どんどん上昇する海面。
ぜんぜん進まない会議。

どちらも何とかしなくちゃいけない大問題だ。






世界限定!Ocean会議
Track.5






「君の背丈のことなんてどうでもいいよ!」


呆気にとられた大国たちの中で一番に声を出したのは、やはりアルフレッドだった。
どうにも彼はが相手になると苦情が早い。
訴訟大国の本領発揮ということなのだろうか。
ポコポコと怒った素振りを見せる彼の頭を、アーサーは思い切り押さえつけた。


「お前はちょっと黙ってろ。、本当なのか?」


そのまま立ち上がって彼女の傍まで足を進めた。


「確かに少し身長が伸びているみたいだったけれど……」


背丈を計ろうと思って手をあげたら、がら空きになった肩にごつりと頭突きをされた。
ちょっと痛い。
そのまま体重をかけられて、完全にもたれかかられる。
言動はいつも通り淡々としているが、どうやら少し拗ねているらしい。
そして落ち込んでもいるみたいだ。


「6センチです」
「6センチか」


もう一度言われたので頷いて、彼女と自分の背丈を比べてみた。
アーサーはイギリス男性の平均身長で175センチだ。
そして以前のはその胸あたりが頭のてっぺんだったはず。


「……結構、伸びてるな」


アーサーはそう結論した。
どうりでが自分の耳元で囁けたわけだ。


「気がついたら大きくなってたんです。……前の身長が気に入っていたのに」
「?何でだ?」
「見上げない限り、アーサーのぶっとい眉毛が視界に入らなかったから」


本当に残念そうに言われて、アーサーは言葉を詰めた。


「おま……っ、お前な!」
「あぁ……喋るたびに見えてしまったら、引っこ抜きたい衝動を抑えられる自信がありません………」
「今まで俺のことそういう目で見ていたのか!?」
「いえ、見ないように細心の注意を払っていました」


そう言い切られては腹の底からムカついてくる。
アーサーはの頬を両手で挟むと無理やり顔をあげさせた。


「ちゃんと俺のこと見ろよ!!」
「ちゃんと眉毛見せないでくださいよ!!」


は叫びながらアーサーの額にたしっと掌を当てる。
そのまま離せとばかりに力を込められたけれど負けてやる気はない。


「は……っ、はははははは!俺はお前の顔なんて飽きるほど見つめてきたんだ!ここはお互い様になるべきだろ!!」
「その理屈がわかりません。どうしてそんな眉毛になってしまったのかはもっとわかりません」


は力で敵わないとわかると、反対に両手を繰り出してきた。


「この眉毛はもはや世界七不思議レベルです。あ、もしかして正体はストーンヘンジですか?」
「ちょ、ばか、本気で毟ろうとするな!!」
「考古学者のみなさんごめんなさい。世界遺産は今、形を変えます。頑張って研究調査しなおしてください」
「それより先に俺に謝れ!というかやめろー!!」


「ハイハイ、じゃれ合いはそこまでにしようね坊ちゃんたち」


ふいに頭上からそんな声が降ってきて、アーサーとは引き剥がされた。
見上げてみるとそこにいたのはフランシスで、彼はアーサーの腕だけをぺっと振り放す。
反対にの方はその細い腰を抱きこんだ。


「嬢ちゃんも、アーサーばかりに構ってないで」
「……構ってませんよ。主な目的は眉毛です。永久脱毛です」
「いやいや、そんなものよりもっといいもの抜いてみないかい?」
「いいもの?鮭の塩抜きとか?」
「どうしてそう食べ物にいくかねぇ……。そうじゃなくてさ」


フランシスはに顔を近付けると、厭らしい笑いを浮かべてみせた。


「もっと気持ちいいものさ。嬢ちゃんがお兄さんの大事なところに優しくしてくれたら、きっとすぐに抜けグハァ!!」


18禁な顔で18禁なことをほざこうとした馬鹿を、アーサーは容赦なく蹴り倒した。
額に青筋を浮かべ、ドスのきいた声で呻る。


に寄るな触るな話しかけるな、今すぐ死ね変態!!」
「い……っつてぇ!お前、本気で蹴るか普通!?」
「うるせぇとっとと失せろ。いや、この世から消滅しろ」
「国ひとつに消えろって?無理言うねぇ」
「あぁそうか、だったら俺が消してやるよ」


そこでを間に挟んで壮絶な喧嘩が始まった。
口汚く罵り合い、殴り合い、取っ組み合って暴れまわる。
ドーバー海峡は今日も平和にそれを無視した。


「とにかく、私は身長が伸びてしまって困っているんです」
「確かにそれは大変なことですね」


菊も遠く欧州の争いには興味がないようで、小さく首肯した。
それを受けては何となく半眼になる。


「えぇ、そうですね。コスプレ衣装のサイズも変わっちゃいますもんね……」
さん、今はそんな話していませんよ」
「一番気にしているくせに」
「大丈夫です。すぐに新しいものを用意しますから、ご安心を」
「……用意、できるんですか………」
「我が国の総力を挙げて」


キリッとした真顔で言い切られては反論できない。
何故なら日本男児は嘘をつかないものだからである。
は食べ物が美味しくて風情のある菊の家が大好きだが、遊びにいくたびに妙な格好(つまりコスプレ)をさせられるのには閉口していた。
アーサーもアーサーでやたら少女趣味の服を着せたがるのだが、一応はの好みを聞いてくれる。
ところが菊は「うちにある女性ものの着替えはこれだけですから」という主張のもと、種類だけは豊富な二次元キャラの服を押し付けてくるのだ。
そんな彼も、さすがに神事のときは我慢してくれる。
かと思いきや、普通に巫女服姿を撮影されていたのでカメラを海水漬けにしてやったことは記憶に新しい。
ちなみにそのあと菊はいけしゃあしゃあと「これは防水カメラですよ」とのたまったのだった。
日本の技術は素晴らしいが、ちょっとだけ憎らしく思うである。


「今度は何のキャラですか。みっくみっくですか、超時空シンデレラですか。ネギを振り回しながらキラッ★とか歌えば満足ですか」
「それはまた私の家でじっくりと話し合いましょう。コミケのこともありますしね」


このオタク、また私に荷物持ちをさせる気か。
それを悟っては微妙に眉根を寄せてしまった。


「とにかく、今はあなたの身長のことです」


菊は何事もなかったかのように話を修正した。


「私たちとは少し違うとはいえ、あなたも人々の総意。一定以上の面積を持つ場が具現化した存在です。そう簡単に姿が変わるとは思えません」
「その通りだな」


ルートヴィッヒが同意し、言葉を引き継いだ。


「つまり、お前の成長は事の重大さを示している。……それほどまでに海が様子を変えてきているということか………」


話の深刻さに声のトーンが落ち、それに触発されたフェリシアーノが不安そうな顔になった。
ちょっと泣き出しそうに見えたから、は何気なく彼の手を取って繋ぐ。


「少し」


大切な友人を安心させてあげたいと思うけれど、誤魔化したくもなかったから、そこで言葉を切って言い直した。


「……かなり、海面が上昇しています。私の意思に反して体が変化するくらい」
「そうか……」


フランシスとの喧嘩を一時中断して、アーサーが見つめてくる。
ヨレヨレの服に乱れた髪。そして苦りきった顔だ。


「お前が温暖化にそこまで影響されてるなんてな……」
「そんなのどうってことないじゃないか」


不機嫌な声を挟んだのはアルフレッドだった。
机に頬杖をついてそっぽを向いたまま、絶対にを見ようとはせずに言う。


「ちょっと身長が伸びたくらいでぎゃあぎゃあ騒ぎすぎなんだよ。大きくなったのは良いことだろう。俺だってもっと成長したいんだぞ」
「……成長だったらいいんですけどね」


そこで珍しくが反論しなかったから、アルフレッドは不審に思ったらしい。
視線だけをちろりと投げて、彼女が暗い表情をしていたから目を見張る。
わずかに慌てた様子を見せた。


「な、何だい……。らしくない顔しないでくれよ」
「成長だったらいいんですよ。けれどこれはどちらかというと、増長。まるでアル坊と同じです」
「……らしすぎること言わないでくれよ」
「つまり」


やっぱりイラッとしたらしいアルフレッドを流しつつ、は力いっぱい断言した。


「縦に伸びるとは限らない!」


それを聞いて隣のフェリシアーノが首を傾げた。
どうやら意味がわからなかったらしい。
けれど他の者は何となく青ざめる。アーサーに至っては蒼白だった。


「お、おい……。それってまさか……」
「横にも増える可能性があるということです」


恐ろしいことをあっさりと肯定して、さらには言い募った。


「それどころか、このままじゃ私は縦にも横にも増長して……」


わずかに間を溜めて、会議室の皆を見渡す。
泣きそうなフェリシアーノ、しかめっ面のルートヴィッヒ、困った顔のイヴァンと袖口で口元を押さえている王。
フランシスは天を仰いで神への祈りを呟いたようだった。
そしては現在の最大懸念を口にする。




「高層ビルのように巨大化してしまうかもしれません!!」




「ガンダム化ですか!!」
「It’s so cool!何だい、それカッコイイ!!」
「お前らなぁ!!」


途端に目を輝かせた菊とアルフレッドに、アーサーが全力で怒声を叩きつけたのは、言うまでもない。







会議は踊りませんが、進みもしません。
ちなみに菊とアルフレッドの最後の台詞は反射的なものなので、ヒロインがどうでもいいわけではないです。たぶん!
次回はアーサーが頑張ります。元祖不憫はどこまでやれるのか……、どうぞお楽しみに〜。^^