消えてしまった温もりが確実に二人を隔てていた。
あたり一面の哀情に、呼吸を失い、立ち眩む。
オレ達はこのまま、ゆっくり壊れていくしかないのだろうか。
● 心情の定義 EPISODE 5 ●
「そ……、そんなこと言ったんですか……?」
アレンは呆然と呟いた。
一瞬、本気で理解できなかったから、思わず口を突いてそう訊いていた。
それから“信じられない”と言外に言ってしまったことに気づいて手で唇を押さえる。
ラビは言葉に詰まったように身を固くし、睫毛を震わせた。
そして見る見るうちに瞳を潤ませた。
「あーもう!わかってるさ!ほんとオレってば何て最低なんかな!?面と向かって、いやは背向けてたけど、それでも本人に“オマエなんていらない”っつたんだぜ、あああああああ有り得ねぇーーーーーーーーー!!!!」
ラビは頭を抱えてのたうちまわった。
そしてひとしきり絶叫すると、今度は転がるように向かいのソファーに駆け寄った。
床に座り込んで、リナリーの膝の上で寝ているにしがみつく。
「ごめんな、ごめんな、ひどいこと言ってごめんな!!」
「ラ、ラビ……。落ち着いてください」
「そうよ、が起きちゃうわ」
アレンとリナリーは焦ってラビをなだめようとしたが、その努力は完璧に無駄だった。
彼は横たわるを抱きしめて、本気で泣いていた。
「若き日の過ちっつーか、オレもまだまだ子供だったんさ!いらないなんて嘘だから!誰かがくれって言ってもやらねぇから!ホントに大好きだからな!!」
何だかとんでもない内容を口走りながら、ラビはをがくがくと揺さぶった。
あまりにそうされて、さすがのも少し顔をしかめる。
「う?うう、ん……」
うなり声と共に金の瞳が薄っすらと開く。
目覚めた彼女はのろのろと顔を動かした。
そうして目の前で泣いているラビを発見した。
寝ぼけた眼差しでぼんやり眺めて、それから、
「イテ!」
ぺしりとラビの頭をはたいた。
の右手はそのまま彼の赤毛を撫でる。
「どーした、ラビ。なに泣いてるの。間違えてワサビでも食べちゃった?」
「………………」
「相変わらずヘタレだなぁ。えい」
は今度は両手を伸ばして、ラビの頬をつまんだ。
肉を無理に持ち上げて、引っ張る。
どうやら笑顔にさせたいらしい。
はへらりと笑った。
「変な顔」
それだけ言うと、はまた目を閉じた。
体がぐらりと傾いたから、ラビが慌てて受け止める。
ソファーから転がり落ちたは床に直撃することなく、彼の腕の中におさまった。
覗き込んでみると、やっぱり寝ていた。
まったくこの人はいつまで眠る気なんだろう。
アレンは呆れてため息をついたが、ラビは黙ったままを抱きしめた。
しばらくそうした後、口を開く。
「なぁ、このままオレのところで寝かせていい?」
「駄目よ」
返答は容赦なく返された。
リナリーはソファーに座ったまま自分の膝を叩く。
ラビは唇を尖らせて、を抱えあげると、今までと同じようにリナリーのところに彼女を寝かせてやった。
そして自分はアレンの隣に倒れこむ。
「ちぇ……。ちょっとくらい代わってくれてもいいのにさー」
「今のは何だか見せつけられた気がしたから駄目よ」
「ケチ。ああもう、“いらない”なんて絶対嘘なのに」
呟きながら、ラビは自分の両腕を見下ろした。
の温もりの残るそこを眺めて、目を細める。
もう泣いてはいなかったが、口調はまだしょげていた。
「そんなの絶対嘘だけど、あの時は本当にそう思っちまったんさ。いつか壊れてしまう関係なら、今捨ててしまったほうが楽なんじゃないかって」
全てが崩れる日は、必ずやって来る。
ラビは記録者になる道を選び、はその下にくだる運命だ。
いつかは“ブックマン”と“庇護される者”に戻らなければならない。
「本当はそんなこと知ってた。でも認めたくなかった。怖くてずっと目を逸らしてた。死ぬまで一緒にいられるんだから、だけは大丈夫だって、信じたくて」
「………………その生き方は、やっぱり苦しいんですね」
何だか胸が詰まるような気持ちでアレンが言うと、ラビは仄かに笑った。
それに頷くことは未来のブックマンとして出来ないから、ただ微笑みを見せる。
その生き方はどこまでも孤独で、苦痛の伴う道だった。
だから温もりを求めた。
自分と同じ哀しみを知る、彼女を。
「でも結局、も駄目なんだって、思い知らされた。コーネルと会って、過去を捨てるときの感覚を思い出したら、今まで見つめようとしなかった恐怖を突きつけられた気がした」
思い出すのもひどい恐怖なのだろう。
ラビの顔は少し青ざめていた。
口元だけが、いつまでも微笑んでいる。
まるでその絶望に耐えるように。
「オレ達の関係は、ずっと一緒だから、誰よりもわかり合うことができるから、崩れてしまうものだった。それをハッキリと認めたとき、今ならまだ捨てられると思った……。いや、願ったんさ」
それはひどく自分勝手な祈りだった。
けれど捧げずにはいられなかった。
「本当にその時が来てしまえば、オレ達は互いの裏切りに耐えられない。今までの絆が、心を保つことを許さない。そうやって全てが壊れてしまうのなら、いっそ」
大切で、大好きな人の胸に、この手で塞ぎようのない穴を開けるぐらいならいっそ。
「今のうちに捨ててしまえばいいって、思ったんだ……」
思い出も約束も、かわした微笑みも、一緒に流した涙も、繋いだ掌の温もりも全部ぜんぶ。
放棄してしまえばいいのだと。
ラビは暗い笑みを深めた。
「あの時だって、もう手遅れだったくせに。そんなひどいことを本気で思ったんさ。いつか来る終わりに、互いの心を殺し合うよりは、どんなことだって平気な気がして……」
そんなわけないのに、そう思っていなければ、立っていることすらままならなかった。
想像するあまりの絶望に、せめて縋るものを欲した。
捨てることは得意だった。
今まで何度もかけがえのない記憶を闇に葬ってきた。
だから今回も平気なのだと、必死に自分に言い聞かせた。
「オレは何でも記憶して、なにかと子供のころの話をしたがった。はオレと離れていく身長や体力の差を、いつも気にしてた。それは二人とも、幼い頃から変わってしまう自分が、怖かったんさ」
互いの成長は、流れていくときの象徴だった。
終わりへと向かう、残酷な証だった。
ラビのずば抜けた記憶力で、よく思い出を口にした。
そうすることで失われていく彼女との関係を繋ぎとめるように。
は歳を重ねるごとに顕著になっていくラビとの体格差を、努力して埋めようとした。
そうすることで変化していく彼との関係を否定するかのように。
二人とも最後の存在を知っていて、けれど目を逸らして、必死に絆を守ろうとしていたのだ。
「だからは健康マニアになったってことですか……?」
アレンは本当に驚いて目を見張った。
あの変てこな趣味に、まさかそんな深い理由があったなんて、予想外にもほどがある。
ラビはくすりと笑った。
「んー、それもあるけど」
「それも……?変わっていく時間と関係が嫌で、ラビに追いつこうとしてただけじゃないんですか?」
「がそんな後ろ向きな理由だけで、何かを成し遂げようとすると思うか?」
笑顔で言われて、アレンは思わず顔をしかめた。
それは考えるまでもなく、“それはないな”と思ったからだった。
「有り得ませんね」
「だろ?」
「つまりそれだけじゃなくて、他にも理由があったってことよね」
向かいのソファーでリナリーが頭をひねって考える。
ラビは抱きかかえたクッションを叩いて、明るい笑い声をあげた。
「ムリムリ、いくら考えたってわかんねぇって!ホントすごいこと言い出したんだもん、コイツ。それを聞いたとき、オレは泣きましたよ。マジで」
「………………それは、どういう意味で?」
アレンは少し青ざめながら問いかけた。
に泣かされるという状況は、何だかあんまり良いものではない気がするのだが。
それにしてはラビがニコニコしているので、首を傾げる。
ラビは本当に嬉しそうな笑顔で、口を開いたのだった。
「それは、とびっきり最高って意味で」
何があったとしても、時間は変わらず流れるものだった。
陽は沈み、夜の帳が降りてくる。
そうなれば座り込んでなどいられなかった。
あの後、公園からどうにかして帰り、ホテルに戻ったがしたこといえば、地図の作成だった。
コーネルの店に来た客から得た話をもとに、今夜潜入する工場群の見取り図を描き出したのだ。
探索隊に大きな紙をもらい、定規をあて、せっせとペンと動かしていく。
打ちのめされた状態でもこんなことをしている自分は、本当に取り返しのつかないほど職業病だと、自嘲気味に思う。
工場群は、“郡”というだけあって、なかなか巨大だった。
とりあえず話を聞けた場所を記し、そこを潜入口と決める。
連立している工場の内部はいまだ不明なので、“?”とだけ書いておいた。
食事を後回しにしていたら、探索隊の人が温かいスープとパンを運んできてくれた。
お礼と共に受け取って、片手で口に運びながら作業を続ける。
夜の10時を過ぎた頃に出発の声がかかり、一同はウワサのその場所に向かうことになった。
ホテルの出入り口のところで、ラビと顔を合わせた。
あれ以来、まともに瞳を見つめた。
彼はまったくの無表情だった。
対するも同じだった。
お互いにどんな顔をすればいいのかわからないから、一番得意な表情を選んだだけだった。
「これ、見ておいて」
それだけ言って、自作の地図を手渡した。
ラビは言葉もなく受け取った。
傍をすり抜ける。
外に出た途端、寒さが全身を突き刺した。
春だというのに冷えるものだ。
少しだけ涙が滲んだ気がしたが、それはきっと、冷風が目にしみたからだった。
何故なら“”は、絶対に泣いたりなどしないからだ。
「でかいな……」
目の前にそびえ建つ工場を見上げて、ラビは呟いた。
夜の闇に浮かぶ、巨大な建物の群れ。
鉄の骨組みと壁で出来たそれは、暗がりをさらなる黒に切り取っていた。
その周りは灰色の塀にぐるりと囲まれており、まるで夜の獣が身を潜めているように見える。
いくら任務といっても、何やら近づきたくない雰囲気だ。
あんな陳腐なウワサに騙されてここを訪れる奴の気がしれない。
天を見上げると闇に消えそうな三日月だった。
星も雲に隠されてよく見えず、空さえ気の滅入るような色である。
思わずため息をつく。
頭を掻きながら、後ろを振り返った。
「んじゃ、行ってくるさ」
「探索隊のみんなは、ここで待機を」
も背後の彼らに言う。
一人の探索隊が進み出て、彼女にランプを差し出した。
「中は暗いだろうと思いますので、これをお持ちください」
は一瞬手を止めたが、すぐにランプを受け取った。
「ありがとう」
「いえ。どうぞお気をつけて」
そこまで聞いたところでラビは歩き出した。
も探索隊に小さく手を振ると、後ろに続いた。
向かったのは中央の門扉だった。
それは鉄格子の両扉で、錆付いた色を見せている。
廃棄されて長いのだろう、そこに巻きつけられた鎖も、かけられた南京錠もそうとう古びていた。
それでも機能はしっかり果たしており、どうやら開けることはできなさそうだ。
ウワサに導かれてここにやって来る人々はここからではなく、裏手にある壊れた扉から侵入するらしい。
情報としてそれらのことは知っていたし、自分達もそちらから入ってもいいのだが、堂々と正面をきるのが二人の性格だった。
言葉でそれを確認し合ったわけではなかったけれど、どちらも自然とここに足が向いたのである。
ラビは鉄格子を掴んで揺らしてみた。
カシャンと硬質な音と、確かな手ごたえがした。
見上げてみるとかなり高い門扉だ。
今の身長では飛び越えることはできないだろう。
「壊すのは……なし、だよな」
「駄目だよ。一応、まだ所有者のいる建物なんだから」
任務を口実に、二人の会話は再開された。
言い訳がなければ口を開けない自分はなんとも情けなかったが、そんなことを言っていられる場合でもない。
ラビは足のホルスターから己の武器を取り出すと、巨大化させた。
のほうを見ないまま言う。
「だったらこれで乗り越える。ここ握って」
は本当にびっくりしたようで、勢いよくラビを振り向いた。
それからしばらく沈黙して、
「……いいよ。自分で乗り越える」
「オマエのやり方は音がデカイからダメ。周りの物も破壊されるし、住民苦情が出る。いいから」
それ以上言葉をかわしているのが辛くて、ラビは急かすようにの手首を掴んだ。
そこで、そうしてしまったことを激しく後悔した。
触れた肌は手に馴染み、体温が伝わってくる。
あまりによく知ったその感覚に、胸が詰まった。
この掌と温もりはもう戻らないものなのだと、唐突に思い知らされた。
いつか訪れる別れに耐えられずに、自分は彼女を破棄するのだ。
二人で寄り添い合って生きてきた、宝物のような記憶と共に。
切なさが濁流のように胸中に溢れてきた。
違う。こんなのは違う。
自分はもっと平気な顔をして、何でもない素振りで、捨てることが出来るはずなのに。
ラビは咄嗟にの手を打ち払った。
自分から掴んだくせに、ひどく乱暴に振り離してしまった。
けれどは驚いた顔をしなかった。
ただ少しだけ目を細めて、息を殺したラビに近づく。
そして槌の柄を強く握った。
「……行こう。門の向こうまでお願い」
ああこんなときまでオマエは強がるんだな、とラビは思った。
ラビの拒絶にが傷ついていないわけがない。
そんなことは考えなくてもわかる。
けれど彼女はそれを非難することも、嘆くことも、決してしないのだ。
いつもは誇らしく思う親友の気丈さが、今は裏切りの象徴のように見えていた。
このまま互いに心の内を見せることもなく、終わっていくしかないのだろう。
ラビは一度唇をかみ締めると、己の武器に命じて二人の身を門の向こうに運んだ。
槌の柄が闇に黒い線を引く。
降り立ったそこはむき出しの地面だった。
難なく着地して建物を目指す。
周囲に隣接しているのは倉庫ばかりで、どこまでもひっそりとした空気に満ちていた。
端の建物に近づき、闇を映す窓に向けてが光刃を放つ。
それは一瞬にしてガラスを切り裂き、音もなくその存在を消滅させる。
桟に片手をついて下半身を回し、そこから工場内に進入した。
少し進んだところで、は探索隊に渡されたランプを消した。
エクソシストとして闇に目を慣らしているし、敵がいればの話だが、明かりをつけていればこちらの居場所が丸わかりになってしまう。
もとより必要なかったのだが、探索隊の心づくしと思って受け取っておいたのだ。
鉄錆と埃の匂いが鼻を刺した。
侵入したそこは小部屋で、休憩室として使われていたようだった。
確かが渡してきた地図にもそう描かれていたはずだ。
机や椅子が床に倒れていて、それを乗り越えて次の空間に出る。
「急ごう。早くしないと一晩じゃ見回れねぇさ」
先に立って歩きながらラビは言った。
言葉通り足早に進んでいく。
二人はしばらく廃棄工場の中を調査して回った。
警戒だけは怠らずに、ウワサの真相と敵の姿を捜し求める。
どこか遠くで水のはねる音がしていた。
人が捨て去った場所というのはどこまでも淋しいものだった。
かつてはたくさんの温もりで溢れかえっていたものが、廃棄されることでここまで荒れ果ててしまうのだ。
捨てられる側に罪はなく、捨てる側の自分勝手な理由のみでそれは行われる。
理不尽で、哀しい最後だった。
ラビはぼんやりと放棄された機械群を眺めて、それからひとつ首を振った。
どうにも感傷的になっているようだ。
心を殺せ。
感情はいらない。
今はエクソシストとして動かねばならない時だ。
そう割り切って、視線を巡らせた、そのとき。
微かな光が、遠く、視界の端を駆けていった。
淡い人口の明かり。
ラビは一瞬息を止め、そちらを見据えたままそっと移動する。
の肩に手を置き、指で合図を送る。
すぐさま理解した彼女はさっと走り出て、棚の影に身を隠した。
ラビも同じ行動に出る。
二人ともまったくの無音で、獣のような動きだった。
息を潜めて窺うと、隠し切れない足音が聞こえてきた。
そして人の気配。
現れたのはひとつの影だった。
手に持たれたランプがせわしなく辺りを照らし、何かを探しているように見える。
ラビは眉をひそめた。
探索隊が人払いをかけたため、今晩この建物に一般人が侵入することは不可能なのだ。
動きは緩慢でただの人間のように見えるが、用心した方が良いだろう。
そう結論して、と視線で言葉を交わす。
そして次の瞬間には、二人は霞むような速さで行動を開始していた。
飛び出したのは同時だったが、体格が小さく素早いが刹那のうちに人影の背後にまわりこむ。
ラビはというと、正面をきってソイツに躍りかかっていた。
前後を押さえることで完全に逃げ道を塞ぐ。
頭部をめがけて巨大化させた槌を振り下ろす。
風を切り、うなり声をあげて、破壊の武器は人影に迫った。
「………………」
そしてそれを炸裂させる寸前で、ラビはピタリと停止した。
もとより寸止めが狙いだったのだ。
アクマか人間かを見極めるには、容赦なく対アクマ武器を向けるに限る。
そして目の前の人物は自分たちの動きについてこられずに、ただただ呆然としていた。
人間か……、そう結論したところで、ラビは息を呑んだ。
も気がついて、目を見張る。
人影が驚きのあまり取り落としたランプがようやく地面に辿り着き、高い音を響かせた。
「「コーネル!?」」
ラビとは声を揃えて叫んだ。
それを聞いて、硬直していたコーネルが瞬いた。
エクソシスト二人の目には暗がりでも見えているのだが、彼の目ではそうはいかない。
暗闇の中、前後から聞こえてきた声が知っているものだと気がついて、コーネルは慌ててランプを拾い上げた。
そして明かりを目の前にかざし、ラビの姿を確認。
瞳をまん丸にして驚き、続いて背後も照らしての存在を認めた。
しばらく三人とも口が開けなかった。
コーネルはせわしなく二人の間にランプを行き来させて、それから弱りきった調子で呟く。
「な……、何でこんなところに……」
「それはコッチの台詞さ!!」
「奇遇にもほどがあるよ!!」
一足早く我にかえったラビとがそれぞれ怒鳴った。
それは空虚な建物内にわんわん響いて、コーネルは思わず耳を塞ぐ。
エクソシスト二人はものすごい勢いで、彼に掴みかかった。
「何でオマエがここにいるんだよ!!」
「夜歩きなんて危ないこと、どこで覚えたの!!」
「いつからそんな不良になっちまったんさ、どうしてこんな危険マネしたんさ!!」
「そんな悪い子に育てた覚えはなーい!お母さんは悲しいよ!?」
「いや俺は別に不良じゃないし、君に育てられた覚えもな……」
「「うるさい、とにかく反省しろ!!!」」
「ご、ごめんなさい…………」
あまりの剣幕で怒鳴られて、コーネルは身をすくませた。
ひっ、と悲鳴をあげて、涙目になっている。
それでもラビとの混乱から生じた怒りはおさまらず、さらに彼に詰め寄った。
「一体どこから入って来たんさ!探索隊が人払いをかけてたっていうのに!!」
「う、裏門だけど……」
「そこだって見張りがいるはずだよ!?」
「それは南の裏門じゃないのかな……。俺が入ってきたのは北の裏門。しっかり封鎖されてるけど、蝶番が壊れてて、扉が簡単に外れるんだ……」
それを聞いては絶句し、ラビは微かに息を呑んだ。
そのことに気づかずに、が勢いよく言う。
「そんなところを知ってるなんて!あんたはどこのイタズラ小僧だっ」
「イタズラ小僧だったんだよ。昔はこんなところでも遊び場にしてたから。…………そこの人と一緒に」
コーネルは言いにくそうに口の中で呟いて、言葉の最後でちらりとラビを見た。
ラビは咄嗟に顔を逸らした。
しまった、と思いながら唇を噛む。
驚きのあまりコーネルと普通に接してしまった己を叱咤する。
それに不可抗力とはいえ、忘却した思い出を目の前に突きつけられてしまった。
思わず渋面をつくる。
何となく気まずい雰囲気が流れた。
そんな中、が腰に手を当ててため息をついた。
「なるほどね。それで、そこから忍び込んできたイタズラ小僧さん?」
そう声をかけられて、コーネルは何とも言えない空気から逃れられると思い、ホッとしてを見た。
しかし彼女は据わった目で微笑んでいた。
「今晩は月も霞んでいて、星も見えない、泥棒も幽霊も駆け落ちカップルもウッハウハな素敵に不気味な夜だよね」
「そ、そうだね」
「おまけに今は闇討ちに絶好な真夜中だよ。そんな時間にやって来るなんて、そうとうな理由なんだろうなぁ。なに?逢引き?夜這い?“ここで俺のジュリエットが待っている”?」
「……、あの……」
「こんなにボロくて気味の悪い建物を待ち合わせ場所にするとは、なんてロマンチックな恋人さん達なのかな。今から彼女とラブラブするんだよねぇ、いやーまったくすごい演出だよ!スイートムード全開!!」
「こんなところで恋人と会う奴なんているか!お、怒ってるならハッキリそう言えよ!!」
奇妙な方法で問い詰めてくるにコーネルは叫んだ。
その責めかたは慣れていないと相当キツイ。
涙を滲ませたコーネルの希望に答えて、はハッキリと言った。
「怒ってると言うより、混乱してる。こんなところに何しに来たの?」
真剣な金の瞳を見て、コーネルは言葉に詰まった。
ぐっと息を呑んで、それから横目でラビを窺う。
そして自分を見ようともしないかつての友人の姿に、睫毛を伏せた。
「ウワサが……、気になって」
「『反魂の花』?」
「うん。すごく綺麗な花だっていうから、本当にあるなら見てみたいと思ってさ」
「この……、花屋の鏡がー!」
「あと……、その、母さんの病気が……」
そこでコーネルの声は消えていった。
闇に溶けたそれのかわりに、が口を開く。
「ウワサが……、『反魂の花』が本当だったら、それでお母さんの病気を治すつもりだったの?」
コーネルは驚いたように顔をあげた。
母の病が重いことを、それこそ死に至るものだということを、が知っているとは思っていなかったのだろう。
目を見張ってを見つめ、それからため息をついた。
「………そうだよ。母さんの病気はもう、助からないんだって」
微かに震えたその声に、ラビがコーネルを見た。
けれど今度はコーネルがラビを無視した。
「だから駄目もとでここに来てみたんだ。ウワサなんて信じてないけれど、今日は………色々あって、考えが変な方にいっちゃって」
が少し肩を揺らして、目を閉じた。
「私のせいだね。……ごめん」
「思い詰めたのは俺の勝手だよ。けれど暗い中を歩いていたら、少し頭がスッキリした。あんなウワサ、本当なわけないよな」
コーネルは哀しく笑って、首を振った。
けれどランプを掴む手は白くなるほどきつく握り締められていたから、は言葉を失う。
目を見張ってコーネルの横顔を見つめていたラビは思わず口を開こうとしたが、やはり言葉は出てこなかった。
コーネルはそんなラビに気がついているはずだったが、視線すら向けない。
昼間ラビがそうしたように、藍色の少年は全身でその存在を拒絶していた。
知らない顔をして、無視を決め込み、心を殺しているのだ。
コーネルは微笑んだまま腕を伸ばして、の頭に手を置いた。
「達こそ、どうしてこんなところにいるんだ?」
は答えようとしたが、ふいに口をつぐんだ。
闇が、濃くなった気がした。
どこからともなく冷気が流れ込み、空間を取り巻く。
肌を刺す、気配。
耳鳴りがするような感覚に、ラビとは素早く視線を巡らせた。
死角を補い合い、辺りを警戒する。
…………………何もいない?
次の瞬間二人は両側からコーネルを抱え込むと、大きく後退していた。
轟音。
コンクリートの床が破砕され、白煙と共に視界を塞ぐ。
悲鳴をあげたコーネルを半ば放り出すように降ろし、エクソシストたちは目の前の巨体を見上げた。
おそらく天井に張り付いていたのだろう、頭上から降ってきたそれは蠢く蛇の塊だった。
互いが互いの体を這い回り、絡み合い、そして新たな形を造っていく。
やがて立ち上がり人に近い姿となったが、それは明らかに異形だった。
生物的な丸みのない、角張った上半身。
そこから続くのはやはり機械のような下半身だったが、四足で、まるで馬のそれだった。
言うならば神話に登場する半人半獣の怪物ケンタウロスなのだが、神秘性は皆無である。
そして尻からは、尾ではなく無数の蛇が生えていた。
兜のような頭部で三つの赤い瞳が無機質な光を放ち、人間達を睥睨した。
「クソ……っ、やっぱりアクマがいたのか!」
ラビが思わず吐き捨てると、半人半獣のアクマは微笑したようだった。
「私の正体を知っているとは……なるほど。貴様らは我が宿敵、エクソシスト共か。いやはや珍妙な客が訪れたものよ」
アクマはそう言って手にしていた盾を引き、大剣をこちらへと突きつけてきた。
くつくつと喉の奥で笑う気配がする。
「くだらぬ噂に騙された、愚かな人間とは少し違うようだ。欲にまみれたその姿の醜いこと。適度に甘い噂を広めてみれば、のこのことこのようなところにやって来る。私は待ち構えてそやつを殺すだけでいい。何とも合理的な方法だとは思わぬか?」
アクマは言って、何が愉快なのか蹄を打ち鳴らした。
「そうしてここまで進化したのだ。そろそろいい頃合だろう。ここを出て、この街を丸ごと消してやろうと思っていたところだ」
ざわりと膨らむ殺気に、ラビとは身構えた。
そんなことをさせるわけにはいかない。
「さぁ、手始めに貴様達を殺そうか。赤い色をぶちまけて、血の海に沈むがいい!」
アクマが声を張った瞬間、その体の上を淡い光が照らした。
ラビと、そしてアクマは一瞬動きを止める。
エクソシスト二人の背後で声がする。
「い……てて。何が何だか……」
放り出されたままだったコーネルが、打ち付けた頭をさすりつつ、ランプを掲げていた。
彼の目には闇しか映っておらず、そうすることで、ようやくアクマの存在を認めたのだ。
コーネルは引きつった悲鳴をあげて、ランプを取り落とした。
「バ……っ、バケモノ!」
「何だ、そやつはただの人間か」
軽蔑の滲む声でアクマは言った。
コーネルの落としたランプが砕け、床に転がっていた紙や木材の欠片に引火した。
その炎はゆっくりと大きくなって、徐々に工場内を照らし出す。
「貴様は自らの欲に駆られてここに来た愚か者だな。私はエクソシストとの殺戮に忙しい。邪魔者は早々に死ぬがよい」
アクマは無感動に言い捨てると、大剣をコーネルに向けて振り下ろした。
銀色が翻り、刃が藍色の少年に迫る。
コーネルを真っ二つにするはずだったその殺人剣を受け止めたのは、ラビの黒い槌だった。
相手の破壊力に負けないように武器を床に突き立て、盾のように巨大化させる。
瞬時にがその上に躍り出て光刃を放ち、アクマの大剣の上で炸裂、それを弾き返す。
はさらに追撃を仕掛けるが、大きく後退した半人半獣と入れ替わりに、低レベルのアクマ達が大軍を成して飛び出してきた。
ラビは思わず舌打ちをした。
この状況はマズイ。
半人半獣の容貌といい、その言動いい、相手が高レベルであることは明らかだ。
さらに低レベルとはいえこれだけの数のアクマを従えている。
コーネルを守りながら戦うにはどうにも分が悪かった。
どうするどうするどうする。
武器の柄をきつく握り締めて、顔を歪ませる。
すると唐突に名前を呼ばれた。
「ラビ」
槌の上に立っただった。
見上げると、炎に照らされた美しい横顔が見えた。
ランプからの火はいまだに広がり続けている。
「数が多いみたい。ちょっと行ってくるね」
そのへんにおつかいでも行くような気軽さでそう言って、は視線だけでラビを振り返った。
「コーネルをお願い」
「!」
ラビがその名を叫んだときには、彼女はすでに単独で飛び出していた。
この数を相手に悠長なことはしていられない。
だからはコーネルをラビに任し、ひとりで奔り出したのだ。
は軽い身のこなしと、スピード、そして手数の多さで敵を圧倒する戦い方を得意とする。
瞬殺を狙う今回は、まさに適任とも言えた。
傍目には無謀なことに、はアクマの大群に突進していった。
しかし無惨に意識を途絶させたのは、彼女ではなくアクマのほうだった。
襲い来る敵を無に帰す、光の葬刃。
煌めきと共にアクマが砕け散る。
それはすでに目で捉えられるものではなく、一瞬にしてその破壊は行われる。
それを見届けるより早く、がその脇を走り抜けて行く。
彼女自身も信じられないようなスピードを誇っているのだ。
見慣れているはずのラビでさえ、動きを追うのがやっとだった。
しかし所詮は多勢に無勢。
少女の勢いに押されてはいるものの、そう簡単に殲滅されはしない。
破壊し損ねたアクマが流れて来て、こちらにも襲い掛かる。
この事態を想定して、ラビはにコーネルのもとに残るよう頼まれたのだ。
アクマを槌でさばきながら、ラビはの動きを目で追っていた。
敵のど真ん中にいる彼女のもとに今すぐ加勢に行きたいが、コーネルという守るべき対象がいるため、簡単には動けない。
焦燥を募らせるラビの視線の先で、は夜を睨みつけていた。
胸元で光る彼女のロザリオ、“寂滅の光 ”という名のイノセンス。
アクマの砲撃を空中で身をひねってかわし、は能力を開放した。
黒死葬送、柩の儀。
『晶葬、呪縛柩』
その瞬間、闇色に輝く結晶体の群れが地より出現し、アクマ達を強襲した。
巨大な氷、尖った剣を連想させるそれは、鋭利な黒水晶だった。
あるものはそれに貫かれ、あるものはその内に密閉され、粉々に砕け散る。
アクマ達は黒き霊柩に堕ち、冥府に繋がれたのだ。
降り注ぐ水晶の雨の中、煌くその道をは駆け抜けた。
見据えているのは半人半獣のアクマのみ。
数が多い以上、低レベルのものを退け、素早くその頭を叩く。
そうすれば残りは雑魚ばかり、どうとでもなるというものだ。
少数対多数の戦闘において最も有効な戦法に出たは、強く地面を蹴って半人半獣のアクマに踊りかかった。
「よくぞあれだけの手勢をかいくぐり、これほど素早く私のもとに辿り着いたものだ」
アクマは大剣を構えながら、愉快そうに言った。
はそれに冷たい笑みで答える。
「感嘆文に興味はないよ」
「素直に受け取っておけばいいものを」
「お前はメルヘンな嘘で純情な人々を騙したんだ。口先ばかりの言葉などに貸す耳はない」
「言うな小娘」
「これ以上、無粋なマネをしないことだね」
その会話の間にも凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
アクマの強大な剣が旋回、の放った刃と激突。
火花と轟音が響き渡る。
は踊るように足を動かし、今度はアクマの四肢を狙って刃を放つ。
アクマは即座に後退したが、の刃は彼女の意思に従って起動を変更。
狙いはずらされたが、確実に異形の体へと傷を刻み込んでやる。
アクマの肩や腰に穴が穿たれ、弾け飛んだ。
遠距離戦は不利と認識したアクマが猛然と駆け、一気に間合いを詰めてきた。
少女の小柄と半人半獣の巨体の狭間で刃がぶつかり、弾かれてはまた絡み合う。
「貴様の攻撃がどれだけ速く強力でも、所詮は女の身。力で押さえ込まれればひとたまりもあるまい!」
アクマはその巨躯と怪力に物を言わせて、小さな少女へと襲い掛かった。
近距離で水平に斬りつけてくる大剣を、は光刃を展開して受ける。
しかし左から強襲してきたそちらに能力を傾けたせいで、右側面にわずかに隙ができてしまった。
アクマはそこへ左手の盾を渾身の力で叩き込んだ。
脇腹をえぐるその衝撃を、は後方に跳ぶことで何とか軽減する。
咳き込み微かに血を吐きながらも、さらなる追撃を避ける。
血に飢えた瞳で嗤うアクマを見据えて、は床を蹴った。
しかし今回は今までとは正反対の方向、迫り来る敵の眼前に跳び込んだ。
「そう、力じゃ敵わない」
言いながら掲げられた大剣の下をすり抜け、急接近。
そこでたわめていた膝を一気に伸ばし、空中側転でアクマの顎を蹴り上げる。
アクマがよろめいて振り下ろされた刀身の上に、とん、と着地をきめる。
そして光刃を掌に集中させ、アクマの顔面をめがけて叩き込んだ。
「だから必死でこのスピードと身軽さを身につけたのよ!」
迫り来る死の黒光に、アクマはがむしゃらに大剣を振り上げを打ち払った。
しかし完全に逸らすことはできず、目の前で刃が炸裂、爆風と共に吹き飛ばされる。
は風とまったく同じ速さでそれを追い、壁に激突したアクマの喉もとめがけて右脚を突き出す。
首をひねって回避したアクマのかわりに、壁が穿孔された。
は突き立てた足を軸に回転、さらに蹴りを放つ。
転がるようにして平行移動するアクマを、壁面を足場に跳んで追う。
「小娘が……っ」
呪詛のように吐き出されたアクマの声に、は凄絶な笑みを浮かべた。
「小娘だろうが私はエクソシストよ。馬鹿にしないでくれる?」
まぁそもそも、と続けながらは空中で光刃を撃ち放った。
「もう何も言わせないけどね!」
圧縮され鋭さを増した刃がアクマを襲い、それを受けた大剣を弾き飛ばした。
大剣は大きく回転しながら飛翔、反対側の壁面に深々と突き刺さる。
アクマは舌打ちをし、盾をに向けて投げつけた。
そして自らは四足で地面を蹴りつけ大剣のもとへと向かう。
アクマは人型の腕を伸ばして己の武器を掴み取ろうとした。
しかし小さな影がそれを阻んだ。
アクマの遥か頭上を飛び越え、空中で身をひねったその人物の金髪が翻る。
壁に突き立てられた大剣の上に降り立った彼女の瞳を、アクマは真正面から見据えることになった。
不敵に微笑む、その金の双眸を。
「ああ、握手?」
大剣へと伸ばされていたアクマの手を、は身を乗り出し、ひったくった。
「どうぞよろしく。そして……」
おどけたように言ってみせて、イノセンスを発動させる。
空気を切り裂いて爆発を引き起こし、アクマの巨体を天井高く放り上げる。
「さよなら!」
溢れる漆黒の光。
黒死葬送、空の儀。
『天葬、閃光墜』
「夜の底に墜ちろ!!」
の命令に従って、一条の刃が天を貫いた。
そして破砕。
硬質な音をたてて、頭上で光が砕け散る。
轟音が響き渡った。
大地が、空気が、世界が悲鳴をあげている。
感覚が痺れるような衝撃が、全身を襲った。
ラビは咄嗟にコーネルを床に伏せさせた。
慣れていないものがこの技の発生場所にいて、まともに立っていられるはずがないからだ。
そういう自分だって冷や汗ものである。
ふらつく足を踏ん張って、眼前を見つめる。
それは魂を揺さぶる美しさと、心を凍らせる戦慄に満ちた情景だった。
天を突き破り、頭上で弾けた光は、鋭く研ぎ澄まされた円錐となって地に堕ちた。
その数はもはや数えきれない。
刃は無造作に真上からアクマ達を貫通、完全にその存在を破壊した。
狙ったのは半人半獣のアクマだけだったが、そのあまりの威力と攻撃範囲の広さに、他の低級アクマまで巻き込まれてしまったのだ。
残ったものは天を貫き大地に突き刺さる、無数の黒い光の柱だけ。
それはまさに破滅の舞台と呼べる光景だった。
ラビはを見上げた。
彼女は壁に生えた大剣の上で片膝をつき、地上を見下ろしている。
脇腹を押さえ、口の端に少し血を滲ませていたが、たいしたことはなさそうだ。
ひょいと立ち上がるとそこから身軽に飛び降りてきた。
「な……、何、今の……」
呆然とした口調でコーネルが呟いた。
その声は震えていて、明らかな恐怖が滲んでいる。
「何なんだ……、あのバケモノも、お前たちも……」
ラビは答えるかわりに床を這う炎を睨み付けた。
ランプから燃え移ったこの火が闇を照らしさえしなければ、コーネルに先刻の戦いを見られずにすんだものを。
ラビは無言でコーネルを引き起こすと、すぐに手を離してに近づいていった。
そびえる光の柱を避けながら、足を進めていく。
一応ケガの具合を尋ねようとして、ラビは口を閉じた。
それは視線の先で、が不審気に眉をひそめていたからだった。
「おかしい……」
呟いて、彼女は近くに連立する黒光の円錐に手をかざした。
「対象を破壊したのに、どうして『天葬』が解除されない……?」
どうして……、がもう一度そう口にした瞬間だった。
白い気流が爆発した。
それは彼女のすぐ傍でのことだった。
巻き起こる風に、離れた場所にいるラビでさえ震えを感じる。
何だ、と思ったときには肌が薄く凍りついていた。
強い悪寒が走り、全身がわななく。
空間の温度が異常に下がり、冷気が渦巻いていたのだ。
白い気流の発生地点、一際連なって地に突き刺さっていた光の柱がごとりと動いた。
そしてその輝きが、徐々に失われていく。
黒を覆うのは、虚ろな白。
それは氷の色だった。
「“どうして”?」
低い声がした。
聞こえてきたのは、紛れもなく嘲笑だった。
「その理由は簡単だ」
その刹那、咄嗟に身構えていたが何かに弾き飛ばされた。
後に巻き起こった風の冷たさで、微小な氷を含む気流を叩きつけられたのだと知る。
は即座に体勢を立て直そうとしたが、体が言うことを聞かなかった。
とてつもない寒さに四肢が凍えてしまっていたのだ。
の小さな肢体はそのまま吹き飛ばされて廃棄された機械に激突、床に落ちるより早く首を掴まれそこに押し付けられる。
は呼吸を塞がれ苦しみに顔を歪めながらも、瞳を開けて眼前を見た。
そこにあったのは光る血色の三つ目。
破壊したはずの半人半獣のアクマだった。
「私はまだ壊れてはいない。だから貴様の技は解除されなかったのだよ。もっとも……」
にやりと残酷に釣りあがる、唇。
「私の氷が、貴様の光を消したようだがな」
その言葉を合図したかのように、空間を支配していた『天葬』がひとつ残らず凍りつき、粉々に破砕された。
涼やかに響くその音を聞きながら、アクマは手に力を込める。
あまりの威力にの背を支えていた機械郡が破壊され、ガラガラと崩れ落ちた。
動き鈍くなった手足で、それでも戦おうとする彼女の体をアクマは乱暴に投げ捨てる。
そして尾の代わりにそこに生えている蛇の頭を高々と持ち上げ、その口から冷気を放った。
それは瞬く間に氷の槍となり、の右太ももを貫いた。
鮮血が舞い、よろめいた彼女の体をさらに氷槍が襲う。
はそれを防ぐために黒光の盾、『守葬』を展開。
しかし、それすらも氷結し砕け散る。
さらに迫る凶器のいくつかは光刃で迎撃したが、急所をかばうのが精一杯だった。
氷の槍はの右肩と左腕を貫通、その華奢な体を地面へと縫いつけた。
「……っ、あ!」
押し殺した悲鳴をあげた少女をさらに追い詰めようとする、爆発的な冷気。
それを見たとき、ラビは自分が何を思ったのかよくわからなかった。
ただ頭が真っ白になって、焼け付くような感情が喉をせりあがってくるのを感じた。
その感情の名を、その時ラビは知らなかった。
狂気にも似た激情の嵐。
それは、心からの怒りだった。
バトルシーンは好きだけれど、書くのは苦手です。難しい!(汗)
それにしても、ヒロインはよくアクマを蹴りますね。
一応戦闘靴を履いていますし、一瞬で次の攻撃に移すから大丈夫なんでしょうが。
えらい度胸です。人間の足でよくやるものです。(笑)
次回は友情について語り合ってもらいたいと思います。
引き続き痛い描写ありなので、苦手な方はご注意ください。
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