真っ白な天使。
それを胸に抱きしめた少女は、俺へと無邪気に笑ってみせた。
「まるで、あなたみたいね」
よく言うよ。
● 追憶ユールタイド 9 ●
「クリスマス一色だー!」
地下水路から地上に出た瞬間、は両手を広げて、くるりと一回転。
周囲を見渡しながらはしゃいだ声をあげた。
隣のアレンも同じような心境だ。
だって雪化粧をされた街が、さらに赤や緑や金銀で飾られている。
どちらを向いてもキラキラしていて、夢の世界に迷い込んだみたいだ。
特に二人がいるのが大通りで、道行く大勢が幸せに満ちた様子だったから、余計にそんな気分になった。
「ねぇねぇ、ちょっと遊んでいこうよ!」
勢いよくしゃがみ込んだが言う。
その間に手早く上着を着せられた。
さらに自分のマフラーを外して、アレンの首にぐるぐる巻きにしてくる。
ちょっと苦しい。
毛糸に埋まって返事ができないでいると、勝手に手を掴まれて走り出された。
向かう先にはクリスマスに関連付けた、お店やゲーム会場が設置されている場所だ。
「どれがいい?何がやりたい?」
「おい、お前……」
「私はアレがいいなぁ。雪玉をぶつけて景品ゲット、その名も“雪合戦ゲーム”!」
「ガキかよ、ちょっと落ち着けよ」
「欲しい物とってあげる。さぁ、選んで選んで」
ぐいぐい背中を押されてゲームの景品に向かい合わされた。
どれもこれも別に欲しくない。
ぬいぐるみとかオモチャとか、クリスマスの飾りとか。
次のサーカスに移るときに邪魔になるものは、手元にあっても困るだけだ。
「なんにもいらねぇよ。それよりお前……」
半眼でを振り返ったアレンの視界を、白い球体が猛烈な勢いで横切っていった。
風圧で束の間髪が浮く。
鼻先を掠めたそれに息を呑んだときにはもう、並べられた景品を逸れて後ろの壁へとめり込んでいた。
「あれ?外しちゃった」
は首を傾げながら次々と雪玉を投げてゆく。
それはことごとく景品……ではなくて、その周囲のものにヒットする。
壁面にぶち当たり、支柱を揺らがせ、台座を傾ける。
アレンは慌てて剛速球ばかりを繰り出すの腕にしがみついた。
「馬鹿、やめろ!」
「え?何?サンタさんの帽子じゃなくて、トナカイのカチューシャがいいの?」
「いや、それ取ってどうするんだよ俺はつけねぇぞ……じゃなくて!」
「真っ赤なおっはっなっの〜」
「つけねぇぞ!!」
寒さで赤くなった鼻先を突っつかれて、アレンは憤然と怒鳴った。
指に噛みついてやろうとしたけれど、あっさり避けられてしまう。
むかつく。
「もう!お前どいてろよ!!」
「えー。ほしいもの取ってあげるってば」
「その前に店が潰れるだろうが!!」
「うん、閉店に追い込む勢いで全景品ゲットだぜ!」
「通じねー!!」
アレンは額に青筋を浮かべてに雪玉を投げつけた。
顔面にそれを受けた彼女が「ぴぎゃ!」とかいう変な悲鳴をあげる。
馬鹿みたいなその姿にため息をついて、アレンはもう一球雪玉を放った。
「………………………」
顔から白を払い落したが目を見張る。
無言で見下ろされたから、鼻で笑ってやった。
「欲しい物、取ってやるよ。ヘタクソ」
アレンは連続して雪玉を投げる。
それらは全て景品にヒットして、一列を端から順に落としてしまった。
「……何でそんなに上手いの」
アレンの腕前に呆気に取られていたは、徐々にむくれた顔になって、拗ねたような口調で訊いてきた。
アレンは掌で雪玉を投げ受けしつつ応える。
「ボールの扱いが下手なピエロなんていないだろ」
「でも、雪なんだから勝手が違わない?」
「別に。道具に触らせてくれなかったから、これを代わりにしてたんだよ。よく一人で遊んでた」
何も考えずにそこまで言って、ふと気が付いた。
なんだか余計なことまで口にしてしまったような。
アレンがちらりと窺うように見上げれば、は躍起になって雪玉を投げまくっているところだった。
「ぜったい!トナカイのカチューシャを!この手で取ってあげるんだから!!」
「……だから」
アレンは安心したような呆れたような、奇妙な気分で呻いた。
それからに思い切り蹴りを入れる。
「止めろって言ってんだろ、このド下手糞!!」
その衝撃にがよろめいた。
傾ぐ体。逸れる雪玉。
そして、
ドンガラガッシャーン、という聖夜には似つかわしくない破壊音が響き渡った。
何とか片膝をついたと、同じくらいの目線になったアレンは、揃って言葉を失う。
視線の先には見事に壊れた台座があって、その上に乗っていた物はひとつ残らず落下していた。
つまりは、宣言通りに、全景品をゲットしてしまったのだ。
それもなんとも規格外の方法で。
「……お前」
アレンがを見やると、彼女は冷や汗の滲んだ笑顔を浮かべた。
「こ、こういうのを怪我の功名っていうのよ!勉強になったね8歳児!」
「いや、絶対違うだろ」
冷静な突っ込みを入れたあと、何だか急におかしく思えてきて笑った。
の馬鹿さ加減に思わず吹き出してしまう。
それは辺りも同じだったようで、笑いと共にらちらほら拍手まで聞こえてきた。
驚きに固まっていた人々が、のしでかした珍事態を見とめて、「すごいすごい」と褒めてくる。
当の本人は苦笑しつつ、雪の上に散乱させてしまった景品をひとつ拾い上げた。
背中に羽の生えた、真っ白な天使のぬいぐるみだ。
それを近くにいた幼女に手渡した。
「はい、あげる」
「……いいの?」
「大切にしてね」
が頭を撫でてやると、女の子は顔を輝かせた。
「この天使さま、お兄ちゃんみたい!」
急に言われてアレンは笑みを消した。
息を止める。言葉を詰める。
が瞳を細めた。
「意外と寂しがり屋さんだから、ずっと傍にいてあげてね」
優しいその声、に。
ゆっくりとぶたれたような感覚がした。
アレンはの微笑を見つめた。
表情が動かせない自分の代わりのように、幼女が笑って天使を抱きしめる。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
そうしてスカートの裾を翻すと、ひとりの紳士の元へと駆けていった。
恐らく父親だろう。
彼は帽子を取って一礼すると、娘と手を繋いで人ごみの中へと消える。
音楽が聞こえる。街に流れ続けるクリスマス・ソング。
穏やかで優しいそのメロディが、急にがんがんと頭に響くようになって、アレンは一歩を踏み出した。
図らずもそれは、先刻の親子が去っていった方向だった。
台座の破壊を店員に謝っていたが、アレンの様子に気が付いて呼び止めてくる。
返事はしない。
彼女には応えない。
そうすればきっと、このわずかなものは途絶えてしまう。
“アレン”
俺が、一番、呼んでほしい声が。
アレンはの制止を置き去りにして、クリスマスの街へと紛れ込んでいった。
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