問題は山済み、未解決。
とりあえず会議進行は諦めて、現状報告と参りましょう。
世界限定!Ocean会議
Track.6
「お前ら、これがどれほどの問題なのかわからないのか!というか、の一大事を茶化すなよ!!」
アーサーは両腕を振り回しつつ、声高に抗議した。
それを受けて菊は恥じ入るように俯く。
憂いを帯びた横顔は何とも神秘的だ。
「あぁ、すみませんアーサーさん」
彼は礼儀正しく頭を下げた。
「ガンダムは違いますよね。戦隊ものの巨大ロボット化と言うべきでした」
「どっちでもいいんだぞ!ヒーローの俺がカッコよく倒してやる!!」
「本当にどっちでもいいです。あと勝手に私を悪役にしないでくれますか」
まったく反省していない二人に、今度は本人が苦情を投げた。
それでも菊は「巨大美少女……新ジャンル開拓ですね!」とウキウキしているし、アルフレッドは「今度映画に出てくれよ!もちろん俺がヒーローさっ」と満面の笑みを向けてくる。
はほんの少しだけ片眉を持ち上げた。
それはアーサーしか気付けないほどわずかな表情変化だった。
「楽しそうでなによりですね。ところでお二人とも、今後は台風・洪水に注意した方がいいですよ」
「落ち着け、」
いつもの調子でアレなことを言った彼女を、ちょっと青ざめたルートヴィッヒが宥める。
王は口元をひん曲げた。
「でっかくなったお前なんて想像できねぇある。というか、そんなの嫌あるよ」
「うん、僕もそう思う。何だか君らしくないよね」
イヴァンが首肯して、手を繋いだままだったフェリシアーノが尋ねた。
「ねぇ、少し経ったら元に戻らないかな?」
「さぁ、どうでしょう」
「じゃあちゃん自身の意思で、これ以上大きくならないようには?」
「それは出来ないと思います」
一度目の質問には首を傾げただったが、二度目の質問はきっぱりと断言した。
「今回も気がついたらこうなっていたんですよ。……いえ、というよりは」
そこでわずかに言いよどむ。
はちらりとアーサーを見た。
「ん?何だ」
「……言い訳みたいに聞こえるかもしれないですけど」
何となくそれが不満そうだ。
はちょっとだけ唇を尖らせた。
「実は私、ここ数ヶ月意識がなかったんです」
「はぁ!?」
アーサーは驚いて変な声をあげてしまった。
は居心地が悪いのか、黒い瞳を閉じてしまう。
「急に眠気に襲われて……目が覚めてみると海底でした。周りのものが言うに、私は昏々と眠り続けていたそうです」
「だ、だからお前はお茶会に来なかったし、その後も連絡してこなかったのか……?」
「ええ……。それで起きてみたら身長が伸びていた、と」
それも目算で6センチも。
ふぅと重々しいため息を漏らした。
「陸に上がってみて、初めて随分時間が経っていること知ったんです。……約束を破るつもりはなかったんですが」
は小さく呟くとアーサーとは正反対のほうを向いた。
「あなたの作ったスコーンはいらないけれど、美味しい紅茶は飲みたかったです。それだけが残念」
本当に、それだけが。
そう言う唇はまたちょっと尖っている。
アーサーは自分が意地っ張りなものだから、何となく感じ取れるものがあって、思わず口元を緩めた。
するとの巨大化について騒いでいた二人が呆れた顔をする。
「ツンデレ×ツンデレですか。なるほど、なかなか進展しないカプの典型ですね。どうりで」
「実に面倒くさいな、君たちは!ホントもう何百年もそうやってさぁ、見ていてイライラするんだぞ!!」
その非難を聞いた途端、人形みたいに無表情になるのがだった。
「本当にあなた方は水害に備えたほうがいいですよでないと大切な漫画やゲームが水浸しになってしまうかもしれませんからあぁでもそうやって少しはその沸いた二次元脳を冷やしたほうがいいかもしれませんね、ええ本当に」
「そんなことより、お前」
低い声でブツブツ呪詛のような言葉を吐き続ける彼女の肩を捕まえる。
アーサーは無理に自分へと向い合わせた。
正直、今は冗談をやっている場合ではない。
「意識がなくなったっていうのはまずいだろう。本当に大丈夫なのか?身長以外に変化は?」
「……ありませんよ。あまりくっつかないで眉毛抜きたくなるから」
最後のほうだけ少し早口で言っては離れようとしたけれど、アーサーはそれを許さなかった。
「じゃあ体調は?」
「……お腹が空いた」
「あとで食事作ってやる」
「いらない!!!!……心配しないでください。ちょっと眠くなるだけですから」
「全力で拒否したな……!じゃなくて、急に眠りこんだりしたら危ないだろう」
は海を崇める人々に応えるために各国を廻っているし、そこここの神事にも出席しなければならない。
加えて散歩好きだからほとんど陸の上をほっつき歩いていると言っていいのだ。
そんな折に睡魔に襲われ、道端などで寝られたらたまらない。
「意識のないうちにどうこうされたら……」
「そんなことするのは坊ちゃんだけじゃないの〜、このエロ大使」
そこでフランシスが嫌な笑顔でいらない口を挟んでくる。
アーサーは頬に朱をのぼらせて怒鳴った。
「ば……っ、俺は紳士だぞ!前後不覚の女性に手を出すか!!」
「出された覚えがありますが。あれ?私の記憶違い?」
「う……っ。と、とにかく危険だから出歩くのは控えろ。そうだ、俺の家に居ろよ。そうしたら安心だ」
「遠慮します。あなたの近くにいるほうが危ない気がしますから」
何となくの視線が冷たいし、周囲の反応もアレだったので、アーサーは必死になる。
「そうじゃなくて……、あぁもうつまり!が心配だから目を離したくないんだよ!!」
そして勢いに任せて一気に告げた。
「いいから家で一緒に暮らせ!お前はずっと俺の傍にいろ!!わかったな!?」
「「「「「「「「「………………………」」」」」」」」
会議室は奇妙な沈黙に包まれた。
何だか少し時間が止まったみたいになる。
がひとつ瞬きをして、それを合図にしたようにアーサーは赤面した。
耳も首も真っ赤にして、先刻とは比べものにならないほどだ。
対照的に目の前の少女は無表情のままだった。
ふいに背後で小さく囁く声がする。
「……あへんの奴、どさくさに紛れて口説いたあるよ」
「何?坊ちゃん、フェリシアーノに対抗してんの?」
「え、俺ー?俺ならもっと上手くやるよー」
「いや、それ以前に今は会議中なんだが」
「本当に何であんな話になってるの?僕、全然わからないよ」
「まったく君ってやつは!鬱陶しいにもほどがあるんだぞ!!」
「ええ……、さすがにフォローしかねますね」
「非難轟々ですよ、アーサー」
「ちくしょう!!」
にまでそう言われて、アーサーは半分くらい本気で泣きながら手近にあった椅子を蹴り飛ばした。
床に転がった音が変に高い。
それにまで馬鹿にされた気がして、机に突っ伏す。
同時に開放されたもその隣にもたれかかった。
「ちゃん?」
彼女の体がわずかに強張っているように見えて、フェリシアーノが声をかける。
すると彼女は耳にかかる蒼い髪をぐしゃりとした。
「……何でもありません。会議を再開しましょう。変な話は置いといて」
「変じゃねぇよ、ばかぁ!!」
のそっけない言葉に机にすがりついたアーサーがぎゃあぎゃあわめく。
アルフレッドはそれを心底面白くなさそうに眺めて、椅子から立ち上がった。
「で?とにかく、君がモンスターみたいに大きくなっていくのは海面が上昇している影響ってことでいいんだよね」
何気なく話を元に戻す。
ついでにの頭に腕を乗せ、肘置きみたいにしてやった。
彼女は鬱陶しそうな顔をしたけれど「止めろ」とは言わなかった。
「……たぶん、間違いなく。でも怪獣みたいにはなりませんよ。というか、させないで」
「俺は一向に構わないんだぞ!むしろそれを倒してやりたい……って何だい、“させないで”って」
アルフレッドはわざとらしく驚いた顔をしてみせる。
「君がそんなしおらしいことを言うなんて!すごく気持ち悪いんだぞ」
「それが女性の懇願を聞いたヒーローの台詞ですか。まったく、存在意義がなくなってしまいましたね。そんなんだから近年は悪役キャラに人気負けするんです」
「うるさいなぁ。がヒロインじゃないのが悪いんだよ。うん、まったくもって君が悪い!」
今度はの頭の上に顎を乗せてやった。
「……昔っから、俺をヒーローに選んでくれない君が悪いんだ」
「…………………」
「まっ、それでも助けを求められて無視するわけにはいかないからね!俺はいつだって困っている人の味方さっ」
「それはどうも」
変に明るい声を出したアルフレッドのお腹を、は後ろ手で軽く叩く。
続けて会議室を見渡した。
「皆さんにもご協力をお願いします。……さすがの私もこれ以上大きくなりたくありません。あなた達を呑み込んでしまうのは絶対に嫌ですからね」
思った以上に深刻な事態と、海本人からの依頼を受けては手を打たないわけにはいかなかった。
大国たちは顔を見合わせてそれぞれ頷く。
は少しだけ表情を緩めた。
「ありがとうございます。……あ、それと」
そこでは片方の人差し指を立ててみせた。
「もうひとつ、問題があるんですけど。続けて議題にしてもいいですか?」
「何だ?まだ何かあるのか!?」
声をあげたのはアーサーだ。
つい先刻まで底辺まで落ち込んでいたくせに、素晴らしい復活ぶりである。
がばりと身を起こしてに詰め寄った。
「どうしたんだ、気分が悪いのか体がおかしいのか、それとも……っ」
「だから鬱陶しいんだぞ、アーサー」
まであと二歩というところで、アルフレッドが彼女の後ろから手を伸ばしてアーサーの頭を掴んだ。
そうすることでそれ以上の接近を防ぐ。
自分はに懐いたまま言った。
「ほんと変わらないなぁ。その過保護っぷり、いい加減なおしてくれよ」
アーサーが心配性になった理由を知っているうえ、その一因でもあるくせにそんなことを口にする。
声を詰めたアーサーの代わりのようにが言った。
「体の変化は身長だけですよ。……もうひとつの問題というのは」
一度言葉を切って、息を吸ってから続けた。
「私の性格が黒くなってしまうかもしれない、ということです」
「「「「「「「「………………………はぁ?」」」」」」」」
再び全員の不審の声が重なった。
またもや意味がわからない。そして話の関連性が見えない。
けれどはやはりふざけた様子もなく、本当に憂鬱そうにため息をついたのだった。
ツンデレというほどアーサーにはツンがなくて、ヒロインにはデレがない。
外野はみんな「面倒くさい二人」と思っています。たぶんそれが正解。
次回は魔王&侍がヒロインと対決します。反則技が目白押しですよ!(笑)
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