追いかけるんじゃなくて、探し出すんじゃなくて、
恐怖を堪えてじっと待っていてくれた。
冷え切った肌にぬくもりを戻したい。
けれど俺は、そんな方法を、まだ知らない。
● 追憶ユールタイド 12 ●
金髪を発見できたとき、アレンは自分でも驚くほど安堵した。
またちょっと涙が滲んだけれど、みっともないから我慢する。
目をごしごし擦って泣きべそを誤魔化すと、雪を踏みしめて公園に入っていった。
はアレンと別れたその場所に留まっていた。
雪に残された跡でわかる。
彼女は突き倒された位置から、這うようにベンチによじ登って、ずっとそこに蹲っていたようだった。
抱え込んだ自分の膝の上に顔を埋めてしまっている。
拗ねているようにも見えたし、泣いているような気もしたし、眠っているのかとも思った。
とにかくぴくりとも動かない。
アレンが近くまで寄っていっても無反応だからどうしようか迷う。
だってさんざん怒鳴って、突き飛ばして転ばせて、そのまま置き去りにした相手だ。
なんて声をかければいいのだろう。
アレンはああでもないこうでもないと考えている間、何ともなくを眺めていて気が付いた。
震えている。
否、震えを抑えるために蹲っているみたいだ。
手袋を握りしめていたから、それを手にはめろよと思う。
ああ、でも、無理か。
だって片方しか持っていない。
もう片方はアレンの右手にはめられていて、そういえばマフラーだって彼女に借りた物だということを思い出した。
「馬鹿か、お前」
反射的にそう言っていた。
「俺ばっかりにして」
ゆっくりと顔をあげたの頬に、手袋を外した指先を這わせる。
「俺は寒くない。それなのに、お前が凍えてどうするんだよ」
呆れの吐息をつきながら、膝を抱えている腕を解かせた。
右手と左手、両方に手袋をはめてやる。
最後にマフラーを取って、寒々しい首筋を隠してやった。
「なに、お前冷え症……」
触れた部分がことごとく冷え切っていたから、アレンはそう訊こうとしたのだけれど、唐突に肩を掴まれて黙らされた。
ぐいっと引かれて向かい合わされる。
の顔が目の前だ。
「…………………………」
アレンは無言で瞳を見開いた。
が何とも言えない様子だったからだ。
今にも泣き出しそうな、怒鳴り出しそうな、後悔と罪悪感と安堵と喜びと、とにかくいろんな感情がごちゃ混ぜになった表情をしていた。
彼女はそのままベンチから滑り落ちるようにして地面に下りる。
雪の上に膝をつく。
アレンはちょっと慌てて言った。
「おい、馬鹿。立てよ」
何故なら彼女の脚からは血が出ていたのだ。
恐らくアレンが突き飛ばしたときに擦りむいたのだろう。
二ーハイソックスの生地を破って、むき出しになった膝小僧から、赤が滲んでいたのは確認済みだ。
「怪我してるんだろ。傷口が汚れる」
「…………………………」
「おい……、おいってば!」
「……つかぬことを」
アレンがちょっと怒りはじめたころ、ようやくが口をきいた。
低くて平坦な声だ。
そのまま無感情に言われる。
「つかぬことをお伺いしますが」
「何だよ。つーか、なんで敬語なんだよ」
「抱きしめてもよろしいでしょうか」
「……………は?」
アレンは意味がわからず間の抜けた返事をしたけれど、がじりじりしてくるから頷いてやった。
「何でもいいから膝歩きするなって!」
見下ろした先で雪に赤が混じっている。
から滲み出た血だ。
止血もしないで何やってるんだ、この馬鹿。
そう怒鳴ってやろうと思ったときには、ちょっと苦しいくらいに抱きしめられていた。
「お前な……」
今度こそ呆れ返って脱力する。
がぎゅうぎゅう力を込めてくるから、それでも立っていることができた。
アレンの小さな体を抱き込んで、は震え続ける。
寒いのだろう。そして、たぶん、怖かったのだろう。
アレンがを見つけて安心したように、彼女もまたそうなのだと、与えられる抱擁に知る。
「ごめんね」
小さく掠れた声で囁かれた。
「お父さんのこと、訊きたいんだって、わかっていたのに」
「…………………………」
「私言えなくて、言いたくなくて、黙ってままでいた」
「…………………………」
「結局、あなたに訊かせてしまった」
「…………………………」
「ごめんなさい」
「ばかだな」
無抵抗でいたアレンは、そこで両腕を持ち上げて、自分からも抱きしめ返した。
の体に手をまわす。
「お前は嘘だってつけたのに」
可哀想なくらい震えている、女の子の背中を撫でてやった。
「いくらでも俺を誤魔化す方法はあっただろう。あの白衣たちが言っていたことが本当なら、俺は明日には15歳の姿に戻る。こんなガキにいちいちマジになる必要はない」
ばかだなぁ、ともう一度繰り返した。
「お前が俺に傷つけられる必要なんてなかったのに」
「……傷つけられたのはあなたでしょう」
「それだってきっと、15歳の俺ならもう、……知っていたことなんだろう」
「…………………………」
「お前自身に非のないことで、突き飛ばされて、怪我させられて。ばかだよ」
ぐすり、とが鼻を鳴らした。
泣いているのかなとも思ったけれど、肩口に水滴は落ちてこなかった。
必死に堪えているようだ。
「だって、あなた、“アレン”だもの」
涙の滲む声が言う。
「8歳でも15歳でもおんなじよ。きちんと向かい合っていたかった」
ぎゅぅと一際強く抱きしめられた。
「大好きな人だから」
、の。
気持ちが痛いくらいに伝わってきてアレンは何だか堪らなくなった。
拒絶されて悲しかったんだろう?
お前なんか知らないと言われて、触るなと手を振り払われて、大嫌いだと吐き捨てられて。
それでも一度も俺を責めなかった。
笑って冗談を言って、平気なふりをして、ずっと傍に居てくれた。
俺だったらどう思うかな。
マナが今までのこと全部忘れて、俺がにしたようなことをされたら。
「ごめん」
哀しくてどうしようもなくなって、こんな言葉じゃ足りないけれど、アレンはに告げるしかない。
「ひどいことして、ごめんな」
はアレンに対して誠実だった。
嘘をつかなかった。適当な言葉で逃げなかった。
それどころかアレンの冷たい仕打ちを気にしない振りで笑ってくれた。
優しくしてくれた。笑顔にさせようとしてくれた。
ずっと、傍に、居てくれようとした。
もう疑うことすらひどいことだと思う。
この人は、俺を抱きしめて離さない女性は、“アレン”が好きなのだ。
8歳だろうが15歳だろうが、自分という人間を愛してくれているのだ。
だってそうじゃなきゃ、今までのこと全部、絶対に出来っこない。
「立てよ」
それを認めてしまえば、今の体勢のままでいるのは難しかった。
アレンはの肩を掴んで軽く揺さぶる。
「あとでいくらでも抱きついていいから。立ってくれ。膝を手当てしないと」
「…………………………」
「なぁ、おい……」
「動かないで」
予想外に真剣な調子で告げられた。
アレンは一瞬で緊張する。
何か、居る。見られている。
上空だ。
「!?」
天を仰ぎ見たアレンは絶句した。
虚ろな瞳と視線を交わす。貼り付けただけの顔。気味の悪い仮面。
そこにはボールのような球体に、いくつも大砲を備え付けた化け物が、じっとアレンを見下ろしていた。
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