キラキラ光るオーナメント。
輝きに満ちたクリスマスツリー。
あなたの名前をそこに飾ったの。
逆巻く時間の中でも見つけてくれたのなら。
● 追憶ユールタイド 4 ●
8歳まで外見も中身も戻ってしまった“アレン”の見解はこうだった。
眠っている隙にか、無理やり奪われたのか、とにかく自分の意識がないうちに、此処へと連れてこられたに違いない。
白くなってしまった髪も、頬に刻まれた傷跡も、きっとその間にやられたのだろう。
何が目的かは知らないけれど、とにかく彼らの言うことは信じられない。
だっていつの間にか7歳も齢を取っていたって?
しかもとっくにピエロを引退して、エクソシストとかいう、得体の知れない職業についていると言うのだ。
その説明の胡散臭さは疑う余地しかなかった。
極めつけはこれだ。
「あんな変な女が、俺の恋人だって……?」
延々と続く廊下を走りながら思い出すのは、長い金髪の少女だった。
歳の頃は十代半ばだろう。
彼らの言い分を正しいものとしたとき、確かに15歳の自分とは、恋仲になってもおかしくない年齢だ。
だが、しかし。
そもそもアレン自身がすでにそんなに歳を取っているとは思えないし、相手が頭のおかしい女だというのも説得力に欠く。
加えて、
「あんな、美人が」
思わず吐き捨てるように呟く。
女への罵倒として「ブス」と言ってしまってはいたが、子供のアレンにもわかるくらい、彼女は美しい容姿の人物だった。
毛先だけゆるくウェーブのかかった金髪。
透けるように白い肌に薔薇色に染まった頬。
長い睫毛に覆われた瞳は、珍しい黄金色だった。
華奢なわりに女性らしい体つきをしていて、先刻みたいにぎゅうぎゅうと抱きしめられてはたまったものではない。
言動は奇人としか言いようがなかったけれど、同じくらいに彼女の美しさがアレンに“それ”を納得させないのだ。
「あんなやつが俺なんか好きになるかよ」
騙されている。
否、騙そうとしているのか。
それにどんな意味があるのかは見当がつかないけれど、優しい顔をした美しい女で油断させようという腹だろう。
こんな子供相手に随分と手の込んだことだ。
アレンは強く首を振って走る足を速める。
そうやって、早くここから逃げ出そうと決意を新たした。
直後、
「捕獲!!」
そんな宣言と共に、横手から弾丸の勢いで飛びつかれた。
捨て身の攻撃をしてきたのは例の金髪だった。
猛烈なスピードで駆けこんでくると、強く床を踏み切って跳躍。
そのままの体を掻っ攫われる。
彼女はアレンを抱きかかえたままゴロゴロと転がって、最終的に開きっぱなしの大扉からとある部屋の中まで入りこんでいった。
目を回すアレンとは裏腹に、彼女は片足を床に突き立てて急停止。
もう片方の足を折り曲げ、その膝の上にアレンを座らせた。
「つっかまえたー!」
嬉しそうに笑って抱きついてくる。
何だその期待に満ちた笑顔。
アレンは何となく嫌な予感がして、ひくりと唇を引きつらせた。
「さぁ、新たな罵り言葉いってみよう!何にする?ブス?デブ?」
「この、デブス!!」
「ダブルできたー!!」
視線の懇願に負けて力の限りで罵倒してやれば、大満足といわんばかりに喜ばれた。
きゃっきゃとはしゃぐ顔が非常に可愛らしい。
だからこそ、アレンは引かずにはいられない。
「お前、マジで何なの……?」
「えへへ、口の悪いアレンってほんと新鮮だなぁ」
「聞けよ!そして離れろ!!」
「いや、いつものアレンもすごく罵倒してくるけどね?言葉選びが丁寧だから、こう……ストレートだと何か可愛いよね!子供みたいでかわいい!」
「子供なんだよ俺は!いいから抱きついてくるな!!」
アレンは力を込めてを突っぱねたけれど、腕力ではまだ彼女のほうに分があるらしく、その抵抗はなかったことにされる。
ああ、だから。
そんなに抱きしめられたら困るんだってば。
「いい加減に……!」
「?」
アレンがブチ切れそうになったそのとき、背後からそんな呼び声がかかった。
は振り返って破願する。
「リナリー、ミランダ」
アレンも視線をやれば、そこには二人の女性が立っていた。
先ほどを呼んだのはボブカットのほうだろう。
もう一人は多少年齢が上に見える。
どちらも黒髪だったけれど、顔立ちから受ける印象がまるで違っていた。
「どうしたの、そんなところで」
「えっへー。ちょっと罵られてました」
「ののしら……?そんな、ちゃん。誰に?」
「この子に」
でへへと締まりのない顔で言って、はアレンを二人の前に押し出した。
チャンスとばかりにジタバタと手足を動かす。
リナリーとミランダが目を見張って自分を凝視しているけれど、そんなこと知ったことか。
アレンはの腕を振り切ると床の上に降り立った。
きちんと着地をきめたつもりが、ごちゃごちゃと置かれている箱に蹴躓く。
思い切り転んで頭を何かに打ち付けた。
「……っつ、てて」
呻きながら見上げれば、クリスマスツリーだった。
こんなに大きなモミの木を間近で見るのは初めてだ。
思わず目を奪われて、無意識に手を伸ばす。
何故ならそこに、“自分”の名前を発見したからだ。
「なんだ……これ……」
手紙だった。
白い封筒の表に、“Dear Allen”と書かれている。
そんなものがクリスマスツリーに、他のオーナメントと並べて吊り下げられていたのだから、驚きを隠せない。
だって、こんな。
俺の名前が綺麗な飾りみたいに。
封を切って中身を取り出してくると、便箋の一番上にはナンバーが刻まれていた。
1、だ。
「『一人目。おかん属性最強の、世話焼き監査官』……?」
内容を読み上げる。
意味がわからない。
続けて二行目へ。
「『ヒント。アレンの大好きな場所にいます。探してみてね。』……はぁ?」
手紙がそこで終わっていたので、アレンは怪訝な声をあげた。
驚いた顔のままだったリナリーとミランダが上から覗き込んでくる。
「それって、リンクさんのことよね」
「アレンくんの大好きな場所っていうと……、食堂かしら?」
アレン本人にはさっぱりとわからなかったものを、こうも簡単に解読されては返す言葉がない。
それで当たっているのかと目で問いかければ、彼女たちは大きく頷いてみせた。
「きっとそうよ。ねぇ、」
「それよりも、どうしてアレンくんがこんな姿に……?」
「ああ、それがね」
背後で話し出すのを聞きながら、アレンは猛ダッシュを開始した。
ひとつはに捕まらないために。
もうひとつは手紙の真偽を確かめるためにだ。
だってツリーが飾られているということは、それを中心に据えた部屋で多くの人が準備をしているということは、今日はきっとクリスマス・イヴなのだろう。
そんな日にアレンへと手紙をくれる人は一人しかいない。
たった一人しか、存在しないのだ。
団員たちがせっせと動き回る空間を突っ切って、アレンは入ってきたのとは反対側の扉から飛び出した。
左右を見渡す。
“アレンの大好きな場所”……、どこだろう?
だってそもそも此処は知らないところなのだ。
好きも嫌いもあったものではない。
とにかく走り出す。が名前を呼びながら後をついてくる気配がする。
それに追い立てられながら、アレンは廊下を駆け抜けていった。
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