大丈夫さ。
これからはずっと一緒だ。
死ぬまで傍にいられるんだ。
だからもう、独りじゃない。

オレ達はもう、“ふたり”なんだよ。






● 心情の定義  EPISODE 2 ●







「まさかあんなちんちくりんが、そんな厄介な事情を抱えてるだなんて、普通思わないだろ?なのにジジイのやつ黙ってたんだぜ。あれはオレを驚かせる嫌がらせだったって、今でも思ってる」


うんうんと深く頷いて、ラビは顔をあげた。
そしてウンザリした目線でこちらを見ているアレンとリナリーを発見した。
嫌そうに眉をひそめる二人に、ラビは瞬く。


「どうしたんさ、二人とも」
「いえ……、その」
「ねぇ……、なんて言うか」


アレンとリナリーはちらりと視線を合わせて呟いた。


「初対面で変態と間違われたなんて……」
「しかも鼻血を出しながら“はじめまして”、ね……」
「な、何さ、最高に呆れた顔すんなよー!」


ラビはちょっとだけ顔を赤くして訴えたが、アレンはやっぱりため息をついた。
“運命の出会い”と言うからどんな劇的なものかと思ったら、なんてアレな初対面だろう。
しかしこのほうが彼ららしいとも言えた。
とラビは、最初から飾り気のない言葉で、心のままに接していたらしい。
アレンはそう思って少し微笑んだのだが、ラビのむくれた声にぶち壊された。


「ふーんだ。と一番に仲良くなったのがオレだからって、羨ましいんだろ。アレンなんて子供時代のすら知らないもんな」


話を振られてアレンは緩めた頬を引き締めた。
自然のそれではない、完璧な笑顔を浮かべる。


「だ・れ・が!羨ましいもんですか」
「あーあ。の奴あのころから可愛かったなぁ。こんなに小さくって、髪も短くってー。伸びてくるとハサミで適当にぶった切るからざんばらでー。自分がどれだけ綺麗な金髪なのか知らねぇんだよ。オレが伸ばしてくれって言ったから、今のは長髪なんだぜ」
「……………………へぇ」


それを聞いてアレンは思わず冷たい視線をラビに浴びせてしまった。
気がつくとリナリーも同じような行動に出ている。
ラビはすぐに蒼白になり、訂正を入れた。


「いや、その、泣いて頼んでも“うっとうしいから切る”って聞かなくって。オマエの憧れのクロス元帥は長髪の女が好みなんだぜ、って言っただけです。ハイ」


なるほど、それで思いとどまるとはらしい。
アレンはそう思ったが、それはそれで不愉快な内容だったので、笑顔で言った。


「師匠は特別に長髪の女性が好みというわけではありませんが?」
「わかってるくせにそんなこと言うか!?そうさ、そんなん口からでまかせさ!!」
「でもは信じちゃったのね……、その嘘を」


リナリーが呆れたように呟いて、自分の膝の上に散ったの長い髪を指先ですくった。
さらりと流れるそれは、光そのもののように輝く。
ラビはを指差した。


「結果オーライだろ、そんなに綺麗な髪なんだから!オレは金色のが好きなんさ、別にどんな色でも好きだったけど、それとこれとは話が別で!目の色も最高、ナイス目力!そのうえ体までイイ感じに成長してくれて嬉しい限りさ!!」
「いい感じ……?いい感じに成長ですか?なにが?どんな風に?」


ラビはそう聞かれて答えようとしたが、笑顔のまま詰め寄るアレンに気がついて口を閉じた。
そりゃあバストやらヒップやらの話なのだが、正直に言えば殺される。
ラビは誤魔化すように笑ってに視線を転じた。


「まぁ、それよりもに刃物を持たせたくなかったっていうのがあってさ!ハサミでもコイツが手にすると恐るべき凶器だからな」
「……………………まさか何かされたんですか?」


アレンはさっと顔色を変えた。
確かににハサミなんて危ないものは与えてはいけない。
そうでなくても手に負えない全力疾走の危険人物なのだ。
アレンが少し青ざめて訊くと、ラビは目を伏せた。


「それはもう……、殺されるかと思ったぜ」


ラビは無駄に哀愁を漂わせて、とつとつと語り出す。




















ラビは何とも言えない気持ちで目の前の少女を見つめていた。
初対面から数分後のことである。
あの後、ブックマンは「どうせ長い付き合いになる。それこそ死ぬまでの縁だ。少し二人だけで話すといい」とだけ言い残して去って行った。
もっともな言い分だが、ラビにしてみれば無責任極まりない。
何が面白くてさっき会ったばかりの、しかも自分を変態だと勘違いした失礼な奴と会話なんぞしなくてはならないのか。
楽しい雰囲気が産まれる予感は微塵もなく、ラビはしかめっ面で少女を見下ろした。
すると彼女は言ったのだ。


「どうぞ」


普通に手招きされて、ラビはちょっと驚いた。
金髪の少女は大きく扉を開いて、ラビの手を引いた。


「入って。とにかく鼻血をなんとかしないと」


どうやら彼女が気にしているのはそれだけで、ブックマンの言ったことは二の次らしい。
ラビはぐいぐい部屋に連れ込まれた。
そこまで広くない室内に、本が山ほど乗った机と棚。
ベッドはひとつ。
その脇には床に直接クッションが積み上げられていて、どうやらそこが少女の寝床のようだった。
グローリアの領域を侵すわけにはいかないらしく、少女はそこにラビを導いた。


「ごめん、椅子もベッドも許可なく触れないんだ。ここで我慢して。気持ち悪かったら横になってね」
「いや、でも血が……」


ラビは血で汚れると言いたかったのだが、少女はそんなことには頓着しなかった。
彼女はそこにラビを座らせると自分はバタバタと室内を荒らし始める。
触ってもいい領分を隅から隅までひっくり返して、ひとりで首を傾げていた。


「あれー?どこいった?」
「おい、何を……」
「あ、これでいいや」


探し物を聞こうとしたとき、少女は何かを見つけ出したようだった。
それを持ってラビのところまで帰ってくると、自分は直接床に座り込む。
そして真っ白なハンカチを差し出してきた。


「はい」


いや、はいって言われても。
ラビが躊躇して受け取らずにいると、少女は少し不審気に眉を寄せて、それから膝歩きで距離を詰めた。
そして手にしたハンカチで、血のついたラビの顔を思いっきり拭った。
ちょっと痛いぐらいだったが、それよりもラビは驚いて後退する。


「ば……っ、オマエ!」
「なに。ちょ、逃げないでよ。まだ血がついてる」
「ばか、ハンカチが汚れるだろ!」


ラビは少女の行動を止めるつもりでそう言ったのだが、彼女はさらに不審気になっただけだった。


「ハンカチはこうやって使うものじゃないの?」
「いや、でも……」
「汚れたら洗えばいいだけだよ」


少女はごくアッサリと言って、それから何度かラビの顔についた血をぬぐってくれた。
ラビは呆然としていて暴れなかったので、その手つきはさっきよりもずっと優しくなった。
触れる布の感触と手の温もりを受け止めながら、ラビは目の前の金髪を見つめる。
初めてこの少女のことを思う。


(変なヤツ……)


自分の寝床やハンカチや手が、他人の血で汚れることをまったく気にしていない。
それどころか一通り血をふき取ると、ぺこりと頭を下げたのだ。


「勘違いとはいえ、攻撃しちゃってごめんね」


これには本当に驚いた。
最初に受けた感じでは、なんというかこう、ゴーイングマイウェイで他人のことを気遣ったり、謝ったりしないタイプに見えたのだ。
素直に謝罪されて、ラビはしばらく何も言えなかった。
それをどう勘違いしたのか、少女は


「まだ気持ち悪い?水でも持ってこようか?」


訊きながらもすでに立ち上がろうとしていたので、ラビは咄嗟にその手を掴んだ。


「いや、いいから。もうダイジョブだから」


そして何となく緩んだ口元で呟く。


「ありがとな」


ラビはこの少女に興味を持ち始めていた。
変な奴だという印象は今もまったく変わっていないのだが、それに伴う感情が少しばかり変化した。
それにもとより気になっていることがある。
ラビはそのまま手を引いて少女をクッションの上に座らせた。
そして言った。


「オレはラビ。オマエと一緒で本名じゃねぇけど、とりあえず今のところの名前はラビさ。オマエは?」


促すと少女は答えた。


「私は。知っての通り偽名ね。グローリア先生がつけてくれたの。由来とかは知らない。先生、教えてくれないんだ」
「へぇ、ね……。言語的には特に意味ないけど。でも、いい名前じゃん」
「ありがと。私も気に入ってる」


そこでは微笑んだ。
何だか純粋に綺麗だと思える笑顔だった。
釣られるように笑いながら、ラビは素直に疑問を口にした。


「それで、オマエはどうしてこんな厄介な境遇になっちまったんさ」


そう訊いた瞬間。
の顔から表情が消えた。
明るい笑顔が拭い去られ、纏う雰囲気すら別種のものとなる。
ラビは驚いて目を見張った。
それほどまでに完璧な変化だった。
少女はきちんと座りなおすと、口を開いた。


「それは尋問ですか」


同じ人間の声とは思えなかった。
質は同じなのに、同じでは有り得なかった。
目の前の少女を見つめる。
姿かたちは何も変わっていない。
けれど彼女は“”ではなかった。


「それはブックマンとしての尋問ですか。ならば“私”は庇護される者として答える義務があります」
「……………………」
「けれど現ブックマンに、誰にも……後継者であるあなたにも“私”に関する一切の情報を与えてはならないと言われています」


ラビは言葉を失っていた。
少女は感情のこもらない事務的な口調で続けた。


「どちらのブックマンに従うべきか、判断する権利は“私”にはないのです。よって沈黙を守らせていただきます。申し訳ありません、“未来のブックマン”」


そうして頭を下げた少女を見て、ラビは奇妙な感覚に襲われた。
正体のわからない寒気が全身を這い上がってきた。
ラビは無意識の内に手を伸ばして、少女の肩を掴んだ。


「ごめん。ごめん、ごめん、変なこと聞いてごめん……っ」


どうしてこんな気持ちになるのかはわからなかった。
けれどラビの心を覆っていたのは確かな恐怖と焦燥だった。
そして理解した。
この娘は“危うい”。
どこまでも不安定な存在なのだ。
何だかとてもひどいことをしてしまった気分で、ラビは少女を引き上げた。
こんな風に頭を下げてほしくはなかった。
先刻「ごめんね」と言ったときとは何かがまったく違ったのだ。
ラビは慰めるように少女の肩をさすった。


「ごめん、ごめんな……」
「あなた、変わってるね」


唐突に言われて瞠目する。
見上げてきた金の瞳は微笑んでいた。
ひと目でわかる。
それは“”だった。


「“ブックマン”なんでしょ?もっと冷たい感じかと思ってた」


名を消された少女から、“”に立ち戻って、彼女は言う。


「謝らないで。こっちこそ驚かせてごめんね。ただ、“ブックマン”として問われたのなら、私は“”になる前の“私”で答えなければいけないから」
「………………ジジイにそう言われたのか」
「ううん。そうするべきだと判断しただけ」


ラビは瞳を細めた。
そして“”を観察する。
賢い娘だと思った。
状況を把握し、臨機応変に振舞える頭と度胸を持っている。
また、彼女は女性にしては珍しく悲観に酔うのを好まないらしい。
潔く自分の運命を認めて、嘆くことも、諦めることもせず、立ち向かう気でいるようだ。
同時に確立した自我をふたつ内包する、危うさもあった。
もうひとりの……過去の彼女が出てきたとき、ラビは言い知れぬ不安を感じたのだ。
あの冷たい金の瞳が脳裏に焼きついている。
絶望を受け入れ、罰せられることを当然と思っている目だった。
やはりラビは彼女の過去が気になった。
けれどそれ以上に、もう二度とあんな無機質な表情を見たくなかった。


「しんどかったよな」


気がついたらそう呟いていた。
胸が痛んで、何だか切ない。
は微笑を消して、びっくりしたような顔でラビを見つめた。
ラビはその金の瞳を見つめ返した。
そうして思う。
おそらく彼女の本質は“”なのだろう。
けれどそれをあそこまで。
冷たく無感情な顔にするだけのことが、この少女にはあったのだ。
否、それは今も、そしてこれからも未来永劫続いていく。
過去の全てを、名前も出生も愛も思い出も放棄した、その哀しみと虚無感が彼女をあそこまで残酷に変えてしまったのだ。
ラビにはそれがわかった。
何故ならそれは、自分もと同じ境遇を背負っているからだ。


「しんどいよな、こんなの」


言いながら手を伸ばす。
この指先は届くだろうか。
何故ならどんなに近くで微笑んでいても、彼女は誰からも遠い存在だった。
どんなに親しくなった相手にも、嘘を吐き、沈黙を守らなければならないのだ。
全てを見せないを、信用できないと罵る者もいるだろう。
得体が知れないと蔑む者もいるだろう。
それはたくさんの理不尽を、大切な縁を、自ら殺してきたラビと同じだった。


(でも、だったら届くはずだ)


をわかってあげられるのは、自分だけだと思った。
同じ運命を背負って、同じ苦しみを分かち合えるのは自分だけだ。
この世でラビだけが、と同じだった。
指先が触れた。
さらりとこぼれる金髪と、滑らかな肌の感触。
血の通った暖かさ。
ぬくもりをもらえれば嬉しいと笑い、冷たく突き放されれば簡単に傷つく人間の体温。
他に誰もいない室内で、二人きりの世界で、指先がそれぞれの孤独に触れた。
本当のに、そして本当のラビに手が届くのは、互いの存在だけだった。
ラビはの頬を撫でた。


「でも、大丈夫さ」


これは同情ではない。
傷の舐めあいでもない。
ただそれは、一番にこの途方もない淋しさと苦しさを分かち合える、隔絶した絆の誕生だった。
ラビは微笑んだ。
少しだけ、泣きそうな笑顔になった。


「もう独りじゃない。ジジイが言ったんさ。これからは一緒なんだって。オレが一緒なんだって。たぶんずっと」


そう、ずっとだ。


「オレ達の周りに誰もいなくなっても、ふたりだけは絶対に一緒なんだって」


他の誰が自分を嫌っても、突き放しても、離れていっても、ふたりだけは絶対に。
ラビは翡翠の瞳を細めて言った。


「だからもう、独りじゃない」


それは慰めでも励ましでもなく、真実だった。
目の前で金の双眸が言葉にならない感情に揺れる。
見開かれていたそれが伏せられて、の指先が、その頬に添えられたラビの手に触れた。


「あなたも、しんどかったんだね」


静かに問われてラビは小さく息を呑んだ。
それから吐息のように笑った。
それを認めたのは、“未来のブックマン”になって、初めてのことだった。


「うん」
「淋しかったんだね」
「…………うん」
「独りだったから?」
「……独りだったから」
「でも、もうふたりだね」
「ふたりだな」


お互いに孤独を知りすぎていた。
だから触れたぬくもりが暖かくて、全身で自分以外の存在を感じずにはいられなかった。
ラビは瞬きをして囁く。


「ふたりなら、ぜんぶ平気になるなんて、そんなのは嘘だけど」
「うん、でも。独りなら苦しいだけでも、ふたりなら楽しいことだってあるかもしれないよね」


はラビの手にそれを重ねて、瞳をあげた。
金の瞳が、まるで希望のように光っていた。


「泣くことは独りでもできるけど、笑うことはふたりじゃなきゃできないものね」


そう言って微笑んだは、何だか眩しいくらいの優しさと強さに満ちていた。
このまま見つめて化石になったって惜しくないような笑顔だった。
だからラビも笑った。


「そうだな、ふたりじゃなきゃ笑えないもんな」


そしてそうできるためなら、きっとこれからも歩いていけるのだと、根拠もなく確信した。
秘密の共犯者のように、二人は微笑み合った。
同時にラビは、彼女の支えになってあげたいと思う自分がいることに気がついた。
はまだ“危うい”。
確立した二つの意思を抱いたその細い体は、孤独な心は、まだまだ不安定だ。
これからも理解を得られない他人に、侮蔑の視線や言葉の暴力を投げつけられることがあるだろう。
だから、守ってあげたいと思った。
その苦痛と絶望を知っているのはこの黒の教団で、世界中で、ラビだた一人だけだった。
もう二度と、心無い人間のせいで彼女が自分を失うことのないように。


「なぁ、知ってるか」


ラビは心から楽しそうに言ったのだった。


「オレ達は死ぬまで続く仲なんだぜ」
「らしいね」
「オマエ、歳はいくつ?」


尋ねると、はちょっとだけ困った顔で、人差し指を唇の前に立ててみせた。
その意図を酌んで、ラビはすぐさま言う。


「あーでもオレとあんまり変わんないだろ。ふたつかみっつ下くらい」
「うーん。まぁ」
「じゃあ人生まだまだこれから!の若者じゃん」
「そうだね、まだまだこれから!だね」
「それだけ長い間、死ぬまでずっと続く仲なんだからさ、きっと」


ラビは手を伸ばして、の金髪をぐしゃぐしゃに撫でた。


「きっと“ブックマン”と“庇護される者”以外の関係にもなれるさ!」


もみくちゃにされて、は本当に驚いたようだった。
その理由がラビにはわかった。
は他人に敬遠されているのだ。
真実を知る者にはその重さゆえに距離を置かれ、何も知らない者には不気味だと避けられる。
だからここへ来て、こんな風に接してもらったのは初めてなのだろう。
ラビは驚く顔がもっと見たくて、ますますをもみくちゃにした。
クッションの上で暴れまわって、声をあげて笑い合う。
するといつの間にか立場が逆転されていて、ラビの腹にが乗っかっていた。
彼女はラビの上にうつぶせに寝転ぶと、顔を寄せて不敵に笑った。


「ねぇ、なんだかそんな気がしてきたよ。私たちは“ブックマン”と“庇護される者”以外にもなれるんだって」
「なれるさ。時間はいくらでもあるし、オレ達はずっと一緒なんだから」
「そうだね。でも、私達は一体どんな関係になれるのかな」


弾む声でが訊いたが、ラビはそんなこと考えるまでもなかった。
の腰を支えて身を起こす。
自分の膝の上に乗っけたままの彼女を見つめる。


「そんなの決まってんだろ。ちゅっとかぎゅっとかしちゃう仲さ」


いたずらっぽく笑っての手を握る。
ラビは半分冗談で、半分本気だった。
死ぬまでの仲だと言われた相手がちょっとびっくりするくらいの美人で、かなり変わっているとはいえ可愛いことを言う女の子だったのだ。
これはもう、それしかないような気がする。
それに支えになってあげたい、守ってあげたいと思ったのも真実だ。
ラビは瞳を光らせて、真面目な口調で告げた。


「そーゆーわけで、これからお付き合いよろしく!」


果たしてどんな返事が返ってくるのか、ラビはわくわくしてを見つめた。
しかしはしばらくの間、反応を示さなかった。
まったくの無表情でラビを凝視し、何かを思案しているようだ。
ラビが拍子抜けして瞬いたとき、ようやくが動き出した。
よいしょとラビの膝から降りて、そして部屋の中を荒らし始める。
告白ともとれる言葉を完璧にスルーされ、しかもまた何かを探し始めたに、ラビは半眼で呼びかけた。


「おーい。?」
「あれー?どこだっけ?」
「おいってば、おーい」
「あ!あったあった!」


は今度こそお目当てのものを見つけ出したようだった。
振り返った彼女は何とも魅力的な笑顔を浮かべていた。
そしてその表情のまま、床を蹴った。
ラビの視界に銀色が翻る。
彼女の細い腕が振り下ろされる。


ズガンッ!!


ちょっと信じたくないような、激しい轟音が響き渡った。
野生のカンで咄嗟に後退していたラビは、先刻まで自分が座っていた場所を見て、絶句した。
床が木っ端微塵に破砕されていたのだ。
小さなクレーターのようになったその中心で、は床に突き立てたものを引き抜く。
それは銀色のハサミだった。
どこの一般家庭にでもあるような、何の変哲もないハサミ。
それがの手に握られることによって、恐るべき凶器に変身したのだ。
ラビは全身で嫌なものを感じ、冷や汗をダラダラと流しながら叫んだ。


「オマ……っ、オマ、オマエ!いいいいいいいいいいきなり何するんさ!!」
「何って」


はやっぱり見惚れてしまいそうなほどの笑顔である。
そしてアッサリとこう言い放った。


「決まってるじゃない。おつきあい」


お付き合い?
いや彼女が言っているのは、“お突き合い”だ。


「ええええええええええええええ!違うから、ソレ違うから!何で突き合わなきゃならないんさ!オレの言ってるのは不健全な男女交際のことであり、間違ってもそんな危ない趣向じゃねぇ!!」
「だって、グローリア先生に言われてるんだもの」


またもやハサミを構えてラビと一方的に“突き合おう”としながら、は楽しそうに言う。


「“愛という神聖なものを下品かつ軽々しく口にし、しかも直接的にそれを迫ってきたら、迷うな殺っちまえ。決して逃がすな。地獄の果てまで追いかけて、己の愚かさを思い知らせろ!!”って」
「うわぁ、すーげぇ積極的なお言葉!!」


そう絶叫しつつも、ラビは何となく理解していた。
は見ての通りの美少女だし、グローリアもあの美貌である。
師が可愛い弟子に不埒な男への注意を促していても不思議ではない。
唯一不思議だとすれば、どうしてこんなデンジャラスな方法しか教えないのかということだ。
ラビはブルブル震えながら訴えた。


「ちょ、ちょーっと待つさ。な?クールになろうぜ、
「うん、わかったよラビ。クールに素敵に殺ってあげるね」
「何がわかったんだよ、何を理解したんだよ、今すぐ、さぁすぐ、言ってみろ!!」
「だって先生は絶対なんだよ。言いつけを破ったら私が殺されちゃう」
「オマエ、先生先生ってなぁ!もっと自分で考えろよ!明らかにおかしいだろソレェ!!」


涙ながらにラビが叫ぶと、はじりじり接近するのを止めた。
そして言われたとおりに、自分で考え出した。
左手を右の脇下に挟んで、もう片方の手でハサミを揺らしながら思考する。
ラビは助かったとばかりに吐息をついたが、その時が手を打った。
そしてさも素晴らしい考えだと言わんばかりの笑顔で、こう言ったのだった。


「うん、やっぱり不健全な男女交際には道徳的立場からして反対なので、ラビにはと健全な“お突き合い”をしてもらおうと思います!!」
「これのどこが健全だー!!!」
「大丈夫、ちゃんと私の意見だよ!じゃ、行きまーす」
「全然ダイジョブじゃねーーーーーーーーッ!!!!」


ラビは絶叫しつつも床に手をつき、クッションを蹴散らして側転。
同時にのハサミが閃き、その布地に刃を突き立てる。
一瞬にしてクッションは引き裂かれ、ラビの代わりに中の綿を無惨に飛び散らせた。
息をつく暇のなく銀色がうなり声をあげてラビに迫る。
その速度は尋常ではなく、回避する背に冷や汗がたらりと流れる。


(コイツ、ただ者じゃねェ……!)


いろんな意味で。
身のこなしはすでに人間業ではないし、言動も普通のそれから遠くかけ離れている。
やはりこの娘に関して何の説明しなかったブックマンが、恨めしくて仕方がなかった。
まぁあらかじめ言われていても、到底信じられなかっただろうが。
ラビは本気で命の危機を感じて、涙を浮かべた。
滲んだその視界に映るのは、頬を高揚させて、目をキラキラ輝かせたの笑顔だった。


「私ここに来て、誰かとこんな風に遊ぶのはじめて!ありがとうラビ!」


これが遊びか!
そう叫びたかったが、は真剣にそのつもりらしい。
確かに『黒の教団』は大人ばかりだし、そうでなくてもは皆から避けられている。
きっと同じ年頃の子供と話すことすら久しぶりなのだろう。
嬉さのあまりはしゃぐ可愛いその姿に、ラビは何となく言葉を封じられる。
そうしてはその魅力的な笑顔のまま、銀色の凶器を構えたのだった。


「じゃ、お突き合い開始!命の限りがんばって生き延びてね!!」


そうして霞むようなスピードで、はラビに飛び掛ってきた。
ラビは咄嗟に背後の扉を蹴り開けて、廊下へと転げ出る。
分厚い扉板にハサミの刃が完全貫通、木屑が舞い、蝶番が弾け飛ぶ。
ラビはこのときすでに、完璧に泣いていた。
号泣だった。
そして笑顔のの追撃から、全速力で逃げ出したのだった。


「えへへ楽しいなぁ!うふふあはは、待て待てーぇ」
「ひいぃぃぃぃぃぃいいいいい!!誰か助けてくれさーーーーーーーーーーーーー!!!!」


こうして壁や床をことごとく破壊しながらの、恐怖の追いかけっこを開始された。
子供達が駆けていくさまは、まるで小さなふたつの竜巻だった。
普通に考えたら微笑ましいその光景も、恐ろしさのあまり泣き叫ぶラビと、恍惚とした表情で襲い掛かるでは、どこまでも殺伐としている。




それから数時間、哀れな少年の絶叫が、黒の教団に響き渡り続けたのだった。










ヒロインとラビのおつきあい開始です。初対面からこのノリです。(笑)
ヒロインが他の子と遊べなかったのは過去云々よりも、そのデンジャラスな思考回路のせいでは……。(汗)
それにしても暴走ヒロインとへたれラビ!書くのがとっても楽しいです。
この二人は互いしか知らない孤独を抱えているからこそ、一緒にいられる相手を大切に思っています。
いつかは離れてしまうと知っているから、永遠に近い絆を守りたいのです。
次回もまだまだラビが語ります。