金色の鍵を探している。
あなたの心をノックする。
ねぇ開けてと懇願しても、応えてはくれないんでしょう?

だってあなたはいつだって、“私”が扉を閉ざしたと思ってるんだから。






● 追憶ユールタイド 11 ●






マナだと思ったんだ。


目を覚ます前に感じた掌のぬくもりも、宝の地図のように行き先を綴った手紙も、そこで待っていた美味しいケーキも、全部ぜんぶ。
マナだと、思っていた。
躊躇いなく俺に触れてくれるのは、あの人だけだ。
クリスマスの日にこんな遊びを仕組んでくれるのは、あの人だけだ。
甘くて可愛いケーキを用意して祝ってくれるのは、あの人だけだ。


けれど、途中から気づいていた。
マナじゃない。
マナは、リンクも神田もラビも知らない。
仮に知人だったとしても、彼らが俺の誕生日を祝うのはおかしな話だ。
それを悟ったのと同時に、皆がいう“アレン”が俺ではないことも理解してしまった。
あいつらの中には俺とは違うアレンがいて、そいつに宛てて預かり物のケーキとプレゼントを渡してきた。
受け取れない。
俺には受け取れない。
俺はお前たちのアレンではなくて、マナのアレンなのだから。


(だから、出てきたのに)


居ても立ってもいられなくて、教団から抜け出してきたのに、金髪がしつこく後を追ってきた。
挙句の果てに「一緒にいたい」だって?
馬鹿みたいだ。
俺はお前とじゃなくて、マナと居たいんだよ。
お前から逃げて、マナを見つけ出したいんだよ。


“亡くなったわ”


雪が降っている。
絶えることなく地上に降り注いで、アレンの体温を根こそぎ奪い取ろうとしている。
だから、嫌だったんだよ。
あの金色の瞳は他の誰とも違って、“俺”と“アレン”を同時に見つめていた。
“俺”の言葉を聞いて、表情を読み取って、一生懸命応えようとしていた。
その奥には揺らがない“アレン”への感情があって、それが愛とか信頼とか淋しさとかだったから、どうやっても受け止められない。
嘘をつかない、混じり気のない眼が、嫌で仕方がなかったんだ。


“マナ・ウォーカーは、すでに故人よ”


否定もできずに信じさせられてしまうから。


「落し物だよ、坊や」


頭の上から声が降ってきた。
走って走って走り疲れて、とぼとぼ歩いていたところだった。
息切れがおさまらなくて喋れないから視線だけをあげる。
微笑みを浮かべた老婆が手紙を差し出していた。
宛名は“Dear Allen”。
「俺のじゃない」と言いたかったけれど、老婆はにこにこと笑って手紙を押し付けてきた。
仕方なく受け取ってみる。未開封だ。
いつの間に新しく紛れ込ませたんだろう。コートのポケットにでも入れていたのかな。
アレンはどうでもよく考えながら、中の便箋を取り出してみた。
ふられていた番号は14だった。
最後に見たのは3だったのに、まさかここまで続いていただなんて。
リンクや神田、ラビも含めて、14人もの人が、14個のケーキを預かって、俺が訪ねていくのを待っていてくれたんだろうか。
クリスマスという、この日に。


「『十四人目。事の元凶。手紙の差出人。さんざん振り回してごめんなさい。私のところまで来てね』」


アレンは小さく文面を読み上げてみた。
馬鹿じゃないのか。面倒くさい。
来てねってなんだよ、お前から来いよ。
俺のところに来いよ。


「『ヒント。………』


そこで続きに詰まった。
何故だろう、今更涙が出た。
一粒だけ目からこぼれて、手紙の文字を滲ませる。
次に会いに行くべき人の、居場所は、




「『あなたの隣』」




うそつき。
居ないじゃないか。
俺は今ひとりだよ。たった独りで、寒さに凍えながら、マナを探してるよ。


「あれだけ追ってきたくせに」


はもうアレンの後をついてこなかった。
探し出してもくれなかった。
来てねって何だよ、お前から来いよ。
俺の、ところに、来いよ。


何度逃げ出したって、何度突き放したって、何度だって隣に並んでくれたくせに。


「……っつ」


今度こそたくさん涙が落ちてきたから、アレンはコートの袖で乱暴に顔を拭った。
マナがいなくなってしまってから、俺はどうやって生きてきたんだろう。
想像もできなかったけれど、こんなモノクロの世界にも、あの金色があったのかな。
たったひとつだけ色を持って、俺の眼を照らしてくれていたのかな。


“並んで歩こう”


真っ直ぐにこちらを見て、あいつは俺に言った。


“あなたの行きたいところに行こう”


俺はマナに会いたい。あの人のところに行きたい。
けれどそれが死の世界なら、まだ駄目だ。踏み留まらなければならない。
何故ならいくら逃げても追い払っても、が傍に来てしまうからだ。


“あなたの隣”


誰も彼も去ってしまった、何の価値もない俺の隣に、当たり前みたいに来てくれるからだ。


「ひとりだったらよかったのに」


アレンは涙を吹き飛ばしながら呻いた。


「ひとりだったら、マナのところに行けたのに」


何の躊躇いもなく、死だって選べたかもしれないのに。
あの馬鹿が俺に寄り添おうというのならば、そんな選択肢はなくなってしまう。
だってあんな鮮やかな金色は、せいの世界にこそ相応しい。


アレンは踵を返して雪を蹴立てた。
今度こそは立ち止まらずに、クリスマスの街を駆け抜ける。
もう一度。
もう一度だけでいいはずだ。
さんざん来させてしまったから、「来てね」と言わせてしまったから、俺が自分の意思で行かなければならない。
あいつの元に。


の、隣に。