自由奔放で独創的。
誰とでもよく喋って、いつだって本音でぶつかっていた。
それが秘密ばかりのオマエの、孤独な戦いだったんだよな。

オレはそんなオマエの支えになれていたのかな。






● 心情の定義  EPISODE 3 ●







「オオオオオオオオオオオオオレあの時の恐怖は忘れない、一生忘れない、を止まってくれなかったらオレは絶対に死んでた、完璧に殺られてた……!!」


その時の恐怖がよみがえってきたのか、ラビはソファーの上で膝を抱えてブルブル震え出した。
顔色は壮絶に悪く、冷や汗が滝のように流れている。
涙の滲んだ瞳をぎゅっと閉じて、ラビは首を振った。


「怖い怖い怖い怖い、こいつマジで怖い、トラウマだから、永遠のトラウマだから、今でもこいつがハサミ持ってるの見るとオレ殺されるんじゃないかって狙われてるんじゃないかって、もうお突き合いも命がけ!!!」
「嫌だわラビ。大げさよ」


恐怖に叫ぶラビにリナリーがやんわりと微笑んだ。
本当に笑っているところを見ると、その原因は彼女のに対する危険認識の違いか、それともラビへの嫉妬のあらわれか。
………………たぶん両方だろう。
そう結論して、アレンは惜しみない同情をラビに注いでやることにした。
彼と同じくらい青ざめた顔で、その肩を叩いてやる。


「それは大変でしたね……。よく今日の日まで生きてこられたものです」
「アレン……!わかってくれるさ!?」
「ええわかりますよ!僕も初対面で殺されかけた身ですからね!!」


ぐっと拳を握り締めて、アレンは怒りに燃える瞳をへと向けた。
ああ、あの幸せそうな寝顔が心底にくらしい!


「あんな可愛い顔の儚そうな外見で、やることは過激だし、言うことは失礼だし、本当に手が負えませんよは!!」
「うんうん、そうなんさ!」
「しかもラビなんかを仕留め損ねるなんて、どこまでウッカリさんなんだ!!」
「まったくその通り……ってオイー!何さソレどーゆーこと!?」


ラビはアレンの意見に同意して何度も頷いていたが、その内容のひどさに気がついて大声をあげた。
涙目で食って掛かられたが、アレンは冷静に返す。


「いえ、がラビごときに手間取るはずない、という事実をもとに思考し、その結果を僕の心情をもまじえてお伝えしただけですが」
「何その当たり前みたいな顔!言ってることおかしいさー!!」
「そんなことないですよ。おかしいのは殺されかけた挙句に、その容疑者と親友になったラビのほうです」


アレンは冷ややかな瞳でスッパリそう言い捨てた。
どうやら自分も多少ラビに妬いていたようだ。
とラビの隔絶した、ふたりだけの絆を知った後では、それも無理のないことだった。
アレンはリナリーに倣って、にっこりと微笑んでやる。


「僕なら絶対に報復しますけどね。と言うか、現在進行形でそうしてます。絶賛復讐中です」
「…………オマエ、まだ初対面で殺されかけたこと根に持ってんのか?」


ラビは呆れたように呟いて、片手で自分の赤毛を掻き回した。
そして一度の寝顔に視線を投げて、難しい表情で言う。


「あんまり苛めてやんなよ。だって反省してんだから」
「………………何でラビにそんなこと言えるんです?」


アレンはちょっとだけ眉を寄せて聞き返す。
ラビは腕を組んで吐息をついた。


がその件に関して“悪かったなぁ”ってぼやいてるのを何度か聞いたんさ」
「………………」
「今更謝り直すのも変だし、オマエがそのことで突っついてくるから負けん気で言い返しちまう。コイツがそういう性格だってことは、もう知ってるだろ?」
「それは……知ってます、けど」
「だからあんまり苛めてやるなって。それだけが原因じゃねぇけど、の奴アレンに嫌われてると思い込んじまってるぞ」


普通の声でそう指摘されて、アレンは思わず黙り込んだ。
ラビはこうやってたまに鋭く突っ込んでくるから、対応に困る。
普段はヘタレで頼りなく見えても、彼はやはりアレン達よりお兄さんなのだ。
アレンは何だか悔しくて、拗ねたような口調になってしまった。


「別に嫌ってるわけじゃ……。“悪かったなぁ”って僕に言ってくれればいいんですよ。ラビにじゃなくて」
「それは無理さ。って意地っ張りだから」
「ラビには言うくせに?」


ますます拗ねたように訊くと、ラビはにこっと笑った。


「オレに言ってくれるのは、親友の特権。それと記録するクセのおかげで、のことなら何でも知ってるぜ。身長、体重、食べ物の好き嫌い、しでかしたイタズラの数々、歩くときのクセ、お気に入りの場所」
「そしてスリーサイズ?」


リナリーが笑顔で冷ややかに付け加えたから、ラビは頷かずに続けた。
少しだけ血の気を引かせながら。


「いやぁ、まぁアハハハハ!それで“お突き合い”の本当の理由も教えてもらったし!」


話を逸らそうとしているのは見え見えだったが、それは気になったのかリナリーは黙った。
アレンも同じようにしてラビを見る。


「“”になって初めて出来た友達だったから、はしゃいじまったんだって。泣かせるつもりも怖がらせるつもりもなかったけれど、嬉しくて追い掛け回しちまったんだって、謝るときに言ってた」


懐かしさと愛おしさが揺れる眼差しで、ラビは笑った。


「ジジイがをふん捕まえてくれたんさ。あの時ばかりはジジイに感謝した!あんなパンダが天使に見えたもんマジで!!」
「それは、重症ですね……」
「そんなことねぇさ」


アレンは思わず顔を青くしてしまったが、ラビは気にしない。
快活に笑って言う。


「だってジジイがいなきゃオレは勢いあまったに殺されてたからな!そしたら親友になんてなれなかったし、今まで一緒にいることもできなかった」


そこでラビは微笑んだまま目を伏せた。


「ジジイのおかげで他の誰に突き放されても、オレ達は“独り”にならずにすんだんだから」


それを聞いてアレンは少し沈黙した。
それから意を決したように口を開く。


「あの、……はそんなに皆から避けられていたんですか?」
「そりゃあもう」


ラビはアレンが驚くくらいのアッサリした口調で断言した。
何てことはないという様子で続ける。
けれどそれは、ワザとそうしているようにも見えた。


「正直、出生のハッキリしない奴はそれだけで遠ざけられる。教団みたいな確固とした集団ならなおさらな。オレみたいに未来の“ブックマン”だから、っていう誰の目にもわかりやすい理由があればまだしも、の場合はどこまでも差別の対象だ」
「差別……?」
「ブックマンが保護している。つまり、裏歴史に関わっている。そのせいで過去を隠蔽したのなら、それが後ろ暗いものだと宣言しているようなものだろ?」
「…………………」
「少なくとも堂々と本名を掲げて外を歩ける立場じゃないのだということは、誰にだってわかった。だから敬遠された。遠巻きに冷たい視線を浴びせられたし、面と向かって暴言を吐かれたこともあった。そのたびにオレはソイツらを殴ってやりたかったけれど、それはの戦いだったから」


一度瞬きをしてラビはアレンを見た。
アレンは恐る恐る尋ねる。


「まさか、そういう人たちはの手によって全員闇に葬られたとか……?」
「いんや。いつもの調子で過激に……、的には“普通”に振舞ってた」


虚を突かれてぽかんとするアレンに、ラビは愉快そうに笑う。


「あのいつものノリで、元気に明るく接したんさ。どんなにひどいこと言われてもめげなかったし、自分の境遇をちっとも嘆いたりしなかったから、みーんな拍子抜けしちゃって。そうしたらって奴はただのカワイイ小娘だろ。すぐにとはいかなかったけど、徐々に馴染んで、今はホラこの通り」


両手を広げるラビを眺めて、アレンは考える。
確かに今のは老若男女の人気者だ。
それにあのテンションで話しかけられて、打ち解けるなという方が無理な気がする。


「まぁ今でもを悪く言う奴はいるけど。何を言われてもは自分のために手を出したりはしなかった。一緒にいるオレとかリナリーのことを悪く言われたら、容赦なくぶん殴ってたけどな」
「そうね。一も二もなく飛び出していって、相手をコテンパンにしてたわね」


リナリーがその時のことを思い出して、クスクス笑う。
ラビも笑ったが、その視線はすぐに腕の中のクッションに落とされた。


が一生懸命に戦って、努力した結果が今の状態なんさ。ここまでくるのに何度だって突き放されて、何度だって立ち上がってきた。傷つくたびに傍にいてやるのが、オレに出来るたったひとつのことで。がまた笑えるように、オマエならダイジョブって言ってヘラヘラしてたんさ」
「ラビ……」


アレンは何だか胸が締め付けられる想いがした。
の底抜けに明るい性格は、本来のそれに加えて、そう振舞うことを力としていたのだ。
どんなに敬遠されても決して挫けたりしないように、そして周りに認めてもらう努力のために、微笑みを絶やさなかった。
そしてラビも。
そんな彼女のために、いつだって能天気に振舞って。
傷ついたその心に寄り添って、優しくその背を押してやっていたのだ。
アレンはふたりがどうして“親友”なのか、わかった気がした。
力を抜くようにして微笑む。


「ラビとって、何だか兄弟みたいですね」
「だろ?今までも、これからも、オレがを守ってやるんさ」


ラビも瞳を細めて微笑んだ。


「だってオレはコイツよりお兄さんなんだから」


その言葉に溢れていたのは、親愛だった。
相手を大切に思い、慈しむ心。
本当の家族のようだと、アレンは眩しく思う。
するとラビは笑みをいたずらっぽいものに変えた。


「でもには言うなよ。コイツ、オレがお兄さんぶるとすぐ怒るから」
「あら、それは仕方がないわ。対等でいたいというのがの本音でしょうし、今のこの子は守らなければいけないほど弱くも子供でもないもの」


嫉妬のせいか少しだけ顔を赤くしたリナリーが言った。
ラビはそれを聞いて半眼になる。


「そうなんだよなー。コイツもう全然平気で。逆にオレが助けてもらってるくらいだし……。お兄さんガッカリさ」
「そんなことないでしょう。ラビがブックマンの仕事でいない時、はいつも元気がありませんよ」


アレンが思わずそう言うと、ラビは一瞬きょとんとした表情で固まった。
そして次の瞬間には、見ているのも苛立たしいほどの喜びオーラを垂れ流し始めた。
頬が染まり、照れたように鼻の下をこすっている。


「へ……、へーえ。マジで?の奴、オレがいないとそんな感じなんかぁ」
「…………………」
「いや知ってた。知ってたさ。が淋しがってくれてることぐらい知ってたさ。オレもコイツがいないと淋しいし、やっぱそういうのはお互いな!辛いもので!!」
「…………………………」
「でもまさか、そんな態度に出るくらいとはなぁ……。帰ってきたときも平気な顔してるくせに。へへっ、コイツー!」
「…………………………………………すみません、そろそろ本気でうざいんで、歯食いしばってくれませんか」


急上昇していくラビのテンションとは対照的に、アレンは恐ろしく低い声でそう告げた。
鬱陶しい。本気で鬱陶しい。
心の底から口を滑らせたことを後悔するくらい鬱陶しい。
隣で爆発したどす黒いオーラに、ラビは即座に顔色を変えた。
助けを求めるように視線をさ迷わせて、さらに硬直する。
向かいのソファーに座ったリナリーまでもが鋭い視線でこちらを睨んでいた。
本気で命の危機を感じてラビは涙を浮かべた。


「スミマセンごめんなさい、ちょっと調子に乗ってましたーーーーーーーーーぁ!!!」
「そうね。それを反省するのと同時に、今後はとベタベタするのは止めてね」
「ああ、それ僕も思ってました。とラビはちょっとひっつきすぎですよ」


暗黒オーラを纏った二人は、これぞいい機会だとばかりに口を揃えて言い出した。


「二人ともいい加減いい歳なんですから、もっと慎みを持ってください」
「わかりやすく言うと、は女の子なんだからいろいろ気を遣ってあげてね、ってことよ」


アレンが腕を組んでラビを睨み、リナリーは深く頷く。
ラビは不満そうな顔をしたが、文句を言われるより早くアレンが口を開く。


「ラビはお兄さんなんでしょう。そしてはこれでも年頃の女の子なんです。一緒のベッドで眠ったり、目の前で平気で服を脱いだりしないでください」
「脱ぐのはのほうが多いさ」
「そんなことは聞いてない!」


アレンは思わず顔を赤くして怒鳴ったが、ラビはぶすむくれる一方だ。


「だってコイツ、オレの服を借りに来るんだもん。女の子の服は動きにくいって言って。そしたら当然そこで着ているものを脱ぐし、部屋に帰るのが面倒だからってオレのベッドで寝ていくんさ。これってオレだけのせい?」
「……………………」


ラビの言い分にアレンは思わず沈黙した。
確かには、どうにも女の子としての自覚が薄い。
それでもさんざん自分は乙女だと主張しているのは、そう振舞えない自分を知っているからではないかと、アレンは密かに思っていた。
黙り込んでしまったアレンにラビはにやりと笑ったが、何か言われる前にそれを封じておく。


「いえ、やっぱりラビのせいです」
「ええ!?何でさ!!」
「だってラビとは親友なんでしょう?一番身近な友達がこれじゃあ、だって女の子らしくはなりませんよ」
「誤解だって!は女であることを言い訳にしたくなくて、こうなっちまったんさ!!」


キッパリと言い切るラビに、リナリーが首を傾げた。


「どういうこと?」
「つまり、女だからって理由で、戦場やら何やらで庇われたり守られたりするのが嫌なんだと。そりゃあやっぱり憧れてはいるから、自分のことを乙女だーとか言ってみたり、他の女の子を口説いたりしてるけど。根本的に対等でいたいんさ、オレ達と」
「ああ、なるほど……」


アレンは納得して頷いた。
確かににはそういう節が多く見られる。
どんな困難にも自ら先陣を切って突っ込んでいくし、体力的に厳しい任務でも決して弱音を吐かない。
そのような窮地で、彼女は女であることを感じさせない、ずば抜けた頼もしさを発揮しているのだ。
さらに言えばの女の子好きは、そう振舞うことを決めた自分にはないものを持っている、彼女達への憧れということなのだろう。
そう理解して、それでもアレンはラビを半眼で見やった。


「でもやっぱりラビの影響のような気がするんですけど。君と対等でいたいから、そう思うようになったんじゃないんですか?」
「あー……、かもなぁ」


軽く頷いて、ラビは表情を緩めた。


「確かにそんなこと言ってたさ」


そこでラビがどこまでも懐かしく切ない顔をしたので、アレンは少し驚いた。
雰囲気で感じられるそれは、泣いてしまいそうなほどの愛おしさだった。
思わずじっと見つめていると、ラビは、彼には珍しく、はにかんだように笑った。


「一回だけ。ホントに一回だけ、オレ達はケンカをしたことがあるんさ。それこそ、これっきりサヨナラだっていうほどの、大ゲンカを」


アレンは今度こそ本当に驚いて目を見張った。
彼らを見た限り、そして今までの話を聞いた限りでは、そんな事実はすぐには信じられなかった。
それほどまでに彼らの絆は、アレンの予想を超えて深く強いものだったのだ。
リナリーが最初のことをあまり良く思っていなかったということと同じくらい、驚愕に値する話だった。
目を見開いたアレンの眼前で、ラビは静かに言う。


「あの時あのまま終わっていたら、オレ達の関係も死んでいた。それこそただの“ブックマンの後継者”と“庇護される者”になっちまってた。それぐらいの大ゲンカ」
「……そんな話、聞いたことがないわ」


リナリーも心底驚いた様子で瞳を瞬かせた。
ラビはくすりと笑う。


「だって誰にも言ってねぇもん。これはオレとの秘密。……気になる?」


悪戯っぽく訊いてきたその声に、頷くなというほうが無理だった。
アレンとリナリーはラビを見つめて、彼が口を開くのを待った。

ラビは過去へと思いを馳せ、ゆっくりと語り出したのだった。




















それはある暖かい春の頃の話だ。
出会いからは数年が経ち、ラビとは自他共に認める親友となっていた。
共謀して巻き起こした騒動は数知れず、二人で分かち合った感情も数え切れないほどだった。
嬉しいときは一緒に笑ったし、悲しいときは共に眠った。
バカみたいに騒いで、走り回って、時には言葉もなく、ただただ傍にいた。
グローリアが亡くなってからは、もラビに頼ることは少なくなったし、ブックマンの仕事が多くなってきたラビも、にまとわりつくことを減らした。
それでも絆は薄まらず、むしろ強くなったように感じていた。
いつだって傍にいなくても、わかりあえることができるようになっていたのだ。


その日、二人は科学班の研究室にいた。
乞われて仕事を手伝うに、ラビも手を貸してやっていたのである。
は即席に用意された自分のデスクの前に座り、ラビは机板の上に直接腰掛けていた。


「えーっと。この計算は結局これがこうなってこう変化して、うわ何これ予測される計算式が23596742通りあるんだけど。次の仕事はいつからなの?」
「こっちは次元理論?応用か?独立要素数が……。さぁまだわかんねぇ。帰ってきたばっかだし、ジジイも何も」
「概念的には可分距離空間 X の任意の有限開被覆に対して高々次数 n + 1 の細分がとれるとき、X の次元は高々 n である、じゃないの?ああでも、そっちより先にこっちの計算手伝ってー。じゃあしばらくは教団にいられるんだ」
「[p]=[massm・lenegthl・timet・・・]=[ mass] m [lenegth] l[time] t・・・、無次元量か、ちょっと待てすぐ見るから。うん、たぶんしばらくはコッチにいられると思う」
「物理量 q の次元式は MmLlTtってことね。それの応用なら解が出てるよ。そこの紙に走り書きしてる。やった、じゃあ買い物付き合って!」
「マジかよ解出てる?ああ、そっちの計算はあの数式を使ったら569873行は省略できるぜ。買い物って何買うつもりさ?」
「本当に?何その数式、初めて見た。最近発明されたやつ?新しい健康増強グッツ。一人じゃ運べないから、お願い手貸して」
「すっげぇオマエいつの間に解出したんだよ!ああ、最近発明されたやつ。確かドイツの数学者の。おいおい久しぶりに会った親友に荷物運びさせる気かー?」
「こっちもすごい画期的!この数式の発明者だれだれ!?いいじゃない、手伝ってよ。お礼にゴハン奢るから」
「だろ、それめっちゃ使えるんさー。発明者誰だったけ?後で調べとく。よし、のった。完膚なきまでに奢ってもらうかんな」


猛烈な勢いで一般人には理解不能な学問的やり取り交わす二人に、科学班の面々は呆れた視線を向けていた。
話している内容はハイレベルで、それにプライベートな話を織り交ぜることのできる神経は、ちょっと計り知れない。
明らかに会話の片手間に処理できるような問題ではないのだ。
ひとりでも充分に早く終わったであろうそれらの仕事は、ラビも加わることにより、瞬く間に片付いてしまった。
二人は協力して膨大な紙の山をコムイの机まで運び、胸を張る。


「どうです、終わりましたよ!早いでしょう?」
「オレが手伝ったんだから当たり前さー」
「うんうん、感謝してるよマイベストフレンド!」
「つーわけでコムイ、もういいだろ?オレたち今から遊んでくるから!」
「いってきまーす!」

「ちょっと待って二人とも」


元気よく走り去ろうとする二人を、コーヒーをすすりつつコムイが止めた。
片手でパラパラと渡された書類を確認、その仕上げの早さと正確さに舌を巻く。
そうして顔をあげるとにこりと笑った。


「ずいぶん元気が有り余ってるみたいだね。そんな君たちに朗報だ」
「「朗報?」」


声を揃えて聞き返す二人に、コムイはさらに笑みを深めた。


「そう。久しぶりに会った親友同士がしばらく一緒にいられる素敵なお知らせだよ」
「それってつまり……」
「まさか、そういうこと?」
「その通り」


きょとんと目を見張るラビと、すでに事を察して吐息をつくに、コムイはとびっきりの茶目っ気で告げた。


「任務だよ。ふたりで仲良く行っておいで」













室長のその一言でまだ少年少女だった二人が送り出されたのは、カナダのモントリオールという街だった。
赤や黄色のパステル調の屋根が並び、石畳の大路沿いにお洒落な店が軒を連ねる。
セント・ローレンス川の中州に築かれたそこは、自然と人工美が調和した、気品のある街だ。


そうして訪れた地の一角、とある洋服店のガラス窓に手をついて、ラビはしげしげとそこに飾られたものを見ていた。
それはたっぷりとしたレースと宝石で彩られている。
淡いオレンジの生地に、花びらのように広がるスカート。
等身大の人形に着せられた美しいドレスを眺めて、ラビはため息をついた。
別に自分が着たいとか、手元に欲しいとか、そういう危ない趣味はない。
思うことはただひとつだけだ。


がこんなの着たら、似合うだろうなぁ」


こんな素敵な衣装を纏って、髪を結い上げて、花で飾って。
そうしたら彼女は、他の誰も太刀打ちできないほどの美しい令嬢になれるだろう。
けれどそれは思うだけ虚しかった。
やっぱり男として女の子が可愛い格好をしているのは嬉しいし、そんな晴れ姿を見たい親友心もあるのだが、どうにも絶対に難しい。
その原因は、大路を挟んで反対側にあった。
そこにはラビと同じように、とある店のガラス窓に両手を突いて、食い入るように眼前に飾られたものを見ている、金髪の後ろ姿。
ぴくりとも動かないの視線の先にあったのは、大きな物体。
白いアームと黒いボディ。
軽量なうえ折りたためる、優れたランニングマシン。
つまり彼女の大好きな健康増強グッツのひとつだった。
ラビは大路を横切って近づき、の頭を軽くはたいた。


「いつまでそんなもの見てるんさ」
「あ、ラビ!」


ハッとしたように振り返ったの顔は、眩しいぐらいに輝いていた。


「見て!見てこの健康増強グッツを!これぞ新発売の新製品なの、すごいと思わない!?この見事なフォーム!照り輝くボディ!最高だよ、素晴らしいよー!!」
「オマエの趣味のほうが最高に素晴らしいさ。どうしてこっちに惹かれるんだよ、普通女の子ならあっちだろ!?」


ラビは強く主張して、先刻まで自分が見入っていた向かいのドレスを指差した。
は一応見てやるか、といったふうに振り返って、やはり関心皆無な顔で言った。


「あれのどこに惹かれるの。着る機会もないし、置き場所にも困るっていうのに。綺麗だとは思うけど、全然欲しくはない」
「オーマーエーなぁ!自分の顔を思い出せ!鏡で全身を凝視しろ!そしていろいろ自覚してくれ!!」
「そんなことより自覚しなきゃいけないのは、私の体がなかなか大きくならないってことだよ。おかげでラビとの身長差も増えるばっかり」
「はぁ?それは当たり前だろ。オレは男で、オマエは女なんだから」
「うん、だからやっぱりここはこの健康増強グッツを買うしかないと思うんだ。これでますます体を鍛えて、ラビを見下ろすほどに成長しないと!」


ガラス窓に映したラビとの身長差をじっと睨みつけて、はそう宣言した。
モントリオールに到着し、この大通りに入った途端、彼女が駆けつけたのがこの健康増強グッツの前だ。
有り得ない。なんとも有り得ない話だ。
ここに至るまでに立ち並ぶ、アクセサリーや洋服といった女の子なら誰でも喜びそうな店をまったく素通りして、一番に飛びついたのがこれだなんて。
の趣味と関心を熟知しているラビであっても、ため息が出てしまう。


「まったく。オマエほど“黙ってたら……”ってのを体現してるヤツもいねぇさ」


それこそ本当に着飾って、大人しく座っていれば、は誰もが惚れ惚れするような美少女なのだ。
けれど彼女がドレスなんて着る日は絶対に来ないし、“大人しく”なんてもってのほかだった。
ラビはガラス窓に映ったの、見慣れた顔を眺める。
はじめて会った頃から考えれば、ずいぶん成長したものだ。
背丈はもちろん、体つきも女の子らしくなってきている。
すらりと伸びる細い四肢と、小さな頭部。
整った顔立ちに、長くなった金髪。
それは無頓着なではなく、ラビの手によって右耳の上でひとつに結い上げられていた。
少しうねりながら肩に落ち、黒いコートに映えている。
特別に着飾っていない今でさえ、彼女はどこまでも人目を惹きつける容姿なのだが、


「ホントすごいよ、40段階の傾斜で、ハードなランニングから、登山トレーニングまでできちゃうんだ。さらに持ちやすい大型ハンドルに、安定感のある走行面、乗り降りが楽なフラット板などなど、なんとも使いやすい設計。これは絶対に買いだね……!」


とか何とか一人でブツブツ言っているのだから、夢も希望もあったものではない。
どうがんばってもこの娘に女の子らしい物に興味を持たせるのは不可能な気がする。
改めてそう結論すると、ラビはの襟首を掴んだ。


「ハイハイ、任務が終わったら教団まで運ぶの手伝ってやるから。買うのは後でな」


そう言って彼女を引っ張って歩き出すと、金の瞳で見上げられた。
これだけは数年前からちっとも変わっていない。


「当たり前じゃない。まずはお仕事。その後は」
「その後は?」
「どうぞお願いします、マイベストフレンド」
「うんお願いされたさ、マイベストフレンド」


言い合って、それから顔を見合わせると、二人は同時に吹き出した。
声をあげて笑って、並んで大通りを歩き出す。
春の日差しが暖かくて、行きかう人々にも笑顔が溢れている。
どこまでも穏やかな街の様子に、ラビが首を傾けた。


「なんか平和だなー。それなのにここであんな妙なウワサが広がってるなんて」
「『反魂はんごんの花』ね。まぁこの手のおとぎ話は、どこの街にも転がっているものだから」


反魂はんごんの花』…………それがラビとがこの地に派遣された理由だった。
そのウワサは数ヶ月前からこのモントリオールに爆発的に広まったものだ。
街外れの廃棄された工場群、そのどこかに咲く一輪の花。
それはこの世のものとは思えない美しい花弁を持ち、光を放って輝いているという。
まるで楽園の花だと、見た者もないのに囁かれている次第だ。
そしてそれを手にしたものは、ありとあらゆる願いが叶うという話らしい。
それこそ死人すら生き返らせることの出来る花、つまり『反魂はんごんの花』。


「そんな便利アイテムがほいほいあってたまるもんか。何で信じちまうんかなー」
「誰も本気で信じてはいないでしょ。でも女の子や子供たちはこういう話が好きだし、本当に、それこそ死ぬほど困ってる人はこんな迷信めいたことにでもすがっちゃうんじゃないかな」
「なるほど。そんで例の工場群で大量の行方不明者か……」


探索隊ファインダーの調査では、すでに28人もの行方不明者が出ているという。
家出やら夜逃げやら、考えられることは多々あるが、妙なウワサはこれに乗じてさらに広まってしまったのだ。
曰く、『反魂はんごんの花』に導かれて、楽園に行ったとか何とか。


「すっげぇポジティブな考え方さー」


ラビはそう言って笑ったが、それは苦笑だった。
はというと、露骨に呆れた顔をしていた。


「何でも楽園っていうのはこの世のあらゆる苦しみやしがらみから解き放たれた、至高の理想郷らしいよ。それって別名、天国って言わない?」
「消えたヤツ、もしくはそれを言い出したヤツが、恐ろしく思いつめてたんじゃねぇの?つまりそういう現実逃避を言っちゃうような」
「だろうねぇ……。どちらにしても私達が確認しないと」


ウワサの急速な広がりと、日々増える行方不明者の数。
これは明らかに比例しており、アクマとの関連を考えた探索隊ファインダーが、エクソシストの派遣を要請したのだ。
ウワサの工場群にアクマが潜んでいるのならば、普通の人間では太刀打ちできない。
瞬く間に殺されてしまうだろう。
その危険の中、真実を、そして敵を求めて調査するために、今回ラビとの二人が遣わされたのだった。


「とにかくまずは探索隊ファインダーの人と合流だね」
「そうさな。ああでもブックマンの仕事が終わったと思ったら、次はエクソシストの仕事なんて、オレもついてないさー」
「何をー!このさんと一緒だっていうのに!」
「それは嬉しいって!なんせ今回はうるさいジジイもいないし」


ブックマンは齢のせいなのか、任務内容を見てそう考えたのか、“お前達だけで充分だろう”と言って、教団に残ったのだ。
は指を顎に当てる。


「そうだね、ふたりっきりは久しぶりだよね」
「久しぶりついでにいちゃいちゃしてみる?」


にやりとしながらラビは手を差し出した。
いちゃいちゃというのは恋人同士のそれではなく、子供の頃に戻ってくっついてみるかということだ。
は目の前に出された掌を見て、すぐにふふんと笑った。


「お仕事が終わったらね」
「ちぇ」


ラビは不満気に唇を尖らせた。
どうにもグローリアが死んで以来、は独り立ちしてしまったような気がする。
ラビからスキンシップを求めると乗ってくるのだが、からはあまりしてこなくなったのだ。
それをなんとなく淋しく思っていると、が少しだけ寒そうに首をすくめたので、ラビはまたにやりとした。


「じゃあ一緒にマフラー巻こうぜ!ほらオレの長めだし」


そう言いつつ自分の首に巻かれたマフラーを掴んでぴらぴら振る。
端を引っ張っての首にも巻いてやろうとして、しかしそこでそれは素早く奪い取られた。
そして、

ぐるん!


「ぎゃあ!!」


ぐんっと勢いよく引かれて、ラビはコマのように回転した。
そのままマフラーは引っ張られ続け、ラビもグルグル回り続ける。
視界が高速で飛び過ぎ、やがて止まる。
目を回しつつ隣を見ると、満足そうながいた。
その首には当然のようにラビから奪い取ったマフラーが巻かれている。
ラビはふらつく頭を支えて叫んだ。


「何だよ、一緒に巻こうって言ったのに!どうして奪い取るんさ!!」
「お仕事中にいちゃこらしたがるウサギには、グルグルまわって、ついでに頭もまわして考えてもらおうと思って」
「何を!?」
「親友同士で、何故マフラーの恋人巻きなんかしなくちゃいけないのか」
「いいじゃん、昔はよくしただろ!」
「今すると身長差で私の首が苦しいのよ!まったく何でラビだけそんなにでっかくなったのかな!?縮め!ミクロサイズまで縮小するのだ!!」
「イテ!イテテテテ!!ちょ、やめろって!!」


マフラーの端で頭部をぺしぺし叩いてくるの手を、ラビは掴んで止める。
たいして痛くはないのだが、それなりには痛かったのだ。
そうしての巻いているマフラーを、自分の首の位置まで持ち上げてみる。
確かにちょっぴり苦しいみたいだ。


「オレも成長したってことかー」


を見てずいぶんでっかくなったなぁ、と思っていたのだが、どうやら自分もそうだったようだ。
頭ひとつぶんは小さいを見下ろすと、彼女が睨みつけてきた。


「今さら自覚したの?」
「うん、まぁ出会ったころからはちんちくりんだったけどな」
「うわ腹立つなー!こうなったら意地でも成長して、そのナマイキ面を見下ろしてやる!」
「だーから無理だってば。オレはまだまだ伸びるだろうけど、オマエはそろそろ打ち止めだろ」
「ふーん、だ。今に見てるがいい!とりあえずはこのくらい……、えいっ」


は言いつつラビの後ろに回りこむと、地面を蹴ってその背に飛び乗った。
ラビは驚いたが、彼女がこういうことをしてくるのは珍しいことでもなかったので、きちんと受け止めてやる。
おぶった体は軽くて柔らかかった。
肩に手を置かれて、はラビの背でうんと伸び上がった。


「これ!このくらいの背になりたいの!今は気分を味わうことしか出来ないけど、いつかはラビを見下ろして頭を撫でてやるんだから!!」
「ハイハイ、それは光栄さー」


クスクス笑いながら言うと、後ろから頭をかき回された。
どうやら予行演習らしい。
ラビは声をあげて笑って、そのまま軽い足取りで歩き出した。
がびっくりしたように首に抱きついてくる。


「ラビ、下ろして。自分で歩く」
「いいからいいから」
「また昔ごっこ?」


はちょっとだけ呆れた声で呟いた。
確かに幼い頃はよくこうやって遊んだものだ。
思い出してみると自然と笑顔になってしまう。


「ずったーかずったーかずんずんずん!」


変なメロディーに乗せて歌ってみると、背中でも笑った。


「懐かしい!電車ごっこのときのテーマ!」
「電車っていうか、今みたいにおんぶしてただけなんだけどな」
「ずったーかずったーかずんずんずん!」
「ずったーかずったーかずんずんずん!」


気がつくと二人して合唱していた。
けらけら笑って、リズムに乗って、大通りを歩いて行く。
ラビはマフラーを奪い取られていたが、背負ったが首に抱きついているので寒くはなかった。
というよりも、意図的にがそうしてくれていたようだ。
彼女の温もりを感じながら、ラビは言う。


「オレ達ずいぶんでっかくなったけど、中身は変わんねぇさ」
「子供のままってこと?」
「いんや」


ラビは説明しようと思ったが、やっぱり止めて、にんまりとした。


「それにしてもホントにでっかくなったなぁ。背中とか腕が気持ちイイ」


背面にあたる二つの膨らみと、支える腕に伝わる尻の感触に口元が緩む。
思わずそれを堪能していると、背後から首にマフラーがまわってきた。
そして、それが思い切り後ろに引かれる。


「ぎゃー!ギブ!ギブギブ!!」
「電車、止まりまーす。チカンが出たので緊急停車でーす」
「いや止まるっていうか、息とか心臓とか止まっちまうから!!」
「ブレーキよーし。車掌よーし。力の限りよーし」
「力の限りでオレの生命活動とめる気だろー!!!」


背後からまわされたマフラーがラビの喉に巻きついて、馬の手綱よろしく後ろに引っ張られる。
それはもう渾身の力で。
相変わらずいつでも全力、真っ向勝負のだ。
そして相変わらずいつでもヘタレ、やられっぱなしのラビだった。
を支えていた手を離し、妙な悲鳴をあげつつマフラーをもぎ取る。
そのときにはすでに彼女は地面に降り立ち、ゲホゲホしているラビの前に立っていた。
呼吸を取り戻してラビは怒鳴る。


「オマエなー!マジで危なかったって、もう少し離してくれるのが遅かったら確実にグッバイこの世!!」
「ハローあの世!!」
「満足そうな顔すんなー!!!」


叫びつつに掴みかかった、その時だった。


誰かが自分の名を呼んだ。


けれどその名は“ラビ”ではなかった。


一瞬にして、全身が硬直する。
表情を消して首を巡らす。
しまった、咄嗟に体が動いてしまった。
反応してはいけなかったのに。
振り返ってはいけなかったのに。



それは、禁忌だ。



視線の先に立っていたのは一人の少年だった。
細い体躯に柔らかい顔立ち。
藍色の髪は短く、あっちこっちに跳ねている。
汚れた白いシャツと緑のベスト、黒いズボンに雨でもないのに何故か履いているのは長靴だ。
そして泥で汚れた薄黄色のエプロンをかけていた。
華やかで美しい大通りには少々不似合いな格好である。
けれど彼はそんなことは気にせずに、真っ直ぐラビを見つめていた。
驚きに染まっていた藍色の瞳は、みるみるうちに喜びに染まって、太陽のような笑顔になる。


「やっぱりそうだ!見間違いじゃなかった!!」


少年は興奮した様子で駆け寄ってきて、ラビの腕を掴んだ。
傍に立っているなど、まったく目に入っていない様子だった。
全身から溢れるような喜びを振りまいて、少年は声を弾ませた。


「どうしたんだよ、イキナリいなくなって!俺ずいぶん捜したんだぜ、でも全然見つからなくてさ!」
「………………」
「連絡もなしに消えるなんてひどいじゃないか!俺たち友達だろ!?」
「………………」
「お前なんだか変わったなぁ。当たり前か、もう何年もたってるもんな!一緒にいたお爺さんは元気?と言うか、お前は元気だった?」
「………………」
「今度こそ勝手に消えないでくれよ。ああそうだ俺、店を継いだんだ。父さんが死んでさ、母さんもちょっと体を悪くしてるけど、なんとかがんばってる」


喜びのあまり一人で喋り続ける少年を、ラビは呆然と見つめていた。
あってはならないことだった。
今のこの状況は決して許されないものだった。
頭が真っ白になって、吐き気を覚える。
一度瞬きをして、ラビは自分を取り戻すよう勤めた。
少年はそんなラビの腕を揺すった。


「なぁまた家に来てくれるだろ。母さんに会ってくれよ。きっと喜ぶ」


その笑顔が、確実にラビの心を殺した。
ラビは緩やかに微笑むと、掴んでくる少年の手を振り払った。
それは乱暴ではなかったが、確かな拒絶だった。


「悪いけど、人違いさ」


はっきりとそう断言する。
表情を変えるな。
笑顔を保て。
動揺を見抜かれてはいけない。
ラビは少年の瞳が見開かれるのを見る前に、彼の傍をすり抜けた。
すたすたと数歩進んで振り返る。
そしていつもの顔で言う。


「なーにやってるんさ、!置いてくぞー」


視線の先で、金髪の少女は戸惑った表情を浮かべていた。
それもそうだろう。
いきなり現れた少年に対しても、それに返したラビの反応も、彼女にしてみれば混乱を呼ぶものでしかない。
は何度か瞬きをして、訊いた。


「でもラビ。この人、知り合いなんじゃ……」
「ラビ……?」


拒絶されたまま硬直していた少年が、呆然とその名を口にした。
彼はを見、それからラビを返り見た。


「ラビって何だよ。だってお前の名前は……」


ラビは彼を完璧に無視した。
だけを見つめて、瞳で告げる。
“そういうことだ”、と。
はすぐさま理解したようだった。
息を呑んで少年を見上げる。
けれどラビは足早にの傍まで戻り、その視線を遮った。
そして彼女の手を掴んだ。


「ホラ、早く。急がないと探索隊ファインダーが待ちくたびれちまうさ」


そうしてが何か言う前に、その手を引いて歩き出した。
少年の顔は一度も見なかった。
彼は食い入るように、唖然と自分を見ていたけれど、その目は見つめ返さない。
完全にそこにいないものとして、他人のフリをして、通り過ぎていく。
を掴む手に力がこもった。
最初は歩いていたのに、いつの間にか小走りになる。
まるで逃げるようにして、二人はその場から去っていった。
残された少年の視線だけが、いつまでもラビの背に突き刺さっていた。



は何も言わなかった。
ただ黙って、繋いだ手を握り返してくれた。
その温もりだけが、そのとき“ラビ”を守ってくれていたのだった。










ヒロインとラビのオリジナル任務開始です。
今回の舞台はカナダ。何故かと言うと、春休みに友人が行ってきたからです。
写真に写っていた街がすごく可愛いくて、書いてみたくなったんですよ〜。
あんまり表現できてませんが。(汗)
次回はラビが言っていた大ゲンカです。
そしてオリキャラが出ます。苦手な方はご注意を。