次々と挑みかかる大国たち。
壮絶な戦いと地味な罠が会議室内で繰り広げられる。
さぁ、ブラック化した彼女を倒すのは誰だ!
世界限定!Ocean会議
Track.8
イヴァンを無力化し、菊を打ち破ったは、冷凍マグロを肩に担いで仁王立ちになった。
「皆さん、私の正体をお忘れですか?」
斜に構えてわずかに口唇を吊り上げる。
「……私は“海”。そこに生きる物なら、いつでもどこでも自由に召喚できるんですよ!!」
「そんなの反則なんだぞ!!」
腕を振り上げてアルフレッドが抗議するが、は取り合わない。
そもそも海というのは人々の理解を遥かに超えた存在なのだ。
陸の上でぎゃあぎゃあ言っても返されるのは波音だけだろう。
それでも納得できないことがあって、アーサーは口を開く。
「いや、それはいい!いいんだが、何で菊を叩きのめしちまうんだよ!!」
「だから私は“海”なんですってば。来る者拒まず、けれど刃を向けるのならば、圧倒的な力で全てを呑み込みます」
「圧倒的!?圧倒的か、冷凍マグロが!!」
「圧倒的ですよ。特に菊にはね」
そう言い切られてはそんな気がしてくる。
確かに菊は完膚なきまでにやられたというのに、誰にも助けを求めず、仇を取ってくれとも願わずに、ただただ醤油とワサビを所望していた。
それだけでいかに日本人にとってマグロが大きな存在であるのかがわかる。
けれど、
「冷凍マグロだぞ、冷凍マグロ!サムライがそんなものに負けるって……っ」
「悲しくて涙も出ないある!!」
目元を拭いながら叫んだのは王だ。
彼は雫の滲んだ袖を大きく振るうと、身を屈め、右腕を曲げて左手をのほうへと突き出した。
この構えは……、
「Wow!今度はサンゴクシだぞ!!」
「違う!中国拳法だ!!」
まずは止めに入りたかったのにアルフレッドが馬鹿なことを言うものだから、ついつい突っ込んでしまった。
アーサーは今度こそ制止の言葉を放つ。
「王!やめろ、にケンカを売るな!あいつは本気だ……本気で俺達を倒す気なんだ……!」
「ええ、本気ですよ。ブラック・がどれほどのものか、とくと味わってください」
「舐めんなある……我だって本気あるよ!よくも……っ、よくも菊を!!」
次の瞬間、戦いの掛け声が上がった。
俊敏な王は一瞬で間合いを詰めて脚を振り抜く。
横に跳んで避けた少女を追って、「破ッ!!」という気合と共に拳を繰り出した。
はそれを冷凍マグロで防御。
しかし衝撃で魚を覆っていた氷が砕け散る!
「我にそんな魚は効かないあるよ!!」
透明な破片が冷気を纏って二人の間を舞う。
続けて拳を振るった王を避けて、は大きく後ろに下がった。
氷が取れてへにゃんとなったマグロを机の上に置く。
「ありがとう、耀。これで解凍する手間が省けました」
「強がりはそこまでにするよろし。アジアの本気、見せてやるある!!」
「……では私も。“海”の本気、見せてあげましょう」
漆黒の瞳を細めて言ったは、菊のときと同じように腰を屈めてみせた。
王も警戒して構えなおす。
冷や汗の滲む一瞬。
見えない火花、静かな闘志がぶつかり合って弾けた。
周囲の大国たちは邪魔することもできずに、固唾を呑んで対峙する二人を見守る。
「その身に受けてみるがいい……」
どうやらはどこまでもヒール役を演じたいらしい。
使い古されたような台詞を吐きながら、大きく両腕を振るった。
「我が渾身の一撃ッ!!」
「こ、これは……っ」
宣言と同時に投擲された凶器が次々と王を襲う。
そのあまりの威力に彼は呻くことしか出来ない。
そしてついに床にひれ伏した。
「こ、こんな……っ、こんなことが……!」
「どうです、耀」
「あぁ……っ」
膝をついた王を静かに見下ろして、は言った。
「ホラ見てくださいよ、この照り具合。とってもいいでしょう?今年一番のものですよ」
「最高ある!お前の目に狂いはねぇあるよ!!」
「あとはこれとこれとこれですね。ハイ、これも」
「す、すげぇあるー!こんなにたくさんくれるあるか!?」
「あなたと私の仲じゃないですか。……ところでものは相談なんですが」
「みなまで言うなある!我はもうお前には逆らわねぇあるよ!!」
「「あっさり裏切ったー!!」」
あまりに早い王の変わり身に、アーサーとフランシスは普段の仲も忘れて声を揃えた。
アルフレッドがポコポコと湯気をたてながら叫ぶ。
「賄賂なんて卑怯なんだぞ!」
そう、彼の言う通り、今目の前で行われたのはまったくの裏取引だった。
少しも隠れていない堂々としたものだが“裏”取引だった。
珍しくがペラペラと口を回している。
「大正えびにあわび、平貝、紋甲いか、鯵、白きくらげ、水ごけ、フカヒレと……」
「どれもこれもいい素材ある!美味い中華料理が作れそうあるよ!」
「とどめはこれです。海ツバメの巣!!」
「ぐ、ぐあー!最高級珍味に我は完全にノックアウトあるよー!!」
「ふ……っ。勝った」
次々と海産物を取り出しては王に手渡し、最後のひとつで彼に勝利したは、流し目でそれを宣言した。
ぐっと握られた拳が何とも言えない。
「王!お前、菊のことで怒ってたんじゃないのか!?」
別にを負かして欲しかったわけではないが、何となく納得できなくてアーサーは尋ねた。
王はほくほく顔で魚介類を抱きしめながら返す。
「菊との仲を考えれば、今回のことも可愛いもんある。あんなやんちゃをするなんて菊もまだまだガキあるなー」
「そういう問題か!?」
「ついつい我まで乗せられてしまったけど、ここは子供の喧嘩ということで」
「いきなりイイ兄貴面だな!!」
「我が丸く収めたあるよ!にお詫びの品も貰ったあるしな!!」
「それ、お前だけの都合だろ!!」
王の凄まじい自己正当化にアーサーの突っ込みが追いつかない。
素晴らしい食材を前にした料理人のテンションにはついていけない。
アーサーと同じように青い顔をしたフランシスが呟いた。
「王は筋金入りの商人でもある。いい値がつきそうな品には目がないぞ……。これで奴はに陥落されてしまったと考えた方がいい」
「いや、それは見ればわかる。充分すぎるほどにわかる」
最高級の素材を両手にし、早くもどんな料理にするか夢想しはじめている王を見やって、アーサーは頷いた。
フランシスも頷き返す。
「これでもう三人が倒された。それも戦闘力の高い奴ばかりだ……。本当にまずいぞ、坊ちゃん」
「く……っ。俺達は全員に倒されるのか……!」
あまりのふがいなさにアーサーは顔を歪めて胸元を握り締める。
部屋の隅には膝を抱えて泣いているイヴァン、足元には横たわったままの菊。
まずこの二人が倒されたのが計算外だった。
王は料理人魂につけ入られて敵側に引き込まれてしまい、残ったメンバーといえば悲惨である。
泣き喚くだけで役に立たないフェリシアーノと、その面倒に追われているルートヴィッヒ、イタリア二号のフランシスだ。
チートだけが取り柄のメタボはいらない。
あれが出ると本当にの身が危険だから。
「誰か……、誰かを止められる奴はいないのか……!」
「アーサー。ここは冷静に話し合うべきだろう」
まともな意見を出したのは、やはりルートヴィッヒだった。
一歩前に進み出て、へと言葉を投げる。
「俺はお前と争う気はない。どうだろうか」
ルートヴィッヒは彼女から少しも目を離さない。
まるで視線を逸らしたが最後、首を取られると言わんばかりの警戒心だ。
そのまま椅子を引いて腰掛ける。
「さぁ、お前も座ってくれ。話し合えば争わずとも解決策が痛ッ!!」
言葉の終わりで唐突に声を荒げ、ルートヴィッヒは飛び上がった。
椅子から弾かれたように離れて叫ぶ。
「痛い!痛いぞ!!」
あまりにそう訴えるから、不思議に思ってアーサーが彼の座っていた椅子を見た。
そして、
「ウニだ……」
呟いた。
見下ろした先。
椅子の表面を埋めていたのは、黒いトゲトゲの殻に包まれたウニの大群だった。
どう座っても尻に壊滅的ダメージを与えるであろう配置だ。
そろそろ呆れが混じってきた目でを見ると、彼女は何でもないことのように言う。
「仕掛けておいた罠、大成功です」
「ここで画鋲でなくウニを選ぶところがお前らしいよ」
アーサーは感嘆のため息を漏らしてしまった。
は椅子のウニを回収して、痛みに涙目になっているルートヴィッヒに手渡した。
「どうぞ、お土産に。耀だけでは不公平ですからね。最高級のウニですよ」
「あ……、あぁ。ありがとう……」
「お尻で潰してしまった分は、もったいないので、一人楽しすぎるあなたのお兄さんにでもあげてください」
「……そうしよう」
見事に打ち負かされたルートヴィッヒは、うなだれるようにして首肯した。
大量のウニを抱えて腰を落とす。
まだ一名脱落。
今床の上にしゃがみ込んでいる者はすべて、完全降伏と考えていいだろう。
「……っつ、このままじゃ本当に」
惨敗を予感してアーサーは呻いた。
その肩を後ろから掴む大きな手。
無理に脇に押しやられたからフランシスと衝突してしまった。
「いい加減、調子に乗りすぎなんだぞ」
声の調子は弾んでいると言っていい。
けれど目が据わっている。細めた双眸が冷たく光り、彼女を睥睨した。
「ただののくせに」
弧を描く唇、薄い笑み。
進み出てきたその人物にも向き直る。
「君なんて俺が倒してあげるよ」
「……アル坊」
数百年前、さよならを告げた距離で二人は再び睨み合った。
「つまり」
アルフレッドの恐ろしい笑顔。
「俺がヒーローさ」
ぞくり、とした。
アーサーの震えが伝わったのか、フランシスまで肌を粟立たせる。
かつての宗主国と守護国が見つめる先には、彼の成長を示す50という数字。
翻るジャケットの裾は掴めない。
アーサーは一度だけ瞬いた。
呼応するようにがくすりと微笑む。
「いいですよ」
流れるような動作で腕を掲げて、手を差し伸べる。
指先で招いた。
「久しぶりに遊んであげます。……いらっしゃい、アルフレッド」
の言葉を聞いてアルフレッドは剣呑な笑みを深めた。
強く鋭いその表情。
微量の喜びが混ざっていることに気づいた者は、いない。
仙人&ガチムキVSヒロインでした。
ヒロインが卑怯な手を使いまくりでスミマセンこれも彼女の本性です。
この子は基本的に好戦的な性格ではないのですが、それが行き過ぎて「賄賂だろうが罠だろうがまったく気にしないぜ!」とか思っちゃっているわけです。(笑)
次回は再び19歳VSヒロインです。前とは違った感じになる予定なので、よろしければどうぞ!
|