誰にも秘密。
私は秘密。
教えないし、悟らせない。
心には入らせない。
覗くあなた、惨劇はお好き?
● 蝶と口づけ EPISODE 7 ●
呼吸がうまくできなくなった。
視界が狭い。
何だか世界は暗くなったようだ。
まだ夕方前だというのに変な話だ。
太陽は斜め上に輝いているけれど、大いなる黒がアレンを覆っていた。
状況が呑み込めない。
頭がどうしようもないほど混乱していて、いつものように物が考えられない。
アレンは硬直したまま、ティキが消えた場所を見つめていた。
あそこで揺れていた金髪はどこへ行った?
どうして今、彼女が自分の視界に入らないのだ。
あんな目立つ存在、絶対に見失えるはずがないのに。
「……?」
ぽろり、と。
無意識の内に呼んでいた。
声は掠れていた。
途端に激しい感情が体のどこか奥深くからせり上がってきて、死んでしまいそうになった。
何ひとつ理解が追いつかなくて、けれどこのままでいては駄目だと本能に近い部分で思った。
アレンの体は勝手に動き出した。
踵を返して店に飛び込む。
蝶番が悲鳴をあげ、扉が嫌な音を立てたが、そんなものは耳に入らない。
厨房を突っ切ってホールに出る。
途中いろんなものにぶつかって、何かが落下したような気もする。
どうでもいいから無視した。
できる限りの早足で店内を通り過ぎる。
目指しているのは扉だった。
表に通じるそこへと、アレンは急いでいた。
「アレン?何だい、そんな怖い顔をして」
誰かが言った。
それが何を意味するのか理解する時間が惜しかった。
足を止めることもせず、進んでゆく。
「待ちな」
そこで腕を掴まれた。
アレンは歩み続けようとしたが、さすがに無理だった。
全てが面倒だった。
今、自分がするべきことはひとつだというのに、なぜ邪魔をするのだろう。
「待ちなって言ってるだろう!」
アレンは何も考えずに、それを振り払った。
そうすれば今度は両手で腕を捕らえられた。
意味がわからない。
何故こんなことをされるのか、本当にわからない。
「あんた、一体どこへ行く気だい?」
続く背後からの問いかけは、動揺を滲ませていた。
それよりもアレンは、自分の脳が焼けるのを感じる。
何てくだらないことを訊くのだろうか。
(そんなこと……っ)
カッとなって、反射的に足を止め、振り返りながら叫んだ。
「を助けに行くに決まってるだろう!!」
声の限りの怒声だった。
真白な怒りがアレンを染め上げて、他のすべてを締め出していた。
胸が苦しくて息が続かない。
早く早く、早く。
何に急いでいるのかなんて、言わなくてもわかるはずなのに。
けれどそれは独りよがりな考えだった。
暗く狭い視界に、ようやく赤い色彩を認める。
見開いた茶色の目が自分を映していた。
そこでようやくアレンは気がついた。
自分の手を掴み、引きとめていたのはドリーだった。
彼女は凍りついた瞳でこちらを見上げていた。
ああ、どうしよう。
この人にひどく怒鳴ってしまった。
アレンはそんな己自身に強いショックを受けて、硬直した。
二人は動きを止めて、石像のようになった互いを見つめ続けた。
店内は静寂に満ちていた。
誰もがアレンの激情に、言葉を失っていたのだ。
これだけ客でごった返しているというのに、誰一人、身動きが取れなかった。
長いような沈黙の後、ドリーが静かに口を開いた。
「…………が、どうしたって?」
「…………………」
アレンは答えなかった。
否、答えられなかった。
どう言えばいいというのだろう。
自分だってわけがわからない。
あのが大人しくノアの手に落ちたとは思えない。
きっと、何か、弱みに付け込まれて。
その戦意や警戒を上手くすり抜けて、無理矢理に奪われたのだ。
(あんなに、近くにいたのに)
自分のふがいなさを考えれば胸の底が煮えたぎるようだった。
吐き気がこみ上げてきて、思わず顔を背ける。
無理に息をしようとすれば喉が焼けた。
強すぎる感情に、全身が震える。
「アレン」
ドリーが呼んだ。
アレンはきつく目を閉じて、わずかに首を振った。
状況は自分にも理解し切れていないし、それにドリーを巻き込むわけにはいかなかった。
何より口にしたくなかったのだ。
そうすれば否応なく予想される、その続きを。
掴んでくるドリーの手が強くなる。
促すように揺すぶられたから、無理に口を開かせるつもりかと思った。
けれど彼女は低く言った。
「そのまま目を閉じてな」
「…………………」
「深呼吸だ。30回。深く吸って、吐き出す」
「…………………」
「いいね?一回でもサボるんじゃないよ」
「…………………」
アレンは返事をしなかったが、ドリーはするりと手を離した。
引き止める手を解かれても体はひどく固くて動かない。
考える力が足りないから、アレンはドリーの言に従った。
何とか呼吸を繰り返す。普段のものに近づけるように、整えてゆく。
そうしてちょうど30回を迎えたところで、何かを投げつけられた。
驚いて目を開いてみると、それが手元に落ちてくる。
黒い、コートだった。
胸元にはローズクロスが光る、アレンの団服だ。
それを投げて寄越したドリーが言う。
「忘れ物だよ」
「…………………」
「呼吸が整ったのなら、行っておいで。急いでるんだろう」
「…………………………、てんちょう」
呼べば、情けない声が出た。
顔だってひどい表情なはずだ。
けれどドリーはいつもの調子で続ける。
「ただし、夕飯までには戻ってきな。……………二人でね」
ふたり。
それが誰を意味しているのか、アレンには考えなくてもわかった。
何だか涙が出そうになった。
喉が燃えるように熱い。
せっかく息を整えたのだから、それを乱さないように、何とか堪える。
「…………はい」
震えた自分の声が気に食わなくて、アレンはもう一度言った。
今度こそ顔をあげて、ドリーを真っ直ぐに見つめて。
強く告げる。
「必ず戻ります。……………と二人で」
ドリーは当たり前だとばかりに頷いた。
アレンも頷き返して、彼女に頭を下げる。
今は謝罪も感謝も後回しだ。
だからこれだけ言った。
「行ってきます!」
アレンはばさりと団服を羽織ると、店から飛び出し、全速力で駆け出した。
冷静ではない頭で何とか考える。
目眩がするようだけど意志の力で無視した。
何故ならの、彼女の命がかかっている。
絶対に失ってたまるものかという強い意思の塊が、途方もなく今のアレンを支えていた。
暗く絶望的な気持ちに砕けそうになる膝を必死に起立させ、前へ前へと走り続ける。
その時ふいに何か、球体のものが上空からやってきて、アレンの隣に並んだ。
それは黄金に輝くゴーレムだった。
「ティム……!」
今までどこに行っていたかなんて、どうでもよかった。
今この時に、自分の目の前にいてくれることが心強かった。
真っ直ぐに見つめると、ティムキャンピーは翼をはためかせ、アレンの前に出る。
そして猛然と突き進み始めた。
アレンは一寸も遅れることなく、それに続いた。
アレンが去ったあとの店内は何とも言えない雰囲気に包まれていた。
客達は顔を見合わせ、首をかしげている。
何が起こったのかわからない。
ただ異常な事態であることは誰もが悟っていたから、不安ばかりが降り積もり、ゆっくりと場を侵してゆく。
「アレンくん、どうしたんでしょう……?」
「ちゃんがどうのって、言ってたよな」
「あの様子、マズくないか?」
「警察に連絡した方が……」
「余計な詮索はよしとくれ」
広がりつつあった客達の動揺を、ドリーはぴしゃりと遮った。
開け放たれたままの扉に近づき、アレンが出て行ったそこを閉ざす。
振り返って店内を見渡した。
「あの二人なら大丈夫さ」
「でも、ドリーさん……」
「ちゃんと帰ってくるって言ったんだ。アレンは嘘をつかない子だよ」
「………………」
「だって、そう簡単にどうこうなったりするタマかい」
その場に満ちる不穏な空気をドリーは鼻で笑い飛ばした。
恰幅のいい体を揺らしてどしどし歩む。
そして普通に告げた。
「さぁ、私は厨房に入らせてもらうよ。夕飯の準備をはじめないといけないからね」
用があったらベルで呼んどくれ、とだけ言い残して、ドリーは厨房に引っ込んでいった。
あまりにいつもと同じその様子に、客達は何だとばかりに肩をすくめる。
拍子抜けした気持ちでそれぞれの午後へと戻っていった。
けれどそれは強がりだった。
ドリーは一人になると壁に寄りかかって顔を覆った。
恐ろしかった。
何かよくないことが起きている。
体が震えるからぐっと唇を噛んだ。
「大丈夫……」
自分に言い聞かせるように繰り返す。
アレンは必ず戻ると言った。二人でここに帰ると。
「大丈夫だ。帰ってくる。ちゃんと帰ってくる。アレンとはあの子とは違う」
ドリーは両手を組み合わせて、そこに額を押し付けた。
それは祈りの仕草に似ていた。
「そうだろう………?」
そうしてドリーは、愛おしいその子の名前を呼んだ。
見上げる先で腐ったロープが揺れていた。
そこから地に落ちた絞首刑者は、巨大な十字架だった。
白い石でできたそれは、誰にも頂かれることなく、何にも祈られることなく、今や床に深々と突き刺さっている。
ティキはわずかに目を細めて、口から煙草の煙を吐き出した。
続けて息を吸い、途端に咳き込む。
「げっ、ほ、げほ……っ。ったく、埃っぽい……」
忌々しげに呻いても、器官を刺激する不快な感覚は消え去らない。
手で払ってみるがまったくの無意味だ。
ティキは嘆息して周囲を見渡した。
そこは静謐に閉ざされた空間、さびれた教会の中だった。
石造りの建物の内部は無惨の一言に尽きた。
窓や天蓋は割れ、砕け散ったステンドグラスが床に色を落としている。
木で出来た長いすは整然さを捨て、あちらこちらに転がっていた。
自分が立つ祭壇、その左右には陶製の神子像が据えられていたが、ひび割れた白い顔にはもはや神聖さは感じられない。
小さな村の片隅、そのうち捨てられた教会の中で、ティキはぼりぼりと頭を掻く。
「しかし、さすがにこういう場所じゃないとな……。仮にも神の使徒を暴くんだから」
彼女を奪い取る様を神に見せ付けてやろうと思ったのだ。
それでこんなさびれた教会以外見つからなかったのだから仕方が無い。
まさか道端で事を運ぶわけにもいかなかった。
「ロードがいりゃ、楽なんだが……」
ノアの長子、可愛く残酷な我が家のお姫さまを思い浮かべて呟く。
彼女の創り出す異空間に取り込んでしまえば話は早い。
まぁ、いないものを嘆いても仕方が無いだろう。
そう思ってティキは祭壇の脇に視線を転じた。
入り込む陽に照らされて塵埃そのものが光の粒子に見える。
それよりも遥かに輝く存在が、そこに横たわっていた。
石造りの床に散る、金髪。
白い瞼は開かない。
長い睫毛の影が頬に落ちている。
陽が傾いてきているのだろう。きっともうじき夕暮れだ。
ティキは横向きに寝かせたを見下ろして、低く尋ねた。
「順調か?」
は答えない。
気を失っているのだから当たり前だ。
けれど彼女ではない声が言葉を返した。
「はっ。それが……」
畏まった返事と同時に、の耳上に飾られた白い薔薇がほどけた。
花弁が広がり、その中心から何かが突出してくる。
それは人間の上半身だった。
緩やかなラインをもつ、女性の裸体だ。
それでも顔だけは、美しさとはかけ離れた奇妙な仮面が貼り付けられていた。
この不気味な花の精はティキが放ったアクマである。
アクマは己より格上のノアに頭を下げた。
「どうにも手こずりそうで……」
「はぁ?どういうことだ?」
ティキは思わず不審の声をあげた。
そうすればますますアクマは頭を垂れる。
「この娘、心に隙が見当たりません」
ティキの眉がぴくりと反応した。
不審感がさらに強くなってゆく。
けれどそれはアクマも同じようだった。
困惑したような調子で言葉は続く。
「ご命令どおり、精神に潜り込み、付け入る隙を捜しております。しかし、それがどこにも見当たらないのです」
「…………………」
「もちろん綻びは多く見受けられます。むしろ大きな傷跡が目立つ……。けれど、どれも補う何かに覆われていて、心の内に入り込めません」
「…………………」
「このままでは、娘の秘密を暴くことは不可能かと…………」
アクマは言い辛そうに、そう締めくくった。
ノアの怒りを恐れているのだろう。
ティキはしばらく無表情でアクマを見下ろしていた。
不気味な花の精は戦慄を覚える。
役目を果たせなければ簡単に消される、弱小な身分なのだ。
しかしティキは邪魔くさそうに片手を振っただけだった。
「言い訳は終わりか?だったら続けろ」
「は……」
「必ず見つけ出せ。心に付け入る隙の無い人間なんていない」
「…………仰せのままに」
アクマは安堵の吐息をつくと、再びただの白薔薇へと戻った。
触手を伸ばしの内部を探る。
必死に取り入る隙を求め続ける。
ティキはそれを見下ろし、へと囁いた。
「そんな強い人間が、この世界で生きていられるはずがない。そうだろう?お嬢さん………」
そうして手にしていた煙草を放り出し、踵で火を踏み消した。
その瞬間、教会の扉が木っ端微塵に砕け散った。
凄まじい轟音と爆風に、ティキは咄嗟にシルクハットを押さえる。
白い石塊が足元まで吹っ飛んできた。
いくつかは長椅子に炸裂し、それをただの木屑へと変える。
石の散弾はほどなくおさまったが、いまだに耳鳴りは止まない。
白く煙る粉塵。
その中から現れた人物を、ようやく視認する。
ティキは冷や汗の滲む笑みを浮かべた。
「おいおい、派手な登場だな……」
そこに立っていたのは黒衣の少年。
白髪のエクソシストだった。
背から差し込む陽のせいで、表情はよくわからない。
けれどすでに発動された左手、その全身に纏う戦意だけで充分だった。
いや、もはやそれは殺意の域である。
高濃度の怒りを放ちながら、アレンは一歩を踏み出した。
ティキは地面に突き立っている十字架に腕をかけて、口を開く。
「来るのが早すぎるぜ、少年」
おどけたように言ってみるが、反応は無い。
仕方なくティキは続ける。
「舞台はまだ整ってないっていうのに、礼儀のない観客だな」
「………………」
「…………、どうしてここがわかった?」
「あれだけアクマがいれば、嫌でも気がつく」
アレンは短く答えた。
頭上にいた黄金のゴーレムが、その通りだとばかりに円を描いて飛んだ。
しかしティキは眉をひそめる。
「確かにアクマを放っていたが……、人型をさせていたはずだぞ?」
「………………」
アレンは余計なことを言いたくないのか、それともそんな余裕がないのか、その問いに無言で返した。
ただ斬りつけるように睨み付けてくる瞳で答えを知る。
その左眼に刻まれた、歪な傷痕。
「ああ……、そうか。少年は“アレン・ウォーカー”だったな」
得心がいってティキは微笑んだ。
「ロードのお気に入り。アクマを視る、呪われた左眼の持ち主だ」
「…………………」
「どうりでこんなに早く居場所がバレたわけか」
「…………………」
「ま、意思の力によるところも大きいみたいだけど」
「…………………」
「少年」
まったく返事をせず、ひたすらこちらを目指すアレンを見て、ティキは笑みに苦いものを混ぜた。
聞き分けのない子供に向ける表情で言う。
「止まれよ」
アレンはそれを当然のように無視した。
ティキは深々とため息をつく。
「聞こえないのか?」
そうして軽く片手を振ってみせた。
「止まれ」
氷片のような声だった。
笑顔の裏には確かな殺気が込められている。
アレンはぎくりと足を止めた。
ノアの言に従ったわけではなかった。
ただひたすらに目指していたに、無数の漆黒の蝶が舞い降りたからだ。
眠る彼女の体に纏わりつき、羽根をはためかせる。
毒のような美しさがを覆おうとしていた。
その白い肌に喰らいつこうと、食人ゴーレムは歓喜の声をあげた。
「やめろ」
それは命令だった。
途方もなく強い意思が込められた声音。
こちらを見据える銀灰色の瞳には、凍てついた炎が燃えている。
静かでいて、それでも凄まじいアレンの視線に、ティキは笑う。
「それは、少年が言えることじゃないな」
「………………」
「ティーズ、どこから喰らいつきたい?頬も胸の腹も、何もかも極上だ。ああ、目だけは残せよ。あんなに珍しい色なんだから」
「……………っつ」
アレンは激情に息を詰めた。
ティキの口元から笑みは去らない。
手が動く。
その指先がティーズに命じる。
瞬間、アレンは叫んだ。
「やめろ!!」
「だから来るなって」
愉快さと呆れの入り混じった声でティキが言った途端、飛び出そうとしたアレンの体は何かに強く叩きつけられていた。
抵抗しようとすればイノセンスを捕らえられる。
激しい痛みが突き抜けた。
苦鳴をあげて見れば、アレンの発動した左手は一本の杭で貫かれていた。
拘束された先は固いアクマの腹だ。
いつの間にか周囲には宿敵が群れを成して顕現していた。
巨大なアクマに楔で繋がれたアレンは、自分の失態を悟った。
ばかりに意識がいって、周りへの警戒が疎かになっていたらしい。
「く……っ」
「それで、もう動けないだろ。今度こそじっとしてろよ」
「誰が……!」
「へぇ。お嬢さんを血で汚して欲しいって?」
「…………………」
そう言ってやれば、アレンの抵抗が止まった。
動かないのをいいことに、アクマ達がさらに幾本もの杭を突き立てる。
完全に拘束された左腕からは鮮血が溢れて、床に赤を落とした。
「そうそう。少年はそこで大人しく見てればいい。とっておきの席で、観賞させてやるよ」
体を強張らせ、ただ唇を震わせるアレンを見て、ティキは口元に手をやった。
「一枚一枚、覆っているものを剥いでゆく。そうやって脱がしていけば、じきに産まれたままの姿だ。お前だって見たいだろう?何ひとつ纏わない、本当の彼女を」
にっこりと邪気のない笑みを浮かべてみせる。
「きっと目眩がするほど綺麗だぜ?」
本当の賛辞を込めてそう言えば、アレンに射殺されそうなほど睨みつけられた。
思わず動いた彼をアクマが痛めつめる。
左手に突き立てられた杭をえぐれば、悲鳴があがった。
けれどティキを見据える視線は揺るがなかった。
ティキは何となくそれが気に食わなくて、口の端に皺を刻む。
もう少しやらないとわからないかと思って、アクマに命じようと唇を開いた。
その時、
「う……」
ティキではない声が放たれた。
足元からだ。
アレンは目を見張り、ティキは鋭くそちらを振り返る。
「ぅ、……ん………」
吐息と共に金髪が動いた。
「そんな……」
ティキは半ば呆然と呟いた。
そして笑う。
あまりに予想外の出来事に、そうするしかなかったのだ。
「アクマに精神を侵されておきながら、意識を取り戻しただって……?」
それは有り得ないことだ。
けれど目の前で、ゆっくりと、確かに彼女の瞳は開かれた。
金の双眸に光が入り、何度か瞬く。
「あ、れ……?私……」
目を覚ましたは、ぼんやりとそう呟いた。
緩慢な動作で床に片手をつく。
力を込めて身を起こそうとするが、ふいにがくんっと倒れこんだ。
腕が変な方向にそれてしまったのだ。
「なに……、体、が、動かしにくい…………?」
アクマに侵されている影響か、言葉を紡ぐこともうまくいかないらしい。
途切れ途切れで言いながら、それでも無理に動こうとする。
もがくようなを見て、アレンは胸が苦しくなるのを感じた。
アクマも痛みも無視して叫ぶ。
「!!」
声が教会中の空気を震わせた。
しばらくの後、何とか上体を起こしたが目を見開く。
「アレン……?」
まるで遥か遠くからそれが聞こえてきたかのような反応だった。
あれだけの大声にも関わらずだ。
耳もまともに機能していないのか。
はぎこちない動きで首をめぐらせた。
「アレン?いるの?」
言いながらよろよろと立ち上がる。
ひどく危なげで見ていられない。
そして金の瞳はアレンの上を通過し、また戻っていく。
「暗くてよく見えない……。アレン、どこ?」
視力まで奪われていると知って、アレンはもう堪らなくなった。
動かない脚を無理に引きずって自分を捜す彼女の手を今すぐ取りたかった。
「アレン」
ここにいる。
だからもうそれ以上無理をしないで。
呼吸を詰めてそう思った。
喉が痛くて声が出ない。
白い手がさ迷い、蝶のように舞った。
ずるりと足を動かして、その踵が祭壇から下りる。
そこでアレンはハッと息を呑んだ。
動くことがままならず、目も見えないが、段差に気付かずにそれを踏み外したからだ。
このままでは転ぶ。
今の状態ではひどく体を打ちつけてしまう。
アレンは咄嗟に走り出そうとした。
それなのに、左手を捕らえられていて動けない。間に合わない。
の全身ががくんっと揺れる。
金髪を少し遅らせて倒れゆく。
その寸前で、彼女の華奢な体は後ろから抱きとめられた。
は背後の人物に支えられて事なきを得た。
アレンは一瞬の安堵の後、今までよりもさらに表情を強張らせる。
言うまでもなく、を抱きとめたのがティキだったからだ。
ティキは背中からの胸と腹に腕をまわし、強く引き寄せることで彼女を救った。
けれど金髪の少女を捕らえる、あの手に込められた想いは何だろう。
細められた暗紫色の瞳。
笑みはまるで刃のようで。
その掌がの前にかざされる。
「…………アレン?」
自分を後ろから抱きしめる男の腕を掴んで、が訊いた。
アレンは否定の言葉を叫びたかった。
それを封じるのはノアの凶器となった微笑み。
指先がゆっくりとへと迫ってゆく。
「ちがう」
目を見開いてが呟いた。
次の瞬間、彼女は男から逃れようと、思い通りにならない体を無理に動かした。
「お前は……っ」
の厳しい声音はそこで途切れた。
激しい打撃音が響き渡り、彼女は息を詰めて苦鳴を漏らす。
ティキが唐突にの首を掴んで身を翻し、その華奢な体を背後の十字架に思い切り叩きつけたのだ。
激突の衝撃にの背が仰け反る。
骨が軋み、肉体が悲鳴をあげた。
そのひどく乱暴な行為を目の当たりにして、アレンは頭が真っ白になる。
絞めあげられたの首が、ぎりっと鳴った。
十字架に押し付けた彼女を見下ろして、ティキは苦く笑った。
「まったく……。本当にお前は、事あるごとにオレの度肝を抜いてくれるな……」
は拘束してくるティキの手に、震える指先を伸ばす。
「は、……っぁ、……ノア……!」
そして男の袖を強く掴んだ。
ティキは思わずといったように口元を緩めた。
「釣れない呼び方だな。オレの名前は覚えてるだろ?お嬢さん」
「……っつ、う、…………さぁね。と、っくに……忘却の彼方よ」
「嘘つくなって。これだけ長い付き合いなのに」
「目も見えない、体もろくに動かない。そんな状態にした上で首を絞めてくるような、素敵な趣味の方と付き合った覚えは……っ」
顔を歪めて、それでも不敵な笑みを消さなかったの言は、そこで途切れた。
ティキがますます力を込めてその首を締め上げたからだ。
「本当に釣れないな」
「あ、ぐ……っ」
「わざとやってるのなら大成功だぜ?…………その態度、妙に苛めたくなる」
「は、……っ、変態……!」
「構いたくて仕方がないってことだ。大丈夫、今日は存分に可愛がってやるよ」
「……くぅ、んっ、……全力で遠慮させてもら……っつ!!」
「残念だけどお前に拒否権はないよ、お嬢さん」
拘束から逃れようと振り上げたの手は、激しい勢いでティキに弾き飛ばされた。
そのまま十字架に激突、痛々しい音が響く。
白い手は瞬く間に鬱血の色を浮かべた。
苦痛に震える金髪の少女に、ティキは残酷に囁く。
「…………抵抗も許さない。お前はもう、オレから逃げられないぜ」
そうしてノアは自然な動作でに顔を近付け、耳に唇を寄せる。
吐息で鼓膜を震わせる。
細い首に絡みつく褐色の指先が、その存在を貪るように蠢いた。
息を殺してそれを見ていたアレンは、限界を感じた。
頭は相変わらず真っ白で何も考えられない。
こんな状態では駄目なのはわかっている。
戦場で我を失うだなんて、冗談ではなかった。
何年エクソシストをやってきているのだろう。
何度死線をくぐり抜けてきたのだろう。
それでも……、限界だったのだ。
「…………、るな」
獣のような声だった。
自分の出した音だとは思えなかった。
けれど喉が潰れそうな勢いで叫んだのは、間違いなくこの唇だった。
「それ以上に触るなッ!!」
怒号と共に左腕を取り戻す。
その強引な動作に、肉が剥がれ落ち、血が吹き出した。
けれどそんなことには構わない。
姿勢を低くして飛び出せば、アクマ達がいっせいに襲い掛かってきた。
右側面からの刃を薙ぎ、左上空からのミサイルを叩き落す。
爆発がいくつも続いて視界が遮られた。
ふいに頭を掴まれた。
巨大な手は背後からだ。
(くそ……っ、さっきの……!)
それは先刻までアレンを拘束していた巨体のアクマだった。
振り払ったときに破壊したと思っていたのだが、そう簡単にいくほど低レベルではないらしい。
凄まじい握力で締め上げられて、頭蓋骨が悲鳴をあげる。
抗えば頬を殴り飛ばされた。
「ぐっ……ぁ、……」
あまりの衝撃に意識が飛びかける。
目の前が霞んでよく見えなくなった。
倒れそうになったアレンの髪を掴んで、その体をアクマが引きずり上げた。
「そこで見てろと言ったはずだぜ、少年」
呆れたような声がする。
眩む視界を無理に動かせば、ティキが肩をすくめていた。
「お前はただの観客。舞台の上には上がれない」
「…………っつ」
「今回の目当てはお嬢さんだ。お前に興味はないよ」
「…………だったら」
その言葉を返したのはアレンではなかった。
ティキの向こうからだ。
低く掠れていて聞き取りにくいけれど、確かに笑んだ調子である。
「私だけを見ていたらどう?」
瞬間、凶器と化した肘がティキを強襲した。
骨の固い部分が渾身の力で顔面へと迫る。
動きにはやはりいつものキレがなかったが、まさかここまで出来るはずはないと思っていたのだろう。
ティキは心底驚いた様子で、何とかその攻撃を防いだ。
「お嬢さん、急に何を……おい!」
彼の焦るような声を無視して次は脚だ。
体を拘束された状態から下半身だけを使って鋭い蹴りを打ち放つ。
それを受けたティキの腕の骨が、みしりと嫌な音を立てた。
さらに拳が襲ってくるから、ティキは咄嗟に掴んでいる首を引き寄せ、再びその体を十字架へと打ちつける。
そして動きが鈍った隙にの腹へと正拳を叩き込んだ。
「が……っ、…………」
は上体を折り曲げて血を吐き出した。
荒い呼吸を繰り返す唇の端から、赤い色が零れ落ちる。
「……!」
彼女の唐突な反撃に呆然としていたアレンは、ようやくその名を呼んだ。
ティキが息を乱したまま言う。
「いきなりだな。この状況でよくやる……。しかもそんな体で」
またもや度肝を抜かれた、とため息をついた。
「アクマに侵されているんだぞ。思考だってまともに働かないだろ」
「…………………」
「無理に体を使えば精神が崩壊する。わかってるのか、お嬢さん?」
「…………、私を」
「ん……?」
「この私を相手に指名しておいて……、余所見とはいい度胸だと思ってね」
はもう一度口内の血を吐き出すと、瞳をあげた。
視力のない眼で、それでも強くティキを見据える。
「あなたの目当ては私だけなのでしょう」
その言葉の裏に込められた意味を悟って、アレンは呼吸を忘れた。
何てことをするのだと、声の限りでを罵りたかった。
「ばか……っ、なんで……!」
理由なんて考えなくてもわかるのだけど。
正体のわからない感情が胸をせりあがってきて、堪らなくなる。
怒鳴り散らしたいような、泣き喚きたいような、そんな衝動があった。
「へぇ……」
ティキはを見下ろして、冷たく笑った。
「自分がこんなことされてるってのに……、仲間を庇うのか」
「私はないがしろにされるのが嫌いなだけよ」
はいつも通りにかわしたが、ティキの言が正しいことはアレンが一番よくわかっていた。
あんな目も見えなくて、体もろくに動かなくて、さらにノアに急所を掴まれている状況で。
それでもはアレンから敵の意識を逸らそうとしているのだ。
ティキは不満そうに軽く鼻を鳴らした。
「オレの名誉のために言っておくが。こっちから手を出したわけじゃないぜ?」
「別に聞いてない」
「少年が勝手に怒ってるんだ」
「聞いてないってば……」
「まぁ、来いとは言ったけれど」
「……っ、やっぱりあんたが原因じゃない!」
「仕方がないだろ。ようやくお前がオレのものになるんだ。見せ付けずにはいられないさ」
最後の言葉に熱を込めて囁いて、ティキは首を掴む手をわずかに動かした。
その白い肌に指の形がくっきり赤黒い跡を残しているのを見て、アレンは激しい怒りを覚える。
けれど動こうとすればアクマに傷口をえぐられる。
ティキはそれを振り返ることもせず、もう片方の手での唇を撫でた。
「あーあ……、血で汚れた。肋骨も折れただろ。せっかく綺麗なまま手入れようと思っていたのに」
「…………私も見くびられたものね。この状況じゃ強く言えないのが悔しいけれど」
「あのまま眠っていたら、傷をつけずにすんだんだがな」
「意識のない内にどうこうされる、だなんて……冗談じゃない…………」
「ははっ。まぁ、どっちにしろやることはやらせてもらうよ。お嬢さん」
「何、を……」
急激にから力が無くなってゆく。
生気が抜け落ちるのが見えるようだ。
先刻の無茶な攻撃のせいだろう、体の機能が著しく低下しているようだった。
それでもティキを睨み付ける瞳は揺らがない。
見えてはいないはずなのに、その視線は射抜くような強さだ。
ティキはそれを受けて口の端を吊り上げた。
「なぁ、そろそろいいだろ……?長年の謎を暴かせてくれ」
「な、ぞ……?」
「そう。お嬢さんの秘密。その隠蔽した過去だ」
「…………無駄よ。それは、誰も、知ることはできない」
は微かに動いた。
どうやら首を振ったようだ。
ティキを掴む指先が強張り、もはやそこに引っかかっているだけのように見えた。
「どんなことをしても無意味……、それを知る手がかりは残されていないのだから」
「知っているさ。オレ達だってさんざん探りまわったからな。お嬢さんの素性を示すものは、この世に何ひとつ存在していない」
「わかっていて、どうして」
「駄目だと言われると、どんな手を使ってでも暴きたくなるんだよ」
低く囁いて、ティキはを捕らえる手をそのままに、もう片方の腕を持ち上げた。
それを十字架に押し付けて、金の瞳を覗きこむ。
「だから……、直接お嬢さんに聞こうと思ってな」
「……私が素直に話すとでも?」
「まさか。あり得ないだろ」
「そう。…………私は、自分の過去には自分で向き合う」
「…………………」
「他の誰にも立ち入らせはしない」
掠れてゆくの声を聞きながら、アレンは緩やかな衝撃を受けていた。
嗚呼やっぱり、と思う。
「絶対にね」
の唇が完全に拒絶を宣言した。
彼女は他人に決してその胸の内を晒さないと決めている。
心の奥底を押し隠し、誰の目にも触れさせない気でいるのだ。
その過去を背負い、ただひたすらに生きてゆくために。
たった、独りで――――――――…………。
の事情なんて知らなかった。
ブックマンの言葉も、教団の命令も関係なかった。
そんなことはすべてどうでもよくて、ただアレンは涙が出そうになるのを感じた。
正体のわからない苦しさでむせ返りそうだった。
痛みを伴う鋭い冷たさで、胸の奥をぐちゃぐちゃにされた。
呼吸の仕方を忘れたアレンの目の前で、ティキは暗く嗤う。
「お前がそう言うんだ。どんなに迫っても決して口を割らないだろう。でも、…………これならどうかな?」
の額に言葉を紡ぐティキの吐息が触れる。
その大きな掌が、鎖骨の辺りに当てられた。
指先が胸の谷間を通り、体を撫で下ろす。
「…………相変わらず、セクハラね」
苦々しく呟いたの言葉を気にすることもなく、ティキは手を止めない。
男の掌が少女の肢体を這い回る。
「さぁ、教えてもらおうか。お前の弱みはどこにある?心の傷を見せろ。そして全てをさらけ出せ」
「なにを言って………」
「口を開いてくれないのなら、体に聞くまで。………そういうことだ」
甘く低い声が感覚に障る。
ティキはの耳上に飾られた白薔薇、そのアクマを急かす。
手は太ももに達し、そのまま再び撫で上げる。
指先がスカートをたくし上げ、白く滑らかな肌の上で踊った。
腰に掌がかかり、腹を通って、そして左胸へと触れる。
「………っ」
そこでがわずかに反応した。
思い通りにならない体のせいか、侵され続ける思考のせいか、今まで身じろぎを忘れていた彼女が、確かに肩を揺らしたのだ。
息を殺し、奥歯を噛み締めていたアレンは、大きく目を見張る。
弾みでこめかみを血が流れ落ちていった。
ティキも驚きの表情でを覗き込む。
「何だ?どこに反応した?」
「…………………」
「なぁ、お嬢さん」
「う、……」
「ああ、ここか」
ティキはにやりと微笑むと、唐突に撫でるのを止めて、の左胸を鷲掴んだ。
指先に圧迫されて柔らかいそれが形を変える。
は苦痛に顔を歪ませた。
「ここだろ?感じるのは」
「………っ、あ」
逃れようとは顔を背けたが、首を捕らえる手がそのまま顎を掴み引き戻される。
今までティキを睨みつけていた瞳はきつく閉じられていた。
その体が微かに震えているのに気がついて、ノアは嗜虐的に微笑んだ。
そしての団服の胸元を掴むと、それを一気に破り捨てた。
「……!?」
衝撃を受けたのはアレンもも同じだった。
少女の身を包んでいた黒衣は下着もろとも引きちぎられ、その隙間から白い肌を晒す。
ティキは感嘆の声を漏らした。
「へぇ……、まさか本当に傷跡があるとはな」
彼の視線はの素肌に注がれていた。
その左胸。
膨らんだ乳房のすぐ下だ。
心臓に限りなく近いそこに、歪な傷跡が刻まれていた。
これほどの傷を負わされて、よく生き延びたものだと思わずにはいられない。
大きく、引き攣ったような痕跡だった。
「誰だ?綺麗な体にこんな傷をつけたのは」
「………………」
「答えろよ。お嬢さん」
「っつ………!」
の体がびくりと跳ねた。
千切れた団服の隙間からティキが手を差し入れ、その左胸を直に掴んだからだ。
指先が柔らかい皮膚に食い込む。
物を扱うかのような乱暴さだ。
胸をまさぐる男を睨みつけて、は震える唇を強く噛み締めた。
「……せ」
「ん?」
「離せ……!」
獣の呻くような声だった。
けれど体のわななきは止まらず、むしろ強くなる一方だ。
それがの精一杯の虚勢であることは、遠くにいるアレンですら感じ取れた。
ティキはいっそ優しく微笑む。
「おいおい、オレの質問は無視?」
「……………っつ」
「ほら、言えって」
「ぅ、あ……や、…………」
「聞こえない」
「いや……!」
「今度は聞けないな」
囁きながらティキはますます指先に力を込めた。
は喘ぐように彼を糾弾する。
「やめろ……っ」
「お断りだ」
「やめろ!」
「だから嫌だって」
「や、やめっ………」
「お嬢さんはそれしか言えないのか?」
ティキは半眼で呟くと、指先を滑らせた。
の心臓の上に刻まれた傷跡に触れる。
その瞬間、今度こその顔にはっきりと恐怖が浮かんだ。
どんなときでも強気な態度を崩さなかった彼女が、顔から血の気を引かせる。
男から逃れようと必死にあがく。
唇からは悲痛な声があがった。
「いや、だ…………やめて!」
「へぇ……」
「やめて、触らないで……っ」
「そんな声も出せるのか」
興味深げなティキの呟き声。
それを遠くに聞きながら、アレンはすでに思考することができなくなっていた。
自分の視覚が捕らえるものが、よくわからなかった。
いや、理解しようとする心の動きを、何か制したのだ。
ひどい衝撃に感覚が凍る。
頭を強く殴られたみたいだ。
あの男は、に、何をして――――――………。
見開いた銀灰色の瞳の上で、金髪の少女が恐怖に呼吸を乱していた。
「触らないで……、その傷は……!」
「何か意味があるんだろ?これを負わされた時の記憶か、それとも傷をつけた相手か……」
「うっ、……あぁ………」
「どっちにしろお前を暗く縛るものだ。…………これは、いいものを見つけた」
「ぁ、……いや………っ!」
「そして、いい声だな」
ノアの笑んだ唇。
暗紫色の瞳が、見たこともないを観察している。
その傷跡に指先をぴったりと当てれば、彼女は動かない腕を無理に振り上げた。
ティキを張り飛ばそうとするが、力が足りない。
全身が震えていて思い通りにならない。
掌がティキの頬に触れて、ずるりと辿り落ちてゆく。
激情に速まるの鼓動と呼吸。
ようやく状況に見合った反応を示した少女に、ティキは恍惚の表情を向けた。
「もっと聞かせてもらおうか」
そして強く爪をつきたてた。
あまりの激痛にの体が大きく震える。
凶器のような男の笑み。
刃と化した指先。
それは快楽のノアによる遊戯。
男は少女の傷跡を一気に引き裂いた。
「さぁ、可愛い声で啼いてくれよ。お嬢さん」
ばっくりと皮膚が割れ、真っ赤な肉から血が溢れ出す。
目も覚めるような深紅が白い素肌に散り落ちる。
の体が二、三度、痙攣するように動いた。
限界まで見開かれた金色の瞳。
苦痛の涙が一粒、弾けて、消えた。
「いやぁぁあああぁぁぁあああああッツ!!!」
そうしてアレンは後に気がつく。
戦場での悲鳴を聞いたのは、これが初めてであったということに。
とりあえず謝ります御免なさい!
Sで鬼畜なものを書いてしまってスミマセン、とっても楽しかったです!(爆)
ティキは完全にセクハラです。女の子の体にベタベタ触ってます。
最終的には生乳もみましたよ……。さすがです。←
しかし、やってることエロいのに何故か色気が出ませんね〜。
いや、こんなところでピンクオーラ出されても困りますけど!(話的に)
次回はバトルです。いろんな戦いが目白押し。
もちろん流血沙汰ですので、苦手な方はご注意ください。
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