係デス」


あっさりきっぱりセイは断言した。
会話の核心を言ってのけた。
途端に場の空気が音を立てて固まり、アレンの背後に陰のオーラが渦巻き始める。
ちなみに神田パパはすでに臨戦態勢に入っていた。
ラビも剣呑な目つきでセイを睨めつける。


「ほーお。親友のオレを差し置いて、特別とはよく言ったさ」
「関係は人それぞれでショウ?私にとっては大切な子デス。かけがえのない存在デス」


セイは三人の雰囲気にひるむことなく言い募る。
本当に当たり前のことを口にしているだけといった様子だった。
彼の隣に腰掛けているがその白衣の裾を引っ張る。


「ありがとう、セイ。私も同じように思ってるよ」
「ふふっ。好きですヨ、
「うん、嬉しい」
「「「…………………………」」」


何か今、目の前で、愛の告白が成立しなかったか?
あまりにも普通にそれが成ってしまったので、アレン達は毒気を抜かれたような気分になる。
とセイはいつの間にか手を繋いでいて、ウフフあははと楽しそうに話し始めた。


「セイはいつまで本部にいられるの?」
「支部長しだいデス。でもバクさんは有能だからすぐにお仕事を終わらせてしまウ……。きっと明日には帰らないといけませン」
「明日!?随分早いのね……」
「そもそも無理をして来たんですヨ。後で一緒にお礼にいきまショウ」
「うん……。セイもありがとう。私はもう元気よ」
「ヨカッタ……。本当に心配しましタ。君に何かあったらと思うと私ハ……」
「心配かけてごめんね。そうだ!今日は本部に居られるんだよね?じゃあ、私の部屋に来てよ」
の部屋ニ?」
「久しぶりに会ったんだから、たくさん話をしよう。今夜はそのまま泊まっていって!」


「「「おいコラちょっと待て」」」


呆気に取られていた男三人も、そこできっちり声を揃えた。
今何て言った、このバカ女。


「それはいいですネ。今夜は一緒に寝まショウ」


そして何て返しをしてるんだ、この守銭奴。


「ずーっと一緒がいいですネ」
「そうだね、そうしようか」
「私が帰るまで傍に居てくださイ」
「もちろん!」
「いいわけあるかぁぁぁああああ!!!!」


ついにキレてしまったラビが椅子を蹴倒して立ち上がった。
思い切りテーブルをぶん殴って叫ぶ。


「何言ってるんさ!オレはオマエをそんなふしだらな子に育てた覚えはありません!!」
「私にはエロウサギに育てられた覚えがありません」


はいつもの冗談だと思っているのか、至って普通の顔で返す。
神田が『六幻』の柄を握りながら呻いた。


「ラビはともかく……テメェ若い女が同衾とはどういう了見だ」
「やだな、神田。今時珍しくもないよ?」
「そうデス。私たち、会ったらいつも同じベッドですヨ」
「ねー」
「ネー」
「…………何かお前ら見てると問答無用で斬りかかりたくなるんだが」


もうその気持ちのまま殺っちゃってください。
と、アレンが思いつめてしまうくらいには、とセイの雰囲気はラブラブだった。
そうして夕食は何を食べるだの、お風呂はどうするだのと話し始め、完全にふたりだけの世界を創りあげてしまう。
何だろう。何なんだろう、これ。
は神田やラビとも親密だけど、気が置けない仲ゆえに、扱いはぞんざいだったりする。
それは男性側が彼女を“女”として見ていないからだ。
その条件は男女間の友情に必要不可欠で、だからこそアレンは文句を言いつつも、心から二人を敵視したことはない。
性別を超えてを尊重していることがわかるから、妙な勘繰りを入れる余地がないのである。
ところが、セイはどうだろう。
彼は完全にを女性として扱っている。
彼女のほうも察してはいるだろう。セイの態度は露骨なのだから。
それをが感謝を込めて受け入れているのが問題なのだ。
だって他の男が相手なら全力で敬遠するくせに!


「じゃあ、今夜私の部屋で。夜更かししていっぱい楽しもうね!」
「ハイ!どきどきワクワクでス!」
「ちょ……、ちょっと待ってください」


二人の話がまとまったところで、アレンは痛む額に手をやった。


「何だか突っ込みどころが多すぎて……。ひとつに絞るんで時間ください」
「?なに?私たち、何か変なこと言った?」
「いや、話自体はわかりましたよ。わかりましたけど……理解ができません」
「意味不明でス。どうしたんですか、アレン」
「………………………」


何となく惨めになって無言のまま顔を覆った。
とセイは心配そうにアレンを見ている。
それも二人で仲良く周りをわたわたし始めたものだから、本格的にやり切れない思いでいっぱいになった。


「アレン、大丈夫?とっておきの豆乳飲む?」
「それとも金運アップの護符使いマス?」
「健康マニアと金銭オタクに気遣われるという貴重な体験をありがとう。どちらも結構です!!!!」


やり切れないじゃなくて、やってられないが正解だな、とアレンは思った。










アレンの恋のライバル、セイ登場。
思ってたよりも天然な人になりました。
書く前は結構まともな感じだったんですけどね。おかしいですね。いつものことですけどね!
セイは支部員にしたかったので、自動的にアジア人となりました。
そこから道士やらカンフー使いやらと付け足したので、これらの設定に特に意味はありません。(笑)
完全に書き手の独断と偏見による追加要素です。
ちなみに国名に関しましては仮想19世紀ということでご了承くださいませ。

次回はセイの存在に感化されてしまったアレンにご注目。よろしくお願いいたします。